ランダムお題「大好きな山」
制限時間30分(29分使用) お題「大好きな山」
無くなっても、いつまでも
知らせを聞いたのは、先週の事だった。今更ダム建設なんて許可したのはどこのどいつだと問いただしたくなる。
ド田舎の山の中腹にある私の村は、交通の便はそりゃぁ不便だし、猪やら熊やらが出るし、こんな村出てってやるんだって子供ながらに何度思ったかもわからないくらい嫌いだったはずだった。でも、いざ無くなると聞いたとたん、急に怖くなった。私は馬鹿だと自分で思った。出て行くだけなら、帰ってこれる。でも私たちの村は、もうダムの汚い水底に沈んでしまう。帰れなくなってしまう。我が家を失ってしまう。怖くてたまらなくなった。
村の一番高い位置にある社に続く階段に腰かけ、ぼんやりと夕日を眺める。町が遠く見える。畑で採れたトマトをかじりながら、肌を焼いてこの景色を眺める。
反対デモみたいなことは誰もする気がなかった。元々少人数の集落だし、それなりに出すもんは出してくれるらしいし。ダムができるのは少し未来の話のはずなのに、もう一月もすれば村の人は新しい住処を探して出て行ってしまうかもしれない。私の知ってる、私が嫌だった、私が大好きだったみんなが居る村は、もう一週間―――明日にでも、壊れてしまうかもしれない。
「えい」
「ひゃう!?」
ぴたりと首に冷たいものが当たった驚きで奇声を上げてしまった。恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら振り返ると、幼馴染のなっちゃんが居た。一つ年上だけど、姉妹同然に育ったお隣の子だ。
「びっくりした…」
「へへー」
得意げに笑うなっちゃんは私の隣に腰を下ろす。しばらく無言で夕日を眺める。
「……何考えてたか、わかる?」
なんとなく聞いてみる。なっちゃんはにんまりと笑った。
「あたしと離れるのが寂しくて寂しくて夜も寝れなくなっちゃうーって考えてたんでしょ?」
「そっ――」そんなこと中学生にもなって考えない、と返そうと思った。けど、間違ってないことに気付く。「――うん。なっちゃんだけじゃないけど、この村に住めなくなって、みんなと離ればなれになるのが怖い」
なっちゃんはまさか肯定されると思っていなかったのか、きょとんとした顔で私を見つめた。そしてすぐに寂しそうに笑う。
「あたしだって怖いよ。急に言われても、って思う。まだ猶予があるにしても、いつかはみんなバラバラになる」
私は頷いて、そのまま俯く。それが現実なんだと受け止めたくても、なかなか素直に受け止められないもんだなぁとぼんやり考えてた。
「さっちゃん、携帯買ってもらいなよ」なっちゃんが言う。「そしたらさ、いつでも連絡取れるよ」
顔を上げてさっちゃんを見る。にんまり笑うなっちゃんの手に握られた携帯電話。そうか、それがあれば声が聞ける。離れてても繋いでくれる。だったら、寂しくない。
でもすぐに俯いて、ぽつりと漏らす。
「……こうして隣に居てくれないとやっぱ寂しい…」
いつだって隣にいてくれたなっちゃんが居ない日常なんて、考えられなかった。前に思い描いた、この村から出るってことも、今思えばなっちゃんがすぐ隣に居てくれるような気分で居た。失うことになって初めて大切さがわかるものがあるっていうことを、この歳にして痛感する。
「じゃあいつでも会いにいけるようにしなきゃね」
なっちゃんは軽い調子で笑う。楽観的だなぁ、と羨ましく思う。
「私もなっちゃんみたいになれたらなぁ…」
「お? なんかあたし馬鹿にされたニュアンス含んでないか? ん?」
頭をぐりぐりされる。ごめんなさいごめんなさい痛いやめて。
「よし、ちょっと上まで行こう」
ぐりぐりから解放されたと思ったら、なっちゃんは急にそんなことを言い出した。
「え、もうすぐ日が暮れるよ?」
「いいから」
手を引っ張られ、二人で駆けだす。上まで、っていっても山頂までなんかじゃなくて、村が見渡せるくらいの高さまでだった。
「あたしはね、この山が好き。この村があって、みんなが居る山が。さっちゃんも一緒?」
頷いて返す。
「この村が無くなっても、あたしたちが住んでたことは消えない。あたしたちが忘れない。そうするしかない。だから、せめてこの村の最後をあたしたちの笑顔で迎えたい」
なっちゃんが夕日に背を向けて語る。私も、同じ思いだった。
「だからさっちゃん、笑おうよ」
にっこりと笑うなっちゃんの笑顔につられ、私も自然と笑みがこぼれる。
よし、と満足げに笑うなっちゃんに、私は感謝した。ずっと一緒にいてくれて、励ましてくれてありがとう。
「……ところでさっちゃん、知ってる?」
何が? 私は首をかしげる。
「あたしとさっちゃんの家の引っ越し先、同じマンションだよ」
…え?
鳩が豆鉄砲を食らった、という表現が似合うくらいの呆け方をしたんだろう、なっちゃんは大爆笑する。
えっと、じゃあ、つまり?
「これからもよろしくってこと!」
…さっきの話の流れも全部わかっててやったってことか。理解した途端、怒りと喜びがごちゃ混ぜになって胸から頭に上ってきた。
「ふざけないでよ! もう!」
怒りながら、笑ってる自分に気付く。
村の最後は、ちゃんと笑顔で迎えられそうだった。
あっ僕なっちゃんが首に当てた冷たいものがなんなのか描写すんの忘れてた死のう