転校偏 第01章 第06話 転校初日の剴園高校(登校前)
文弥が、剴園高校第三男子寮に入寮した翌々日。
梅雨も近いはずだが、その気配は全く感じさせず、今日も今日とてきれいな五月晴れ。
文弥は身支度をすっかり済ませ、朝食の検討を始めていた。
なんだかんだで一度も利用したことがない寮の食堂に向かうか、朝から開いているという学校内の食堂に向かうか。そんなことをあれこれ検討していると、部屋のチャイムが鳴った。
壁面埋込み型のテレビを見ると、この剴園で数少ない知り合いである二人が揃って立っていた。
先日とは違い、二人とも制服姿だ。
文弥は真新しいカバンを掴むと、部屋のドアを開けた。
「おう、おはよう。二人とも。どうした?」
「おはよう文弥くん。今日、転校初日じゃない?だから、一緒に行こうと思って」
と優羽。
「気を利かせてくれたのか、サンキューな。でも、まだ朝飯食ってねーんだ」
「や、あたし達もまだ食べてないわよ。優羽が学校の食堂で食べるかもしれないから、早く迎えに行くって聞かなくて」
呆れたように、伊織が言うと、優羽は少し照れくさそうにする。
「そうか。気を使わせてすまなかったな。男子寮の食堂で女子が飯食ってると目立つし、学校で食うか?」
「んー男子寮の食堂には、普段から女子もいるから、私達はどっちでもいいよ?」
「へぇ、そうなのか」
「メニューが違うのよ。男子寮のほうがガッツリ系のメニューになってるから、そういうのがいい子は男子寮まで来て食べてるってわけ。逆に女子寮に男子は入れないけど」
男女平等とはなんだったのか。このご時世襲われるのは女の子だけとは限らないだろうに。
そう思いながらも、伊織の説明に納得したようにうなずいた。
「じゃあまぁ、学校の食堂まで行こうぜ。見たところ、二人とも朝からガッツリって感じでもないだろ?」
そう言って後手にドアを閉めると、二人を連れ立ってエレベーターに向かって歩き始めた。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
剴園学園敷地内にある、地上80F建ての超高層ビル。通称スカイタワー。
そこの、1Fがカフェ。2~15Fが学生食堂となっている。2~4Fが幼稚舎専用。5~6Fが中等部専用、7~8Fが高等部専用。9Fが教師専用。10~14Fが共通フロア。15Fが貸し切り専用席。地上80Fの展望台でも食事を取ることができるが、予約するか、特定の条件で貰える利用券がないと使用することが出来ない。
ちなみに、予約は半年先まで埋まっている。
1Fにしか存在しないカフェこそ、昼休みや放課後になると席を取るのに一苦労だが、学生食堂自体は十分すぎるほどの広さを持っており、専用席と、共通席をうまく利用すれば、学生全員が座ったとしても、席が足りなくなることはない。
とくに、朝は寮で食事を取る生徒がほとんどである為、学生食堂を利用する生徒はほとんど居ない。
文弥達は食堂まで上がらずに、1Fのカフェへで食事を摂ることにした。店内に入ると、朝練終わりに食事を取る生徒や、文弥立ちと同じくわざわざカフェまでやってきて朝食をとる生徒たちで多少のにぎわいを見せていた。
優羽は、BLTサンドとオムレツに紅茶のセット。
伊織は、アーモンドバタートーストとゆでたまごとサラダと紅茶のセット。
文弥は、唯一ある和食のセット。おにぎり、サラダ、茶碗蒸し、味噌汁とコーヒーのセット。
をそれぞれ注文し、その場で受け取って席まで自分で運ぶセルフサービス方式だ。
席に座わり、三人で「「「いただきます」」」と声を揃え、食事を開始する。
「そういえばさ、昨日どこ行ってたの?買い物とかあるなら付きあおうと思って、誘いに行ったけど居なかったからさ」
と伊織。
「ああ。ちょっと知り合いに会いにな。知り合いっていうか、一応今の俺の保護者に当たるおっさんなんだけども。まぁ、結局は会えなかったんだけどよ。全く、どこほっつき歩いてるんだか」
「私からすれば、あんたが言うなって感じなんだけど。何も言わずに消えちゃうしさ。アヤはアヤで『どこ行ったかわからない、なんで居なくなったかわからない。』ってコレだもん」
とジト目で文弥を見据える。
「まぁ俺にも色々あったんだよ。あの時はガキなりに事情があったってことだ。もうしばらくはこっちには戻ってこねー予定だったんだがな。運がねーことだ」
と肩をすくめ、おにぎりにかぶりつく。
「私は、文弥くんが剴園に来てくれた事自体はとても嬉しいよ?お友達が増えるのは、いいことだよね」
と優羽。
「文弥!良かったね!お友達だって!お友達!」
優羽のセリフに何故か伊織が反応して囃し立てる。
確かに、勘違い男であったのなら今のセリフでショックを受けるのかもしれないな。と他人ごとのように考えていた。
「何を言ってるんだ。俺と伊織もブランクはあれど友達じゃねーか」
「ぐ。なんか文弥が言うと、女友達じゃなく、男友達って聞こえる気がするわね」
―――憎まれ口を叩きながらも、伊織はほっと胸を撫で下ろしていた。
幼いあの頃。自分も幼かったとはいえ、目の前で苦しむ兄妹に対し何もしてあげられなかった。
最終的には、そばに居てあげることすら出来ず、ただ、一日も早く彼らの地獄が終わりますようにと祈ることしか出来なかった。
結局は、どうやって解決をしたのかわからないまま解決をし、兄妹の兄だけが何処かへ消えた。
もう一度あった時に、ただ無力なだけだった自分を、もう一度友人と呼んでくれるだろうか?
不安だった。
実は、文弥の姿が外から見えたから、あの日偶然を装って店に入ったのだ。
ずる賢くなったと、自己嫌悪に駆られながら。
あの頃とは違い力を得た。大きな力を。
―――彼が居なくなったと知ったその瞬間に。
なんと皮肉なことだろうと、運命を呪ったが、その後は狂ったように力を磨いた。
次は守れるように。守れなくとも、今度こそ最後までそばにいられるように。
いつか会えた時のために、自分も磨いた。
その副作用で、ファッションマスターなる恥ずかしいアダ名が付いたのは愛嬌だろう。
今度こそ、友情を貫き通そう。改めてそう誓った。
他者がすべてを見ていたのなら、それは、友情という感情ではないと気がついたかもしれないが、神ならぬ本人たちには預かりしなぬところだった。
「泣いているのか?」
問われて、初めて気がつく。
そこまで感情が高ぶっていたとは。
「サラダのドレッシングが、わさびドレッシングだったのよ」
思わず嘘をついてごまかす。いや、嘘なのかすらもわからない。原因がわからないのだから。
「……ごまドレにしといてよかったぜ」
それを信じたのか、嘘だと思ってもそっとしておいてくれたのか、彼の口調からは読み取れなかった。
ただ優羽だけが、伊織を心配そうに見つめていた。