5-3 待ち
来週から一回になります。
つとむが背中を丸めて両手をポケットに入れ、自分の教室へ向かっている途中。
現場となった廊下では、誰もが言葉を失っていた。
教師陣は最後まで演技と見破れなかったことによるショックで。
つとむが所属しているクラスの生徒はいつきの言っていた本当の意味を理解して。
他のクラスは八神つとむという圧倒的存在感に。
生徒会の面々も似たようなものだったが、ただひとり、白鷺美夏だけは違っていた。
「クソ台本、ですか…」
すれ違い際に言われた言葉。その言葉に妙な確信を持っていたことに対する意味を考えていた。
授業が始まるベルが鳴る。
それに呼応して動き出す彼らだが、その動きに精彩がない。みんなどことなくぎこちない。
そんな中その現場に居合わせなかったいつきが息を切らせながら来て――首を傾げた。
「あれ? みんな様子がおかしいですけど……どうしたんですか白鷺さん」
「あ、あら本宮さん。つとむ君とお会いにならなかったのですか?」
「え、つとむと? いえ」
そう答えたところで、彼女も察した。
「つとむが又やったんですか」
「えぇ。正確に言うなら『この場にいた全員を演技で打ちのめした』でしょう」
「はー……ということは覚えたセリフで誰かに突っかかったんですね。さすがはつとむ」
「ショックを受けないのですね?」
「え、そりゃもちろん」
そういうと彼女は普段見せる笑顔とは違う、まるで自分がほめられた時と同じような笑顔を浮かべて言った。
「こんなドラマの陳腐なセリフ何て、他愛も造作もありませんから」
その言葉を聞いた美夏は本気で驚いた。
あのドラマは、少なくとも脚本家としては一流の人が書き、構成されたものである。そんな人の作品を『陳腐』と評するいつきに、ではなく。
さも当然のごとくつとむができると確信している彼女の姿に。
彼女や本人から凄絶な人生を送ってきた旨を聞いていた美夏だったが、それはただの一部。それ以上にいっしょに過ごしていたという密度の差が、彼との距離の差だと悟った。
(……嫉妬、ですね)
いつきがだいぶ先を行っているという現状に対する自身の感情を理解した美夏は授業へ向かおうとしているいつきへ向かって「負けませんよ、絶対に」と呟き、背を向けて教室へ戻ることにした。
とりあえず勢いで学校を出てきた俺は、自分の自転車の前まで来てどうすっかなとぼんやりする。
一応如月の様子を見に行きたいが、行ったところで確認程度だけやって終わるのでお袋につかまるのが容易に想像できる。
となると他にやることなんてないなぁ息を吐いて後悔していると、電話が鳴ったので携帯を取り出して出る。
「もしもし」
『よぉつとむ。久しぶりで悪いんだが、あの時の約束覚えてるな』
「頭? 一体どうしたこんな時間に」
『お前こそこんな時間に電話とってるなんてどうしたんだ……で、だ。お前があの面倒くさい厄介ごとの際にした約束覚えてるよな』
「……ああ」
そういや、したな。
『それを今使わせてもらうぜ。実はな、この町にケンカ売ってきた奴の所属する組の本拠地分かったから今から殴り込み行くんだが、どうだ?』
そう言われて俺は頼まれた意味ないなと思いながら「どこだよ」と訊ねると『今から迎え行くから適当な場所にいろ』と言って電話が切られたので自転車置き場に居座ることにした。
「……で? お前は何のためにここにいるんだよ、いつき」
「君が授業サボるなんてそれなりに珍しいからね。きっとどこかへ行ってるんだろうなと思いながら来てみたら待ってるみたいじゃん。だから、一緒に行こうかなってね」
そう言って隣でおとなしく待ついつきに対し、俺は言った。
「来るなよ」
「なんでさ」
「これから『遊び』だ」
「ふ~~ん……そっか」
そういうと彼女は俺の前に来て見上げ、笑顔でこう言った。
「怪我しないでっていうのは無理だろうからさ、思う存分暴れてきなよ。僕たちの住む町にケンカを売ってきた奴らに、さ」
そんなことを言うと柊哉さん苦笑するんじゃないかと思ったが、あの人の性格からすると――
『そうか。ついに喧嘩の魅力に気がついたか!!』
なんて平然と言いそうな気がする。あの人だったらそんな確信できてしまう。
そんなことを思いながらいつきに凸ピンして口の端を上げてから「分かってるよ」と言い返す。
「痛いよつとむ」
「ん? 悪い悪い。めちゃくちゃ手加減したんだが」
「もう……それじゃ、頑張ってね」
「おう」
そういうといつきが校舎に戻ったので、俺はあとどのくらいで来るのだろうかと思いながらさらに待つことにした。
火曜日に日間ジャンル別55位になったおかげか、PV数がすごいことになってます。ありがとうございます。




