5-4 『遊び」への道中
多分、削除対象にならないはず
十分後。
ようやく頭の車が来た。
ガラス越しに顔をのぞかせた頭に、俺は文句を言った。
「遅い」
「いや普通だろ信号待ちとかでよ」
そういってから「早く乗れよ遅れたのは悪かったから」と言い出したので、ため息をついてから乗り込んだ。
「……って、なんで如月がいるんだよ」
「ぼ、僕だって知りたいですよ!」
いざ乗り込んでみたら、なぜかボッコボッコの傷だらけになっている如月の姿もあった。
そんな姿になっているのは特訓のせいだというのは簡単に推測できるが、なんでこんな奴を連れてきたのかよくわからない。
まさか鉄砲玉として突っ込ませるわけねぇよなと考えていると、対面に座っていた頭が「このガキにも本当の抗争ってのを味あわせておいた方がいいって話だったからな」と説明してきた。
マジかよ……とため息をついてから「……まぁ、何とかなるか」と安心しておく。
「何ともなりませんよ!? 見てくださいこの傷だらけの姿!」
「は? 骨折してないだけましだろ。それとも風穴開けられたいのか?」
「……」
すぐさま沈黙する。よほど脅しが効いたようだ。
それで少しばかりすっきりした俺は、「……ったく、テメェの知り合いはどんだけ心配性なんだよ」とぼやく。
その言葉に反応したのか「え?」と返ってきたので如月に視線を向けて説明した。
「ついさっきテメェの幼馴染が俺んとこ来たんだよ。テメェが親に電話したおかげでな」
「いやまぁ、親に言うのは当然だと思うだろ?」
「ケッ。まぁそりゃそうかもしんねぇが、だからってあの突っかかりようは異常だ。心配性にもほどがある」
そう言って俺は隣に座っている如月を睨みつけるような視線を向け、「もしかしてだけどよ」と前置きしてから訊いた。
「お前、病弱だったのか?」
「……え?」
その反応だけでビンゴだと思った俺は(というより、あの女が言っていた)深いため息をついてから「それでようやくつながったぜ。ったく」と呟く。
こりゃ面倒この上ないなと思いながら天井を見ていると、「んだったらまず肉体改造からやらねぇとダメだろ。先に自己申告しとけ『ビビリ』」と頭がこめかみを抑えながら言った。
それを聞いたそいつは一転して困惑しつつ、「えっと……?」と事情を飲み込めずにいたので代わりに俺が説明した。
「別にお前がどんな病気になっていたとかしらねぇし興味もねぇ。ただ、最初から病弱だったのならそれを言えばいきなりそんなボロボロにならなかったはずだってことだ。詳しく言うと、もやしみたいでビビリなお前にいきなり殴り合いをさせる前に基礎体力からやれたのに。残念だったなビビリ」
「……あのーひょっとしてですけど、『ビビリ』って僕の事ですか?」
「「それ以外の呼称が必要か、お前に?」」
真顔でそう聞くと、如月は何やらショックを受けていた。
が、俺達はそこに追撃する。
「なにショック受けてるんだビビリ。至極当然の事だろ」
「だよなぁ。おめぇさんの態度のどこにビビリじゃない要素がある?」
「大体度胸試ししたら眠れなくなるとか意味わかんねぇ。マジでお前何がしたいの? ちゃんと変わりたいって意識あるの?」
「そりゃそうだよなぁ。聞けばお前、いいように殴られてるだけじゃねぇか。自分から殴り返さないとかマジで舐めてんのか?」
「あ? それマジかよ頭。だったら放り込んでもダメじゃねぇか。だったらあれだ、もう終わりにしてもいいぜ。俺もどうでもいいし」
「え!?」
急に驚きの声を上げたので、俺は本気で嫌な顔をして言った。
「当たり前だろ? どうしてほとんど知らない奴の事をクラスメイトだからって面倒みなけりゃならねぇンだ。俺は別にお前が変わろうが変わらないがどっちだっていいんだよ。テメェは俺が聖人にでも見えてんのか?」
ふざけた話かもしれないが、俺からしたら七月一杯が補習になったところで問題はない。
なぜなら、休みが減る程度だから。別に自分の命が脅かされる状態にならないのだからテストで失敗しようが俺にはどうでもいい。
まぁ他の奴らからしたら死活問題なんだろうなと思いながら黙っていると、頭が「そういやつとむ」と切り出したので、「ん?」と聞き返す。
車内から外の様子が見えないのは防弾ガラスになんか知らんがシートをはっつけていきなりぶち込まれても心配ないようにらしい。おかげでどこを通っているのか分からないが、喧噪の声何て皆無なので閑静な住宅街とかだろう。
「頭。兄貴。もうすぐであいつらのシマです」
「おおそうか」
「あいつらって誰だよ」
運転している部下の報告に頷く頭に対し尋ねると、「言ってなかった。お前さんが魚屋の野郎から聞いた話に出てきた奴から支援受けてる新興だよ」と事無げに言ってきたので「ふ~ん」と受け入れた。
「んで?」
「うちは氷山の一角だな。他の奴らも総攻撃で崩しに行く。そっからはまぁ、サツと取引してるから証拠引っ張って提出っていつもの流れだな」
「相変わらず俺がいない間に話が円滑に進んでいるな。名前だしてないだろうな?」
「いくらお前の影響力があっても警察にだせるわけないだろ。そこらへんは俺たちの名前だせば簡単だぜ」
まぁそりゃそうだろうけどよと納得しながら息を吐いていると、今まで黙っていた如月が「こんなことが許されるんですか!?」と叫んだので、俺は真顔で聞いた。
「お前さ、マンガみたいな正義のヒーローなんて現実に存在できると思ってるの? どんだけお子様なんだよ」
「え?」
意味が解らないのか顔を上げたので、俺はため息をついて「バカが」と吐き捨てる。
説明する気はない。こんな根本的なことすらわかってないガキに言ったところで意味なんてないことだから。
ジジイの頼みごとを反古してこいつの事さっさと帰そうかなと思っていると、頭が「良く聞けビビリ」と言い出した。
「はい?」
「この世に純粋な悪もなければ正義もねぇんだ。一方的に悪いなんて殆どねぇんだよ。そこ等辺から分かってねぇなら、まずはそこから理解しやがれ」
「どういうことですか?」
「それを俺に聞くってことは理解できてないのか……だったら俺が教えるわけにはいかねぇ。そういうのはな、自分で理解しないと身につかねぇんだよ。なぁ、つとむ」
「さぁな。こんなの世界の常識だろ。いつまでも夢見る奴じゃいられなんだよビビリ」
そう言って視線を向けたところ、俺の視線の鋭さにおびえたのか、肩を揺らす如月。
あぁまだこいつダメなんだなと思いながら足を組んだところ、運転手が「そろそろつきますぜ」と言ったので「ああそうか。つぅかこいつ鉄砲玉と同じ位置だろ?」と頭に聞いたところ「まぁな。ここまで怯えてるんだったら、いっそのこと危険地域に投げた方がいいんじゃねぇかという満場一致の意見だ」と答えた。
それを聞いていた如月は、当然のように大声で拒絶した。
「鉄砲玉って特攻同然じゃないですか! なんでそんなこと僕がしなくちゃいけないんですか!? 僕はただ強くなりたいだけなんですよ!!」
その必死な言葉に俺と頭は目をつむり、はぁと息を吐いてから「「車止めてくれ」」と運転手に言った。
言われた通り車は止まる。
俺は駄々をこねる如月を蹴って車からだし、俺自身も車から出て訳が分からないという顔をする如月の襟をつかんで塀にぶつけ、「腑抜けたこと言ってんじゃねぇ!!」と怒鳴った。
「テメェみたいに軟弱でビビリで言い訳ばっか探して自分でやりたいことすら諦めてる気持ち悪い奴に頼まれたからってやるわけねぇだろ! そこまで俺はお人よしじゃねぇンだよ!!」
そのままぎりぎりと襟を持ち上げ、如月の首を絞めるように力を込めつつ続ける。
「テメェみたいなヒョロヒョロでビビリな奴なんて一生強くなれるわけねぇんだよ! 自分で強くなりたいと言ったところで夢物語だ! お前に今度のテストの主役なんて絶対に務まらねぇ。断言してやる。ビビリはビビリのまま、自分で変わることもせずに強さを求めたところで、絶対に届きやしねぇ!!」
そう言って雑巾を投げるかのような無造作に如月を投げ捨てる。
ズザザザ! と道路に滑る如月。それを俺と頭は冷たい視線を送ってから身をひるがえし、車に乗る。
「やっぱり無理だったんだよあいつにゃ」
「悪いな変な頼みして」
「まぁ仕方がねぇよ。あいつがあそこまでバカだったことは誰も知り得ん」
そんな会話をした俺たちは起き上がらない如月を放置してそのまま車は発進した。
そういやあいつ病弱だったような気がするけどな。そう思ったが、そこからは自己責任だろと考えなおして現状突き当たっている問題に対処するために思考を割いた。
放置はヤバいんだろうけどな。
来週も水曜日です。




