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アイドルッ!  作者: 末吉
第三幕・第六話~余裕な危機、新たな問題~
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6-1 挨拶回り


 六月四日(土曜日)。

 集合時間が午後一時だったので保険をかけて午前九時現在に家を出た。なお、集合場所は前回と同じりぐる市で、いつきたちには何も言っていない。

 昨日はあれから大変だったのだ。救急車やら警察やらの応対で帰宅できたのが九時。帰ってきたらまた巻き込まれたのか的な空気を出されながら出迎えられたので無視して「明日用事があって一日いないわ」と言って置き、風呂に入って寝た。

 で、今日。案の定りぐる市へ向かう中でひき逃げ犯を自転車でとっ捕まえたり、コンビニに立ち寄ってお昼を買っていたところ強盗が入ってきたので軽く鎮圧したりして集合場所であるりぐる市市営スポーツ公園に到着したのが午後十二時半。

 初めて集合時間に間に合ったことに感動した俺は(集合時間午後一時)、駐輪場で思わずガッツポーズをする。

 それから買ったお昼を食べながらのんびり公園内の広場へ向かう。

 ここ――スポーツ公園はともかく広い。そのうえ、自然を満喫しながら運動もできることをコンセプトにしているのか、公園が森の中にあるかのごとく、舗装されていない。一応ジョギングコースやアスレチック、それに俺が向かっている広場周辺は人の手が加えられているが、それ以外の場所は多分、自然のままだろう。たまに迷子のニュースがあるから。

 白鷺――もう白井か――は既に来ているらしい。メールで来たから。あと、他の参加者も。

 他の仕事もあるだろうにもういるのかすごいなとプロ意識に驚嘆する。俺も一応三時間ぐらい前に出て何事もなく来れれば十一時ぐらいだと思うんだがな。到着するの。

 正直驚嘆はするがそれだけで、俺からすればもう気乗りしないの言葉だけ。白井さんの言葉がなきゃ絶対に出ない。断言でき……る。うん。

 これ生放送らしいからひょっとすると見られるんじゃないかなぁと考えて絶望したので、もうどうにでもなれ! とやけくそになって走った。



 二秒で着いた。どうやら相当近くまで俺はあの時来ていたらしい。

 その代わり食べたばかりだというのに空腹に苛まれてしまう。

 別に食べなくても問題ないが、腹が鳴るというのは恥ずかしくて死にたくなる。

 周りを見るとどうやらセットの準備中らしく、スタッフの人達が右往左往。ディレクターはチーフみたいな人達と何やら打ち合わせみたいに話している。

 完全に俺場違いだわーと思いながら欠伸をしつつ、どこで待っていればいいのかと周囲を見渡していると、白井さんがこちらを見つけてくれたらしく、「こちらです!」と声を張り上げて場所を示してくれた。

 つぅか俺、タレント名何にしたっけ。入学式が終わった直後のホームルームでそんなものを書いた覚えはあるが、いかんせん適当に書いた挙句興味がなかったので覚えていないのだ。人間とはそんなものだろう。

 なんだったかな……と思いながら彼女が立っているテント前まで歩く。

「こんにちは、『拓斗』さん。本日はよろしくお願いしますね」

「……こちらこそお願いします、『白井』さん」

 そういやそんな名前だったなと思い出す。何かで見た名前そのまま書いたんだった。本当、「どうせ使わないしいいや」とか思ってたからな。

 俺が丁寧に話していることに白井さんは驚いた様子を見せ、「そういえば、プロデューサーさんに挨拶をしてきたんですか?」と聞かれたので首を横に振る。

 正直現場の行動の仕方とかわからん。出演者に挨拶とかそのぐらいなのかと思ってたぐらい。

 まぁ番組を作ってる人たちに顔見せして認知してもらうという意味合いを込めたあいさつ回りなんだろうなと思いながら「ご指摘ありがとうございます」と言ってから回れ右をして向かおうとし、白井さんに止められる。

「前回光さんと一緒に出演した番組ではそういうのができなかった状況らしいですし、ここはひとつ私が同行しましょう」

「……ありがとうございます」

「これも先輩としての務めですから」

 声を弾ませてそんな返事をしながら歩きだしたので、俺はその半歩後ろを維持し、追い抜かないようにかなり遅く歩いていく。

「そういえば、学園の生徒としての出演ですが、メイクなどはしてきましたか?」

「いいえ? 特には」

「その服装からもブランドなどを気になさらないのは分かりますが……大丈夫です。今回は」

「? ああ、スポンサーですか」

 言われている意味が一瞬分からなくて首を傾げたが、不意に思い出したごくまれにみるテレビのCM前に流れるテロップやエンドロールに流れる協賛などを思い出して理解する。

 俺の言葉に「はい」と頷いた彼女は「スタイリストが考えてスポンサーが出している服などを使うことがあります。ネイルや化粧などもそうですね。一種の広告塔としてなることが多々あります」と解説してくれた。

「勉強になります」

「これぐらいは一年生の今頃には教わっているはずですよ。きちんと思い出してください」

「……」

 そんな座学やったことすら忘却されている俺の脳は前向きな発言をさせなかった。これだけで自分がいかに興味ないのか物語っている。

 さすがにここまで重症だというのは予想外だったので「……今後必要になるでしょうし、四月からの勉強を振り返ろうと思います」と声を振り絞る形で何とか言うことにした。

 その返事が出てきたのがうれしかったのか、後ろからでもテンションの上り様が分かる。その上、

「でしたら、私が個人的に教えてあげてもいいんですよ?」

 なんて振り返っていってきた。しかも、満面の笑みで。

 …………可愛いな、やっぱり。

 なんて思ってしまった俺は、しかしながら表情を崩さずに「クラスメイトにでも聞いてみようと思います」と言外に断る。

「そんな気を遣わなくてもいいんですよ?」

「いえ。ご多忙な身にさらなる重荷を重ねるわけにもいきませんので」

「……。あ、プロデューサーさん」

 躱しきれたのか白井さんがプロデューサーに声をかける。

 声をかけられたプロデューサーは打ち合わせを中断しこちらに顔を向け笑顔で「あれ、白井さんどうしたんですか? ……って、後ろにいる方は?」と質問してきた。

 一応気配は消してない。合宿の時にやって爺さんたちが気付かなかったのだから。

 質問された彼女は俺の方を見ずに「この方が私の本日の相方になります。同じ学園の一年生で、『拓斗』さんと言えばわかりますよね?」と笑みを絶やさずに説明してくれた。

 俺にはなんでその名前が有名なのかさっぱりわからないが、向こうの方は驚いて「え、あの『拓斗』さん!? よく出演を了承しましたね」と言っていたのでテレビ局界隈では有名になっているのだろう。悪い意味でもいい意味でも。

 正直藪をつついて蛇以上のものが出そうな俺の評判については聞きたくもあるが、そっとしておきたいような気もするので保留することにし、「本日『白井美夏』さんの相方として出演させていただく『拓斗』です。一年生で右も左も知らぬ若輩者ですが、精いっぱい努める所存です」と自己紹介をして頭を下げる。

 ポカンとするプロデューサーが頭を上げたら映った。それを見て内心やり過ぎたなぁと反省する。

 こういう礼儀関係はヤクザ達に教わったのが多いので、気を抜くと「へい」とか「うす」とか若干堅気に対して使う言葉遣いじゃないのだ。だから精一杯知っている丁寧な言葉を並べて自己紹介をしてみたのだが、よく考えたらこんな堅苦しい挨拶する若い奴いねぇな。

 まぁいいや。この口調を使いこなしていかないと社会に出たら大変だろう。その予行練習と思えばいい。

 そう思いなおして流すと、我に返ったのか彼が「あ、ああ。ご丁寧にどうも。私がこの番組のプロデューサーの渡瀬だ。今日はよろしく頼むよ」と返してきたので「頑張ります」と返事をする。

「あ、プロデューサーさん。彼を他の方たちに紹介してきますので、この辺で」

 終わったのを見計らったのかタイミングよく切り込んできた『白井』さん。渡瀬さんも「うんよろしく」と言ったので、俺達はその場を離れ照明や、カメラ、小道具や大道具の担当者たちに挨拶へ向かった。



 つとむと美夏が離れていく姿を見たプロデューサーは思わずつぶやいた。

「しかし彼が不出の有望株か……若いのにあの挨拶と言い、どうにも同じ現実を歩んでいる気がしない子だなぁ。ま、トラックに轢かれて一ヵ月そこらなのにああしていられること自体とんでもないな」

 そして彼は知る。この番組始まって以来の慣例完全無視であるつとむの異端さを。



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