転校偏 第01章 第08話 転校初日の剴園高校(授業開始)
一般的な高校であれば、ゴールデンウイーク明けの転校となれば、転入試験に頭を悩ませた後、入学早々畳み掛けるように中間考査の洗礼が待っている。
だが、凱園高校では一般出来な高等学校で言うところの、中間考査は存在しない。
各学期末にある、実技試験と理論の筆記試験のみだ。その学期末の筆記試験も《能力》に関係する物のみで、一般教科に関してはただ課題を提出するだけで履修完了となる。その為、一般教科の授業時間は極端に短くなっているし、効率的になっている。
まず、資料を配布し生徒が自主学習する。一般教科の授業はそのほとんどが自習だ。自習の時間に学習が終わらなければ、寮の自室の端末や、放課後の居残りで学習を終わらせる。
質問があれば、教科担当に質問をすることができるが、一度された質問は、資料に反映されるかQ&Aに載ることになるため、教科担当を必要とすることは殆ど無い。
これは、学研都市は《能力》を研究し、《能力》を教える。それ以外のものは極力廃止するという考えに基づくものだ。そもそもにおいて、《能力保持者》は自分の能力に関する事象は感覚的に分かっているし、《能力》使用のために数学や、科学、物理学などが必要になった時などは、高校程度の教育では役に立たない。
元より通常の高等教育は、専門家を養成するには不向きなカルキュラムなのだ。
とは言え、学研都市の学校に通ったからといって、軍に所属するわけでもなければ《円卓の騎士》と呼ばれる忌形種討伐組織に所属するわけでもない。
それらの組織に所属したからといって、実行部隊に所属するわけでもない。
国で定められた高等教育後は、普通に大学に通い《能力》に関係ない職種に就職することもある。そういった者達のために、一般教科の授業は未だに残り続けている。
そういった事情がある為、生徒たちが教師から直接教えを受ける形の授業はすべて、《能力》に関係が有ることだ。
授業開始のチャイムが鳴り始めた次の瞬間、教室前方のドアが開き一人の男が入ってきた。
恐らく、教師なのだろう。あまり教師っぽさはないが。
見た目だけを見ると、四十台前半と言ったところだが、腰は老父のように曲がっていて、恐ろしく姿勢が悪い。
髪は伸ばしているというより、切っていないだけ。寝ぐせなのだろうか、あちこちが跳ねている。黒縁の眼鏡は、恐らく本人のだろう指紋でベタベタと曇り、顔は無精髭だらけだ。
服もだらしなく着崩されているが、何故か礼服だった。
胸元には、しわくちゃになって押しつぶされたティッシュローズと、『忌形種研究科 宗像ひろし』と書かれていた。
あとで聞いた話によると、「入学式に見た時からずっとあの格好なのよ」との事だった。見た目から不衛生感が漂っているが、何故か異臭はしない。文弥の席が教卓から遠い位置にあるからかもしれないが、入口近くの席にいる生徒の表情も不快そうな表情は浮かべていない。
普通なら号令があるところだが、教卓の前まで歩くと、いきなり授業を始めた。
ちなみに、まだチャイムは鳴り終わっていない。
文弥以外の生徒は慣れたようなもので、そのまますんなり授業体制に入っていた。
「あー今日から転校生が来ているそうなので、今日はまずおさらいからです」
言って、電子黒板の中心がカラーディスプレイに代わり、資料の表示が始まる。
酒やけしたしゃがれた声だが、不思議と聞き取れる声だ。
「この授業では、忌形種と呼ばれる物体について学んでいただきます。一年度のみで二年度以降はありません。なぜなら、それくらいしか分かってないからです。さて、そんな忌形種ですが、彼らが人類の前に初めて姿を見せたのは《大いなる厄災》以降のことでした。忌形種は、巨大隕石が直接落下した南極大陸に多く存在しますが、南極大陸にだけ現れるわけではありません。地球上のありとあらゆる場所に降って湧いたように突如現れるのです。と言っても、地球規模で見るとそれほどの頻度ではありません。日本だけでもせいぜい週に一、二度と言った程度で、ある程度民家が集中している場所や動物が多く生息している場所には現れないという性質もあるようです。時には例外もありますが、日本での出現例の多くが、海上からの出現となっています」
電子黒板上の液晶と自席の端末に、ヘリなどの空中から撮影したであろう写真が何枚か表示される。
忌形種と呼ばれる所以をあますところなく体現したおぞましい姿。
一枚は、イソギンチャクのように触手がうようよと生えた姿をしており、そのすべての触手には、目がびっしりと付いている。海辺に停めてあったのだろう乗用車が、触手に絡め取られへしゃげていた。
一枚は、ホヤのような姿。赤い色をしており、イソギンチャクと比べると短い触手がうねうねして居る。さらに、もう一枚の写真には、そのホヤの真ん中が割れて大きな牙をむき出しにしてサメを飲み込んでいるところだった。
そういった写真が、何枚か続いた後、宗像は話を続けた。
「忌形種には、通常の武器弾薬は通用しません。通用しないだけでなく、運良く傷つけることに成功したとしても、持ち前の回復力で直ぐに回復してしまいます。核弾頭を使用した攻撃であれば、連続で何発か叩き込めば倒せるかもしれませんが、その頃には地球がなくなってしまいます。威力の高い大量破壊兵器はピンポイントへの攻撃に向きません。ピンポイント破壊可能な武器も有りますが、今のペースで襲われたのでは、製造も修理も追いつきません。現在では、《能力保持者》達が、その《能力》でもって忌形種を殲滅しています。《能力保持者》がもつ超常の力は、忌形種に対抗できる現状唯一の力と言っていいでしょう」
スライドが切り替わり、忌形種が現れたことにより復活した、日本国軍のマークと、国連のマークが表示される。
「通常、忌形種を討伐する際は二十人から五十人。多い時では百人以上の《能力保持者》が戦場に投入されます。
現状の目安としては、、国連所属の対策機関である《円卓の騎士》の指標で、過去のデータから判断した最適な戦力の二倍から三倍の戦力で事を当たります。ここ十年は忌形種討伐で死者は出ていません。
さて、《円卓の騎士》や軍が忌形種から土地を守っているのは、『世界平和と人類存続のため。』です。まぁ、それは表向きの理由ですが、もう一つ忌形種を《能力保持者》が倒す理由があります。
そうですね、ずっと私の説明を聞いているだけだと眠くなるでしょうから、誰かに答えてもらいましょう。転校生の、久城君?答えられますか?もし前の学校で習っていなければ、結構です」
呼ばれて、立ち上がる。
「いえ、大丈夫です。忌形種からは、専用型《補助器》の元となる依晶石が得られる為です。現在汎用器、専用器などと呼ばれていますが、ほんの十六、七年ほど前までは、この専用器しか存在しませんでした。汎用型《補助器》が人類の手で創りだされるようになった現在でも、専用器の有用性を唱える《能力保有者》は多く、また、研究材料としてもこの依晶石は我々にとって必要不可欠なものとなっています。また、理由は、この依晶石だけではありません。特に強力な忌形種は、その身に専用器そのものを宿します。専用器の中でもそれは、抜きん出て強力な性能を持つとともに、《補助器》そのものが所有者を選ぶとされています」
文弥の口調は普段と比べて丁寧だ。相手に害悪がない限りは、自分から波風を立てたりはしない。
「満点ですね。特に、強力な忌形種が専用器そのものを落とす旨は授業ではまだやっていない項目でした。ありがとうございました。座ってください」
宗像は、文弥に着席を促すと更に授業を続けた。
文弥にとっても、他のクラスメートにとっても新たになった情報は全くなかったが、映像と説明。時には生徒を指して質問を投げかける。テンポよく続けられる授業を真面目に聞いていると、いつの間にか修業のチャイムが鳴り、宗像は授業開始の時と同じ慌ただしさで、チャイムが鳴って早々に教室を後にしたのだった。