3-7 また入院
今回は初出演のエピローグ的ですが、まだまだ続きますよ。
こうして俺の初出演についての話はなしになったというか、延期? というか、多分、延期になったんだろう。こんな大惨事があったんだから。
ちなみに親父は平然と会社に戻って仕事して帰ってきたそうだ。それは入院先で眠る前に聞いた。
入院。まぁ腕が折れて足をひねったから……で大げさだと思うんだが、医者曰く『複雑骨折で手術の必要がある』とのこと。そのせいで俺は救急車で搬送されてすぐに手術台に乗ることになった。
初めて手術台に乗ったが、眩しくてかなわないな。っていうか、複雑骨折なんて前にもあったし、そん時は一週間その腕が使えなかっただけでその次の日から何事もなく動かせたから別に手術する必要ない……と思ったが、どうやら俺が思った以上に状態は深刻らしく、異物まで一緒に発見されたらしい。爆発物の破片だな。
そんな感じで手術したので、またもや入院。手術して寝たら完全に治ったように動いたのには驚いたが、さすがにそんなびっくり人間であることは隠したいので、今もギプスで固定している。だから不便。
で、今。
「……暇だ。一ヵ月学校に行かなくて済むのはいいが、暇だ。バイトできないのがつらい」
昼間からベッドで寝て天井を見てるだけ。
退院したい。すごく退院したい。体を動かしたい。
「よっと」
とりあえずベッドから出た。
今日は確か五月二十九日(日曜日)。あの爆発事件が起こった翌日の朝。
もう寝たね。手術中眩しくて。疲れのせいで。
あぁ腕時計も大丈夫だったはずの携帯電話も壊れて使い物にならなくなっちまった。また買わないといけない。
スクワットしながらそんなことを思う。
見舞客は来ていない。というか、面会謝絶にしてほしいと思ったぐらい来てほしくなかった。
だって俺が原因であんなことが起こったんだから。
前々から巻き込まれる体質のせいで事件に結構首を突っ込んでいる。ゆえに撮影時にも何か起こるんだろうなと予測はしていた。
だが、今回はその予想にプラスアルファの存在が関わってしまったため、俺としては罪悪感で会おうという気になれないのだ。
まぁこっちの都合なのであっちが会いに来るのならばそれを反対できる理由が俺にはないので何も言わずに入れるしかないのだが……暇だ。
スクワットに飽きたので、今度は片手で腕立て伏せでもやろうかなと立ちながら思っていた時だった。
「……元気そうだね、つとむ」
「!」
ギギギギッと俺は入口のほうへ首を回す。それに伴っているせいか知らないが、冷や汗が流れだし、体は震えだした気がする。
入り口には、笑っておらず本気で恨めしそうないつきが果物の入った籠を持っていた。
「よ、よぉいつき……」
「君が爆弾で怪我して腕が使い物にならなくなったっていう連絡を受けてきたんだけど……どうやら、そのギプス必要なさそうだね?」
「なにを言ってるんだよ。まだ痛いぞ」
「平然とスクワットやってたのに?」
「……」
最初から見られてたらもう弁解の余地ねぇじゃん。
そう思った俺は静かにベッドに座り、仰々しく片腕で土下座した。
「すまん」
「いや、そこはまぁいいんだけどさ……長い付き合いだけど、君のその回復速度ってもう人外の域だよね?」
「そうか?」
「頭下げながら質問してこないでよ……で? すすむさんに聞いてもうびっくりしたんだけどさ、大丈夫なのかい?」
「学校一ヵ月行けず。その間入院」
「簡潔だね……って、明日台本もらって配役されるんだよ? 大丈夫なの?」
「……あ」
「忘れてたんだね……」
溜息と同時にいつきはそう漏らす。
まぁ色々あったから忘れてた……そう言いたかったが、言い訳にしか聞こえないだろうと思うので否定も肯定もしない。
ベッドの上でだらけて座りながらどうするかと考えていると、いつきが「でも良かった。君が手術するなんて初めての事だから元気そうで」とつぶやいたのが聞こえた。
「だな。さすがに爆弾は生まれて初めてだった」
「そういえばそうだけど……じゃなかった。ところで、今お腹空いてない?」
「あーまぁ。さっき慣れない左手で朝食食べたけど」
「君なら足でも箸が使えそうだね」
「そんなびっくり人間になってねぇよ」
「存在自体がびっくり人間じゃないか……って危ない危ない。つとむってすぐに話題を逸らすんだから」
「俺のせいじゃない」
「でさ、よかったら食べさせてあげようか? 持ってきた果物」
……なんで恥ずかしそうに訊いてきたのだろうか。というより、俺さっき左手で朝飯食べたといった気がするんだが……無視されたわけじゃないよな?
自分でできるのに他者に手を借りる必要性を感じない俺は、いつものごとく首を傾げたがそんな動きを無視し、いつきは勝手にもってきたらしいナイフを使ってリンゴの皮をむき始めた。
おいこら。人の話無視するな。
そんなことを言いたかったがもうやってる途中だったので無下にできず、仕方なくできるまで待つことに。まぁ、普通に、きれいに皮むき終えたけど。
俺は初めて見たいつきの皮むきが綺麗にいったことに驚きながら、「お前練習した?」と尋ねてみるが、首を振って否定された。
「まさか。君が何も言わないで集中させてくれたからじゃないか」
「俺、最初はそんなにきれいに皮剥けなくて、お袋によく怒られた」
「……悔しいんだね、要するに」
「ああ」
そう素直に答えると、いつきは嬉しかったのかナイフを持ったままガッツポーズを下。いや危ないからそれ。
「あとはリンゴを等分して種を取るだけだろ」
「うんそうだね」
そう言ってからいつの間にか出ていた皿にリンゴを置きナイフで切ろうとしたところ、ドバンと勢いよくドアが開き、息を切らしながら光がその馬鹿でかい声で「だ、大丈夫ですか!?」と叫んだせいで危うくいつきの手元が狂い、指を切りかけるところだった。
「危なかったな」
「う、うん。怖かったよさすがに」
そう言って俺たちは膝に手を付けて呼吸を整えている光へ視線を向ける。
どうやらこいつは被害者にもかかわらず、巻き込んだ俺の事が心配らしい。その前に少し喧嘩をしたというのに、すごい奴だ。俺だったら無視するか、何か手土産を持って行き、置いてすぐ帰るぞ。
そんな考えを知らない光は呼吸を整えてから顔をあげ、俺達の視線に気づいたの首を傾げた。
「ど、どうしたんですか?」
「ん」
俺はいつきを指さしてどういう状況なのか教える。
俺の指を視線で追った光は、いつきがやっていたことを目視し、何を思ったのか後ずさった。
「いや違うだろ」
「僕としては嬉しいのだけど、今は違うね確かに」
「え?」
まだ理解していないのか俺たちを交互に見て首を傾げる。
しょうがないので、俺が代表して答えた。
「いつきはリンゴを分けようと刃物を扱っていたところにお前が乱入し、手元が狂いかけた」
「…………え」
「さすがに僕も指を切るかと思ったよ」
「………………」
ようやく得心したのか顔色が悪くなり、頭を下げて「ごめんなさい!!」と謝った。
まぁ悪気があったわけじゃねぇからな……。そんなことを思いながら天井へ視線を移すと、いつきが「君の誠意は伝わったよ」と許した。が、光は顔をあげながらもすまなそうだった。
今のうちに切ればいいんじゃないか? そう思ったのが伝わったのか、いつきが林檎にナイフを入れて四等分にし、種の部分を器用に一つずつ取っていく。……金持ちって何やらしても天才なのかね?
「さて出来た。ちなみにこれらの果物は商店街の八百屋さんがタダでくれたものだよ」
「……見舞いの品って初めてのような気がする」
「あぁそういえばそうだね」
俺の呟きに過去を思い出したのか同意するいつき。それに対し光はここに来た用事を思い出したのかすぐさま慌てだし、「う、腕は大丈夫ですか!?」と訊いてきた。
その心配そうな声に思わず苦笑した俺は「手術したけどもう大丈夫だ」と言っておく。
が、それを鵜呑みにしなかったらしくなおも「本当に大丈夫なんですか?」と訊いてくる。
面倒なので左手で逆立ちして証明して見せた(一応右腕はギプスつけているので)。
交通事故の方が重傷という事実……まぁ衝突スピードとかを考えたら妥当だと思っていますがね。




