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学術研究都市の能力保持者達  作者: 和泉 和
盛夏戦編 第一章
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盛夏戦編 第01章 第06話 会談

 文弥が、生徒会長に連れられて来たのは、生徒会室だった。

 

 生徒会室は一般の生徒は自由に入室できないが、生徒会役員の許可があれば入室可能だ。

 

 もちろん、忍び込もうと思えば簡単に忍び込む事はできるが、その必要もメリットも無いため、文弥自身ここへくるのは初めてだ。

 

 簡単と言えるのは、文弥やその周りの《能力(スキル)》あってのものだとも言えるが、それは本題ではない。

 

 紙媒体の書類は一切ないのか、壁際の机に、情報端末がいくつか据え付けてあるだけで、本棚などの調度品はない。それ以外の調度品は、部屋の真ん中においてある、大きな円卓のみだ。

 

 円卓の騎士(ナイツオブラウンド)の、大会議室を模しているのだろうと、文弥は思った。

 

 先述の大会議室は、円卓の騎士(ナイツオブラウンド)の上位メンバーが会議を行う場で、アーサー王の伝説にちなんで、議長であるところの円卓の騎士(ナイツオブラウンド)リーダーも、それ以外のメンバーも平等な発言権が有り、議決権がある会議システムとなっている。これは、最上位である大会議室会議だけではなく、円卓の騎士(ナイツオブラウンド)関連企業においても同様となっている。

 

 剴園高校生徒会の会議も、同様の仕組みなのだろう。学研都市に居る生徒のほとんどが、軍もしくは円卓の騎士(ナイツオブラウンド)とその関連企業に所属することを考えると、その仕組みに慣れさせるというのは、理にかなっているだろう。

 

「こんなところまで、足労願って申し訳ないな。重ねて、無作法者故の失礼を謝罪する。

 

 勘違いしてほしくないのだが、午前の風紀委員の件とは本筋では関係ない。とは言え、こちらの都合に、巻き込んでしまった形だからな、改めて謝罪したい。迷惑をかけたな。すまなかった。

 

 …と、そうだな。そう言えば、自己紹介がまだだったな。この学校の生徒会長をやっている、杉田 鏡子だ。よろしく頼む」

 

 そう言って、右手を差し出す。文弥は躊躇なく握手に応じた。

 

 イメージ通り、女性にしては力強い握手だった。逆に、文弥にはそれが好印象をもたらした。

 

 そもそもにおいて、生徒会と風紀委員は別組織だ。

 

 イメージ的には、行政・立法・司法を執り行うのが、生徒会。それとは独立している警察機関が、風紀委員会だ。

 

 別組織である生徒会長が、風紀委員の件について謝罪するのはおかしな事だが、実際に組織に所属している者はともかく、一般の生徒はそれを区別して認識していることが少ないため、鏡子にどのような意図があったにせよ、文弥は特に違和感を感じなかった。

 

「一介の生徒が、生徒会長によろしくされる事はあんまりねーと思うけどよ。一誠の姉としてって言うなら、まぁわからんでもないけど」

 

「ああ、うちの一誠とは仲良くしてくれているんだったな。実家で会うたびに、久城文弥の名前は聞いている」

 

「ああ、転校初日から、あれこれ世話をかけつつ、仲良くさせてもらっているよ」

 

「そうか、これからもあいつとは仲良くしてやってくれ。一誠は、表面上仲の良いやつは多いが、心を許して付き合えるやつを作るのは苦手だからな」

 

「で?今日は一誠の普段の生活でも聞きたかったのか?」

 

「いや、話がそれてしまったな。立ち話もなんだ、掛けてくれ」

 

 文弥としては、このままサクッと話を終わらせて昼食をとりに行きたかったのだが、そうはさせてもらえないらしい。

 

 座って話すという事は、それなりに長い話になるのだろう。

 

(どうやら、昼食は諦めなければならないようだな)

 

 と、文弥が覚悟を決めた時、ふいに生徒会室のドアがノックされた。

 

 鏡子が入室を許可すると、入って来たのは恵美だった。

 

 視力矯正技術が完全確立され、めがねというものの存在が単なるファッションなった昨今。常時めがねをかけている彼女は珍しいと言える。

 

 もちろん単なるめがねではなく、彼女の《能力(スキル)》を制御する為に、武器化した補助器だ。

 

 人によっては気が弱いと言われるその性格は、ある人にとっては女性らしい控え目な性格だととらえられるような、そんな少女だ。

 

 見た目はショートカットの活発系であるのにも拘わらず、濃密な色気を放つ凛々子と一緒に居る事が多いため、埋もれがちではあるが、文弥の周りでは、伊織に次ぐ豊満なバストの持ち主でもある。

 

 本人は自覚していないが、男子人気も高いらしい。

 

「会長、言われたものを買って来ました。……あれ?久城君?」

 

 半透明の袋を持って現れた、恵美が文弥の姿をみて首をかしげた。

 

 文弥も、まさか生徒会室に恵美が入ってくるとは思わず、口から出てきたのは、

 

「恵美か、どうしたんだ?こんなところで」

 

 というような、珍しく無難な言葉だった。

 

「私は、生徒会員だから。会長に頼まれて、それのお使い」

 

 そう言って、手に下げた袋を軽く持ち上げた。

 

 どうやら、半透明の袋の中身は、飲み物と食べ物らしい。

 

 量から言って、二人分だろう。会長――つまり、鏡子が話が長くなることを見越して、昼食を用意させたのだろう。準備のいいことだと思いつつも、やはり昼休みのほとんどをこの会合に使うのだろうと言う予測が当たったことに、胸中でため息をついた。

 

 面倒なことになりそうだ。と。

 

 しかし、それをおくびにも出さず、口から出たのは別な言葉だった。一番最初に浮かんだ疑問を解決しようと思ったのかどうかは、文弥のみが知るところだろう。

 

「生徒会員?生徒会役員じゃないのか?」

 

 だが、文弥の質問に答えたのは、恵美ではなく鏡子だった。

 

「生徒会役員は、会長、副会長、書記、会計、会計監査の五名で構成される事と、そう決まっていてね。そんな少人数では、この学園を運営できない。そこで役員以外の有志の生徒に運営を手伝ってもらっているんだよ。彼等を便宜上生徒会員と呼んでいるんだ。

 

 遠見、悪かったな。使いぱしりをさせてしまって。釣りはとって置いてくれ」

 

 鏡子は言いながら、袋を受け取ると、数百年単位で大きくデザインの変わっていない、一万円札を恵美に手渡した。

 

「ええ、会長ちょっとこれは多すぎですよ。百円二百円ならありがたく受け取りますが、これは……」

 

 ワタワタと手をふって、恵美が受け取りを拒否すると、

 

「今細かいのがなくてね。気になるというのであれば、そうだな、ここに居て、彼を説得するのに力を貸してくれ。どうやら、君たちは知り合いのようだからね」

 

「説得ですか?」

 

 恵美が首をかしげて、ちらりと文弥に視線を向ける

 

 文弥からしてみれば、説得も何もまだ何も話を受けていないのだ、わかるはずも無い。

 

 肩を竦めて見せると、鏡子はバツが悪そうに、

 

「遠見君が買って来てくれた、昼食でも食べながら、話しをしよう。遠見君、君は食事を持って来ているかい?」

 

「はい、それとは別に買って持って来て居ます。外で食べようと思って居たので」

 

「そうか、時間さえよければ、この話に同席して欲しいのだが、構わないかい?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 そう言って、一番近い席に腰をかける。

 

 文弥もそれに倣って席に座る。

 

 但し、狙って鏡子の目の前に座ったが。

 

「さて、早速だが、久城文弥君。君は、盛夏戦新人枠への内定を蹴ったらしいね」

 

 なるほどその事か。

 

 と文弥は思った。文弥の予想通り、朝のショートホームルームが終わった後、奥村から正式に、再試験の結果について共有があった。それにより、文弥の盛夏戦への出場辞退が正式に受理された。

 

 それで一件落着。

 

 ……と思いきや、教員サイドの不手際で文弥が出ないのであれば、生徒サイドから勧誘すると。そういうことらしい。

 

 そうであれば、話が早い。事情を話して辞退すれば良い。

 

 幸い恵美も事情を知っているため、この件に関して鏡子側につく事はないだろう。

 

 こういう事は、相手にあれこれ言わせる前に、断ってしまった方がいい。

 

「―その件なら……」

 

「まてまて。何もその事を咎めて新人戦に出ろと言うわけじゃあ無い」

 

 とりつく島を与えず、断ろうとした文弥の言葉を遮る。

 

 文弥は、意外感を覚えながらも、おとなしく話を聞く事にした。

 

「いや、むしろ新人戦を断ってくれて、私としては助かって居てね。調整が楽で良い。説得する対象が少なくなるからね。

 

 久城文弥君、そして、久城澪君の両名には、盛夏戦本戦に出て欲しい。もちろん通常枠じゃない。選抜枠だ」

 

(なるほど、そう来たか)

 

 と文弥は思ったが、何とかポーカーフェイスは保ったままだ。

 

「出る、出ないはひとまず横において、理由を説明してもらえるか?本戦の出場者は、すでに決定しているはずだよな?」

 

 本戦の選手は、進級試験の結果を参考に内定を出す事になっているため、新入生対抗戦で、選抜を行う新人戦選手に先んじて決定される。

 

 新入生対抗戦も終わり、新人戦のメンバーに内定が出始めたこの時期に決まっていないはずは無い。

 

「ああ、本決定は新人戦選手と一緒に行う事になっているからね、まだ内定の段階だが、全員決定している。通常枠も、選抜枠もね」

 

「ならどうして……」

 

 文弥の代わりに、恵美が訊ねる。

 

「金鵄教導から来た二人の実力は、先日の学期末試験と、新入生対抗戦で見させてもらった。その結果を受けて、当校の盛夏戦首脳陣は、現状内定を出している生徒の内定を取り消してでも、この二人を本戦に組み込む事に決定したんだ。

 

 あと、もう一つ理由があってね、元々は、この件があったからその事が議題になったと言って良いんだけれど、円卓の騎士(ナイツオブラウンド)から、久城文弥、久城澪の両名を盛夏戦に参加させる事というお達しがあったんだよ。内政干渉となるし、無視しても良いんだけどね。とは言っても、普通であれば、指示されるまでもなく、新人戦選手として出る事になるのだけど、久城澪君は新入生対抗戦に出ていないし、君は、職員が不躾な行動をとったおかげで、本人の希望により、辞退寸前だ。

 

 元々、君たちの実力では新人戦選手としてはもったいなさすぎるほどだからね。私個人としては、本戦への編入は、元から考えて居たくらいだ」

 

「なるほど、久城君は円卓の騎士(ナイツオブラウンド)のそれを言い訳にしてでも、手に入れたい人材って事ですか。お気持ちはわかりますが…」

 

 恵美が黙りこくってしまった文弥のかわりに、鏡子をたしなめるが、文弥の関心は別なところにあった。

 

 文弥自身、非公式ではあるが、円卓の騎士(ナイツオブラウンド)に所属しているのだ、議決された内容であれば、直接文弥に命令すれば良い。

 

 何としてでも、盛夏戦に出場せよ。

 

 と。

 

 それとは別に、保険として、凱園高校に先述のようなお願いなり、命令なりをするのは、わかるが、それらをすっ飛ばして、直接そう言う指示を出すのは、理にかなってない。

 

 その事が、文弥には奇妙に思えたのだ。

 

 だが、その事を指摘するわけにはいかない。

 

 そのためのは、隠すべき、文弥の身分を伝えなければならない。

 

 文弥の戸籍上の父親の事を知っている恵美であれば、ちょっとした情報からも真実を導き出してしまうかもしれない。

 

 どうしたものかと思案していても、状況は改善しないと思い直し、目の前の問題から片付ける事にした。

 

 得てして、こうやって一つづつ潰す事で、確信に迫る事もあるのだ。

 

 半ば、投げやりになっているのかもしれないが。

 

「まぁ、いろいろ言いたい事はるんだけどよ、前例は無いんだろ?問題ないのか?」

 

「前例はないな。とは言っても、この学校は歴史が浅い。最初に決められたルールなど、状況に則して変化させるべきだ。この場合の前例とは、覆すためにあるんだよ」

 

「その、前例を覆すために、内定を外される連中の説得はどうするんだ?まさか、全員を力づくでぶっ倒すわけにはいかないだろ?」

 

「いや、そのまさかな事になると思うけどね。結果的には。こう言う事は、口だけの話し合いよりも、多少強引に進めた方が話が早いからね」

 

「俺がわざと負けるとは思わないのか?」

 

「だから、君にもメリットを用意しようと思う。

 

 ――君の研究に、私も貢献しようじゃないか」

 

「……何?」

 

「君の研究の被検体となってもいいと言っているんだ。この学校の生徒会長は、最強の《能力保持者(スキルオーナー)》がなる。去年の生徒会選挙時点では、私がこの学校の最強だった。どうだ?被検体として、申し分ないとは思わないか?」

 

「どこで、それを知った?」

 

 一段低いトーンで、訊ねる。が、鏡子はどこ吹く風と言った様子で、

 

「金鵄教導も、完全に秘密主義を貫けていたわけじゃないって事さ」

 

 ふむ。

 

 と、一息ついて考える。

 

 とりあえず、湧き上がった疑問を解決させてから、本題に入る事に決めた。

 

「人体実験の被験者って事は、何が起こるかわからねーってことだ。どうして、イチ高校行事に対して、そこまで出来る?」

 

「いろいろ理由があるが、成功例を見ているからな。この目で。《能力保持者(スキルオーナー)》たるもの、己の強化には余念がないものだろう?私もその(たぐい)だって事だ。学校行事を盾にした、ただの志願にすぎないのかもな」

 

 自嘲が混じったその言葉からは本心がうかがえなかった。

 

 とは言え、それが100%嘘だとも思えなかった。

 

 となると、気になるのはそれが益となるかどうかどうかだ。

 

「なるほど。俺からも、条件がある。本気で俺と戦え。その上で、俺の研究で有益かどうか見極める。それいかんによっては……いいだろう。本戦に出ようじゃないか」

 

(その戦いの内容によっては、あれこれ文句をつけてくる奴らも減るだろうしな)

 

 と心の中で付け加えて、告げる。

 

「ふむ。そんな事で良いのか?」

 

「ああ、本気だして誰かと戦った事があるか?かいいちょーさんよ。あんたの噂は、いろいろ聞いているが、この学校に来て本気で戦った事はないんじゃないか?そんな情報じゃ、被検体になっても、俺の研究は進まない。価値を示してくれ」

 

 言われて、本気で戦った事がない事に、鏡子は気がついた。

 

 そして、文弥との戦いも今まで通り力を抑えて戦おうとしていた事に。

 

 鏡子にとって、戦いとは、己の戦いの余波を最小限に抑える事であり、修行とは、その力を制御することだ。

 

 すべての力を開放したところで、それを制御できるかもわからない。

 

 しかし、限界を知る事は、研究にとって必要不可欠。

 

 被験者にとってそれを見せる事は、自分にとっても研究にとっても必要不可欠なのだと、思い直した。

 

 しかし、目の前の少年に自分の全力に耐えうる力があるのか不明だ。

 

 あれこれ、思案に暮れていた時間は一秒にも満たない時間。

 

 わかりやすく表情を変えなかったのは、さすがと言えよう。わずかに眉をひそめたのを、見逃さなかった文弥が聡すぎるのかも知れないが。

 

「……わかった。受けて立とう。早速だが、今日の放課後でいいか?何分(なにぶん)時間がなくてね」

 

「構わんが、新入生対抗戦で使った、あのフィールド。あれ、使えるか?」

 

「ああ、問題ないと思う。私が本気で戦った場合、演習場の無事を保証できないからな。こちらから、申請しておこう」

 

 なるほど、それなら、中で何があっても最悪の事態にはならない。

 

 鏡子は胸中で、ほっと息をついた。それくらいのことも思いつかなかった事実については、目を伏せた。

 

「そうか。なら、今内定を出している連中に、試合を観戦させてくれ。試合う理由は……そうだな、あんたが勝ったら俺が盛夏戦に出場する。とかでどうだ?もし俺に勝つ事ができたら、問答無用で盛夏戦に出よう。そうでないなら、結果如何で検討する。嘘にはならんだろ?」

 

「なるほど、無駄を省く算段か。悪くないよ、その考えは。私の敗北を周知させる事の意味を、君が知っているのかどうか、それには疑問を覚えるけどね」

 

 彼女が発したのは、「勝てるつもりか?」等と言った挑発的な発言ではなく、もっと現実的な事だ。

 

 鏡子とて、本気で自分が負けるとは思っていないが、目の前に居るのはあの金鵄教導出身の生徒だ。彼の戦闘能力に関する情報は、新入生対抗戦時に記録されたもの(もちろん、リアルタイムでの観戦もしていたが)と、一誠からの伝聞のみだ。

 

 それだけでも、彼の実力は見えている者だけではないと十分推測が出来た。だからこそ、こうして交渉をしているのだから。

 

 だからこそ、こういった忠告が必要となるだろうと考えた。

 

 文弥としても、全くそのことに意識が行っていなかったわけではないが、改めて指摘されてみると、確かに、それは面倒そうだという意識が強まった。

 

 昨年度最強の生徒会長を、堂々と正面から倒したとなると、またぞろ面倒なことに巻き込まれそうだ。

 

 しかし――

 

「どちらにせよ、こんな事に巻き込まれた時点で、面倒は承知しているさ。それに、まぁあんたの顔を潰すような真似はしないさ……多分な。《能力(スキル)》には相性があるからな?勝負は時の運。組み合わせの運。そして何より、()()()()()()()()だけなら、決着を付けなくてもいい。そうだろ?」

 

 文弥がにやりと笑いながら言い放つと、鏡子は「ふっ」と笑って、

 

「まぁ、君に考えがあるなら、任せようじゃないか。どうやら、基本的には乗り気になってくれたみたいだからね。水を差すのも野暮というものだろう」

 

 と愉しげに言った。

 

 文弥は、ひとまず話が一段落ついたことを確認すると、

 

「俺はそれでいいとして、澪の奴はどうするんだ?その様子だと、まだ声をかけていないんだろう?」

 

 そう言って、ようやく手元のサンドイッチに手をつけた。

 

 大食らいというわけではないが、年頃の運動部連中と同じ程度の食事は取る文弥にとって、明らかに足りない昼食ではあるが、その点に対して不満はない。

 

 摂れないと思っていた昼食にありつけたのだ、それだけでも感謝をすることにした。

 

 元々の原因に関しては、考えないことにして。

 

「これは、私の推測に過ぎないのだが、恐らく君が出ることになった後に、久城澪君に出場の依頼をかければ、応じてくれると思うのだよ。そうは思わないかい?遠見?」

 

「澪ちゃんの性格を考えれば、恐らくは会長のおっしゃられるとおりになるかと思いますが……そのためには、放課後の模擬戦闘の前に、一度声をかけておいた方がスムーズかと思います」

 

「なるほど。久城文弥。聞いての通りなのだが……手数をかけるが、この場に久城澪を呼んでもらえるだろうか?」

 

 文弥にとって、そうするメリットは一つも無いが、ここでごねる意味も無い。

 

 早々に、サンドイッチを食べ終わると、携帯端末を取り出し、今すぐ生徒会室に来るようにとだけ書いてメッセージを送信した。

 

 昼休みも折り返し。あちらも、食事を終えている頃だろう。

 

 メッセージを送信して、5秒ほど経過した後、生徒会室の扉がノックされた。

 

 鏡子が入室を許可し、入ってきたのは、澪だった。

 

 まるで、ずっと生徒会室の外で待機していたかのようなタイミングでの登場に、文弥は思わず苦笑いを浮かべそうになったが、それをおくびにも出さず、隣に座るように手振りで促した。

 

 もちろん、()()()などではなく、ずっと外で文弥が出てくるのを待っていたのには、文弥は気がついていたが、あえてそれを指摘するわけでもなく、鏡子がそれに気がついていたかどうかを問いただすつもりもない。

 

 ただ、あまりに速い澪の登場に目を丸くしていたのは恵美だけだった。

 

 文弥は、自分からは何も説明する意思はないとばかりに、恵美がサンドイッチと共に買ってきた、アイスレモンティーを口に運ぶ。

 

 基本的に文弥は食事の際、甘い飲み物を同時に摂ることを好まない為、中身はほとんど減っていない。

 

 たまに、食事を一緒にとることがある恵美がその事を知らないはずはないので、恐らくは本当に、文弥がここに居ることは知らされていなかったのだろう。

 

 そんなことを思いながら、恵美に視線を向けると、恵美はどことなく居心地が悪そうにしている。

 

 よくよく見ると、鏡子から、澪から、そして文弥から視線が集中している。

 

 そして、何も説明する気のない文弥。自分からは何も言葉を発さないであろう澪。そして、なぜだか自分で説明する気がなさそうな、鏡子。その視線を一身に浴び、恵美は涙目になりながら、現状の説明を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――と言うのが現状です」

 

 恵美以外の全員が一言も発さないまま、現状の説明が終わった。

 

 もちろん、文弥が出ることになれば、澪も出てくれるだろう等と行った希望的観測が行われた等という事実は伏せられていたが。

 

「兄を差し置いて、私が本戦に出ることは出来ませんが、兄が出るというのであれば、円卓の騎士(ナイツオブラウンド)からの依頼と言うこともありますし、微力ではありますが、私も盛夏戦の本戦に力添え出来ればと思います」

 

 かくして、澪の答えは、鏡子や、恵美が予想したとおりの答えとなった。

 

「では、放課後の結果如何で、君たち兄妹の盛夏戦出場が決まると言うことで……」

 

「……ですが、恥ずかしながら、私は盛夏戦というものがどういうものかを知りません。よろしければ、一度ご説明願えると幸いなのですが」

 

 鏡子のセリフを遮って、澪が説明を乞う。

 

 文弥は内定の通告を受けた際に、奥村に同様の質問をし回答を得ているが、澪は別段説明を受けたわけではなく、その後文弥が出場を辞退する方向に動いた為、興味を削がれ、調べることすらしてこなかったのだ。

 

「なるほど、金鵄教導とはそう言う所だったな。これは失礼した。時間が無いので、詳しくは今送った資料を見て欲しいのだが、全体競技と、選抜競技五種目の競技で競う、学術研究九都市対抗の運動会みたいなものだ。その中には、新入生対抗戦と同じ競技もある。チップブレイクという競技だがね」

 

 新入生対抗戦と同じと言われても、新入生対抗戦に出場していない澪にとっては、ぴんと来ないものだったが、そこを追求しても詮無きことなので、とりあえずは送られてきた資料に目を通すことにして、質問などは、実際に出場が決まってからでいいかと考え、とりあえずは黙っておくことにした。

 

 文弥も、これ以上話すことは無いとばかりに、ペットボトルの紅茶を飲み干した。

 

「とりあえず、昼休みも残り少ないことですし、ひとまずこれで解散と言うことにしませんか?」

 

 しかし、この会合を終了する提案を行ったのは、恵美であった。

 

 文弥も澪も自分からは何も言うつもりがなかったのだから、必然だったのかもしれないが。

 

 文弥は、思い通りに行動してくれるお人好しな友人に、心の中でこっそり礼を言ったが、口にしたのは別な言葉だ。

 

「何はともあれ、目の前の問題を解決してからだな。出ない選択肢もまだあるわけだからな。資料を読み込むのも、かいちょーさんを質問攻めにするのも、全部その後でいいだろ。どうせ、放課後には決まるんだしよ」

 

 そう言って、文弥と澪は息を合わせたように立ち上がると、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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