盛夏戦編 第02章 第06話 四者四様
「で?詳しい話を聞かせて貰える?」
電撃解決にひとしきり驚き、安堵した後は、文寧を問い詰める会の始まりだった。
文弥としては、休ませた方が良いのでは無いかとも思ったが、話を聞く重要性も分かるので、とりあえず黙っていた。
「身体測定の時、いじめていた上級生がアヤさんに声をかけてきて……最初は無視していたのですが、鬱陶しかったので、《能力》で脅そうかと思ったのですが、なぜか発動しなかったんですよ。というか、力が抜ける感じでした。一応、もめ事の種になりそうだったので、彼のことは調べておいたのですが、力を奪うような《能力》は持っていないようです。普通の身体強化系ですね。Aクラスでも下の方の成績のようですが、それでも、Aクラスなのでそれなりには強力なのでしょうが……」
「生徒会長ほどでは無い……か。一応、強化系統は『マイナスの強化』によって力を奪う事も可能なんだ。ただ、難易度は非常に高い。文寧を無力化するほど、マイナス強化するとなるとあの生徒会長でも厳しいかも知れん。というか、そこまでの力があるなら、普通に自分を強化してぶん殴った方が早い」
「兄様、アレを使えば可能なのでは?」
「金鵄教導消滅とともに、研究データは消えたはずだ。存在を知っている人間も、恐らくは生きてないだろう」
「文弥、アレって何なのよ?」
「まぁ、いいか。知ったからといって、真似できるわけでも無いからな。《能力》の力を増幅させる研究だ。結果から言えば、研究は失敗だった。一時的に《能力》を増幅させるだけで、継続的には上がらなかった。その増幅も、底上げにはならず、一部分だけが増幅されるような代物で使いにくいんだ。あげく、手間もかかるし、リスクも高い。それでも、今回のことは、力を奪うって事に特化して強化すれば、可能と言えば可能だ」
「底上げする部分は選べないの?」
優羽の当然の質問に、文弥は渋面を作りつつ答える。
「ああ、そこが一番難しいところだ。可能だが、洗脳でもして思考統制しなければ無理だな」
「三下が、あんなコンテナやレーザーを用意できるとは、アヤさん的に考えて思えないんですが」
「利用された。と言うのはあるだろうが、思考統制まではどうかな。それこそ、何年もかけてそうし向けないと厳しいだろうな」
「文弥の剣を使っても無理?」
「勘違いしてるかも知れんが、王を選定する剣にしても、俺のクラウ・ソラスにしても、本来は人を洗脳する力は無いぞ?王を選定する剣は、切った物を思い通りにする力だ。久城研璽の力が弱かったせいで、意思のある者しか動かせないが、本来は無機物だろうと自由に動かせる強力な剣だ。俺のクラウ・ソラスは、光を見た者の思考を、一瞬だけ止める力だ。本来は、その間に斬り捨てるんだが、その間に暗示を仕込むことによって、無意識下に働きかけているだけだ。意思の力を無理矢理ねじ曲げるほどの力は無い。それでも、他の洗脳を防御したりと言ったことは出来るがな。どちらも、言うほど万能じゃ無い。大したことない力だ」
王を選定する剣の使用者の能力不足とは言え、その操作の力を完璧に防いだ力が、大したこと無いかどうかは、神のみぞ知るところだ。
「って言うか、専用器ってそんなに沢山能力が付いてるの?私のミストルティンもそうなのかな?」
「金鵄教導にあった専用器はどれも強力なものだが、キチンと力が出るかどうかは、専用器に認められて、融合出来るかにかかっている。融合にはデメリットも多いがな」
「でも、融合できると、文弥くんみたいに専用器を持ち歩かなくて良くなるんだよね?」
「それは、メリットだけどな。っと、話が逸れたな。あの船や港周辺には、文寧が言うところの三下は居なかったぞ?」
「兄様。トカゲの尻尾だとわかりきっていても、念の為に追った方がよろしいかと思いますが」
「尻尾どころか、見えやすい餌にしか見えないんだが……とっ捕まえて拷問でもするのか?それか、官警にでも突き出すか?どちらにせよ、もっと楽な方法がある」
「兄様、船でクラウ・ソラスを抜いたのですか?」
「ああ、当然。だな」
そう言ってにやりと笑った。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
暗がりの中、仕立ての良い服を着た男達が集まっていた。
光量のせいか、全員がうつむいているせいかは分からないが、一切の表情を見ることができない。
うつむいているのは、顔を隠すためか、それとも先ほどまで投影されていた映像に頭を抱えているのか。
「いくら何でも早すぎるだろう。警告を送る前に取り替えされてしまった」
「やはり、警告で済ませようなどと甘いことを言うモノでは無いのだ」
「偽装されていたとはいえ、戦艦をウラン系燃料ごと一瞬で燃やし尽くすような奴らだぞ?敵対するにしても、いきなり、全力で殲滅に来られるようなのは困るだろう」
「誘拐までしておいて、今更だと思うけどねぇ」
「あの機材にいくら使ったと思うんだ?失敗どころか悪化させてしまって……全く目も当てられん。だから私は反対したのだ」
ひとしきり騒いだあと、誰とも無く、
「ところで、サガクは?」
と切り出した。
全員の視線が、空白の一席に集まる。
「アフターフォローだそうだ。アイツも常々ドMだよな」
「ドSの間違いだろう。極まっちまって、自傷してるだけだ。オナニーSMだよ」
「なんと、業の深い……」
「サガクが趣味で仕込んだ、トカゲくんは良いとして、サガクは大丈夫なのか?現場に居たのだろう?」
「酸素ボンベをつけて海中に居ることを、現場に居ると言って良いのか分からないけど、現場の近くには居たね」
「船の中に居れば、またぞろ船ごと消滅させられかねないからな。今回は、無事だったようだが」
「実際、ただのコンテナ船ですからね。あれ以外のコンテナは盗品ですし」
「船の回収は無理そうか……?」
「さすがにマークされているだろう。諦めるしか無いな」
「おいおい、中に手がかりとか残してねーだろうな?」
「そこには抜かりは無い」
「なら、いーけどよ」
「とりあえず、続きはサガクが戻ってからだ」
その言葉に各々が同意すると、後には沈黙だけが残された。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
「アーッハッハッハッハ!っ、げほっ、げほっ」
腹を抱えて笑い、最終的にはむせている男を、心配そうに見つめるメイド。
咳の具合を心配しているのだろうか、それとも、頭の方だろうか。
「あー笑った笑った」
「スティーブン様、どうぞ」
落ち着くのを待って、水が入ったコップを差し出す。
男は、先ほどとはまた違う笑顔でコップを受け取る。
「ありがとう。イヤーそれにしても、早すぎやしないかい?彼等がどれだけ準備したと思っているんだろうね?……くふっ、思い、出し、たら、また、笑い、が……」
そうして、また笑い転げる。男。
メイドは、「まぁ、楽しそうだし良いか」とでも思ったのだろう。
転がるのに邪魔にならないよう、ささっとベッドサイドテーブルに置かれたコップを片付けてしまう。
「しかし、思ったよりつまらない結果になったネ。相手が悪すぎた……いや、良すぎたのカナ?」
「どうでしょうか。私では、あのレーザーの中、ああも平然とはしていられませんが……」
「君の力は、そんな暴力的なところで発揮される者じゃないからネェ」
「恐縮です」
そう言って頭を下げるメイドの頭を撫でる男。
「とにかく、これで種は蒔かれたわけダ。後には引けないってネ」
「内政干渉にはなりませんか?」
「ちょっとしたイタズラで、どうこうなるほど国というモノは弱くないよ」
急に真剣なまなざしで、答える。
先ほどまで、笑い転げていた男とは思えない変わりぶりだ。
「……そうですね」
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
一人の男が逃げていた。
行くアテはないが、贅沢さえしなければ、数年は何とか生きられるくらいの金はある。
『失敗。対象を取り逃がした』
と、短い内容の入った、差出人不明のメールが原因だ。
どうしてこうなった?
と尋ねれば、自業自得だと皮肉げに返すか、ハメられたと返すか、そそのかされたと返すか……
それは、本人にしか分からないだろう。
本人の正確を鑑みれば、助け出した奴が悪い、何もかも悪い。と言うことになるだろうか。
恨み辛みはともかく、今は必死で逃げる必要があった。
夜半を過ぎ、開いている店舗などは無く、人通りも皆無だ。
なのにも係わらず、目の前から見知った男がやってくるのが見えた。
「ひっ、先輩!?」
気の弱そうな生徒であり、憂さ晴らしの対象であり、数年分の生活費、その1/4の出所でもある。
そして、今回の、大元の現況でもあった。
「いよう、ちょっと金貸してくれねーか?ちょっと入り用でよ……」
暗がりだからだろうか?恐怖でゆがんでいる表情が、すこし嗤っているように見えた




