6-17 役
これにて第六話終了となります。……まだ七話終わってねぇ
昼休み。
「兄貴、そっちはどうなってます? こっちは一応台本なしでやってますよ」
「読み合わせ」
「大丈夫なのかお前のクラス、本当に」
「知らん」
いつものメンバーで昼食を食べながら互いの進捗状況を確認していると、心配されるほど俺達のクラスはやばいのが分かった。
とはいったものの、集まったのすらつい最近なわけで周知の事実なのだが。
流石に家での練習とかまで心配する気にもなれんからなぁと思いながら「やるしかない」というと、「それはそうだが」と甲斐が言った。
そこからさらに何か言おうと思ったのか口を開いたところ、慎が口を挟んできた。
「そういえば兄貴」
「あ?」
「兄貴って台本覚えたんすか?」
「覚えたも何も変わらないんだよ、つとむは」
「どういうことだ?」
「役がそのままなのさ」
だいぶ素っ気ない態度で俺の代わりに受け答えするいつき。どういうことかと視線で問われた俺は、「不良なんだよ」と答える。
「「あーなるほど」」
納得してくれたようでなにより。
さっさと食い終わったら台本もう一度くらい読み返そうと思いながら食べていると、「そういえば、一昨日のテレビ見たぞ」と甲斐が言ったので俺は箸を止めた。
「授業態度から見て相当だろうと考えてはいたが、あの運動能力は本当に人間が出せるものなのか?」
「死ぬ気で鍛えりゃな」
「流石は兄貴っすね……」
「慎も頑張って鍛えて緑川守れよ」
「ぐはっ! ここでその話題っすか!!」
なにやら項垂れたので、別れでもしたのだろうか思いながら触れないでおくと、いつきが「どうしたのだい、一体?」と遠慮なく踏み込んだ。
「え~っと、すね……ま、円花も僕も試験で忙しくなっているのでメールでのやり取りで済ませていたんですが、急に夏休みの話題になりまして……」
「デートの話か。思ったより緑川は積極的なんだな、隣にいる奴と違って」
「……」
何も言い返せない慎はそのまま死んだ目で食べ進めていく。
甲斐の奴とどめさしてどうするとか思いながら関係ない俺は「そういやお前、剣道どの位なんだ?」と訊いてみる。
「段位、っすか……初段には何とかなれましたけど、しばらく振ってないんで……」
「その年で初段になれたのにどうして勇気が出ないんだ?」
「初段になったの中学最後の年だから。そこからさっぱり振ってないんだよ」
「「…………」」
あっさりと言われた内容に衝撃的なのか黙り込む甲斐といつき。俺はというと、それがすごいのか分からないので「ふ~ん」と相槌を打ってから「ならおびえるなよ」と言って置く。
「え?」
「何に自信がないのか知らないが、最初なんて怒られたり、失敗するだろ。それで見切られるんだったら、そいつのことなんか忘れた方がいい」
「……兄貴って、彼女いたんすか?」
「いねぇよ。作る予定も今のところないしな」
「…………知っていたよ」
「………………ドンマイ、本宮」
誰よりもいつきの方が知っているはずなのにどうして気落ちしているのだろうかと思った俺だったが、食べ終わったので「先に教室戻るわ」と言ってお盆を持って立ち上がった。
教室に戻った俺は午前中に行った読み合わせを思い返しながら台本を読み始めることにした。
感想としてはひどい気がする。タイミング、テンポ、そられすべてがバラバラで流れがきれいになってない。おかげでギクシャクギクシャクとやりづらい。
最初だからこんなものなのだろうかと思いながらも自分の初登場のシーン前後に差し掛かったのでそこで捲るのをやめ、捲る速度を遅くする。
「…………」
教室内で昼休みだからか騒ぐ声が響く。が、俺にとっては気にならないので無視。
どうしてこんな真剣にやっているのか。目標が補習回避だが、やらなければいけないのなら全力で。手を抜いて後悔するなんて馬鹿なことは絶対にしたくない。
しっかし、読めば読むほど悪役の不安定さが浮き彫りになるな。解釈の仕方の問題なのか、それとも台本が狂っているのか知らないが、あまりにもアレ過ぎて目も当てられん。
「あ、や、八神……君」
「なんだビビり」
「えっとさ……僕達の掛け合わせで気になるところがあるから、確認しても、いい?」
「……別に」
はいともいいえとも言わない俺の答えをどう受け取ったのか知らないが、「雨が降り始めたころに僕達が初めて対峙するシーンなんだけどさ、」と続けてきたので台本に視線を落としながら答えた。
「俺が行くのはお前に部下が負けたからじゃねぇ。お前が勝ったからどのぐらいの強さになったのか確認するためだ」
「あ、そうなんだ……分かったよ」
「あと言っとくが、そこから先アドリブの予定だからセリフあんま当てにならんぞ」
「どうして?」
「気に入らないし、アドリブありと言ってきたのは向こうなんだから、台本通りにする気がないだけ」
「混乱するよ、きっと」
「台本がなきゃ何もできないなら辞めればいいんじゃないか?」
「……」
俺の無責任な発言に黙った如月。だが知ったことではないので台本を読みながら「怒りを買っているのは重々承知だが、言われたくないなら練習すればいいだけだ」とクラス内に聞こえる声で言っておく。
静まり返る教室。廊下が騒がしいので一層異質感が漂う。
ヘイトの集め方というのはこんなものだ。一番言ってはいけない奴が正論を言ったり、見下ろした口調で淡々としゃべったり。人間は存外、簡単に憎しみを売れる。
俺の役に必要なのがそれ。正直其処まで役に配慮する必要がないのだろうが、やると決めたからには本気でやらないといけない。
まだ一年生だからとか、そういう甘い考えなんて持ってる奴なんてさっさとやめろなんて言いたかったが、似たようなことを言ったばかりで言う気がなかった。
こっからの反応どうなるんだろうかと少し思った俺は台本から視線を外し、教室内を見渡す。
こちらを睨んでくるのもあれば、ひそひそと話し込んでいる姿も。
狙い通りにヘイトを集められたのだろうなと考えた俺は台本を閉じて次の授業の準備をすることにした。
放課後。
練習するかそのままバイトへ行くか考えながら片付けていると、「なんか君を見ている視線が不思議と敵意むき出しのような気がするんだけど、どうしたんだい?」と話しかけられた。
「ただ事実を言っただけだ。俺に当たられても困るんだがな」
「君が言ったせいでこんな空気になったのは理解した。でも無暗に煽ったりして、どうしたんだい?」
「なんだか馬鹿らしくなった」
「本当に?」
そう言って首を傾げるいつき。どうでもいいが、夏服になっている。六月最初から。
今まで黒を基調としていたんだが、なぜか百八十度変わり、上が白で紺のスカートになっている。
男子は学ランから半そでワイシャツになっただけ。大して変わらん。
さらに言うと夏服の期間が六月と九月しかないという。七月と八月休めばそうなるのは分かりきっているけどな。
ともあれ、俺の真意を測ろうとしているらしいので、どうしたものかなぁと思いながら「今日はバイト行くから帰るわ」とカバンを手に持つ。
「え、どうして?」
「人それぞれだろ。あと、書類任せた」
それ以上答える気はなかったので、俺はさっさと教室を出てなぜかきている上級生の奴らの間を一瞬で抜き去り、そのままバイトへ向かった。
さて、明日からいじめでも始まるかなと思いながら。




