転校偏 第01章 第09話 初めての演習授業
演習授業は複数クラス合同で行われる。
理由は様々だが、効率の問題もあるが、生徒に様々な能力を実体験させる目的もある。
生徒数が圧倒的に少ない学校に通い、資料でしかその多様な能力を見たことがない文弥は、この、実際に他人の《能力》を見ることができる実習を、その実非常に楽しみにしていた。
訓練服に身をつつみ、優羽、伊織、文寧そして、前の席の、一誠とと共に5人連れ立って訓練施設に向かって歩いていた。
すでに、全員演習授業用の戦闘服に着替え終わっていた。
演習授業用戦闘服は、日本軍に所属するCランク《能力保持者》用戦闘服に似せて作ってある。女子用の戦闘服は、純白のブレザー+ケープと言った出で立ちで首元はしっかり保護されている。スカートも白い。ボタンと襠のみワンポイントとして黒が差し込まれている。
リボンは、Dランクの証である黄色。在籍中にランクが上がれば、別な色へと変わる。
今日、武器化の訓練を受けるのはDランク以上の生徒のみとなっている。
さらに、アンダーウエアとして炭素繊維のシャツと、スパッツ(もしくはタイツ)を着用する。
スパッツとタイツは個人の好みで選択することになっており、伊織と優羽がスパッツだ、
そして恐らくはあれも炭素繊維製なのだろう、妙にぴったりとしたサイハイソックスを履いている。
そしてどうやら、文寧はタイツらしい。
伊織と優羽のスパッツの色はスカートに隠れて確認できないが、文寧のタイツは白だった。
文弥も似たようなデザインのブレザーだ。ただし、ケープはなく代わりにカッターシャツとネクタイといった出で立ちだ。胸元には同じく黄色のチーフが入っている。
「四国だと、山とか海がそのまま訓練場になっててよ。きれいな建物の中で訓練ってのは、滅多になかったんだけど、ここは全部そうなんだろ?」
「うん。創作系の《能力保有者》が作った素材で作られててね。建物自体は壊しちゃっても一時間ほどで元に戻るようになってるの」
「すげーな。全部コレにしちまえばいいのによ」
「創作系統で、コレを作れる人って限られてるから……うちも訓練場足りずにまだ増築してるし。コレで手一杯なんだよ」
優羽が委員長らしく、事情通なところを見せつつ、とりとめのない会話をしているうちに、目的の演習場にたどりつく。
建物自体はコンクリートで固められた体育館といった様子だ。広さは、野球ドームほどの広さだったが。
中にはいってもその印象は左程変わらない。
床も壁も天井も。すべて、コンクリートのような素材で出来ている。
ただ、コンクリートと違う点としては、それ自体が光を発して居て光源を確保している点だろうか。
演習場の都合上、従来の照明器具などによる光源確保ができない為の措置だろう。
「文弥はさ、もう武器化出来るんだよね?もしうまくいかなかったら、教えて欲しいなーとか」
いつもはハキハキした様子の伊織が伺うように言った。
「構わねーけど、コツさえ掴めばすげー簡単だぞ。そもそも、なんで中等部で武器化習ってねーのかが不思議なんだが」
「うちの幼稚舎とか中等部って、《能力保有者》の教育よりも、保護の側面が強いのよ。だから、生徒数も多いし、強力な《能力保持者》もいるけど、そうじゃない子のほうがほとんどで、そういう子に合わせて教えてるから、外の受験用の塾とかの方が実際はレベルが高かったりするわね」
なるほど。
と。そう思った。自分も過去に保護された立場であることを忘れたことはないが、《能力保持者》はそうでない人にとっては、未だに畏怖の存在で、人数比も圧倒的少数だ。能力の種類によっては忌諱されるものもあるし、そうでなくても、魔女裁判の再来よろしく、一部では迫害の対象になりうる。
先天的な、《能力保持者》と違い、後天的に能力を得た者達の多くは、精神的・肉体的に極限状態にさらされた者達ばかりであることからも、年少者の保護は重要なファクターなのだろう。
《能力保持者》無くしては、国を守れないのだから。
国防を司る《能力保持者》を迫害し、その裏で彼らがもたらしている平和や、研究の恩恵を当たり前のものと享受する。
それは、ノストラド以前に存在した専守防衛を謳った国防組織を、一部の熱心な市民が批判していた構図に近い。
「兄さん?」
急に考えこんでしまった、文弥を心配そうに呼ぶ文寧。
「いや、なんでもねーよ」
そういって、軽く頭をなでてやる。
心配そうな顔が、瞬時に心地よさそうな顔に変わる。
(まぁ、こいつらも色々あったんだろうが、運良くここに居るんだ。気にしても仕方ねーな)
そう、心のなかで独りごちた。
談笑もそこそこに、文弥にとっては初めての演習授業が始まった。
生徒たちの前には一年ニ組の担任だという、壮年で髪が薄く頭部までしっかりと日焼けした教諭が立っている。
名前は、武田と言うらしい。伊織によると、「シーセンって影で呼ばれてるんだけど、理由はみんな知らないんだよね。ハ○ス食品になったから?」とか言っていたが。
「今日は、《武器化》を行う。この授業後は、個人練習でも《武器化》を行って構わない。転校生の久城。チョット立ってくれるか?」
言われて素直に立ち上がる。
「四国からの転校生で、専用器も持ってるんだったな?自己紹介も兼ねて、汎用器の《武器化》の実演を頼みたいんだが」
「はい」
短く答えて、前に歩み出る。
隣に座っていた、優羽が小さく「がんばってー」と手を降っていた。
「ここに居るのは、強弱はあれど全員補助機能抜きで《能力》発動が可能なものばかりだ。理論的に言えばコツさえ掴めば誰でも出来る状態だ。しっかり見ておけよ」
目線を受けて頷いた次の瞬間、文弥の手には鏡のように磨かれた片刃の直刀が握られていた。
刀身は一メートルほど。刀としては長い部類に入るそれは、波紋すらないただひたすらに美しい鏡の刃だ。
だが――
「すまん。早すぎて参考にならんのと、変わるところを見せたいからゆっくり《武器化》してくれ。出来るか?」
言われて、頷くと、武器化を解除しIDパスを取り出す。
セラミックのような素材で出来ているそれは、《補助器》を兼ねているのだ。
「じゃあ、気を取り直して」
言うと同時に、IDパスが光の塊にゆっくり変わり、拡散する。
拡散された光が、ゆっくりと直刀の形を作っていく。そうして、光が収まった時には、先ほどの鏡の剣が手に握られていた。
左手を振ると朱色の鞘が現れ、剣を納刀する。一寸の時間を開けて、成り行きを見守っていた生徒たちが歓声を上げる。
「おおー」「なんか、かっこいいかも」「あれくらい俺も出来るし」「じゃあお前、最初の速度で展開できるのかよ」「早く試してみてー」
と、口々に盛り上がるのも、武田が手を数回叩くと落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、《武器化》の演習を開始する。手順については、座学で学んだとおりだ。それでは、はじめ!」
その言葉をまって、演習場はまた喧騒に包まれた。
いくつかのグループに分かれて演習をしているようだが、クラスの垣根は高いのか、クラス内でいくつかのグループに分かれている。
すでに、武器化可能な外部からの進学組が、アドバイスを請われアレコレ世話を焼いているようだ。
前に独り取り残された文弥は、いつの間にか女子三人組と離れ、いち早く武器化を成功させ他の男子クラスメートの世話をアレコレ焼いている一誠を横目に、アレコレ首を傾げながら話をしている優羽たちのもとに歩み寄った。
「どうした?演習しないのか?」
《補助器》である、IDパスを取り出したまま深刻な表情で何やら話している彼女たちに話しかける。
「あ、兄さん。練習はするんですが、どんな武器に変わるかわからないので、変な武器に変わったらやだなーと、三人は思いました」
と、文寧が言うと、他の二人も頷いた。
文弥は、「何言ってるんだこいつら?」というような表情で、
「汎用型の、武器化の形状なんて、最初のうちはある程度自由にできるだろ?イメージが完全に固まったあとは、結構難しいけど」
言った瞬間、喧騒が小さくなった。そこはかとなく、注目を浴びている気もする。
「ある程度成熟した《能力保持者》の能力に応じて最適な形を勝手に選択して、武器化される。って言うのが、武器化の仕組みでしょ?自由に選べるとかあるの?」
「ああ、仕組み自体はあってるな。半分程度だけどよ。今言ってた、『ある程度成熟した《能力保持者》の能力に応じて最適な形を勝手に選択して、武器化される。』ってのは、武器化機能のいち部分しかねーんだよ。補助機能抜きで能力発動出来なくても、武器化はできるし、武器の形状をこちらから指定することも出来る。ただ、同じ武器を何度も展開し続けると、それをイメージとして覚えちまって、形状指定できなくなっちまうけどな。だから、体と能力がある程度成長するまで武器化させないって言う教育方針は、まぁ理に適ってるっちゃ適ってるな。まぁ、最適な形に選択してくれるわけだからな、普通はそっちの方が良い。ただ、純粋に《能力》の種類から判断されちまって、本人の個人的趣味嗜好を無視したものができることはお前らが心配してる通り多いな」
文弥のセリフを、呆然と聞いている三人組を見て苦笑すると。
「何だ知らなかったのか?せっかくだから、手動での武器化教えてやろうか?」
いつの間にか、喧騒は静まり返り、注目を浴びている。教師陣も興味深そうに成り行きを見ている。さすがに教師陣が、マニュアル展開を知らないとは思えないが……
優羽はそれに気が付き恥ずかしそうにし、伊織は目を輝かせ、文寧は尊敬の眼差しで文弥を見つめている。
肯定と受け取って、話を続けようとしたが、それは不完全に終わった。
「わっ、私にも教えて!」
という、どこからか聞こえてきたのを皮切りに、
「俺にも教えてくれ!」「もう、武器化できちまったんだけど、まだ間に合うか?」「俺、一年くらい前にやっちまったからもう手遅れだよ……」「同じクラスなのに、先を越された……」
なにか違うものも混じっていた気がするが、四人組の周りに人だかりができていた。
「わわわ」
と優羽はオロオロしている。
「お前ら落ち着け。言っとくけどな、『ぼくがかんがえたさいきょうのぶき』ってのが、手動で作った武器より強いって保証はねーからな。武器形状にかかわらず、《能力付与》は変わらねーから、変な武器作っちまったらもうどうしようもねえんだよ。それでもいいんなら……」
「教えて!」「教えてくれ!」「参考にするだけなら問題ないはず……」「先生が黙ってるってことは問題ないってことだよ!」
とやはり口々に懇願してくる。
「落ち着けって言ってるだろ。あと、俺の話は最後まで静かに聞け。質問があっても最後まで静かに聞け。言いたいことがあっても最後まで静かに聞け。聞きたくなくなったら、隅っこで演習してろ。いいな?わかったか?」
一気にまくし立て、返事を待たずに説明を再会する。
「さっきも言ったように、武器の形状にかかわらず《能力付与》は変わらないからな。斬撃補助なのに、打撃武器なんぞ作ったら目も当てられん。何はともあれ、自動で武器化して一回くらいは《能力付与》を発動しておいた方がいい。案外、自動で作られた武器を気に入るかもしれん。気に入らなかったら、今度は手動で起動する。ここからが手順だな。実際にやりながら説明するからな。ちょっと、一メートルくらい離れてくれるか?」
と声をかけると、取り囲んでいた生徒たちがぞろぞろと離れる。
「まず、補助機能を有効にした状態で《能力》発動を行う」
特に見た目上になんの変化もないが、何らかの能力が発動されたのだろう。
知覚系の《能力保持者》で、《能力》の発動状況を確認できるものがいれば、それがわかるのかもしれないが、文弥の説明を聞いている彼らは話に聞き入っていて、特に反応を示さない。
「で、補助器を武器化展開状態にする。能力は発動したままだ」
言うと同時に、補助器が無数の光の粒子に変わり文弥の周りを漂い始める。
「そうすると、《能力》の発動状態を切るまで補助機能の再構築が出来ないから、武器化されずに展開状態が維持される」
言葉通り、通常なら勝手に武器化が始まるはずが、光の粒子となって漂ったままとなる。
こうなることを防ぐために、事前の座学では補助機能を使った《能力》発動をしたまま、武器化を行ってはいけないと習っていた。
「この状態で、変化させたい武器の形状を強く、具体的に思い浮かべる。形状。重さ。質感。どれが抜けても失敗するからな。実際に触ったことがある武器とか、思い入れがある武器とかじゃねーと厳しいかもな。んで、思い浮かべたまま《能力》をゆっくり切る」
そうすると、先ほどの鏡のような剣が徐々に形作られ、形をなした。
「一回作っちまえば、次から自動展開で同じものが作られるはずだ。とは言え最初の数回は、元の武器が出ちまう可能性があるから、作りたい武器を思い浮かべながら自動展開したほうがいいかもな。説明は以上だ」
説明を終えると、武田が苦笑いを浮かべながら近づいてきた。
「ほう。詳しいな。久城。前の学校ではそこまで詳しく教えていたのか?」
「……まぁ、そんなところです」
とごまかすように言うと、
(どうやら懐かしい面々に再開したおかげで、少し気が緩んでいたようだ)
と気を引き締めた。
「じゃあ、安心して武器化を試せるわね!」
と、伊織はいそいそと演習を再会する。文弥を囲んでいた生徒たちも、元以上の喧騒を取り戻し、演習を再開した。
金鵄教導のイメージから、遠巻きにしていたクラスメート達も、多少の遠慮はあるものの徐々に文弥に話しかけるようになっており、あれこれアドバイスを送っており、結局は教師をさておいて、文弥たちを囲んでの演習となっていた。
いち早く《武器化》と《能力付与》を成功させた優羽は、ここに来て腹が座ったのか、文弥と一緒にアレコレ世話を焼いているし(何故か男子生徒が話しかけてこないので、女子生徒限定だが)、
相変わらず男子生徒に囲まれ世話を焼いている一誠がその姿を羨ましそうに見ていたり、
身の丈以上の大鎌が顕現した文寧は、
「可愛くないと、アヤさんはとても不服に思います」
と手動起動をすることを誓っってたが、文弥に
「昔に見た、魔砲少女みたいで可愛いじゃないか」
と諭されると、まんざらでもないようにしていたり、
同じ剣タイプだった伊織が文弥に『ちゃんばら勝負』を挑んだり。
文弥は、面倒事は嫌いだが、クラスで孤立すると良いこともないか。と思い直し、問題が出てくるまでは流れに身を任せることにした。
その姿を厳しい目で睨みつける姿があったが、目の前で見せられた新しい可能性に湧いている生徒たちはそれに目を留めることはなかった。
ただ一人、文弥を除いて。