2-4 口論その二
鞄を持ったまま面倒だったのでそのまま食堂に行ったら、
「お~い、ここだよ、つとむ!!」
いつきが席に座って叫んでいた。今の俺には、それに対して怒鳴ることができない。なので、スルーして自分の料理を取ってきてからにしよう。そう決めた俺は、券売機に並んだ。
意外にも早く順番が来たので、俺はとりあえずカロリーが高いものを三つほど頼んだ。受け取る時におばちゃんが、『あんた、ものすごい怖いけど、大丈夫かい?』と心配された。今の俺はそんな大変なことになっているのか? そう思いながらもいつきが待っている席に向かった。
「もう、なんで無視するのかなぁ?」
「大丈夫っすか? アニキ?」
席に着いた時にいたのは、いつきと菊地慎だった。ツッコむ気がおきない俺は、
「もう無理。死ぬ」
言って、勢いよく自分が頼んだものを食べ始めた。その光景を見た二人は、
「遅刻した理由を訊くのは、どうやら無理そうだね」
「ずいぶん食べますね・・・」
とバラバラなことを言っていた。
二十分後。
「あ~、食った、食った。今日でちょっと散財したから、明日からどうすっかな?」
と言っていたら、
「僕たちの事を忘れていないよね?」
「そうですよアニキ。僕達を忘れないでください……っていうか、さっきのアニキの顔、ものすごい顔でしたよ。そこらのヤクザが裸足で逃げだしそうなほどの」
なんて言ってきた。……そんなにひどかったのか? 俺の顔。ふと疑問に思ったが、いつもの事なので、考えるのをやめた。
「ところでさ、ずいぶん遅かったんじゃないの? 僕の予想では、午前中の授業の途中に来ると思っていたのに」
「ああそれはな、いろいろとあったんだ」
体力回復を優先したいのではぐらかしていると、急にあたりが騒がしくなった。
「なんだ、なんだ?」と驚いてみる。
「あ、あれですよアニキ」「あ、なるほどね」
慎が指をさした方を見ていつきが納得したようだ。何が起こってんだ? と思って慎が指をさした方を見るとそこには、
「久し振りに食堂を使うというのも悪くはないですわね」
そんなふざけたことを言いながら入ってきた、いかにもお嬢様です、って雰囲気を出している奴が、取り巻き――あれは親衛隊か? ――を引き連れながら席を探していた。ふむ、もしかすると……、
「あいつも『アイドル』か?」
「よく気付いたねと言いたいところだけど、彼女の名前と学年はもちろん知らないよね?」
「当たり前だろ」
「堂々と言い切らないで下さいよアニキ・・・・・・・・」
それに慣れているいつきスルーして進めた。
「彼女は二年生の『アイドル』で、篠宮ルカ。篠宮財団の娘さんだね。あ、ちなみに妹がいるよ」
「いや、最後の方は果てしなくいらないんだが。それはどこで仕入れたんだ?って、訊くのは野暮だな。いろんな所で会っているんだろ?」
言ってる途中で理由がわかったので確認すると、ため息を吐きながらいつきが、
「そうなんだよ。僕はああいう性格は嫌いなんだよね。あの、はなにつく態度もね」
と言った。本当に珍しいな、こいつがここまで言うなんて。
「面と向かっては言えないんだろ?」
「それが言えたらどれだけ楽か」
と話していると、
「え? 本宮君とあの人は知り合いなの?」
と、慎が訊いてきた。こいつも意外と何も知らないよな。そう思いながら俺は、
「こいつの親はな、金持ちなんだよ。だから、ああいう奴でも知り合いになっちまうんだよ。狭いからな、金持ちの世界って」
と説明した。それで慎は納得したようだ。いつきはというと、『まぁまぁだね』とでも言いたそうな目つきだった。
ふぅ、何とか俺の命の危機が去った。上手く説明しないと、いつきが俺に罰ゲームと称して、色々ヤバイもんをやらせる。一番最近にやられたのが確か、雪山で一週間生き延びる、だったな。あれ以降、俺はこいつの説明をうまくできるように、毎日毎日考えていた。それが報われてよかったと感動していたら、
「あれ? アニキ、本宮君。その人がこっちに来るんだけど」
あ、なんか既視感。いつきの方を見ると、あいつも呆気にとられた様だった。そして、篠宮ルカがこちらの席に近づいてこう言った。
「あら、こちらの席を使ってもよろしいでしょうか?」
物腰としては穏やかな感じがするが、口調は完ッ全に俺達が席を譲る、と決めつけている感じがする。それを聴いた俺らは、
「どうしようね?」「僕はまだここにいたいんですけど」「だな。俺もさっき食べ終わったばかりだから、もうちょっとゆっくりしたい」「なら、つとむ。君がそう言いなよ」「ハァ!?何言ってやがんだ!?」「アニキ、頼みました!!」「だって」「結局俺なのか・・」と相談をしていた。
結論が出たので喋ろうとしたら、
「貸しなさいと言っているでしょ!?」
相手は勝手にキレていた。これがこいつの本性なのか。と感心しながら俺は、
「貸せるか、馬鹿野郎」
と吐き捨てた。これを聴いた他の奴らが、「おい。あの一年、二年相手にケンカ売ったぞ」「でも、あの人って確か昨日の……」「おい。こりゃぁ、生徒会呼んだ方がいいんじゃねぇか?」と話していた。
また騒ぎが大きくなりそうだな。とぼんやり思いながら俺は、目の前のやつ―――めちゃくちゃ怒っている先輩にあたる人―――を適当に観察していた。 ……こいつは感情に流されるタイプだな。一旦怒れば冷めるまでそのまま、って人だな。と観察結果を分析していると、
「なんですって!? どうして貸せないかしら!!」
案の定、キレたまま突っかかってきた。理由ってそりゃぁ、
「俺達が今ここを使っているんだ、どうして貸さないといけないんだよ」
「それは私が、ここで昼食を食べたいからですわ!!」
「他にも似たような席があるだろ。そこを使え」
「私はここがいいんですわ!」
「子供みたいなこと言ってんじゃねぇよ。お前はあれか? 自分が言ったことがそのまま現実になるとでも思っているのか? だったら、やっぱり子供だな」
「なっ!!? そ、そんなことはないですわよ!」
「言ったな。だったらこの席は諦めるんだな」
「うっ!! ……分かりましたわ。と言うとでもお思いでしたか!皆の者、この物を強制的に他の席に移動させなさい!!」
『はっ!!』
そんな子供みたいなことに従い、そいつの周りにいたやつ―――親衛隊だろうな――が俺達を強制退去させようとした。なので俺は、
「ふざけてんじゃねぇぞ、テメェら。死にたいのか?」
俺がいつも不良の喧嘩に巻き込まれた時に出す冷たい声と、殺気を周りに出した。いつきはそれを平然と受け、慎は腰が抜けた状態になり、周りの親衛隊も完全に怯え、命令した本人も、腰が抜けたみたいだった。
はん。暴力沙汰で俺にかなうと思うんじゃねぇよ。
そう思いながら、俺は殺気を引っ込めつつ、
「一年もそうだが、どうして親衛隊をつくるんだろうな? あんなもの、つくったって何の意味もないのに」
とあっさりとつぶやく。すると、怯えていた親衛隊の一人が、
「ば、馬鹿にしているのかっ!! 親衛隊はその人を守るためにつくられるものだぞ!!」
と言った。それってよぅ、
「自分でそれ位できるだろ?っていうか、それ位出来ないんだったら、テレビに出るなんていうのはやめるべきだな」
「な、何を言っているっ!!」
「なにって、簡単なことだ。テレビに出るってことは、自分が有名になるってことだろ? だったら、ストーカーとか自分で何とかできなきゃいけねぇだろ? このご時世なんだからよ」
俺が言ったことにより、他の取り巻きとかも「そうだよな……」「確かに、今は何かと危ないわよね」「人を頼るにしても、誰が信用できるか分からないよな」「結局自分で何とかするしかないのか…」と話していた。
いい具合に周りがざわついたな。これは、俺がこうなるような言葉を言っただけだが、予想以上に効果が出ているな。などと辺りを見渡していると、
「お前には、守りたいと思っているものがいないのか!?」
そいつが反論してきた。よくしゃべるな、こいつ。他の奴らはまだ怯えているのに。と素直に驚きながら、
「じゃぁ、お前はそいつを、命を懸けて守ろうと思うのか? そいつには命を懸けて守るだけの『何か』があるのか?」
言ったらそいつは、とうとう黙ってしまった。それを好機と見た俺は、
「ないと思ってるんだろ? そういう奴が偉そうなこと言うんじゃねえよ。軽々しく『命を懸ける』なんて言葉を二度と口にすんじゃねぇぞ。次俺の前で言ったら、今度はこれだけじゃすまねぇからな」
言ったら、今度こそそいつは黙った。やれやれ、ようやく終わったか。と先程座っていた席に再び座ったら、
「おお――――!!!」「すげぇ―――――!!!」「なんだあの一年!?二年相手にあそこまで啖呵をきれる奴がいたのか!?」「やべぇ、同じ一年としてすっげぇ誇りに思うぜ!!」「私は二年だけど、彼、とても素晴らしいこと言うわね」「テレビのワンシーンだと思ったぜ!」「私も!! カメラがどこにあるのか探しちゃった!!」などと歓声を上げていた。
……ひょっとすると俺、またやっちまった? 畜生!! なんで毎回毎回こうなるんだよ!! と誰にもぶつけられない怒りにさいなまれていると、
「アニキ!! 僕、ずっとついていくッス!!」
「全く、君は生まれながらの役者だよ」
それぞれ感想を言ってきた。慎は良いとしてもだ、いつき!! お前ふざけてんじゃねぇ! 元はと言えばテメェが俺に押し付けたからだろうが!! そう心の中でツッコんでいると、
「フン!! 気分が悪いですわ! こんな奴に負けるなんて!!」
そう言いながら篠宮は戻っていった。あ~、ようやく終わった。今日はえらく巻き込まれるなぁ。とここまでに巻き込まれたことを確認していると、
「ねぇ、君。名前は何ていうの?」「お前、よく言ってくれたぜ!!」「どこのクラスにいるの?」「趣味は?」「どうやったらあんな演技ができるの?」と、さっきまで成り行きを見ていた奴らが俺に詰め寄ってきた。うおっ!! いきなり来んじゃねぇよお前ら!! また面倒なことになっちまったぜ!! と思いながら、どうしようか考えていたら、
「あ。もうすぐ授業だよ、つとむ」
いつきが言った。俺はそれを冷静に受け止め、
「そうか。じゃ、教室へと急ぐとするか」
と言って、俺は詰め寄ってきた奴らを飛び越え、いつきはその隙に慎と一緒に食堂を出た。残ったやつらは、呆気にとられたまま食堂に取り残された。




