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アイドルッ!  作者: 末吉
第三幕・第七話~テストに向けて~
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7-11 場所と大事な話

 バスに揺られて三十分。目的地近くについた俺達はバスを降りる。そして、俺が先導する形で不動産屋へ向かう。その間も会話はあったが、俺は特に正直に答えはしなかった。

「ここだ」

「『株式会社鞍馬不動産』……聞いたことないわね」

「聞いたことある会社の方がすくねぇ気がするけどな」

 委員長のつぶやきに俺はそう答え、とりあえず普通にドアを開ける。

「邪魔するぞ」

「お、お疲れ様です!」

「担当者が至急作っていますのでこちらでお待ちを!!」

「お連れ様ですね。こちらへどうぞ!」

 開けた瞬間に社員一同が待ち構え、あれよあれよという間に俺達を中へと入れる。

 その勢いに慣れた俺は平然としているが、残りの三人は怒涛の展開に慌てながらも流されていく。

 結局彼女達が落ち着いたのはソファに座り、コーヒーと菓子が出されてからだった。

 俺がそれに平然と口をつけていると、残りの三人が口々に訊いてきた。

「八神君、この慕われっぷりはどういうこと?」

「八神君の家ってお金持ち?」

「や、八神君って顔広いの?」

「…………」

 日常茶飯事でケンカしてたせいで知り合いになった、などと流石に言えるわけがないのでどうしたものかと思いながら黙っていると、「少し遅れた。悪い悪い」とサングラスをかけ、雰囲気からして只者じゃない男性が二人の男性を従えてきた。いかつい顔をしているが、うちの町の連中に比べて顔に傷がないので普通の人である。ちょっと暴走族に場所貸したりしてるけど。

 良いタイミングだと思いながら、俺は「んなことより、悪いな。無理言って」と話を進める。

「ん? まぁいいや。お前には借りがあるからな。それに、町の奴らに喧嘩は売りたくねぇ」と答えたので、他の三人が口を挟む前に「んで、言った条件の場所はいくつあった?」と確認する。

「ん? この町内で使ってない廃工場だろ? 一応町内だけなら全部抑えてる……つっても、三か所だ。貸し出してるのは撮影用に一か所ぐらいだから残り二ヵ所しか紹介できねぇ」

「別に構わねぇよ。二ヵ所もあれば」

そう答えてから目配せして委員長たちに話を促す。

 それを察した彼女は他の二人に声をかけてから「すみませんが、その二ヵ所の資料を拝見させてはいただけませんでしょうか?」と頼む。

 突然発言者が変わったので向こうは怪訝そうに俺を見てくる。その視線は「なんでお前じゃねぇんだよ」と言われているような気がした。

 それに対し俺は肩をすくめて「紹介しに来ただけだ」とアピールする。

 うまく伝わったのか知らないが察したらしい不動産屋の社長――富永だったかはため息をついてから「おい少し待てお前ら」というと席を立ってしまう。

 当然こちら側が受ける印象というのは悪くなるだろうが、俺は別に気にしていない。こちらが突然押しかけて来たのだからな。それに、向こうもそのまま俺が話を続けると思っていたのだろう。

 何とも言えない雰囲気のまま数分が流れた。

 戻ってきたのは年が二十代ぐらいのまともに見える男性だった。

 スーツを着こなしているその男性は社長が座っていたソファに座り、「本日は来ていただき誠にありがとうございます」と社交辞令を述べる。……声が若干震えているが。

「えー、皆様スミレ学園の生徒さんですよね。私ーそのー、社長に変わりまして話を伺うことになりました、四島、と言います」

「ご丁寧にありがとうございます……それで、どうして社長は席を」

「忙しい中時間を割けるか、だそうです」

 間髪入れずに告げられた言葉に委員長たちも二の句を告げられない。が、俺は内心で「当たり前だよなぁ」と考えていた。

「なので話と条件の確認、契約などは私の担当でさせていただきます。……こ、これでも一応配慮はしていますからね?」

 まぁ高校一年生が不動産屋で貸してくれなんて門前払いにもほどがあるしな。説明に内心で頷いていると、切り替えたのか何かを言いそうになった映像学科の女子を制してから「貴重な時間ありがとうございます。では早速ですが、二ヵ所の資料を拝見させていただくことは可能でしょうか?」と委員長は質問する。

「ええ、それは可能です。ただ、」

「ただ?」

「未成年の方が直接契約を交わすことができませんので、保護者か学校側と連絡を取ってください」

「許可なら既にもらっています」

 そういうと委員長は持ってきたカバンから一枚取り出してテーブルに置く。そこに書かれていたのは、場所の契約に際するものだった。

 置かれたそれを確認している間、法外な値段吹っかけてきたら即警察へ突き出そうと考えつつ出されたコーヒーを飲む。暇だ。

「確かにそのようですね」

 そういって彼は手に持っていた書類をテーブルに置く。

 そして社長である富永から受け取ったであろう資料を二つテーブルに並べて説明しだした。

「現在こちらがご用意できる場所は二ヵ所となっております。ご学友である八神さんから頂いた条件で、という話になりますが」

「どういった条件でしょうか」

「この街で所有している、というものです。近辺での物件なら選択肢は増えますが」

 暗に別な場所の方がいいぞと言ってる気がするが、委員長は「いえ、結構です」ときっぱり断り二ヵ所の資料を手に取り他二人と話し合いを始めた。

 俺はというと暇なので目の前にいる四島という男を観察する。見られているのが分かっているのか、彼の顔色は悪い。

 おそらく社長たちにプレッシャーをかけられているのだろう。平社員というのはなんとも可哀想だ。(実をいうと自身がプレッシャーをかけているのだが、本人は気付いてない)

 俺的には場所がどう変わろうとやることは一つ。練習した通りの演技をすることだけだ。その一点さえぶれていなければどうあっても変わることはない。

 そんなことを考えながらコーヒーを飲みつつ目の前にいる彼を観察していると、隣から「すみませんが」と委員長の冷静な声が聞こえた。

「こちらの方を貸していただけませんでしょうか?」

 そういってテーブルに置いた資料は、スレートと鉄筋で出来た昔ながらの工場跡だった。どうやらその昔ながらの舞台でやりたいようだ。

 頼むから値段吹っかけてくるんじゃねぇぞ……と思いながら彼を見ていると、置かれた資料を手に取り「これですか……」と呟いてから電卓を内ポケットから取り出す。

「一日の使用量はこんな感じになります……一応、連日使用による割引はいれてません」

 そういって電卓に数字を打ち込み俺たちに見せてくる。書かれていたのは一万円。俺がいるからか滅茶苦茶安い金額なのだろうかと思ってしまう。

 ……まぁ、前に借りてた暴走族は年二万円だったけど。

 事情も違うし値段設定も貸す相手によって違うのだろうから口は挟めないよなぁと思っていると、「どのぐらいお借りする予定で?」と訊いてきたので「十六日です」といつの間に手帳を開いたのかわからない映像学科の女子がそれを眺めてから答えた。

「そうですか……そうなりますと一か月以上の連日使用から割引が始まりますので今回は十六万円になりますね」

 これ請求書どこに送ればいいんだろうか。今更ながらに思い付いた疑問だが、たぶんそんなもの話し合いで何とかしてるのだろう。そうじゃなきゃ単独で来るわけがない。

 その値段を聞いた三人は互いに顔を見合わせてから頷き代表して委員長が「それでお願いします。契約書などの書類は学校側に書いていただくので持ち帰ってもよろしいでしょうか?」と即決した。

 しかし場所取りとかいろいろ面倒だな撮影っていうのも。なんだかモチベーションが下がっていきそうで怖い。

 そんな俺の感想もつゆ知らずにとんとん拍子に話は進んでいき、物の数分で契約書の準備が完了。

 それの不備があるかどうかの最終確認などをとりあえず社長にやってもらい、支払いなどは全部学校に話を通してもらうということで終わった。

 詐欺まがいの書類握らされた可能性ありそうだよなぁとか疑いながら店を出た俺は思っていたが他の奴らは場所が確保できたことに安心していたため、とりあえず店の方を一瞥しておく。

 それに気付いたかどうか知らないが、映像学科の女子は「本当にすいませんでした八神君!!」と頭を下げてきたので「良いよ別に。こんなの慣れてるから」とそっけなく応対する。

 というか何か巻き込まれることは予想していたから礼を言われてもうれしいわけがない。まぁテストに関する大事に巻き込まれたのは予想外だったが。

 さぁってささっと戻るかと思いながら腕を伸ばしてバス停へ向かっていると、携帯が鳴った。

 誰だと思いながら見てみると、委員長からだった。メールで『二人には先に戻ってもらうから、お話いいかしら?』とのこと。

 一体何を話すのだろうかと思いながらいいぜと返事しておく。

 すぐに返事を確認したらしい委員長は二人に向かって「ごめんなさい二人とも。少々八神君と話をしたいから二人で先生たちに話をしてくれないかしら?」と謝っていた。

「え、今なのそれ?」

「ええ。今のうちに話をしておきたいから。お礼を兼ねてね」

「それって今じゃなくても「あ、分かった! 私達で学園長たちには説明しておくからゆっくり帰ってきてね!!」

「?」

 映像学科の女子を裏方学科の女子が引きはがしてそのままバス停へ向かう。なぜか俺にウィンクをして。

 意味が分からないながらもそのままバスが来たので見送った俺達は、次に来るバスの時刻を確認してからバス停の横で話を振ることにした。

「で?」

「貴方に話したいこと、でしょう?」

「ああ。生憎とこの件以外で話をするようなことなんて思い出せないんだが?」

「まぁ忘れているわよね。八神君って色々な人を日常的に助けているから」

「……」

 助けているのだろうか。言われたことに対し、俺はそんな疑問を持った。

 だが今は関係ないので記憶の中を精査し始めたところ、向こうがあっさりと教えてくれた。

「私が万引き犯と間違えられた時に助けてくれたでしょ? 一昨年の十月ごろ。スーパーの」

「…………ああ。あの時の奴か」

 ようやく合点がいった。そしてその当時のことも思い出したので首を上下に振って納得していると、その動きだけで俺の状態を把握したのか委員長はため息をついて「よかったわ思い出してくれて」と安堵していた。

 まぁ言われて思い出せないならショック以外の何物でもないだろう。俺は特に気にならないだろうが。

 それにしてもこの偶然は何だろうかなどと思いながら、それでも話をする必要がある理由のだろうかと思考を探っていると「そんなに難しい顔しなくてもいいわ。私が一方的に伝えたいことなのだから」と言ってきた。

「……あ?」

「場所について目途を立たせてくれてありがとう。万引き犯を捕まえてくれてありがとう……その言葉よりも言いたいのが、これ」

 それから俺の方を向いてきたのが分かったので向き直すと「好きだったわ。もう一度、今、あなたに遇うまでは」と表情を変えずに言ってきた。

「…………は?」

 少し頭の中が空白になってから搾り出た言葉。我ながらバカだと思うが、実際に起こってみると何も考えられなくものらしい。

 そんな俺の表情が滑稽だったのか委員長はクスッと笑ってから「普段から告白慣れているのかと思ったけど、意外とそうでもないようね」とおかしそうに言い、「これで私の言いたいことはおしまい。だから、テストに集中しましょう?」と勝手にまとめようとしたので、「ちょっと待ってくれ」と待ったをかけることにした。

「何かしら?」

「つまり委員長は、俺に対する気持ちに区切りをつけたいからこういう場を設けたかった……のか?」

「ええ。あなたの周りには人が集まっているし、何よりあなたのその中に持っている『何か』を私程度が支えられなさそうなのが理解できたから。こんな非常事態だけど利用することにしたのよ」

「……鋭いな」

 思わず漏らした言葉に委員長は「あら? これでもスミレ学園に入学できたのよ? 観察眼ぐらいあるわよ」と説明してくれた。

「ふ~ん」

「信じてなさそうね」

「いや。嘘ついてる様子じゃなかったから相槌を打っただけだ。基本的にそれ関連だと語彙力がなくてな」

「益々意外ね。あそこまでできるならもっと知っているのかと思ったけど」

「多少興味がなくなるから返事が一定になるんだよ。俺の身に何が降りかかるわけじゃなかったりするとな」

「そういうこと。そういわれると色々思い当たる節があるわね」

 そこで話は終了。俺達は黙ってバスが来るまで待つことになった。



 バスに乗り、学校に戻って教室に戻ってきたところ、如月がなんと櫻田を殴り飛ばしていた。

 ガシャーン! と机やいすが巻き込まれる音が聞こえる。周囲の奴らは声も上げられないらしい。

「どうした一体?」

 とりあえず呆然とした空気を壊すように問いかける。

 すると、櫻田が腰をさすりながら起き上がり「いてて……」と肩を回したりして俺を見てから説明した。

「あー、ちっと動きの練習をやってみたんだよ。借りてないから教室でね」

「そうなのか。けがは?」

「ないない。ちゃんと殺陣の練習の成果で」

「そりゃよかった」

「あ、それでつとむ。場所は大丈夫なのかい?」

 俺と櫻田の会話が終わるタイミングでいつきがもっともな話題を振ってきたので、「場所に関しては一応決まった。契約とかは全部学校側に丸投げするために委員長たちが書類持って行った」と正直に答えた。

 俺の答えを聞いて全員が安堵したらしく、「これで練習に身が入る」などと言い始めた。

 まぁ不安だった気持ちは分からないでもないなと思いながら「ほら練習だ練習! 動いていこうぜ!!」と声を上げた。


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