5-9 最初の一歩
「『不肖な生徒である私、八神つとむは本日無断で学校を去りましたこと、誠に反省しております。事情といたしまして、私の気分が乗らなかったことが挙げられますが、二度とこのようなことを引き起こさないことを反省の印としてここに明記しておきます。』……このぐらいでいいか」
放課後の教室。驚きと奇異の視線を浴びながら、俺と如月は二人で机をつき合わせながら反省文を書いた。
「え、もう書けたの?」
「ああ。反省文なんて久し振りに書いたが」
中学校に上がる前までは結構書いていたので(主に器物損壊)懐かしみながらそう答えると「昔からやんちゃしてたんだ」と納得していた。
「さて。文章書いたし、指に朱肉つけて押せば反省文終わりだな」
「……え?」
俺がそう言って立ち上がろうとすると間の抜けた声が聞こえたので如月に質問する。
「どうした?」
「えっとさ、反省文は血判状じゃないんだけど」
「ん? 反省した証拠として自分の指紋残して、同じことやったら怒られるだけじゃすまないという戒めを含めてるんじゃないのか?」
ちなみに例を挙げると拳骨から雑巾がけまで罰は多種多様だった。
それに対し如月は言葉を選びながらなのか慎重に返してきた。
「えっと……反省文って普通に、すいませんでしたとか、反省してますとかで終わりだと思うけど」
「「……ん?」」
二人して首を傾げる。
ひょっとすると俺の方がおかしいのかもしれないが、ガキの頃からの書き方が沁みついているのでこれ以上掘り下げるのをやめ、「まぁ出してくる。お前もさっさと書き終えろよ」と言っておく。
「あ、う、うん。じゃぁね」
その言葉を背に受け、俺はそのまま職員室へ向かった。
俺の反省文を見た先公がなぜか絶句していたがどうでもよかったので職員室を出て教室へ戻ろうとした時、いつきが壁に背中を預けて立っていた。
「終わったの?」
「……ああ」
そう答えると彼女は俺の方へ近寄り、「まぁ怪我がなくてよかったよ」と言ってきた。
「俺が着いたころには終わってたよ」
「あれ、そうなのかい? 無駄足になったみたいだね」
「そういうときもあるだろよ」
教室へ向かいながら今回の事についてしゃべる俺たち。
と、いつきが「そういえば」と思い出したように言ってきたので「なんだよ」と訊ねる。
「今朝サボろうとした前の騒ぎ、あれのせいでその場にいたみんなショック受けてたみたいだけど。ひょっとしてストレス発散にでもした?」
「……その面は否定できねぇな」
「君らしくないって言いたいところだけど、まぁしょうがないってところも理解できるし」
そう言うと彼女は俺より前に出て体をこちらに向け、「ま、辛気臭くなるのはここらへんでいいよね」と笑顔で言ったので「切り出したのお前だろ」と普通に抜いて返す。
「さっすがつとむ。いとも容易くぬ……って、ちょっと待ってそのまま進まないで!」
「おいてくぞ」
「すでに置いて行ってるよ!!」
後ろの方からそんな叫びを聞いた俺は、しかしながら、気にせずに教室へ向かった。昨日バイトをサボったから一応連絡してから行こうと考えつつ。
しかしどうしていつきはあそこで待っていたのだろうか。
今更思いついた疑問は結局のところどうでもよかったので、考えるのをやめた。
教室へ入ると、残っていたクラスメイトが一角を囲んでいるのが見えた。
誰が囲まれてるのかわかった俺はため息をつきながらその集団に近づくと、「あの、みんな、ありがとう!」と声が上がり人混みが割れた。
その中から出てきた如月を見た俺は、やりゃ出来るじゃねぇかと思いながらそのまますれ違う。
この元気が前面に出ればもう問題ないだろうなと思いながら俺を見たやつらが一斉に視線をそらしたので原因を思い出した俺は「あー悪かったな」と謝罪する。
「朝の件。いつきから聞いたが、落ち込ませたみたいだから」
そう説明すると、一人の男子生徒が「あれは……」と言い出したので内心首を傾げた。
「落ち込んだのは……お前がすごかったからだよ」
「?」
意味が解らなかったので本当に首を傾げる。あれは単にうろ覚えながらも台本の似たシーンを自分なりの言葉で暴言はいただけだというのに。
キレれば誰でも暴言ぐらい吐くだろうと思っていると、「あんな風に堂々と演技できたのがな」と付け足してくれた。
「年上相手でも堂々と自分の役を貫けるってさ、それだけで監督や演出家の受けっていいんだよ。先生が言ってたしな」
「……」
俺の場合ガチであれなんだが……なんて思いながら黙っていると、「こういうドラマとかってさ、たまに若い人が年上の人にため口きく役とかあるでしょ?」ともう一人の女生徒が続ける。
「あれって心理的に遠慮しちゃうからあんまりやりたくないって、合宿中の先輩たちも言ってたから私もどこか遠慮しがちなんだけど、今朝見たあの演技。あれぐらいの度胸がないとこの先やっていけないって思えちゃって午前中の授業ほとんどの人沈んでたんだ」
「……」
だから何だ俺に関係ない。肩をすくめて言いたかったその言葉を飲み込み、傾聴に徹する。
「私達もさ、俳優女優、タレントになりたいからこの学園を選んだし、選んだ以上これで食べていくことを目標としてるっていうのがある。だけどどこかで甘えてたみたい。私たち以外にも学園に通わずにデビューしてる人たちもいるし、この業界ではライバルは多いから生き残るためには努力しかないのはわかってたけど」
するとまた一人の男子生徒が引き継いで口を開いた。
「僕は、いえ、僕達はあなたに感謝しているんです八神つとむ君。あなたが入学して二ヶ月の間に起ったことはそんな甘えを引きはがしてくれましたから」
「君がこれからどういう道を歩むかわからないけど、間違いなくあなたのおかげで本当のスタートを切れるわ」
「だからよ、嫌いだろうが三年は一緒にやってこうぜ?」
…………。
ひょっとして打ち合わせでもしていたのだろうかと勘繰りながら黙っていたが、そこら辺はどうでもいいことだと割り切ってから口を開く。
「お前ら……」
なんて言ったらいいのだろうか。今更ながらにわからなくなる。
町の奴らとの仲間とも違う。不良達の仲間とも違う。
なんというのだろうか。誰もがトップに立ってないのに生まれる団結感だろうか。目標は同じだが、その先導者がいない不思議な感覚。
対等。不意にそんなことを頭に浮かんだ俺は、そのまま言葉を紡いでいた。
「……確かに俺は、ドラマは嫌いだ。それはもう、周知の事実だろう。だがまぁ……退学しないと決めたのもあるし、頑張ってみるよ。如月も変わりたいとか言ってたし」
「……なんというか、打ち合わせしてないのにこの青春劇みたいなシチュエーションは何だろう?」
いい雰囲気の中不意に聞こえた声に俺たちが視線を向けると、入口に寄り掛かったいつきが呆れたような、困ったような顔をしていた。
その意味を知った俺達は瞬時に顔を赤くした。
来週も水曜日に更新したいと思います。




