3-2 大移動
最近書いてますと眠くなります。かといってノートなどで書いておくと書かなくなりそうなのでやってません。
でもまぁ、時間当たり千文字ぐらいのペースでちょくちょく進んでおりますので。
つとむが自転車を押して山の中へ入ったと同時刻。
「さっき通り過ぎたの……つとむだよね? なんでこんなところに?」
同じ場所に居合わせ、つとむが通り過ぎたのを確認して外に出た風井翠が、心底不思議そうに首をかしげていた。
彼女がここにいる理由はつとむと同じ番組に参加するからで、事故が発生したために遅れることを番組のプロデューサーに電話した後だった。
まさかつとむが参加するはずないと思った彼女は、「きっと試合でも観戦しに来たのかな?」と思いながら車の中に戻った。
「うおぉぉおぉぉぉぉ!!」
自転車を押しながら山道を駆ける俺。
はっきりいってどこをどう通っているのか分からないが、今のところは降りているのだろう。あまり自信はないが。
ツライわぁぁぁ! と叫びそうになり、ふと気づく。
あれ? 自転車担げばよくね?
「よっと」
とりあえず担ぐ。そして、
「だらっしゃぁぁぁ!!」
全力で駆け出すことにした。
やばいやばいやばい! 思いっきり楽だ! 怖いぐらい早い! めちゃくちゃはやい!
もはやブレーキという言葉はなく、ただ木々を避けながら自転車のかごに入っている荷物を飛ばさないように駆け降りる俺。
このままなら間に合うんじゃね? などと思いながら駆け下りていると、不意に視界が開けた。が、
「こっちも渋滞かよー!」
思わずそう叫んだが、ちょうど高さに余裕があったことに気付き、ジェットコースターよろしくな加速状態で自転車を担いだまま、跳んだ。
あぁ、いい景色だ。やっとりぐる市に着いたって気がする。
スタジアムなどを上空で眺めながらそう思った俺だが、ここで少し冷静になって考えてみた。
いま俺は空を飛んでいる。自転車を担ぎながら。
ということはつまり。
「あ。俺、落ちたわ」
その言葉が皮切りになったかわからないが、俺はそのままカーブを描くように落ちて行った。
落下地点に何があるかわからないまま。
九時四十八分。
『とても信じられないものを目撃した! 自転車を担ぎ、空を飛んだ少年が、リンフォード女学院方面へそのまま行っちまった!』
『ていうか屋上に着地したと思ったらもう一度跳んでどっか行ったぞ!?』
『何もんだよあいつは! 本当に人間か!?』
などというコメントがつとむの跳んでいる写真とともにネット上に流れたが、わずか数分で削除された。
「…………疲れた。移動でこれだけとか、マジで今日は厄日」
落下地点はちょうど歴史ありそうな学校の屋上だったので、俺はそこに着地してその衝撃をすべて次の跳躍へ変換した。
そして何とかまともなところに着地できた俺は、自転車を下してこうして休憩しているのだが、はっきり言って番組で動ける体力があるかどうか怪しい。
「電話はつながらないし、よく考えたら集合場所聞いてないからわからないし……どうすっかな」
自転車の脇で座り込んで空を見上げながら呟く。
あぁ綺麗だな、空。ほとんど快晴といっても過言でもないだろう。
つぅか飲み物飲まないとヤバい。大量に掻いた汗と自分の状態を冷静に考えた俺はバックの中を漁って飲み物を探したが。
「……いつも飲まないから買ってねぇし」
何も買ってなかったことに肩を落とすことになった。
畜生。本当に今日は厄日だ。
思わず何かに八つ当たりしそうになるが、器物損害罪で捕まるのは無様すぎるのでやめ、俺は何も考えずに見上げる。
一応木陰の中にいるのでまぶしさは和らいで、涼しさを感じる。というか、風が来るから涼しい。
あーもういいか、テレビ。なんかすごく疲れた。そんなことを思いながら一人ボーッとしていると、急にケイタイが鳴ったので取り出す。
発信者は光。
俺は何度も出なかった恨みを言おうと電話に出たが、
『すみませんすみません! 何度も掛かってきたのは分かってたのですが、番組プロデューサーの方からいろいろとお話を聞いていましたので!!』
最初にまくしたてられ黙るしかなかった。
何の反応も示さない俺に対しまだ怒ってるのかと思ったらしい光は、もう一度『すいません!』と言ってきたが、俺はもう怒るのを諦めてため息をついた。
『あの、つとむ、さん?』
「…なんだ。場所でも教えてくれるのか?」
『場所覚えていなかったんですか? いえ、それもありますけど……怒ってないんですか?』
恐る恐る質問されたので、俺は木陰の中に座り込んだまま答えた。
「お前のそんな必死な声聞いたら怒る気が失せたよ。それに、時間に間に合わなかったからな」
『……そういえば! つとむさんはどこにいるんですか?』
何やら誤魔化すように訊いてきたのでどうしてなのかと思いながら、俺は現在位置を答えた。
「今は……木陰」
『詳しい場所を教えてください!』
「そう言われてもなー。山道が事故で渋滞してたから自転車担いで山を駆け下りて飛び、どこかの学校からもう一度跳んだ先の公園の木陰ということしか…」
『何やってるんですか一体!? え、山を駆け下りて跳んだ先に学校? そこから更に跳んだ先の公園にいる? 本当に人間なんですか!?』
「当たり前だろ。まぁ疲れて今休憩してるようなものなんだが」
『……そこ動かないでくださいね! 私、絶対に迎えに行きますから!!』
「あ?」
光がなんか俺のことを迎えに来るとか言って電話が切れたので、俺は怪訝な表情を携帯に向けて浮かべた後、折りたたんでポケットに入れる。
今のあれだけで俺の場所が分かったのだろうか。だとしたら探偵としての素質あるぞ、あいつ。
ケイタイをポケットに入れるときそんなことを思った俺は、そういや光はどうしてマネージャーと一緒に現場に先に行ったのだろうかを考えていると、あくびが出た。
「ふぁぁあ。眠くなってきたな、本当」
意識が少し飛び掛けている。体を久しぶりに酷使したからだろうか。
俺も年を取ったのかねと遠い目をしてから、眠気を覚ますため、気を引き締めるために準備運動をすること十分。
「ここでしたかつとむさん! 意外と近いところにいるって話は本当だったんですね……」
「おぉ、来たか。ていうか、俺の目撃情報なんてどこで聞いたんだ?」
「え!? そ、それはその……」
急いできたのか息が切れてる光がどこからか俺の前に登場し、俺の質問に息を整えるのも忘れて慌てだした。
リアクションが早いな、さすがタレント。そんなことを思いつつ準備運動をやめ、自転車に近づいて言った。
「まぁいい。急いでいくぞ。時間がないし」
「…あ。それならもう少し余裕がありますよ?」
「何?」
自転車に乗りかけて光のほうを見る。すると光は弾んだ声で説明した。
「先ほどつとむさんが電話で事故が発生した、といったじゃないですか。それより前に出演者の一人から、事故に巻き込まれて立ち往生しているという連絡が入りまして。その結果撮影の時間をずらすことになったので、今から二時間ほど空きましたから一緒に何か食べに行きませんか?」
「なんでそうなる。ロケ弁あるんじゃないのか?」
「その前にお腹空きまして」
とっさに太るぞと言いたくなったが、それを言うとエライ目(お袋から)に遭わされた記憶が蘇りそうなのでやめ、「……俺も腹が減ったし、のど乾いたから、いいぜ」と従うことにした。
すると光は目を輝かせて俺の手を握り、「それじゃ行きましょう! 私、ここの近くに一度は行ってみたいお店があるんで!!」と言って急かすので、自転車に乗って「お前後ろに乗って案内しろよ。そのほうが早い」と提案すると、急に恥ずかしがった挙句トコトコと歩き出して「こっちですからついてきてください!」と公園の出入り口らしいとこまで行ってそう叫んできた。
どうしたのかね一体と首をひねったが、光が急かすので考えるのをやめ、極めて遅いスピードで自転車をこぎだした。
それではまた木曜日に。




