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アイドルッ!  作者: 末吉
第三幕・第七話~テストに向けて~
154/205

7-8 目覚めて


 夢。

 『俺』は一人アルバムを捲っていた。

 たくさん写真があり、写っているほとんどがツーショット。

 相手の顔は分からない。ぼやけているせいか知らないが。

 色々な場所で写真を撮っている。俺の表情はページが進むにつれて笑顔が多くなっている。


 という姿を、近くで俺が確認している。

 未来の出来事かはたまた妄想の類になる夢か。神のみぞ知る話になる光景を目の当たりにしている俺は、捲っている『俺』に背を向けて歩き出す。


 まるでその結末の過程へ戻るように。


「…………」

 目を覚ましたら自分の部屋だった。親父が運んでくれたんだろう。

 体を起こそうとしたが右肩の損傷がひどかったので断念して息を吐く。

 傷が深かったそこ以外の外傷は見当たらないだろう。どの位寝ていたのか分からないが、経験則で大概の傷は治っているのが分かったから。

 左手で右肩を触ってみたところ、触れた瞬間に激痛が走ったので苦痛に顔をゆがめて耐える。

「……! ………!!」

 痛みは数秒で引く。だが、感覚としていまだに残っている気がする。

 息はできている。あれだけ叩き付けられても呼吸器系のダメージは回復したらしい。受け身とった記憶すらないのに。

 こうして自分の体を思い返すと、心底逸脱しすぎている自分を一般人と同じ枠で見ていたことが笑える。そして、無性に悲しくなってくる。

 で、不意に気になった。

「俺、どのくらい寝てたんだ……?」

「半日よ、つとむ」

 部屋の扉近くから声がしたのでそちらに向けると、お袋が立っていた。

「まったく。いい加減に喧嘩で価値観を変えようとするのはやめなさい」

「……はい」

 素直に頷くと、「茜が大変だったんだからね?」とため息をついて答えてくれた。

「お父さんに詰め寄って涙ながらに怒っていたのだから。ああいう光景を作らないために、そして自分が不用意に傷つけないようにしなさい」

「……ああ」

 確かにそうだ。いつまでもこんなことをしていられない。

 肩の負傷をいい機会に自分で考えて結論を出せるようにしなければいかないと。

 そう結論を出した俺は「今何時?」と質問する。

「もう午後一時よ。とりあえず片手で食べられるようなものを買ってきたから」

 そう言うとお袋は部屋を出ていき、その後姿を見送った俺は学校になんて言い訳使って俺は休んだのだろうかと思いながら天井を見つめる。

 結局、変えたのは自分の見識だけだった。それ以上――美夏たちの気持ちに対する俺の答えは出なかった。

「……駄目だな、俺」

 変えようと思い立った状態なのだから仕方のないことなのだろうが、それでも『突き放す』という選択肢がちらつく自分に嫌気がする。

 それで傷つけるのが分かっているのに。それが本心ではなく自己防衛の一種であるということは理解できているというのに。

 段々変わっていけばいいのだろうかと思いながらぼんやりしていると、「はい昼飯。全部食べたら寝なさい」とお袋がお盆に山積みにしたハンバーガーを持ってきた。

「いやなんでだよ」

「タンパク質取りなさいよ。そして寝れば治る」

「昔の人でもそんな横暴な治療思いつかないと思うぞ」

「あんた達の場合それで本当に治るでしょうに……ちゃんと食べなさいよ」

 否定できない言葉を残してお袋は部屋を出ていく。残された俺はお袋がわざわざ椅子を移動させてその上に置いたハンバーガーが乗ったお盆に頑張って手を伸ばし、片手でつかんで食べ始める。

 スーパーで買ってきたものだろう。だがそれでもこういうことが久しぶりだったので味を気にすることなく勢いで完食してからそのまま瞼を閉じた。



 ……人の気配がして意識が覚醒する。普段なら起きないはずなのだが、どうやら気分は高まったままらしい。

 瞼を開けて首を入口の方へ向かると、気付いたらしい茜が「あ、起こしちゃった?」と訊いてきたので「なんか用か?」と右肩の調子を人知れず確認しながら聞いてみる……少し痛みがあるな。

 これなら明日には完全復活できそうだと時計を見て思っていると、茜が近寄って俺に視線を合わせるように俺の椅子に座り、不安そうな――というより悲しげな表情を浮かべて「どうして?」と呟いた。

「どうしてお兄ちゃんは傷つかないと何もできないの?」

 その言葉を皮切りに茜は涙を浮かべ始め、俺の左手を握ってから黙って見つめてくる。その視線は真剣そのもの。茶化すことも誤魔化すこともできない。

 どうしたものかと少し思案してから、俺は天井を見て答えることにした。

「……昔からなんだよ。どうしても本気で答えを出したいときには。こうして。どうしてって言われると……やっぱり俺も喧嘩バカなんだろうな」

 事情は違うが、的確でソフトな表現としては妥当の説明をする。

 だというのに、茜は鼻をぐずらせながらも「嘘吐き」と切り捨てた。

「お父さんからちゃんと説明してもらったもん。お兄ちゃんがこうしないといけない理由。そして……お兄ちゃんの過去」

 茜のトーンが下がる。その意味を何となく気付いていながらも言われた言葉を考えた俺は、余計なことを言ったなというより、もう言わなくちゃいけなくなったのかという諦観だった。

 茜が知ったのは俺の体質。それ以外――つまり俺の幼少期から彼女と出会う前などの話は知らなかっただろうし、知られる必要もないかと思っていた。

 だが親父が語ったということはやはり『家族』としてなのだろう。意図的な情報の封鎖を家族間でしたところで、疎外感しか生まないだろうし。

 そうなると今回の件ってのは家族内ではよかったのだろうかとぼんやり考えていると、「すごいよお兄ちゃんはやっぱり」と聞こえた。

「どうしたいきなり? 怒っているんじゃないのか?」

「もちろん怒っているけど……けど、それでも、やっぱり……すごいよ」

「?」

 要領を得ない。というか、手を握られたままだ。

 どうしたものかと思いながらも「とりあえず手を放してくれないか?」と言うと「あ、ごめん」と言って素直に放してくれた。が、その際に一瞬名残惜しそうな表情を浮かべていたのを俺は見逃さなかった。

 のだが、正直どうしてそんな表情をするのか分からなかった俺は、「そろそろ寝たらどうだ?」と促しておく。

 その言葉を受けて茜は我に返ったようで「あ、う、うん。お休みお兄ちゃん。肩頑張って治してね」と早口で言ってから急いで部屋を出て行った。

「……どうしたんだ一体?」

 怒られたのは想定内だったが、そこから先の変化の理由が分からない俺はそうつぶやいてから肩の痛みを無視して起き上がりトイレへ向かった。


「やっぱり片腕が固定されていると不便だな」

「僕としてはそんな状態でもこうして行動する君を見て『ああやっぱりすすむさんの息子なんだなぁ』と思うけどね」

「なんだつとむ? 水でも飲みたくなったのか?」

「トイレに行ったついでだ。もう寝る」

 本当にトイレに行ったついでに一階に降りて様子を見たところそんなことを言われたので戻ろうとすると、「少し待てよ」と親父が言ってきたのでしぶしぶリビングへ入り椅子に座ってから「なんだよ?」と質問する。

「どうだった?」

 それがどの質問なのか。多分心当たりがあり過ぎてもう一度聞き返さないといけない場面なんだろうが、今回は特に問題なかった。

 何を、が理解できた俺はすんなりと「悪かったな、手間取らせて」と答える。

「そうか」

「ああ」

「「…………」」

 沈黙が場を支配する。多分、これは俺と親父にしか伝わらない空気だろう。この無言の空気の中に漂う達成感の分かち合いは。

 少しの間浸っていると、いつきが咳払いして「今日の学校のこと説明してもいいかい?」と訊いてきたので我に返って「おお」とうなずく。

 いつきはウーロン茶を飲んでから「君の欠席理由に関してはとりあえず誤魔化しておいたから話は合わせてね?」と俺のことから説明してくれた。

「ちなみに理由は?」

「まぁ爆弾の傷がうずいて安静にしないといけなくなった……って感じ。その方が実際にみんな知ってるし、納得もできるでしょ?」

「なるほど。確かにそうだな……」

 いつきの説明を受けて納得する。やっぱりこういう話をさせるといつきはうまいなと思う。俺だったら適当にでっち上げて通りを引っ込めかねない。

 そんな俺の感想を知らないだろう彼女は続ける。

「次に僕たちのクラスの練習だけど、段々と形になってきているよ。でもまだテレビで放送するレベルじゃないかな。みんなもわかってるのか今日も最後まで居残り練習してたし。特に熱心だったのが不良役のグループかな。つとむがいないから慌てるのかと思ったけど、見返してやるって気持ちが強いのか張り切って不良をやっていたよ。今のところ如月君や委員長を除けば彼らは自然になってきてはいる」

「すげぇなあいつら。一体どんだけ陰で練習してるんだ?」

「それだけ君の影響力がすごいってことさ。新妻君たちのクラスも本番だと仮定して練習しているようだし」

「すげぇな」

「で、明日のはじめ委員長は今回担当してくれる各学科のクラス代表と話をするからいないってさ。委員長は大変だ」

「本当だな。すげぇとしか言いようがないぞ」

「……君って本気で感心するとボキャブラリが不足するよね」

「仕方ないだろ。そう思うんだから」

「あ、そう。まぁそのくらいかな」

「そうか。ありがとよ」

 そういって俺は息を吐き、「もう寝るわ」といつきの肩をたたいてからリビングを出た。


 さぁってさっさと寝るか。


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