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 それは実に悲惨な光景だった。

 机は破壊され、本棚は倒壊し、本は足の踏み場もなく散乱している。しかもその全てが見事に折れ破れ踏みつけられていた。

 壁のポスターは破かれ、そこかしこに謎の液体が掛けられた痕跡がある。というか一部溶解している。

 ベッドは真ん中で陥没していた。確か下にはプラ製のBOXがあったはずだが、まとめて打ち抜かれている

 そして何より、今、俺に抱きついて泣きながら震えている少女。

 うん、マジで何があったこの光景。何でこうなったんだ俺の部屋。

 途方に暮れていると、ペットボトルをラッパ飲みしながら廊下に出てきた姉と目が合った。あ、やべ。

「ちょ、哲、あんた何ナナちゃん泣かせてるの!」

「ち、違! 寧ろ泣きたいの俺ぇ!」

 少女ことナナちゃんが俺をがっちりホールドしているため、怒りに任せてペットボトルを振り上げる姉を避けることもできず、俺はせめて両腕でガードした。

 しかし姉の猛攻の前に、そんなものは何の意味もなかったわけだが。

 ナナちゃんが吶りながら、「ち、違うんです。弟君(おとうとぎみ)は悪くないんです」ととりなしてくれたけれど、それはもう少し早く言って欲しかった。腕痛ぇ。




 とりあえず三人で居間に移動し、俺が三人分の茶を入れる。姉はアイスコーヒー、ナナちゃんはアイスティー、俺は麦茶だ。

 ちなみに両親はどちらも長期出張中だ。あの人達は仕事大好き人間なので、滅多に家に帰らない。金だけ入れてれば子供は勝手に育つと思っている節がある。

 この間までは父方の祖父母と同居していたのだが、先日「死ぬ前に一度、海外生活を堪能してみたい」という祖母の願いを叶えるべく老夫婦は長期旅行に旅立った。

 ツアーではないので、拠点を定めたらそこからじっくりゆっくり観光して、満足したら次の国、とかやるらしい。何それ羨ましい。祖父は文筆家で、旅行エッセイを書いて滞在費を稼いでいるそうだ。

 学生で無知無学な身では真似できないお話だ。う、考えると落ち込んでくる。

「ちょっと哲、何もたもたしてんのよ相変わらずトロいわね!」

「へーい、今行くー」

 適当なお茶うけも持っていかないと姉は怒る。自分は何もしないで命令するだけなのだが。

 だが仕方ない、それが姉という生き物だ。傲慢尊大傍若無人唯我独尊。弟を下僕としか思っていない、むしろこちらが物心つく前からそう調教してきやがった鬼畜。それが姉という生き物である。

 世の中の姉が全てこういう生き物だとは思わないが、少なくとも我が家の姉はそういう生き物だ。この姉に勝てる存在といえば、祖父母両親と従兄くらいである。姉萌えというジャンルがこの世の中にはあるらしいが、姉というものに夢を見過ぎである。少なくとも我が家では決して存在しない。姉こえぇ。

 しかしこの姉、外では超巨大な猫を被る。

 一応見目はそこそこ整っているせいか、姉に騙される人たちが多く、不憫でならない。

 苛烈な性格してるくせに、祖母の教育の一環でお茶とお花の免状は持っているし、着物の着付けも完璧、琴・三味線・胡弓も嗜むので、そこだけみたら大和撫子と誤解されがちな姉だが、中身はただの凶暴羆だと俺だけは知っている。

 ちなみに俺が得意なのは竜笛だ。幼い頃、姉によく「牛若丸気取るにしては顔がねププ」とからかわれた過去。うん、泣かない。

 とはいえ和楽器は同年代に一般受けしないので、学校の奴らには教えていない。知っているのは小中高と何故かずっと一緒の悪友くらいだが、むしろ竜笛は家が神社な奴に引きずり込まれたとも言う。ちなみに奴の得意は笙だ。

 ちらり、とお茶とお菓子を貪る姉を覗き見る。

 本当に見目だけはいいのだ、姉は。中身最低だけどな!

 女子大生というステータスに、スタイルもいい。モデルになるには胸がちとでかすぎるが、ヤりたい盛りの十代二十代の男にはそりゃもう刺激的だろう。

 しかし、姉は意図してそのボディラインを隠し、服も化粧も髪型すら、なるべく清楚なものに心掛けているようだ。ケッ。なまじ華道茶道日舞古武術を一通り修得してやがるから、確かに仕草や立ち振る舞いも上品なのだ。外では。

 黙って穏やかに微笑んでれば大人しく上品な女性と、向こうが勝手に誤解してくれるから笑いが止まらないそうだ。本当に酷い女である。

 世の男性達よ、騙されてはいけない。姉とはこういう生き物だ。羊の皮を被った怪獣だ。

 ちなみにそんな姉の趣味は、DV男の成敗らしい。

 なんでもDV男に発展しそうな男を恋人にしては、暴力をふるった段階でトラウマになるほどの報復を致すらしい。詳細は知らない。知りたくもない。

「あたしは世の女性のために戦っているだけよ」とか言うもんだから、ナナちゃんがまた目を輝かせて姉を尊敬してしまう。違う誤解だ、姉はただ存分に暴れたいだけだ。

 今、そのナナちゃんは姉の横で嬉しそうにお茶受けのせんべいを頬張っている。紅茶にせんべいって合うのだろうか。マドレーヌとかも用意しておいたんだが。

 ちなみにこのナナちゃん、俺達と血は繋がっていない。むしろこの世界の人間じゃないらしい。

 最初聞かされた時は眉唾状態だったが、姉が恐ろしかったので納得せざるを得なかった。

 だって誰が信じるというのだよ。

「突然人を勇者召喚しやがった現地で助けてくれたコなの。あのままあの地に残ってたら殺されると思って連れ帰ってきたわ! あたしの命の恩人だから丁重に扱いなさいね」

 色々端折りすぎてると思うんですよね説明。もう少し詳細を! 詳しく!

 しかしまあ、朝いきなり姉の部屋から異国のコスプレした外人娘さんが姉と一緒に出てきて驚いたところにこの第一声だったので、「はあ」と頷くしかなかった。俺も寝ぼけていたともいうが。

 断っておくが、姉が長期不在だった事実はない。

 ちなみにナナちゃんは腰まである綺麗な銀髪をポニーテールにしてまとめている。瞳の色が不思議なことに、左目が金色、右目が碧色だ。どちらも凄く綺麗だと思う。

 彫りの深い異国の顔立ちに、綺麗な鼻筋、小さく整った唇。それらを極上のバランスで配置されており、これぞ美少女! という素晴らしい美貌。身長は俺より少し低め、というか俺これでも百七十あるんだけどな。流石外人。

 しかし一番驚いたのは年齢だ。俺より絶対上だと思っていたのに十四歳だとかありえねぇ。ちなみに向こうも俺を年下だと思っていたことが後で判明した。高校生でごめんよ。

 まあ美少女と突然の同居に心がときめいたが、よく考えればここには姉がいる。姉が彼女の自称保護者であるかぎり、どんなロマンスも奇跡も起こりはしない。無理、絶対。

 しかしナナちゃんの美少女っぷりと姉にはない無垢無邪気なその様子に、姉によってズタボロに切り裂かれた心が洗われる。現在の俺の癒やしそのものである。

 それでもまあ、その後しばらくナナちゃんと一緒に暮らしていると、姉の荒唐無稽な発言が実は真実なんじゃないかと最近思い始めている。信じ難いというか信じたくないけど、信じざるをえないというかなんというか。

 まあそれは横に置いといて。

「ところで、一体なんで俺の部屋はあんなことになったの?」

 ナナちゃんが落ち着いた頃を見計らって話しかける。うん確か、俺が悪友宅に練習に行く前までは、綺麗に整頓してあった筈なんだけどね、なんで台風一過みたいな状況になってたのか不思議でしょうがない。

「そういえばなんだか悲惨だったわね、ちゃんと片付けないと駄目よ哲」

 自室の片付けすら俺に任せている人に言われたくないと思いつつ、俺は視線をナナちゃんに向ける。

 落ち着いていた筈のナナちゃんは、何故か顔が青褪めている。ちょ、本当に何があったの俺の部屋。

「……お、恐ろしい魔物に襲われたのです」

 俺と姉、同時に顔を見合す。

 平和な日本の一地方都市の民家の一室に出る魔物。何それ超怖い。

「哲、あんた部屋で何飼ってるの」

「何も飼ってません。心当たり無いっス」

 飼いたいなあとは思うものの、小動物は姉が蹂躙しそうで飼えない、ともいう。自覚なく踏み潰しそうで怖い。

「というかそもそも何故俺の部屋にいたのナナちゃん」

 ナナちゃんは姉と違い、礼儀正しい。基本的に勝手に人の部屋に入らない。

「あ、あの、すみません、弟君の部屋にあるすりーでぃーえすなる物を拝借したくお邪魔したのですが」

「そういや、あたしが取ってきてくれって頼んだんだったわ」

 てへ。じゃねぇよ。何頼んでんだあんた。ナナちゃんに泥棒させんなよ。言わないけど、姉怖い。

「ごめん、それ持ち歩いてる。で、それで?」

「あ、はい。それで、失礼ながら中を捜索しておりましたら……その、ベッドの下から、黒光りする異形の魔物が!」

 嗚呼悍ましい、と彼女は両腕で自身を抱きしめて身震いする。

 ええ、ホウ酸団子仕掛けてあるのにでたんだアレ。部屋で飲食は極力しないよう心掛けてんのになんでだ。

「ああ、そういえばベランダに追い出したアレ、確かあんたの部屋に逃げてったわねぇ」

 姉が、ナナちゃんには聞こえない程度の小声でぼそっと呟いた。うん、犯人あんたか。そりゃあの部屋のカオスっぷりなら繁殖しててもおかしくないな。よく部屋でもお菓子食べてるし。

「えーとナナちゃん、それは魔物ではありません。害虫だけどただの虫だからね」

 ガクブルと(ふる)えるナナちゃんに、できるだけ優しく声を掛けたつもりだったが、その内容は逆に彼女を戦慄させた。

「ええぇ?! こ、こちらの世界にはあれより恐ろしい異形の魔物がいるということですか?!」

 ああうん、そうきたか。さてどうしようかな、と姉に視線で助けを求める。

「あのねナナちゃん、この世界に魔物はいないからね。そもそも見かけはアレだし害虫だけど、大した悪さしないからね」

 そして他所の国ではアレを食べたりペットにしている国もあるらしい。文化の違いとはいえ恐ろしい。

 でも、でもと言い募るナナちゃんを宥めすかし、とりあえず俺の部屋出入り禁止にさせていただいた。またナナちゃんがヤツをみて恐慌状態に陥ったらコトだ。

 そのまま姉がナナちゃんを部屋に連れ帰り、そしてまた居間に戻ってくる。

「とりあえず、アレ対策考えた方がいいわね」

 姉貴が部屋を片付ければいいと思うのだが、それを口にしたら間違いなく俺の仕事が増えるので沈黙を守る。

軍曹(アシダカ)でも召喚しようかしら」

 沈黙を破った姉の発言に、飲んでた麦茶を吹き出しそうになる。

「アレの形状に耐えられなかったナナちゃんが、軍曹の外見に耐えられるとは思えません」

 軍曹は最強のハンターであり、とても紳士であるが、何分外見が恐ろしすぎるので人に忌み嫌われる可哀想な存在である。

 実際軍曹がニ、三匹いたら、そこに棲むアレは半年で死滅すると言われるくらいの凄腕なのだが、軍曹はアレと同レベルで忌み嫌われている。何故だろう、軍曹はアレにとっては天敵だが、人間に対しては紳士過ぎるほどに紳士なのに。所詮見た目か。

「あぁ、そうよねぇ。でも軍曹が一番いい働きするのよね。アレがいなくなったら軍曹も去っていくし」

 軍曹は、餌の無い場所に長居はしない。その辺りが軍曹の軍曹たる所以である。クールだ。

「とりあえず、ホウ酸団子もう少し増やすかな。まさか食べないよねナナちゃん」

「そうね、ホイホイとかは目に見えるから余計まずいだろうし。後はハエたたきでも常備しておこうかしら」

 ちなみに姉は、アレを殺すことに躊躇いはない。もっとも余所で見かけたら悲鳴を上げて怯えるフリをするらしいが、身内しかいない自宅でそんなフリをする必要はないらしい。

「じゃ、俺は部屋片付けてくるから」

 とはいえ、壊れた家具家電は新しく買うしかあるまい。ほぼ全滅とか、俺、今夜どうやって寝よう。後、本も全滅してて悲しい。

 粗大ごみの日はいつだっけ、と思いつつ、込み上げる涙を堪え、ゴミ袋を片手に片付けを開始した。





 余談だが。

 後日、姉が虫カゴに軍曹を入れて帰宅した折、ナナちゃんが出迎えてしまったらしく、玄関が大変な惨状になっていたことを追記しておく。

 なんで軍曹連れてきたんだ姉ちゃん……

軍曹に関しては、諸事情で説明をぼかしました。

どうしても興味がある方だけ「アシダカ軍曹」で検索してください。但し、それでトラウマになったとしても、当方一切責任はとりませんので、あくまで自己責任でお願います。

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