7-7 『喧嘩』
活動報告に書いた通り、二週間に一度の更新になります。
食べ終わって食器の片づけを任せることにした俺達は、玄関先で準備運動を行いながら話をしていた。
「久し振りにあそこ行くなぁ」
「だな……いつぶりだったか?」
「小学校頃が最後だろ……そろそろいいか?」
そういって親父が確認を取ってきたので俺は小さくうなずく。
それを見てから後ろを振り返った親父は、心配そうな茜の顔を見て「そんじゃ、少し行ってくる」と同時に姿を消したので、俺もそれに倣い茜に「心配そうな顔するなよ。死にはしないだろうから」と言うと、「どうして?」と声が聞こえた。
「どうしてお兄ちゃんは喧嘩するの? 昔から巻き込まれていただけじゃないの?」
「…………」
なんだかこう、心に来るものがある。だが、これが今の俺にとっての最善な決定方法なのである。こればっかりはどうしようもない。
だから俺はすぐに茜に背を向けて「悪い」と漏らしてから親父の後を追うように全力で跳んで目的地へ移動することにした。
到着した場所は空き地。広さは結構ある。俺達二人が全力で暴れても周りに被害が出ない程度には広い。
ちなみにこの場所は修哉さんが出産祝いにくれたらしい。この土地があれば色々なものが建ちそうだが、生憎と俺達が戦う場としての役割しかない。いたるところにクレーターあるし。
「久し振りだなぁ、ここも。雑草生え放題だぜ」
「そりゃしばらく来てないからな」
月が俺達を照らす以外の明かりがない状態で対面してしゃべる俺達。
「これはそろそろ刈らないと駄目か?」
「大丈夫だろ。どうせこれやったら更地になる」
「明日もあるからそんなにやらないぞ、つとむ」
そういうと親父はまとう雰囲気を変えてからぼやいた。
「ったく。いい加減卒業して自分の考えぐらいびしっとまとめろよ」
「悪かったな。でも、こうやって考えた方がすっきりできるんだよ俺は」
「言い訳するなよ」
その言葉と同時に親父が上段蹴りを放ってきたので、しゃがんで左足に蹴りを入れようとして――全力で距離を取る。直後に上段蹴りからのかかと落としが来た。
クレーターと衝撃波が同時に、音が遅く聞こえる。俺はそれをものともせずに突撃したところ、親父がそれに合わせて同じく距離を詰めてきたうえにラリアットで俺を強襲した。
「大方、お前の中で守りたいものがぐらついたとかそこら辺だろ?」
直撃した俺は強烈にたたきつけられてそんな言葉を聞いた。意識が混濁する中でも反射的に反撃するように両手を地面につけてばねのように利用し両足を突き出す。
が、それは最悪な手段の一つだった。
突き出した足を親父がつかみ、そのままジャイアントスイングする。
投げ出された俺はそのままふっ飛ばされ、さらに地面を五十メートルぐらい擦ってから止まる。追撃は来ないし、ここまでの攻防で一分経っているかどうか。
擦り傷が大量にでき、体に痛みが残る。それでも加減されているので俺は普通に立ち上がれる。
「まぁ一本芯を通すのはそれなりに疲れるし、困難だと分かるがな」
そういって言葉を切った親父に、今度は俺から接近しいつもの力でストレートを放つ……が、軽く首を振られて避けられた上に胸ぐらをつかまれた。
「なぁつとむ。俺達が簡単に死ねると思ってるのか? 簡単に死ぬだなんて、本気で思っているのか?」
締め上げられる力が上がる。親父の顔が間近になる。
それでも俺はひるむことなく「ああ」と答えた、その瞬間。
親父に俺は七割ぐらいの力で叩き付けられる。
漏れる酸素と吐き出す血。そして胸ぐらから離れない親父の手。
「前にも言ったよな?」
俺のダメージガン無視で再び持ち上げた親父は、抵抗しない俺にどう思ったのか知らないがもう一度――今度は割と本気で俺は地面に叩き付けた。
一回目とは比べ物にならないほどの衝撃に俺の体のどこかの骨が折れたのと、脳が揺さぶられて思考自体がまとまらなくなってきた。おそらく出血も相当なものだろう。頭からも血が流れている気がする。
客観的にそう判断出来た俺は、妙に頭がすっきりしてきたのでダメージガン無視で思いっきり立ち上がる。
それを見た親父は「やっぱり俺の息子だよ」と言ってから話しかけてきた。
「なぁ憶えているか? 前に俺が言った家訓」
その言葉の意味を理解できずにフラフラな体を何とか奮い立たせつつ「……ああ」と口に出す。
忘れられもしない家訓。ほぼ重傷で意識が朦朧としている中でも鮮明に聞こえた言葉。
意図せずに俺達は声を揃えた。
「「俺達一族はこの世の中で常に最強でなければならない」」
そう。これは俺達に課せられたといっても過言ではないルール。幼い頃に聞いた武勇伝と一族の成り立ちの話が今でも鮮明に覚えている。
その言葉を皮切りに俺達は再び一瞬で距離を詰め、俺は腰めがけて蹴りを入れようと繰り出した時にはその足を取られて持ち上げられ、もう一度地面に叩き付けられた。
ドスゥゥン!! という音が敷地内に響き渡り、俺へのダメージは甚大だがその状態の中で俺は考えていた。
普通の人間なら絶対に無理だろうが、幼い頃からこんな状況下で生きていたせいか活路を見出そうとする。そのせいで俺は大事な決断をするときはこうして喧嘩しながらなのだが。
――今の俺が守っている気持ち。それは……
いつきと約束した、退学しない。
現実とのズレが好きになれないから、俳優にならない。
いつ死んでもおかしくないから、人を好きにならない。
この三つ。
矛盾しているがゆえにこういった事態に陥ってしまったことに気付いた俺は深く考えようとしたところ、親父が踵落としのモーションで眼前にいたので振り下ろされる足を無視して全力でボディーにストレートを繰り出す。
確かに殴ったという感触があったが、同時に俺も踵落としを右肩に直撃しそのまま地面に叩き付けられる。
ズドォン! という効果音とともに俺は地面と三度キスをする。今日はこんなんばかりでダメージを負ってる気がする。
だが、そのおかげで何とか自分の中の気持ちの整理が出来てきた。どんなことをしたいのかを言えるぐらいには。
右肩が脱臼か壊れたか知らないが動かないので左手一本で無理やりに体を起こす。
視界は明滅し、瞼が重いのか視野も狭くなっているが辛うじて親父が口から血を吐き出したのが見えた。それなりにダメージが通ったらしい。
だがその感慨は全然なく、むしろそんなものはどうでもよくなっていた。元々目的が違うのだから当然だが。
「鋭さが戻ったな。見つかったのか?」
「……ああ。ありがとな」
おかげで受け入れられた。
俺は、自分で思っていた以上に臆病者だったということを。
「…………俺達、は……死ぬのが……難し、い……」
『俺達一族は最強でなければならない。』
これは掟であり、俺達にとっての普通であり、常識である。
にも拘らず、俺は一般人と同じだと断定して今まで生きていた。口では化け物だ何だと言っていたはずなのに。
これじゃぁ修哉さんの言葉を否定できねぇ。
そう自嘲しながらも、俺の口から洩れていく。
「……簡単に死ねねぇんだから、そもそもの前提が違う……悲しませる理由なんて、俺が冷たくしてるだけ……」
バカな選択を選んで今まで生きてきたなんて、正直笑えもしねぇ。
どうしてだなんて今更言ってもいられない。そんなものはもう過去のことになる。
今の俺は――
「――胸張って、好意を……受け入れて、やる。殺させもし」
「――やれやれ。相変わらず荒療治じゃないと変えられないとか。俺の子供の頃より悲惨だなつとむの奴」
口元の血を袖で拭き取ったすすむは、うつ伏せになったつとむを見下ろしながら呟いた。
この土地の現状は来た時よりさらに悪化していた。
至る所にクレーターが存在していたが、今回の件でさらに増えた。幸いにも見られることはないが、この有様を見たら間違いなく変な噂が立つ。まさか人力で引き起こしたとは誰も思わないだろう。
「しっかし……相変わらずうじうじ悩むと弱いな。思考の切り替えができてない証拠なんだろうなぁ。そのせいで変えられないのかひょっとすると?」
息子の状況をある程度分析する父親。どうやら生死の確認を行う気はないらしい。
と、ここで空を見上げて月が出ていることを確認したすすむは、「やっぱり月は綺麗だなぁ」と呟いてから首を回し、屈伸して大きく伸びをする。
それからしばらく準備運動をしていた彼は最後に深呼吸をして「よし!」という掛け声とともにつとむをおんぶし、その場から跳躍して帰宅した。
――少しはマシになったなと感想を抱きながら。




