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アイドルッ!  作者: 末吉
第三幕・第三話~初出演に関する懸念材料~
103/205

3-3 すれ違い

今年の梅雨前線遅いですね……

「ここですここ。この近くでは隠れた名店らしいです」

「『ラズベリー・ファーム』? ベリー関係の店か、ここ?」

「ここのラズベリーケーキがすごくおいしいという噂なんです! 入りましょう、腕を組んで!」

「普通に入ればいいんじゃね?」

 いやです! なんて言う光を無視して俺は勝手に入る。

 カランカラーン! と開けた瞬間に音がする。

 入って真っ先に目についたのは女性比率の高さ。その比率百パーセント。

 その瞬間俺は回れ右。光には悪いが別の店で俺は食べる。

 だが先に入ってしまったので光に退路をふさがれ、おとなしく進んで「二名様です」と力なく言い、案内された席に座った。

 対面的に座る俺たち。

「こちらお冷です」

 ウェイトレスが水の入ったコップを二つ、俺たちの前に出して去ってしまった。

 俺は水を一気に飲んでコップを置くと、メニューを見ていた光が「つとむさんは何にしますか?」と訊いてきた。

「いや、俺メニュー見てないから」

「あ、それもそうでしたね」

 そのメニューを受け取りぱらぱらとめくった俺は、光に返して「決めた」と言った。

 それを聞いた光は目を丸くして驚いた。

「どれにするんですか?」

「グランベリーレアチーズケーキにブラックコーヒー」

「それセットじゃないですか! ……しかも、一番値段が安いのですよね?」

「そりゃそうだろ。金がない」

「……」

 あっさりという俺に閉口したのか、何も言わない光。

 まぁ俺がケチだということに幻滅したのだろうと勝手に解釈して「すみません」とウェイトレスを呼び止めた。

「なんでしょうか?」

「このグランベリーレアチーズケーキセットを一つ。飲み物はコーヒーで」

「かしこまりました」

 ……ふむ。この店員すごいな。俺の顔見ても何も言わない。内心ではビビってるのかもしれないが、顔に出さないというのがすごい。

 接客はこのぐらいやらないといけないのだろうかと思いながら観察していると、「少々お待ちください」と言ってその店員さんは消え、すぐさま光が不機嫌そうに言った。

「つとむさんって、ああいう人が好みなんですか?」

「は? 何言ってるんだよ。接客ってあれぐらいやらないといけないのかと思って観察してただけだ。好みとかの話じゃない」

「そうですかぁ? どことなく見とれてた気がしたんですが…」

「そんなことよりお前は頼んだのかよ?」

 これ以上は無駄だと思った俺は話題を変えると、光は「話題をそらしましたね」と言ってから頷いた。

「何頼んだんだよ」

「いいじゃないですか別に」

「どうせすぐ昼だがな」

「言わないでください!」

 机をたたいて怒る光。どうでもいいが、それって大抵目立つからな。

 水を飲みながら案内された席から周囲を見渡す。

 入口から一番離れており、壁側なので窓の外を見て暇をつぶすこともできない。というか、俺以外の全員が女子なので居心地が悪い。

 ママ会で集まっているのかねなんて勝手に予想しながらケイタイを開いてメールをチェックする。

 ……翠からだな。『さっき自転車で山道登ってたよね?』って、あいつもあの場にいたのか。一体何のためだろうか?

 他には……と、いつきからだ。ていうかこいつ、十分に一度メール送ってたのか。サイレントマナーにしてよかったと思い、全削除。

 俺はお前の母親かと突っ込みのメールを送っておくとして……飛翔からだ。『せっかく撮影場所来たのに撮影午後からだってよ。暇なら来ないか?』…その撮影に俺も参加するんだがな。

 と、この短時間に四十件(うち三十件はいつきから)のメールを全部見終わった時、「お待たせいたしました」という声と共に注文した料理が俺の前に置かれた。

「こちらグランベリーチーズケーキセットです」

「ありがとうございます」

「そしてこちらがラズベリーケーキでございます」

「ありがとうございます!」

 そして光の前に置かれる料理。

 基本はショートケーキと変わらないようだが、クリームにラズベリーを混ぜており、そのラズベリーもイチゴの代わりに乗っていた。

 なるほど。これは人気になるのもうなずけるなと思いながら、俺はチーズケーキをフォークで切り分けて食べる。

 ふむ。甘い……が甘ったるいわけじゃないな。どちらかというと控えめだ。

 こういう、甘すぎない味も人気の一つなのかね……などとコーヒーを一口飲む。……ブラックじゃねぇのか、若干甘い。

 普通のコーヒーないのかこの店なんて思いながらチーズケーキを食べようとしたら、正面からじーっと見てくる視線がうざくなったので、ため息をついて食べようと思って切り分けた部分をフォークで刺して光の目の前へ。

「ほれ。食いたいのなら食え」

 片肘をついてあそこに顎を乗せ、面倒くさそうに勧める。こうでもしないとこいつの視線が外れてくれないと思ったからだ。

 別にこれぐらい食べたところで俺は腹の足しにもならんから、少し食べられたとしても変わらない。コーヒー単品だけってのも味気ないと思っただけだし。

 そんな俺の考えも知らず、光から反応がない。

 声での反応ぐらいあってもいいと思うんだがな…と思い視線を光に向けると、口をパクパクさせ顔全体を真っ赤にして動きが止まっていた。

 …………。

「おーい」

「!? は、はいなん「うるさい」……す、すいません」

 ようやく反応してくれたが、どうも上の空だったようだ。とっさに反応したって感じだった。

 大丈夫かこいつなんて少し心配になりながら、俺はもう一度チーズケーキを刺したフォークを光の前に突き出して「さっさと食べろよ」と言った。

 だが先程と変わらず返事も反応もない……と思ったが、「夢じゃない夢じゃない夢じゃない……」とブツブツ呟いていた。

 本当に大丈夫だろうか……。

 時折顔がにやけたり頬をつねったりしている姿を見ながら、光の精神状態を疑う俺。

 それがひとしきり終わったのか、なぜか覚悟を決めた顔で目を閉じて口を開けたので、何も言わずにフォークを突っ込み、中身を口の中へ入れてくれるまで待つ。

 ……………………。

「おい。さっさと食え」

「…………」

何も言わずにそのまま動かない光。まるで何かを待っているようだ。

何をそんなに待っているんだ? 時間なくなるぞ? 動かない光を見ながらそう思った俺はフォークを口の中から戻して訊いた。

「お前は一体何を求めているんだ?」

 その瞬間、時が止まったかのように周囲が静かになった。

 ん? 一体どうした。

周囲の静まり方が異常だったために見渡してから首を傾げた俺は、光に聞こうとそちらに視線を向けたが、なぜかふくれっ面だった。子供みたいなやつだな、おい。

「……」

 答えてくれない。そんなダメな人に答えを教えません、というように。

 そして、周囲の視線もなぜだか厳しくなっていた。

 というか、分かるわけがないんだが。人の考えてることがわかるほど、推理力はない。

 本当に面倒くさいなもう。やってられるか!

 視線に耐えきれられなくなった俺は、財布から頼んだ料理分のお金を出してテーブルに置き、光の制止も聞かずに店を出た。

 …そういえば、撮影場所も覚えてないんだった俺。

「どうやって向かおうかな……」

 自転車にまたがり空を見上げながら呟いた俺は、適当に走るかと思いペダルをこぎだそうとしたところ、前方にいつの間にか光が大の字になって遮っていた。

 その睨んだ顔を見ながら、俺は鬱屈な感じで聞いた。

「何の真似だ?」

「見ての通りです」

 俺はハンドルに肘を乗せてその上に顔を預け、欠伸をしてから睨んだ。

「轢くぞ」

「脅してもどきません」

 確固たる意志を持っての妨害行為。売り言葉に買い言葉。

 そこまで意固地になるようなことでもない気がしたが、あちらが引かないので俺はため息をついて姿勢をもどし、バックから紙を取り出す。

 取り出したのは受諾書。

「…何をする気ですか」

「場所調べるだけ」

 受諾書での撮影場所を見ながらケイタイに打ち込む。

 こんな機能あったの忘れてたし。思い出したの唐突だし。

 打ち終わって検索し、場所が分かった俺は自転車からいったん降りて翻し、助走をつけて自転車に乗り、ケイタイ片手にこぎだす。

 良い子のみんなは真似しちゃだめだからな。

 そんな状況下俺は、背後からの大声量をスルーしつつ平然とした顔で、曲がり角を右へ曲がった。

 さて次は……このまま少しまっすぐ走る、ねぇ。

 このままいけば標識みつかるかぁ? と思いながら、俺は先にあったT字路を左へ曲がった。


「つとむさん!」

 つとむが自転車を走らせて自分の前から消える間、光は精いっぱい叫んだ。が、当の本人は聞いておらず、そのまま視界から消えた。

 戻ってくるかもしれないという淡い期待が粉々に砕けた。その事実が、彼女の心を不安定にさせる。

 彼女は思った。つとむさんは、どうしてあんなふうに簡単に、人から離れることができるのだろう、と。

 人というのは生来、支えあい、交じり合い、そして競い合うことで生きている。

 ゆえに人は他人と結びつこうという思いが強く、様々な状況下で「これをやったら離れてしまう」という行動を控える。

 だが例外もいる。それは、一匹狼気質やトップに君臨できるほどのカリスマ性、他人に興味・関心を持たない人達のことである。

 つとむはその例外にあたる。先程挙げた三つのうちのいずれかだというのなら、つとむはほぼ全部だろう。

 つとむ自身は最低限の付き合いをする上での交流を持つこと自体、別に嫌ってはいない。ただ、彼の何かしらに巻き込まれるという体質が、自身の人とのかかわりあいを避けさせる要因になっているのだ。

 そんなことを知らない光は俯く。俯きながら、花柄のTシャツの胸のあたりを握る。

「……つとむさん…」

 好きな彼の名を諦めきれずにつぶやく。

 今回は、ちょうど出演依頼のあったのでそれを口実に二人っきりで過ごす計画だった。その目論見は最初のマネージャーの手違いから狂い出したが、それでも撮影開始が少し遅くなりこうして無事につとむと合流できた矢先、怒ったのか知らないがつとむは先へ行ってしまった。

 ただ食べさせてもらいたかっただけですのに……と、悲しそうに地面を見ながら思う光。

 光は目を閉じていたせいかわからないが、ちゃんとつとむは光の口の中に入れていた。だが何も言わずの事だったので、光はそれに気づいていなかった。

 どちらが悪いと問われると鈍いつとむと気づかなかった光の両方なのだろうが、あの場ではどう考えてもつとむのほうが悪いと思われていた。

 そんな店内の感想を知らない光は、いつまでもここにいるのもまずいと思い、重い足取りで店の中へ戻った。

 その姿を見ている人影に気付かずに……。


「あ~ん」というのを書きたかったのに素直に書いたらこうなったでござる。

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