8-8 土曜日ー1
新年あけましておめでとうございます。まだまだ続きます。
そこから反省会という名の木曜日、猛練習という名の金曜日を経て、土曜日(十七日)。
今月バイトしてなかったので開店準備からという、稀に見る時間帯から始まった。頼み込んで。
「しかしなんだな」
「あ?」
開店準備で掃除をしていたところいきなりマスターが呟いたので、俺は怪訝な表情を浮かべながら反応する。
すると、「テスト期間ってのはこんなにバイト来れないものなんだな」と厨房の方を掃除しているマスターが感慨深そうに返してきた。
「本宮さんの紹介でバイト雇ったのが初めてだからテスト期間の状況なんてわからなかったが、こりゃテスト期間中一人でやるぐらいの気持ちで臨まないと無理そうだ」
「……そういや」
「ん?」
決意を聞いてから俺は、今まで疑問に思っていたことを質問した。
「どうしてマスターはいつきと知り合いなんだ?」
それに対しマスターは少し間をおいてから答えた。
「……この店始めたのが五年前で、その前までレストランでシェフやってたんだよ」
「ひょっとして高級店?」
「まぁそこら辺はいいだろ。その時の客に本宮さんがいて、それが知り合った切っ掛けだ。この店開けたのだって、本宮さんのおかげが半分あるし」
「はー……世の中って意外と狭いんだな」
「だよなぁ……」
「「…………」」
掃除の手を止め少しだけ沈黙した俺達だったが、時計を見て開店時間が近づいてきたのに気づき、再開した。
カランカラーン
「いらっしゃい」
「っしゃいませ」
「……え、『拓斗』君!?」
「うそ!?」
開店早々客から俺のタレント名が呼ばれる。常連客は呼ばなくなってきてるから、新規の客だろうか。
面倒だよなこういうの。内心で溜息をつきながら入ってきた女性客をテーブル席に案内し、メニューをテーブルに置き、「お決まりでしたらお呼びください」と言って厨房の方へ向かう。
水とかおしぼりはマスターが持ってくだろ。もう出ないぞ今日は。
ま、そんな決意は数秒も持たないんだがな。
「おいタレント名と本名どっちで呼んで欲しい」
「どっちもどっちだろうが……何の罰ゲームだ。要件あるならさっさとしてくれ。注文は?」
「客だ。ありゃ『風美翠』さんか?」
「What?」
思わず英語で問い返してしまった。それぐらい、信じられない確率で来る客だったからだ。
「……お前、英語も話せるのか。じゃなくて、『風美翠』さんが一人で来てるぞ、たぶん。相手してやってくれ。料理はもう出来てるだろ?」
「……おー」
「元気ねぇなおい」
客を待たせては悪いのでさっさと料理を作り終えた俺は、マスターに料理を運ぶのを任せてフロアの方へ出る。
すると、案の定、マスターが言った通り翠がカウンターに一人で座っていた。コーヒーを飲みながら。
と、俺の視線に気づいた彼女がコーヒーカップを受け皿に置いて「久し振り」と笑顔で挨拶してきた。
その中のある気持ちに気付いた俺は、それを指摘せずに「なんでまたピンポイントにここへ?」と質問すると、「いつきちゃん達が喋ってたから来てみようと思ったんだ」との答えが。
……えー? コミュニティ怖いわー。
俺に安息の地はないのだろうかと思いながら「飲み物だけでいいのか?」と訊いてみる。店員らしく。
それに対し彼女は少し考えてから「じゃ、ショートケーキ頂戴?」と注文してきたので「ちょっと待ってろ」とだけ言って後にした。
「ほらよ」
「ありがとう!」
とりあえず作ってきて注文された料理を目の前に置くと、目を輝かせて礼を言ってきた。
そのままフォークで切り分けて一口ほおばる。
何回か噛んでから、彼女は蕩けたような笑みを浮かべて「おいし~」と漏らした。
その表情に新鮮さを感じながら役者って本当おいしそうに食べるよなぁと、自分のことを棚に上げて感心していると、少し余韻に浸っていた翠が我に返って恥ずかしそうに俯いた。
「別にいいんじゃねぇの? 美味しかったのは伝わったし」
「あ、あれは! そ、その!! ち、違うんだから!!」
「何が?」
「お、お美味しかったけどさ……ただ幸せな気持ちになれただけなんだから!!」
「俺そんなにやばいもの混ぜた記憶ないんだが」
「「…………え?」」
お互いに顔を見合わせる。そして少し考えて気付いた俺は「ああすまん」と謝った。
「どうしたの?」
「ちょっと勘違いしただけだ。ま、口にあったようでなによりだよ」
「…………もうっ」
そういって頬を膨らませながらも表情は明るい翠。だが、どう見てもあれを引きずったままなのは俺の眼には明らかだった。
切り出すべきかどうか迷いながら「で? なんだって直接来たんだ? 撮影でもあったのか?」と聞いたところ、マスターが水を差した。
「おうつとむ。注文されたから作れよ」
「……おう」
「頑張ってね」
エールを送られたので適当に手を振って厨房へ向かった。
注文を作り終えて戻ってくると、なぜかいつきが翠の隣に座っていた。
「やぁ」
「どうしたお前まで?」
「せっかく客としてきたのになんだいその言い草」
「せっかくとか上から目線じゃねぇかこの野郎」
俺がそう反論するとこれ以上は無駄だと思ったのか「実は翠さんから電話で場所を聞かれたからね、ちゃんと来て居てるか確かめに来たんだよ」」と説明してくれた。
「あ、僕賄い飯と紅茶でよろしく」
「だとよマスター」
「分かってる!」
客足も伸びてきた頃にマスターが料理を作るのは大変だろうが、俺としてはこっちの件に関してははっきりと言っておかなくてはならないので、注文を一通り聞き終えてから翠たちに聞こえるような声で「ありがとよ、見つけてくれて。おかげで助かったぜ」と礼を述べて厨房へ向かった。




