6-3 本番前
たまに増えるときありますけど、タイトルにつられたんですかね……? タイトル詐欺って言われましたけどね友人に。
リハーサルに関していうなら、こんなことをやりますよという説明みたいなものだった。当たり前なのだろうけど。
さり気に爆発とか言葉が聞こえてきたのは演出の関係だろう。しかしながらそんなことになってしまったら間違いなく俺が死ぬ(いろいろな意味で)。
やっぱり無傷で生還させるのが最終目標だな。説明を聞き終えた俺は改めてそう心に決め、開始時間までの時間をどうやってつぶそうか考えながら現在、
「どうして木の上にいるんですか、『拓斗』さん」
「いや、悪い菅さん。マジで今日遅れたくなかったからそのまま逃げたわ……いや、本当にスマン。ん? いやちょっと本当に大切な用事があるから。調書とかそこらへん適当に書いててくれよ。俺から言えるのは特にないって……それじゃ、はい」
テント近くの木の枝に上って菅さんに電話をして謝っていた。
理由はさっさと逃げたから。正直捕まえた時の状況なんて他の人達の証言で補完できるだろうし、俺には時間がなかったんだよ。だからこうして電話して謝っているわけ。
電話を切った俺は『白井』さんが下にいることを確認し、普通に飛び降りる。
普通に着地した俺はぐらつくことなく『白井』さんの方へ顔を向ける。
「何か御用ですか?」
しかし何やら驚いた顔をしたまま固まっていた。
結構新鮮な表情を見れたが、それで話が続かないのはどうしようもないなと思いつつ目の前で手を振って「大丈夫ですか?」と声をかけたところ、我に返れたのか「平然としてましたね……」と呟いてから咳払いし「誰かと電話していたのですか?」と訊いてきたので「えぇ、まぁ」と曖昧な返事をして言葉を濁す。
「そろそろ始まりますので電話はお切りくださいね?」
「ええ。分かっています」
そういって電話を切った俺は、不意に気づいてしまった。
あ、魚屋のおっちゃんのせいでこの件バレてるわきっと。
帰ったら絶望しか見えてこない俺は手で顔を隠して「はははは……」と乾いた笑いを漏らしてしまう。
「? どうかしましたか?」
俺が急に笑い出したのだから不審に思ったのか『白井』さんが声をかけてきたが、俺は適当に返事をして空を見つめ、こうなったらあれだな。放送事故にでもしてやろうかなと考えが浮かんでしまったので思わず振り払うように左手で宙を殴った。
一連のモーションは一瞬。それなりに本気出してしまったので、たぶん誰の目にも俺が何をしたのかわからないだろう。
俺がその場から少し離れたら上空でパァァン!! と盛大な花火みたいな音が鳴り響く。
誰もが空を眺める中、俺は興味なくその場を後にした。
あー、もう本当、絶対に街の奴らからからかわれる。絶対避けらんねぇよ。
ため息を漏らしながらそう考えた俺は、これはもうしょうがないなと考えを切り替えることにした。
「さっきすごい音が聞こえましたね。あれ、『拓斗』さんがやったんですか?」
「あ、『白井』さん。どうしてそう思いに?」
「丁度あなたが上を向いてから、辛うじて上に拳を突き出そうとするのだけ見えましたから」
本当、つとむさんはとんでもないお人ですね。そう言いながらくすくすと笑う彼女を見て、俺は素直に感心した。
「見えていたんですか。それなりに本気出していたんですが」
「見えていませんよ? ただ、こぶしを突き上げようという瞬間が見えただけです」
「それだけでも相当すごいですよ。結構御強いんですね」
「いえそれほどでもありません。護身術程度に嗜んでいるだけですので」
嗜むレベルがどの程度なのか俺には見当がつかないが、人外に分類される俺のワンモーションをみえる時点で相当武術にのめり込んでないと不可能だと思うんだが。いつきだって俺が本気で正拳突きしたモーションを見えないとか言ってたし。
しかしなんだかんだ言って美夏さんも相当すごいよな。家のこともそうだが、生徒会、仕事、習い事……それらすべてをきちんとこなしているという時点で。
俺には無理な話だ。そんなことを考えていたところ、その考えを読んでいたのか「現在は習い事、やってませんよ?」と笑顔で教えてくれた。
「そうなんですか」
「ええ。幼い頃に仕込まれたときに満足いたしましたので」
「へぇ」
本当に興味がなかったのでそう返事して話題を終わらせようとしたところ、「そういえばつとむ君」と名前を呼ばれたので「ん?」と素に戻ったところ「さすがですねその切り替えの早さ」とほめてからいきなり身の上を語りだした。
「……私、これまで人生の中に見出せなかったのです。『楽しい』とかそういうポジティブな感情が。幼い頃から家で見られ、家に縛られてきましたので」
だから本宮さんと出会ったとき正直うらやましかったです。なんて呟いて心底うらやましそうな表情を浮かべていた。
そんなこと言われたところで俺には正直かける言葉がないので無言を貫くと、「……何か言ってくれません?」と不機嫌な表情に一転して変わったので「完結してる語りに口出しする意味なんてないだろ」と反論する。
「まぁつとむ君。確かにそうですけど、そこは一つ感想でも言ってもらいたいのが正直な気持ちですのに」
「生憎だが、見出せたんならいいだろ? ぐらいしか言葉が見つからん」
「……なるほど。つとむ君ってひょっとして照れてますか?」
「全然。誰に対してもこんな感じだ」
「ふふっ。そうですか……ところで、あの雑誌見ていただけました?」
急に話が変わったが、『雑誌』なんて一冊ぐらいしか思い浮かばなかったので「みたよそりゃ」と答える。
「あの雑誌が原因で一時期客がすごいことになったから」
「そうでしたね。私も正直驚きました」
「おい」
そう言って睨むと、白鷺は顔を赤くしてそっぽを向き「し、仕方ないじゃありませんか。私、ああいう雑誌の取材自体それほど受けませんので……」と説明してきた。
……過ぎたことだしな。そう思った俺は「そこら辺はもう気にしてねぇよ」というと、なぜかがっかりしていた。
「そ、そうなんですか……はぁ」
「何で気落ちしているんだよ?」
「いえ……つとむ君の過去の話を聞いたのでわかっていたつもりでしたが、実際にそんな反応されますとショックを受けますね……」
なんでだ? と本気で首を傾げて思い返したところ「インタビューの最後もご覧になられましたよね?」と質問されたので丁度思い出す。
「あー、確かアルバイトの人が好きだっていうものだったよな」
「覚えていてくれたんですね♪」
あんまり思い出さないようにしていたが、滅茶苦茶衝撃的なものだったので記憶の中には残っている。正直、今もまだどういう意味なのかは理解できていない。
一目惚れという言葉に頷いてあったのを思い返すと、意味としてはそのままの意味になるぐらいは予想がつく。が、理解ができない。
まったく理解できないのだ。一目惚れなんていう状態自体が。
だから俺は理解しないことにした。どうしようもなく理解できないことを理解できるまで考える暇があるなら別なことに思考を割いた方が効率いい。そう結論付けて。
なのでぶっちゃけた話、俺は多分、自分の恋愛感情に関しては一切関知する気はないだろう。考えたところで時間が無用に消費されていくのだったら、それを切り捨てて生きていく。それだけでもいつ死ぬかわからないこの身でできることがいくつか増える……はず。
五十歩百歩だろうが今の俺にとって恋愛は必要としないひとつ。なら……
「生憎だが、いくら言われたところで俺には全く響かんぞ」
「なら響くまで付き合ってもらいますよ? 私、こう見えて負けず嫌いなので」
「あきらめも肝心だと思うんだが」
「ふふっ。諦められませんよ。ライバルがいる間は」
「……ライバル?」
とそこまで押し問答をして気が付いたら十分前。
「そろそろ行かないとやばいぞ?」
「そうですね。行きましょう『拓斗』さん」
「……そうですね、『白井』さん」
なんとか口調を変えられたので内心安堵しながら、俺は『白井』さんの後を追う形で歩いていくことにした。
……今更だが、こう直球で勝負する女子って結構珍しいよな。
しかしライバルってどういう意味なんだろうかと興味のないことについて考えながらそう思った俺は、これから始まる番組を思いため息をついた。
どうか無事に終われますように。




