3-2 彼の者の本心
一週間ぶりです。そろそろペースを上げた方がいいでしょうか?
学校に着いて、いつものように自分の席に着いて、買ったものを食べようとしたら、
「今日はどうしたの? いつもは家で食べてくるのに」
いつきがこう訊いてきた。
「うっせぇな。昨日から色々とあって、今日の朝も面倒なことになりかけたんだ。おかげで飯がパン一枚だぜ」
「なるほど。だからコンビニで買ってきたのか。……ところで、君の噂が凄い事になっているのは知ってるかい?」
は? 噂? なんだそれ? そんな表情が出ていたのか、
「分かってないみたいだね。このところ、君が騒動を収めてるからだいぶ学校全体でもちきりだよ?」
いや、最後の語尾を疑問形にするなよ。とツッコミたがったが、
「その噂って?」
どういう内容だか気になったため、聴くことにした。
「僕が聴いたところではね、『二年を黙らせた一年がいる』とか、『役者としては一年の中で一番レベルが高い』とか、『親衛隊を十秒で黙らせた』とか、『不良みたいだけど凄い奴』とか。一番はそうだね…………『本宮君とデキてる。』って噂かな?」
最後はマジで聴きたくなかった。
「ぶほっ!! ゲホッ! ゲホッ!! …食事中に何言い出すんだよ!?」
「もちろん、最後の方は嘘だよ」
くそっ。お前のおかげで食べる気が失せちまったじゃねぇか。残ったのは…仕方ない、昼にでも食べるか。と思っていると、
「そういえば、さっき『昨日色々とあって』って言ったよね? あの後何があったの?」
と、いつきがふと思い出したかのように訊いてきた。
そこに食いつくんじゃねぇよ。さてどうするか、と考えようとしたら、
「あ、もうすぐ授業だ。じゃぁ、昼にでも訊くから」
と言ってきた。
「あ。昼はダメだ」
「どうして? ……もしかして、誰かに呼ばれてるの?」
「そのまさかだ」
「ふ~ん……」
「尾行は禁止な」
「だって誰だか気になるじゃないか。君みたいな人を呼ぶ人が」
「ほっとけ。もうすぐ授業なんだろ? 行くぞ」
「待ってよ!!」
そして俺達は、授業に向かった。
午前中の授業が終わって、昼休みに入った。俺は教室に戻って今朝買ってきたものを持って、林の方に向かった。
「この中かよ……」
いざ林の前まで来てみると、すっげぇ生い茂ってるんだな。中がどうなってるのか分からねぇ。どうやって中に入ろうかと辺りを見渡したら、
「ん? 看板? なんであんなところに?」
俺のいるところのちょっと先に、看板が見えた。近づいてみると、
『この先、新緑の広場』
と書いてあった。なんかの憩いの場所なのか? と思えてしまってしょうがない。ともかく、ここから行けると分かったので、俺はこの中に入った。
んで、中を進んでみると急に視界が開けた。そこにあったのは、
「随分とまぁ、寂しいな。ベンチが一つだけかよ。しかもその周りには何にもねぇし」
そこにあったのはベンチが一つ。その周りは掃除がされてるのか、大分綺麗だった。こんなところに呼んどいて、何の用だあいつ? と思ってベンチに腰かけて、今朝買ってきたものを食べようとしたら、
「す、すみません、私が呼んでおいて遅れるなんて…」
長谷川が来た。そして俺を見るたび、いきなり謝った。
「いや。俺もついさっき来たばかりだ」
嘘は言ってない。その言葉を受けて、
「そ、そうですか。あの、隣、いいでしょうか?」
「あ? 空いてるんだから勝手に座れ」
「じゃ、じゃぁ、し、失礼しますね?」
と言って、俺の隣にぎこちない動作で長谷川は座った。語尾が疑問形なのはなぜ? と思いながら、肝心なことを訊いた。
「何の用だ? あの件だったら別にお礼を言わなくていいぞ。もう忘れたから」
「え。そ、そうなんですか……でも今回は違いますからね?」
「そうか。でもなんで俺に? 先生に相談すればいいだろうに」
普通はそうじゃないか? それが何でよりによって俺? そう思っていたら、
「えっ!? えっ、えっとですね・・・・・・・噂で聞いたんです」
噂? またか。今度は一体どんな内容なんだろうな? と聴いていたら、
「『何でも解決してくれるやつがいる』っていう噂です。なんでも、その人は目つきがとても悪いみたいなんですが、悩みとかを解決してくれるそうなんです」
…………………………。
「おい」
「はい?」
「その噂、どこから聴いた?」
「確か……たかあき町周辺から出てたみたいですけどって、どうしたんですか!? 頭を抱えだして!」
こいつの言う噂。その発信源はどうやらうちの地元だったらしい。その事実に俺は、このまま逃げて発信源の奴を殴ろうと思った。
確かに俺は、色々と解決した覚えはあるが、それは巻き込まれてからであり、こうやって直接相談に来るやつはいなかった。それをどこかで省かれた結果がこれだ。
「でも、目つきが悪いってだけで俺に来るんじゃねぇよ」
「はぅ! す、すみませんでした」
全く、目つきが悪いってだけだったら、俺の地元はほとんどが目つき悪いぞ。
「遠回りしたが、本題にいこうか。・・・・・・・・食べながらでもいいぞ」
「わ、わかりました。それで、相談したいことなんですけど…実は私、今度ドラマの主演に決まったんですよ」
「よかったな」
「それは嬉しかったんですけど……同時にそれが悩みになってしまって」
「それが俺に相談したかったことか」
「そうなんです。ドラマの主演に決まったことは確かに嬉しいんですけど、本当に私でよかったのかなって思ったりしちゃうんです」
とうつむきながら話す長谷川。どうでもいいけど、こいつ、食べる量少なくないか? これだったら、俺は三十分で空腹になるぞ?
「そもそも、私が『アイドル』に決まったことに対してもそう思ってましたから。なんで私なんだろう、他にもいい人がいるんじゃないかって」
「……」
「だから、今回もそう思ったんですよ。私以外にもできる人がいるのに、どうして私が選ばれたんだろうって」
その後、長谷川は何もしゃべらずに食べることに集中したみたいだった。これで相談内容は全部話したとでもいうように。
そうか。こいつは自分に自信がないんだな。それについて俺に相談してきたのか。
なら、俺の答えは
「おい」
「は、はい!! な、なんでしょうか!?」
「お前の『悩み』について、俺の意見を言ってやる。それを参考にするかしないかはお前の自由だ」
と前置きして、俺は俺の『意見』を言った。
「自信を持て。以上だ」
あまりにもあっさりと言われたせいなのか、ポカンとしてから、
「ど、どういう意味ですか!?」
と訊いてきた。どういう意味かって? んなもん、簡単だ。
「お前はそれに選ばれたんだろ? ならそれに胸を張れ。そして選んでよかったと思わせる演技をすればいいだけだ。だから、自信を持てって言ったんだ」
そこからさらに、
「大体、自分に自信がなくてどうする? 選ばれたのにはきちんとした理由がある。その理由は分からなくても、選ばれたことを誇りに思えばいい。それが自信を持つという事につながるだろうからな」
と畳み掛けた。――――色々と思うことはあるが、今は気にしない。
「で、でも……」
「でも、どうした? こういう、役者とかになりたい奴なんか全国にいるんだぜ。そいつらの夢を壊すんじゃなくて、より一層『なりたい』と思わせることが大切なんじゃないか? ま、これが俺の『意見』だ。そこから何を学ぶかは、お前次第だな」
その言葉で占めた。もう一度言おう。色々と思うことはあるが、今は気にしない。
と、話が終わったのを直感したのか、
「そ、そうなんですか!! やっぱり、あなたに相談してよかったですっ!! ありがとうございました!!」
とベンチから立って、俺に向かってお辞儀をした。
「そんなたいしたもんじゃねぇよ。俺は、お前の『相談』に対しての『意見』を言っただけだ。それをどう受け止めて、どう自分の意見にしてくかはお前次第だ」
「でも!! あなたのおかげで解決したような気がします! 本当にありがとうございます!!」
そう言ってまたお辞儀をした。これ、誰にも見られてないよな?
「あ~、いいよ、もう。それよりもお前、それだけで大丈夫なのか?」
「へ? え、えっと。大丈夫ですよ?」
と言っていたら、
グギュルルル!
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
今の音、あいつからしたよな? そう思って見ると、
「え!? べ、別に、鳴ってなんかいませんよ!! いませんからね!!」
必死に否定していた。やっぱり、と思った俺はバイトのために取って置こうとしたパンを渡した。
「ほれ。腹が減ってはなんとやらだ。食っていいぞ」
「そ、そんな、悪いですよ…」
「お前こそ、その状態だったら次の授業もたないだろ? だからほら、食え」
折れたのか、それとも食欲に負けたのか、
「い、いただきます…」
と言って食べ始めた。それから間もなく、
「そういえば、名前を教えてもらえませんか? 私、あなたの名前知らないままでしたから」
と言ってきた。
少し考えてから、俺は名乗った。
「……俺は八神つとむだ。あんたは名乗らなくていいや。二度目に会った時に、いつきに教えてもらったから。長谷川光、だろ?」
「そうですよ。…ところで、私は何て呼んだらいいんですか?」
「八神でも、つとむでも、どちらでもいいぜ。ただ、『皇帝』ってだけは呼ぶなよ」
「あれ、やっぱりあなただったんですね。っていうか、どうして私の名前を知っているのに、呼んでくれないんですか?」
と会話していたら、
「そういえば、お礼をしたんですけど」
「いらね」
「即答ですか!?」
そこで驚いてんじゃねぇよ。
「何度も言うがな、俺は『意見』を言っただけ。そんなお礼なんていらない」
「でっ、ですけど!! あなたのおかげで解決したみたいなものですから、私なりにお礼がしたいんです!!」
と力説してくる長谷川。どうでもいいが、はやくしないと午後の授業に間に合わなくなりそうなので、
「いいぜ」
若干投げやりに言ったら、
「本当ですか!?」
と言った後に、
「お礼と言うのはこれなんですけど、見てくれませんか?」
と言って差し出されたのを見て、やっぱりと思ってため息をつきながら俺は林を出て行こうとした。
それに驚いたのか、
「ま、待ってください八神君!! どうして何も言わないで行こうとするんですか!?」
と引き留めに来た。
「どうしてって、俺に『観に来てください』とでもいうつもりだったんだろ? 生憎だが、俺はそういうドラマとかは、撮影も、出演も、観るのも嫌いなんだ。そういう訳だ。じゃぁな」
とそのまま行こうとしたら、
「嘘です! だったらなんであんなこと言えるんですか!? あんなの、演技が好きな人にしか言えないはずです!!」
と反論しさらに、
「だったら、どうして八神君はこの学校に来たんですか!? 演技が好きだからじゃないんですか!?」
と言ってきた。なので俺は、自分の本心をばらした。
「はっ。俺は無理矢理この学校に入学させられたんだ。じゃなかったら、こんなところにこようとは思わねぇよ」
「!?」
「それにだ、俺はこの学校に来てから疑問に思っていたんだが、この学校の奴らは本当になる気があるのか?」
「あるに決まってるじゃないですか!!」
「それだったらお前ら『アイドル』の親衛隊なんて、なんで作ってんだ?」
「そ、それは……」
「学校は学ぶところだ。しかも、この学校は『テレビ関係者を輩出』している学校だ。それだったら、ここでは演技を学べばいいものを」
と言ったら、長谷川はうつむいて黙ったまま、何も言わなくなった。これでもういいか。そう思って再び歩こうとしたら、
「……だったら、」
「だったら、どうして八神君はあんな演技ができるんですか!?」
涙をうっすらと浮かべながら顔を上げて長谷川が言ってきた。ここまで訊かれたら、少し本気で言ってやるか。そう思って、俺はこういった。
「なぜ? じゃぁ、そうだな。お前、ヤクザの抗争に巻き込まれて死にそうになったことは?」
「え?」
「不良グループの喧嘩に巻き込まれたことは? その時にナイフを刺されそうになった時は?」
「な、なにを…」
「暴力団のアジトに乗り込んだことは? 銀行強盗に巻き込まれたことは? 通り魔事件の犯人を目撃したことは? 暴走族の連中と喧嘩したことは? ないよな? もちろんないよな?」
「あ、あなたは……」
「あるさ。全部な。全部俺は体験した。それらを解決するために俺は、あれぐらい素でやらないといけなかった。生きるためにはな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の話を聴いたせいなのか、長谷川は黙ってしまった。これでもう何も言わないだろう。
そう思って歩き出したが、
「忘れてた。俺が、ドラマが嫌いな理由」
「え?」
「さっきの言ったことから付け足すが、俺は実際に体験している。だから、あんな時間内に終わらそうとするために、いろいろと細工をしているのが分かるドラマが嫌いなんだ。それと、割り切ればいい、と思うだろうが、俺はそんなに賢くはないからな。割り切る、なんてことはできないんだ」
と言って俺は立ち去った。後ろの方で泣いてる声が聴こえたような気がしたが、俺は気にせずに校舎に戻っていった。
……そういや、長谷川が言っていた『あんな演技』って一体どういう意味だ? 俺は自転車で助けた以外遭遇した覚えがないんだが……。
校舎に戻る途中ふと気になったが、別にいいやと思い直した。