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アイドルッ!  作者: 末吉
第三幕・第七話~テストに向けて~
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7-4 もう一人の特訓

 結局、如月は俺の案を全面的に飲んでくれた。

 まぁ実際にやってみて攻撃してる側が段々疲れているのに俺ケロッとしていたからな。素であいつ絶望してたし。

 で、今は戻ってきて俺と如月の殴り合いシーンに関して軽く説明して読み合わせの方に合流した。ただ、そのシーンを説明した時の全員の如月に同情する目を、俺は忘れないだろう。

 そこから読み合わせは再開された。が、やはり戸惑いがあるのか台本がないとどうにもセリフが思い出している感が出てしまいやりづらそうだ。

 いつきや俺、如月が出る場面だと意外とスムーズにいくのだが、それでも手探り感は否めない。

 そうこうしているうちに放課後になってしまった俺達は休憩をすることに。

 というか、ここまで休憩なしで俺達はやっていたのかよ。

 道理で全員気を抜いた時に深呼吸していたのか。

 中々の緊張感だったからなぁと思いながら水道で水を飲んで来ようと考えて教室を出たところ、「あ、兄貴! ちょうどいいところに!!」と慎の声がしたので振り向く。

「どうした?」

 よくよく見てみると竹刀を袋の中に入れ、胴着などを詰めているだろうバックを肩に下げていた。

 俺に一体何の用だろうかと思いながら答えを待っていると、「ちょっと練習に付き合ってもらいませんか?」と訊いてきたので「今休憩中なんだよ」と答えてから……思い出したので携帯電話を取り出してマスターに掛ける。

『もしもし』

「あ、マスター? テストの練習でしばらく時間が遅くなるわ」

『あ、マジか? そりゃやべぇな』

「いやまぁ、そうなんだろうけど」

『……ま、仕方ねぇ。貼り紙しとくから』

「いらねぇよ!」

 ついそう叫んで反射的に電話を切る。何事かと周囲の視線が集まるが俺は気にせず、慎に向き直り「剣道の練習だったら他当たってくれ」と答える。

 こっちには時間がないというのもあるが、正直慎が天才の部類に入っていたとしても俺の一撃を見切れるかどうかわからないし下手をすると熱くなって入院させるような羽目になりそうだ。それは限りなくゼロに近いだろうけど。

 そんなことを考えていると「兄貴とやったらどうなるかなんて想像がつきます」と真剣な表情で言ってきた。

「それでもお願いします!」

「…………今回のテストで必要なのか?」

 そう聞くと視線を逸らし「えーっと……」と急に続かなくなったので「なんだ、鍛えなおしたいのか自分を」と訊いてみる。

「…………はい」

「道場通ってないのか?」

「もう辞めてます。道具とかも久し振りに出しました」

「素振りは?」

「昨日軽く三百回ほど」

 三百回って軽かったっけという疑問はこの際置いといて、昨日の話の流れを思い出した俺は「五分ぐらいならいいぞ」と返事する。

「本当ですか!? 流石兄貴っす!」

「場所はとってあるんだろうな?」

「体育館借りてきたんで大丈夫です。さぁ!」

 テンションが上がってきているらしいのでなだめるのも面倒な俺は「さっさと行くぞ」と言って歩き出した。


 体育館についた俺は、頑張ってついてきたらしいが荷物のせいで息を切らしている慎となぜかついてきたうちのクラスメイト、それにひょっこり混じっている他クラスや他学年の生徒。

「兄貴……速いっす」

「ただ歩いているだけなんだがな」

「ええー……」

 しょうがないだろ。これが俺にとって普通なんだから。

 というか、そんなことより俺が気になっているのはこの観衆。見世物じゃないのにどうしてこうなっているのやら。

 ハァっとため息をついてから首を左右に振っていると、「って、なんでこんな人がいるんですか!?」と今更気付いた慎が叫んだ。

「ただ練習に付き合ってくださいって言っただけでなんでこんな集まっているんですか!?」

「俺が知るか。うちのクラスの奴らは見当つくが、他の奴らの目的なぞ知らん」

「しかも囲まれてますよこれ……」

「そうだな」

 この状況、正直言うと俺が攻撃できないのだ。迂闊に力入れたら衝撃波出して観衆巻き込む気がする。

 だが、逆に考えれば手加減の練習にもなりえるからいい機会かもしれない。

 朝方ヤクザたちを実験台にして切っ掛けがつかめたのを、ここで決定的にしておくのも悪くない……というか、是非ともしたい。しないといけない気がする。

 慎に感謝しないとなぁと思いながら「ほらさっさとやろうぜ」と促す。

「兄貴は竹刀……持ってないっすよね」

「当たり前だ」

「だろうと思って二本ありますので、貸します」

「……壊さないように使う」

「なんでそんな条件着くんすか!?」

 ありがたく一本拝借して右手だけで軽く振り下ろす。

 ピタッと振り下ろされた切っ先は止まり、その少し後に風が吹く。

 しまったな。これじゃまだ駄目か。

 どのくらいで振ればいいものかと思いながらゆっくり振り上げて少し遅く振り下ろすが、それでもダメ。

 うまくいかんなぁと思いながら段々遅めて振っていると、「あ、あの、兄貴」と恐る恐るといった感じで慎が声をかけてきたのでいい感じで風がなくなったところで素振りをやめて「なんだ?」と問いかける。

「あの、なんですかさっきまでのあのスピード」

「ん? 軽く振ってるだけだ。今は段々遅くしているところ」

「遅くって……いや、何でもないっす」

 ふむ。段々分かってきた。

 基本的に俺は自然体からの攻撃が主体で、構えることもあるが動作的にはどちらも変わらない。ただ速く。力を込めても速く。

 ゼロからのトップスピードによる攻撃。それが一族の間で伝承されている業。

 だからこそいま必要なのは逆――速度を抑え動体視力で限りなく見える範囲にまでもっていくことなのだ。

 しかしやはり難しいな……などと安定した速度で素振りを続けていると、「防具どうしますか兄貴?」と訊いてきたので「いらん」と即答する。

「でしょうね」

「さっさとやろうぜ」

 俺がそう言って素振りをやめると、防具を身に着けた慎が「お願いします」とお辞儀したのでつられてお辞儀する。

「では」

 そういって中段に構える慎。

「そうか」

 俺は右手一本で中段に構えながら言う。

「俺は避けるだけでいいのか?」

「打ってきてくださいっす。こっちも避けたり打ちます」

「分かった」

 とりあえず向こうから打ってくれるまで構えているかとぼんやり考えていると、慎がいきなり鬼気迫る叫び声を上げながら二歩で距離を詰めてきて振り下ろしてきた。

 もう少しで当たるというところを竹刀で防ぐというのも普通じゃ無理だろうなと思いながら半身ずらして避け左に避ける。

「流石っすね」

「まぁな」

 対して驚いてない様子。まぁ分かっていたんだろうが。

 実をいうと慎の鋭さには内心で驚いている。有段者、しかもこの若さで初段とはこのぐらいの腕前何だろうか。

 かなり余裕だったことは伏せて置き、再び硬直状態になった俺は息を吐いてから眼をゆっくり開き「ハァっ!」と叫ぶ。

 たったそれだけで慎は後ろに飛んで肩で息をはじめ、周りの奴らは怯えていた。いつきだけは平然としているが。

 気迫とか殺意込めた憶えがないんだがなんて思いながらも「大丈夫か?」と慎に訊く。

 何とか呼吸を整えたらしい彼は「兄貴、人でも殺したことあるんすか? 一瞬殺されるかと本能的に感じたんですが」と訊いてきたので「いいや」と否定する。

 人を殺したことは、ない。そこに含まれる意味合いを取られたくないので深くは言わないでおく。

 しっかし俺のずれって相当ひどいんだなぁと思いながら、「じゃ、こっちから行くぞ」と宣言する。

 慎はそれを聞いて身構えだしたので、俺も一歩で近づいて片手で先程までと同じ速度で振り下ろす。

 それを見て慎は避けようとせずに竹刀で防いだ。

 それで手加減が出来ているのが分かった俺は軽く竹刀を押して距離を取る。追撃はしない。

 これで俺の手加減が様になってきたのは分かった。攻撃だけだけど。

 移動に関しては分からんなぁと思いながら左手の中指で挑発する。

 それに乗ったのかどうか知らないが、慎は竹刀を構えて「イヤァァァァ!!」と叫び声を上げて攻撃してきた。


 そこからは慎が一方的に攻撃してくるのを俺が紙一重で避けたり(余裕)、竹刀で受けたりしていた。

 段々キレが戻ってきた気がするが、すぐに大雑把になってきた。集中力が切れ始めているのだろうか。

 ここら辺で終いだなと思った俺は最後だけいつもに戻し、竹刀で面に当たる部分を当てて慎を気絶させる。そのあとに風が吹き、慎は倒れた。

「さて」

 俺は慣れた手つきで防具などを取り外し、さりげなく慎の脈拍を図って無事なことを確認して背負い「荷物任せた」と言って保健室へ連れていくことにした。


 というか、時間見たら四十分ぐらい経ってたな……時間食い込んだけど大丈夫なんだろうか練習。


 体育館を抜けた俺は不意に思ったが、一人じゃどうしようもないので考えるのをやめた。


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