5-11 話し合い
今回は長いです
翌六月三日(金曜日)。
昨日もバイト帰りにゴロツキに絡まれたので一撃で意識を落としてから、いつも通りの日常で終わった。
で、今日。自転車を走らせながら、そういや明日白鷺先輩と一緒にテレビ出るんだったなぁと今更思い出す。
あぁぁぁぁぁかったりぃ。真っ先に出てきたその感想を欠伸で打ち切り、ため息に変える。
「ミスったな……」
いつきはついてこれていない。一日二日でついてこれるほど体力が一気に増えるわけじゃないからな。
自転車はどうやら諦めたらしいから電車やバスの乗り継ぎで来るしか方法ないだろうなとぼんやり考えながらこいでいると、黒塗りの高級車が一台並行していたことに気付いた。
なんだぁと思いながら前を向いて進んでいると、後部座席の窓が開きそこから如月が顔を出した。
「あ、お、おはよう」
「ん? ああ」
適当に挨拶を交わしながら視線を前へ向けていると、「ちゃんと頑張るから」と言われたので「俺に言うんじゃねぇ」と言ってから本気でペダルを踏みこんだ。
「……腹減った」
「……大丈夫か、八神」
朝から全力という、らしくもない体力の使い方をした俺は机にだれながらつぶやくと、近くにいたやつが心配そうに声をかけてくれたので顔を何とか上げて人物を把握し、「すまん。誰だっけか」と素直に聞く。
「覚えてないのかよやっぱり」
「いやー悪い。正直言うとクラスメイトの名前ほとんど覚えてない」
「おまっ、それ普通堂々と言うもんじゃないからな?」
んなこと言われても覚えてないのは覚えてない。あっさり言われると怒りがこみあげないのが不思議だな。なんてやり取りをしていると、俺の腹が鳴った。
「……」
「飯食ったんだろ?」
「ああ。ママチャリを本気でこいだらエネルギー使って腹が減るんだ。ロードバイクのレースとかで栄養補給しながら走るの知ってるだろ?」
「そういや漫画でもそういう表現あるな……って、もう授業始まるぞ? 何もないのか?」
「買う余裕なんてないからな」
そう言ってため息をつくと「腹の音が聞こえたと思ったら……どうかしたのつとむ?」と声が聞こえたので振り返る。
そこには、呆れた顔をしたいつきが立っていた。
「おう」
「お、おはよう本宮さん」
「おはよう安井君。それにしてもどうしたんだい? 珍しいじゃないか腹を鳴らすまで本気でこいできたなんて」
「ん? 如月と会ったから」
「え、マジでかよ。どこにいたんだアイツ」
「さぁな。でも今日から学校に来ると思うぞ」
そういうと安井――俺に話しかけてきた奴――はざわついているクラスの中に聞こえるように大声で「おい! 今日から如月の奴来るってよ!!」と叫ぶ。
それを聞いたクラスの奴らは会話をいったん止め、静かになる。
まぁ俺もそうだがA級戦犯に違いない奴だからなと思いながら欠伸を漏らすと、「はいこれあげる」と栄養補給食品であるウィナーゼリーを手渡してきた。
「いいのか?」
「休憩時間にでも摂ろうと思ったけど、それほど疲れてないからあげるよ」
「悪いな」
「いいってことさ」
そんなやり取りをしていると、先公が教室に入ってきたので自分の席に慌ただしく戻っていく。
全員が席に着いたのを確認してから先公は言った。
「出席確認の前に連絡事項がある。如月洋司だが、今日学校に来ている。よって本格的にお前たちのクラスが始動できるようになった。ほかのクラスに遅れをとる形になっているが、期限は変わらないので必死にやっていくように。あと八神つとむだが、これが終わったら職員室に来い。では出席をとるぞー」
色々やらかしているからどの件で呼ばれるのか想像が全くつかない。
などと思いながら返事をした俺は、ホームルームが終わったときに如月が入ってきたのと入れ替わるように教室を出た。
「失礼します」
呼んだ本人より先に職員室に着いた俺は先に入って待つことにした。
他の先生たちからの視線が痛いがそんなものを気にするほど神経がか細くないのであくびを漏らしていると、先公が来た。
「早いな、八神」
「まぁ。それで、説教ですよね」
「ああ、そうだ」
そういうと先公は席に座り、出席表を置いてから話し始めた。
「如月にも言ったが、学校というのは集団行動が主だ。それはここでも変わらない。だから昨日みたいな行動は今後やめるように」
大分軽い説教に拍子抜けした俺は「善処します」と言って頭を下げる。
そして頭を上げると、先公は「まったく。昨日の時点で演技に関して文句なしなんだから大した問題児だ」と呆れていた。
いや、あれほぼ素が出てたんだがと言いたい口を閉じ、昨日如月たちに話したことを一刻も早く実行したかったので「ではこれで」とこの話題を終わらせることにした。
「ああ。早く戻って練習しろ。お前達のクラスが一番遅れているからな」
さりげなく言われた重要な情報に内心同意しながら、俺は職員室を出て教室へ戻った。
教室に戻ると、クラス全員が自分の席に座っていた。
練習するのに場所移ってたんじゃないだろうかと思いながら「どうしたんだ?」と自然に言葉が漏れる。
その言葉に返事をしてくれたのは、今朝しゃべった安井だった。
「昨日八神達が帰ってから俺達で集まってよ、今日の最初は話し合いをしようと決めたんだよ」
「ってことは、俺待ちか。悪いな」
「いいって別に」
そういって自分の席に移動すると、入れ替わるようにロングヘアーの女子が黒板前に移動して「それじゃぁ、話し合いを始めるわよ」と切り出した。
「私達のクラスは知っての通り、遅れているわ。理由は八神君に合わせられないのと、如月君の不登校が続いたから」
「ご、ごめんなさい!」
「悪い」
「八神君は謝らなくていいわよ。事情はみんな知ってるから」
「いや、そういう意味じゃない」
「?」
俺の発言に首を傾げたようなので、俺は立ち上がって黒板の方に移動し正直な気持ちを吐露しながら説明した。
「俺が謝ったのは、今までコミュニケーションをまともに取ろうとしてこなかったからだ。周知の事実だろうが、俺はタレントや俳優になる気はさらさらない。だから積極的に話しかけようとしなかった。その結果がこれまでの練習風景に現れているから、その点に関しては申し訳ない」
そう言って頭を下げると、教室内がざわめいた。
まぁそりゃそうだろう。あれだけ隔絶していた本人が急に軟化したのだから。
頭を上げて静かになるのを待っていると、「静かにしなさい。八神君だって思うところがあってこうして前に来て謝罪したのよ。それに、私達だって八神君のことを遠巻きにしていたんだから変わらないわよ」とあっさり言い、俺に向き直って「それじゃ、これからクラスメイトとしてよろしくね、八神君」と手を差し出したので俺も「ああ」と言って手を伸ばして握手をする。
それが終わった後、「それじゃぁ和解も終わったことだし、本格的にこれからに関して話し合いましょう」と話を戻した。
そのまま立っているのも何なので普通に席に戻った俺は、今立っている奴ひょっとしてクラス委員長だよなと推測しながら息を吐く。
「何ため息ついてるんだ、おい」
「えーっと」
「大原だ。ったく。本当に覚えてないんだな」
「悪い。……ため息っつぅか、ようやく、スタートラインに立てた気がしただけだよ」
「一周回っての間違いじゃないのか?」
そう言って振り向いて話しかけてきた男――大原が笑うと、「大原君。ちゃんと話聞きなさい」と注意された。
「わ、わりぃ。で、なんだっけか。間に合わせる方法を話し合ってたんだよな?」
「そうよ。幸い、不良グループは八神君に師事すれば間違いないから問題ないけど、それ以外――主人公側の方よ」
そう言われて如月の肩が震えたのが見えた俺は「そういうのっていつも通りに接すればいいんじゃないのか? ある程度のアレンジしても問題ないんだろ?」と疑問を口にすると、「そのいつもどおりが難しいのよ私達には」と返ってきた。
なんでだろうかと思い少し考えた俺は、出した結論を口にした。
「テレビカメラを意識してるのか?」
「そうよ。如月君や八神君、それに本宮さんはどうか知らないけどいざカメラが回ると緊張していつも通りができないのよ」
まぁなれるために練習中からカメラが回っているんでしょうけど。そう付け足したのを聞いた俺は、小学生の頃友達が発表会の時ビデオカメラ見つけて緊張してたのを思い出し、そういうものかと納得する。
正直そこら辺気にならなかったからなぁと昔を思い返していると、「ともかく。私達のカメラの慣れがテストの重要なポイントだとみんな思ってくれたらいいわ」とまとめた。
それで終わりかと思ったが、クラスメイトの女子から「そういえば撮影順ってどうするの? 台本通り?」と質問が出た。
「基本的にはそれでいこうと私は思っているけど、他に案はないかしら?」
台本順でやった方が混乱もないしいいのは確かだなと思っていると、いつきが「でも台本通りの場所に移動してやっていったら、移動時間分ロスになるんじゃないの?」と首を傾げる。
「それはそうだけど、練習みたいにできる話からっていうのはドラマだと無理でしょ? 放送される順番に撮影していかないと。そう考えると、やっぱり順番どおりが一番だと思うわ」
「……言われてみれば、確かにそうだね。うん順番どおりにしよう。ところで、場所に関しては目星をつけているのかい?」
場所。それはおそらく場面ごとに必要となる場所のことだろう。河川敷とか、学校とか。
そういうのって実際俺達どうすればいいんだ? そんな今更なことに首を傾げると、「場所の方は映像学科から指定されるから彼ら次第ね」とスラスラと答える。
しかしなんでこんな詳しいんだ。ひょっとしてそういうのどこかに書いてあったのか?
クラス委員長でしか知りえない情報源でもあるのだろうかと邪推していると、「それじゃぁ今日の練習から役毎の全体練習ってことでいいの?」と声が上がった。
それに対し彼女は頷き、「それじゃぁ、私達の七月分の夏休みのために頑張るわよ!」と締めたのでそこはオブラートに包もうぜと思いながらオー! と声を合わせた。
来週も水曜日になります。現在第七話書き始めました




