3-8 彼女の想い、自分の考え
入院話が思いのほか長かったことに投稿して気づきました。次で終わるはず……です。
「良かったです……良かったです……」
「やっと信じたか」
「ギプス固定状態で片手逆立ちってのは十分非常識だと思うんだけど……?」
信じてくれた光にため息をつく俺。それを胡乱気に見るいつき。
少ししてから思い出したのか、いつきは爪楊枝でリンゴを一つ刺してから「ほら」と差し出してきたので、左手で受け取って食べる。その際いつきの手に触れたのは不可抗力のはずだ。とっさに手を引かれてリンゴを落としそうになったのは焦ったが。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫さ」
その割には顔が赤いようだが……? なんて思ったがどうすることもできないというか原因に心当たりがないので、俺はリンゴを飲み込んでから光に話しかけた。
「なぁ光」
「は、はい……」
なぜだかひどく緊張しているような気がするのだが、何に対して緊張しているのか分からない俺は、昨日のことについて謝った。
「すまなかったな、昨日助けられなくて。そして、巻き込んで」
「……え?」
予想外の言葉だったのだろうか。光は呆けてそう言葉を漏らし、体が固まったように動かないでいた。ひょっとして親父に聞いていないのだろうか。
「昨日お前が誘拐されたのは俺のせいだ。俺とお前が一緒にいたのを、『裏』の奴らに見つかったせいだ。だから、悪かったな。喧嘩もして」
「……『裏』? つとむさん。一体何を言っているんですか?」
やはり何も知らない『表』の人間らしい。いつきは俺の言葉を理解しているからか、表情が暗い。
できるならこいつにはそんなのを見せたくないと思いながら、俺はあえて笑って言った。
「……いや、なんでもねぇよ。忘れてくれ」
「そう、ですか……?」
「あとできるならでいいんだが、もう俺の事は忘れた方がいい。撮影を延期や中止にさせるほどの疫病神だからな」
「…………」
黙って俯く光。それを見ながら、出来たらじゃなくて本気で忘れてくれと思っていると、横から思いもしない打撃が飛んできた。
パァンと病室に響く。無事な左手で受け止めたいつきの右拳を見ずに、俺は理由を尋ねた。
「どういう意味だ?」
「呆れるほど馬鹿だなって思っただけさ」
そういうと同時に右拳を引くいつき。俺は左手首をプラプラと振りながら「まぁお前らに比べたら俺はバカだよ」と答えておく。
「そうだね。君は他者の気持ちに関しては相当なバカだ」
「人ってのはそういうもんだろ?」
「君は特にひどいんだよ。大体の人は空気を読んだりするんだけど、自分の気持ちだけズバッと切り出すから」
「どこが悪い」
知らず知らずのうちに喧嘩腰になっていく。それほど短気じゃないと自負はしているが、いつきと口論すると、そうでもないらしい。
「僕が、いや僕達は素直に心配をしているんだよ。なのに、君はそれを理解しておきながら理解していないふりをして、僕達を遠ざけようとする」
知っているとでもいうようにすらすらと喋るいつき。そんな幾度ともなく言われ続けた言葉に、俺は鼻で笑うことにした。
「はっ。何言ってるんだよ、おい。確かに心配されているのは知ってる。けどな、俺は心配されたところで、どうしようもなかったら死ぬんだよ。誰だって同じだ。今回もたまたま死ぬことがなかった。それだけだ」
「やっぱり君は淡白で、リアリストだ」
「人生の見方なんてそんなものだ。山があって谷があって絶頂が両方あって、最後は死ぬ。複数に分かれていると思った道が結局一つの道へと集約されていたことに気付くのが遅い奴なんて、真正の馬鹿か純粋無垢な奴だけだろ」
「……日々を一生懸命生きてる人だってそれに気づかないと思うけど?」
「生きてなければ気づくのか?」
「……」
別な議題で言葉詰まらせたいつき。それに対し俺は軌道修正しようと思い、ため息をついてから謝った。
「悪い。言い過ぎた」
「……本当にそう思ってる?」
「ああ」
なぜか訝しげに聞いてきたので即答する。
すると、「なら、」と前置きしていつきは言った。
「いつか言った『暇なときにどこか一緒に』行ってもらうよ?」
「……は?」
思い返してから俺は首をかしげる。
そんな俺を見てもいつきは一人テンションが上がったようで、
「暇な日かぁ。大体夕方は暇だからなぁ。夕方に食事でもどうだろう? でもそれじゃひねりもないしなぁ……」
俺は了承していないのに盛り上がっていた。
「おいいつき」
「だったらどうしよう? やっぱり夜景がきれいなところかな?」
「いつきさん何言ってるんですか!?」
堪らずなのか光がその声で叫ぶ。正直この声量は病院で出してほしくない類だ。
だがその声のおかげでいつきも我に返ったらしく、「いや、君が言ったことだろうに」と俺を諌めた。
「ハァ? いつだよそれは」
「ほら、四月の。君が事故にあう前日の電話」
「……あ」
少し考えて思い出した。思い出して、あちゃぁと天井を見ることにした。
やっちまったというか自業自得だというか。
良く覚えているなと思いながら、俺はため息をついた。
「忘れてたってのに、よく覚えてるな」
「そりゃ君との約束だからね」
焦ってた時の口約束って有効なんだろうかと首を傾げようとしたところ、光が口を挟んできた。
「あの前に何かあったんですね? 女性の方で」
「いや、確かにそうだけどよ……良くわかったな」
「つとむさんは大体女性を助けることが多そうですからねっ」
「?」
なぜ視線を明後日のほうへ向けられてたのだろうか。しかもなんか怒ってるっぽいし。特に関係ないのに。
どうしたもんかなぁと思っていると、いつきが「ま、暇な日は退院したらでいいから連絡してくれて結構。僕はそろそろ君の家族に連絡を入れてくるよ」と言って部屋を出た。
残された俺と光。
「「…………」」
途端に空気は重くなり、会話しようにも話題は見つからない。正直、話題を提供しようと思う気にもなれない。
一つ気になることが浮上したのでそれを聞いてもよいのだが、そんなことを聞く意味があるのかと思ってしまったために除外することにした。
となると言葉が見当たらない。この気持ち悪い雰囲気を払拭したいのだが。
いったいどうしたものかと思いながら天井を見ていると、ガラッとまた開いたので俺は視線を向ける。
そこには、美夏がいつものような笑顔で佇んでい……た。
「なんでお前が?」
「いてはおかしいですか?」
「! 白鷺先輩!! 聞いてください! つとむさんは私達に距離を置けって言ってるんです!!」
怒り心頭なのかすぐさま告げ口する光。それに対し特に慌てずそのままでいると、美夏の雰囲気が変わった。
具体的には、俺が停学になった時と同じような雰囲気に。
「へぇ、そうなんですか」
何に触れたのか知らないがあの時と同じ低い声。常人が聞けばおびえてもおかしくはないだろうが、そんな声に慣れきっている俺は特に恐怖心もなくため息をつく。
と、それを美夏に見咎められた。
「どうしてため息をつくんですか?」
「ついちゃ悪いのか」
「あの場面でつける理由がこちら側にはありませんので」
「そりゃそうだろ。俺の体が行っているんだから俺にしか理由はない」
「なので教えてもらえませんか?」
「教える義理はない」
「今週どうします?」
「俺を連れて行かないほうが身のためだと思うが?」
「じゃ、私の意思でいいんですね? それじゃ」
「ああ。といっても、見ての通り怪我してるけどな」
「つとむさんならその程度、気合で直してくれると信じてます」
「……って、ちょっと待ってください!」
すんなりと出て行こうとする美夏に、光は持ち前の声で待ったをかけるが、うるさいので反射的に片耳をふさぐ。
だが、美夏は特にそんな素振りも見せず「病院で騒いだらいけません」と優しく注意する。
「あ、すいません……じゃなくて! どうしてそんなあっさりしてるんですか!?」
思わず話がずれると分かったのか、先ほどより小さい声でツッコむ光。
それに対し、美夏はスライドドアを閉めて光へ向かい、答えた。
「私の気持ちは変わりませんから」
「……あ」
核心を言われたのか光は小さく声を上げる。それを見た美夏は満足そうに頷いて「ではまたお会いしましょう」と頭を下げてから出て行った。
再び残る俺たち。
俺は蚊帳の外のような気がしたので質問しようかと思ったが、光も急に思い立ったかのように「それでは私も仕事に行きます! あまり無理をしないでくださいね!!」と言って部屋を出て行ってしまった。
残された俺は少し呆然としていたが、次に家族が入ってきたことにより我に返れた。
少し詰まっていますが、大丈夫です……まだ




