盛夏戦編 第01章 第04話 身体測定
《大いなる厄災》以前は、旧横浜にあったといわれる中華街。
現在、それがあった場所には中華街は存在せず、学研都市の敷地となっている。
その代わりと言っては語弊があるかもしれないが、彼等の新しい中華街も存在する。
狡神市のほど近く。市境のコンクリート壁に寄り添うように存在する、その街の一角で、四十代から六十代程のアジア系の男六人が円卓に集まって、難しい顔を突き合わせていた。
「原子力船が消滅だと?冗談も休み休み言いたまえ」
「いいえ、冗談ではありません。事実です」
「では、貴公は燃料である、濃縮ウランごと消滅させられたと。そう言いたいのかね?そのため、旧東京湾にも、狡神市にも一切の汚染がなかったと」
「はい。それにより、乗員六十名の生存は絶望的で、此度の上陸作戦は完全なる失敗と言うことになります。恐らくは、二の矢三の矢を射たとしても、同様の結果になると推測されます。作戦の変更が必要と思われます」
その報告と共に、より一層の重苦しい空気が充満する。
報告をするのは、この六人の中で最も若い男だ。彼は、告げるべき事をすべて告げたとばかりに、そのまま黙してしまった。
口火を切ったのは、この中で一番の年長者であった。
「して、その術者分かっているのかね?」
彼等の故郷には、《能力保持者》は現れない。
なぜか、現れないのだ。
その原因については、現在も各所の研究者が研究を重ねているところだが、かといって全く居ないわけではない。
国際法に照らし合わせると、著しく非合法。人道に照らし合わせても、非人道的と言われるような手段で以てしてだ。
《能力》に関しても、研究などされておらず(研究対象が現れないのだから仕方ない側面もあるのだが)、未だ持って不思議な術。彼等の古典で言うところの、妖術のような類いとしての認識なのだ。
「はい。『不死身の紅姫』ではないかと、推測されます」
ざわ。
と、空気がざわつく。それだけではなく、驚嘆のうめき声が残りの五人から発せられた。
「久城 澪か。あの事件で死んだのではなかったのか?」
「まだそうだと決まったわけではなかろう?」
「違うとしたら、アレと同じような力を持つ者がまだ、日本にいると言うことだぞ。それこそ悪夢というものだ」
口々に、ぼやく。
報告者にとっては、不死身と言われているのだから、生半可で死んだりはしないだろうと単純に考えていたため、当たり前のように告げたのだが、それ以外の、『老人』は違ったらしい。
「して、久城 澪の居場所は掴めているのかね?金鵄教導は無くなったのであろう?」
「は。現状は、狡神市の高校、剴園高校へ生徒として通っているようです。特例で入学が認められたようですね」
「ふむ。あそこか。あそこならば、手の者が居たな。動かしたまえ」
「いいのか?数少ない手駒だろうに」
とがめたのは、別な老人だ。腹芸。探り合い。故国のいいなり。非常にくだらないと思うが、この中で若輩である彼には、彼等の言葉に口答えすることも意見することも許されていない。
低身低頭する気は無いが、それでも口は挟まない。挟めない。
「構わん。術の内容すら不明の状況では何一つとして対応できないではないか」
さすがに、《能力》の内容くらいは、把握しているが、この老人は知らないらしい。
大体において、生死不明イコール死亡と決めつけていたというのも短絡的すぎる。
口を挟まないと決めた以上、いや、口を挟めない以上彼からは、その事実を伝えることはない。
彼は、ただ、言われたことに答え、言われたことをこなすのみだ。
聞かれないことには、一切答えないとも言える。
「分かりました。それでは、久城 澪に関する情報の取得。可能であれば、無力化を行うよう、手の者に連絡をしておきます」
そう言って立ち上がると、恭しく一礼し部屋を後にしたのだった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
学期末試験も無事終わり、夏休みまでのわずかな期間は、座学より実技の授業に重きを置かれる。
もともと、他の学研都市内にある学校と比べても実技の比重は多いのだが、それに輪をかけて多くなる寸法だ。
具体的には、長期休暇時に行う自主訓練に関する説明や、個人に対する課題の設定などである。
本日も、朝から座学はなくショートホームルーム後は、ずっと実技訓練だった。
そして、毎学期の終りには、身体測定および、運動能力測定が行われる。
《能力保持者》は、そうでない人間と比べて圧倒的な運動性能を誇っている。
それは、《能力》という特殊な力を扱えるようになるための、正統な進化であると、時の学者は発表した。
それが事実であるかどうかは、横に置いておくとして、強力な《能力》を扱えるほど、運動性のは高い傾向にある。そして、《能力》の扱いに長けてくると、これまた運動性能の向上が見られるのだ。
それ故に、通常の学校では一年周期で行われるであろう、身体測定および、運動能力測定を学期ごとに行うのだった。
ちなみに、希望すれば再測定を受けることも可能だが、受けたからと言って学期末の測定を無視することは出来ない。
身体測定と銘打っているが、身長、体重、胸囲、座高などの基礎計測は行わない。これは一年に一度行われるだけだ。
代わりに行われるのは、PM波の強度と、波形の計測だ。
PM波と呼ばれる波形は、《能力保持者》が発している特殊な波形だ。
存在だけは確認されて居るが、機械的に計測する方法はなく、それを感知出来る能力者によって測定、記録される。たとえば、剴園高校であれば、奥村教諭などがその能力者だ。
数年前までは。
数年前、金鵄教導より、研究成果の共有と称して、PM波の強度および、波形を機械的に測定、記録する技術が提供された。
正確に言えば、機械のみが提供された。
中身は完全にブラックボックス化されており、同じ物を複製することは不可能なのだ。
この機械は、高額で取引されていたため、大企業もしくは、大組織にしか存在しない。
剴園高校にこそ存在するが、すべての高校にこの測定装置があるわけではない。
「PM波スキャンかぁ。いつ見てもすごいよね。金鵄教導の技術は数百年先にあるとか言われてたのも、何となく分かる気がするよね」
とスキャン結果を眺めながら、驚きの声をあげているのは、優羽だ。
別段服を脱ぐわけでもなければ、異性に見られて恥ずかしい数値の測定をするわけでもないため、測定自体は男女混合だ。
特に順番も関係ないため、文弥達は固まって測定を受けていた。
「でも、金鵄教導がなくなっちゃって、この機械の供給も止まってるみたいだしね。いつまた、人力に戻るか分からないわよね。っていうか、そもそも何で金鵄教導がこれを提供したのかしらね?」
首をかしげるのは、伊織。
二人とも、スキャンの結果は予想通りだったらしく、特に驚くこともなく淡々としている。
結果自体にあまり興味が無いのかもしれないが。
「秘密主義だの、唯一の半官半民研究施設だのと言われていても、半分は国と係わっているのよ。定期的に成果を報告する義務があるというわけ。別に、この測定技術だけでなく、金鵄教導の研究結果はいろいろな場所で使用されているわ。これが、目立っているだけよ」
と、澪が答え、
「それにな、研究するには金がいるからな。研究成果をある程度切り売りしないと、新しい研究なんて出来ないって事だな」
文弥が、補足する。
測定の方法は簡単だ。所定の位置にIDカードを置いて、手を測定装置に置く。その状態で《能力》を発動させるだけだ。
強い力は必要ない。たとえば澪なら軽く火の粉が散る程度だ。文弥であったなら、普段から常に発動させている、他者からの干渉禁止の力を再起動するだけだ。
ピッという、素っ気ない電子音の後、測定結果が表示される。
PM波強度が高ければ高いほど、強力な《能力》が使用できると言われており、PM波形を見れば《能力》が未発現であったとしても、どんな力が発現するのか予測することが出来る。
「なるほどねーっていうか、意外ね文弥。PM波強度私たちと変わらないじゃない?」
と、文弥の測定結果をのぞき込みながら、伊織が意外そうにごちた。
ちなみに、伊織達と同程度と言っても、円卓の騎士基準で、Bランク以上のPM波強度を誇っている。
クラスでも、学年でもダントツと言える成績だ。もちろん、PM波強度がそっくりそのまま《能力》の強さに反映されるわけではないが、それでも無関係とは言えない。
文弥が操る《能力》の強さを考えると、もっと強いと思っていたのだ。
具体的には、Aランク相当のPM波強度を持っている澪と同程度か、それ以上だと。
非能力発動状態と、能力発動状態の差分は、《能力保持者》の制御力をそのまま表すが、これは恐ろしく高かった。
具体的には、非能力発動状態ではPM波はほとんど計測されず、最大値はBランク相当という、恐ろしい結果だ。
実は、計測されるように少しだけPM波を放出しただけで、特に何も考えていない状況であれば、機械計測不能の状態まで抑えることが出来る。
とはいえ、無意識下で発する微妙なPM波までは抑えることが出来ないため、奥村教諭のような能力を以てすれば、《能力保持者》であることを隠すことは出来ない。
そうであるが故に、最大値がBランク相当であることが、不思議に思えたのだ。
わざと抑えているんじゃないか。手を抜いたんじゃないか。と言うのが、副音声だ。
「俺の能力は燃費がいいからな」
と、肩をすくめながら軽く答えた。あらかじめ用意していた答えをそのまま言うような、スムーズな回答だ。スムーズすぎて違和感を覚えるところだが、文寧は、興味なさげに外を眺め、澪も、それに倣って視線を外に向けた。
代わりに伊織が発現する前に、口を開いたのはアヤだった。
「アレは、アヤさん的に言ってまずそうですね」
と言うセリフが文寧の口から出たのは、澪が視線を向ける前だったか後だったか。
しかし、誰よりも先んじて。文寧の視線を追っていた澪が一番最初に反応した。
「いじめ……か、何かかしらね?なにかもめているようだけれど」
と言う、澪の発言を聞いた直後、伊織は「ふむ……」とうなった後、《能力》を行使した。
「――いいからやれよ。簡単だろ?これ以上痛い目を見たくねぇよな?」
「でも、クラスも違うし、面識もないのにそんな……」
と、唐突に文弥達の耳に彼等のやりとりが聞こえた。
恐らく、気体制御で空気の振動を感知、同じ振動をこの場で再現すると言ったところだろう。
犯罪すれすれというか、犯罪そのものの盗聴技術であるが、それを咎める者はここには居ない。
改めて外を見ると、大柄の生徒が、小柄の生徒の胸ぐらを掴んでいる状態だった。
「うるせぇ。俺がやれと言ったらやるんだよ!」
男の恫喝する声の直後、殴られ壁にたたきつけられる音が聞こえた。
外の様子を見ても、殴られ吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられたのだと分かった。
殴りつけられた小柄な生徒から、財布がこぼれ落ち、大柄な方が拾う。
中から何枚か抜いた後、財布を投げつけた。
剴園高校では、単純な生徒同士の諍いであれば、むしろ力でもって解決することが推奨されているが、それすなわち、いじめ容認というわけではなく、むしろ弱い者いじめは、厳罰となる。
単に力の強い者が力を振り回すだけの環境であるならば、奥村や恵美のような《能力保持者》は育たない。
ときに情報は、単純な腕力よりも重要な要素であるからだ。
とはいえ、左記の通り攻撃に転換できる《能力》出なかったとしても、運動性能自体は高くなる。
しかし、それだけである。高い運動性能だけでは、《能力》での攻撃に対処する事は難しい。
そして何より、その運動性能は本人が発揮しようと思わなければ、発揮できる者ではない。
元々気弱な生徒なのだろう。アレでよく剴園高校へ入学できたなと言うのが、伊織達の感想だったが、見付けてしまった以上無視するのがはばかれる。
視線が文弥に集中するが、次の瞬間文弥の姿は、渦中にあった。
あまりに早計にすぎると、普通なら思うだろう。幼少時、理不尽な暴力にさらされ続けた彼には、感覚的にこれが、それに類するものだと分かったのだった。
「よお、先輩。おもしろそうなことしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ?」
そう言って唐突に、殴り飛ばした方――大柄な生徒の足を払った。
突然の事態に対応できなかったのか、気持ちよく地面に尻餅をつき目を白黒させている。
近くまで来て校章を確認したところ、どうやらこの大柄な生徒は二年生らしい。
壁にもたれかかって、立ち上がれなさそうにしている小柄な方は、文弥と同じ一年。
文弥は、そのまま大柄な生徒に近づくと、みぞおちに蹴りを入れる。蹴り飛ばすような蹴りではなく、単なるやくざキックだ。
踏みつけるようなな蹴りに、
「ぐっ」
と言ううめき声を上げながら、ごろごろと転がりうつ伏せに倒れたところで、背中を踏みつける。
「俺は、いじめってのは始めてやるんだけどよ……アレだろ?ルールってモンがあるんだろ?いじめられる側は抵抗しないだっけか?良く出来てるじゃねーか?」
体の重心を潰すように圧力をかけているため、身体能力だけで立ち上がるのは不可能だ。
それでも何とか、《能力》を発動させて脱出しようとしているが、文弥がそれを許さない。
背中をただ踏みつけているだけ。言ってしまえばただそれだけだが、文弥が発しているプレッシャーは本物だ。
かつて、凛々子と恵美に死を覚悟させた圧力。それが、一人に向けられている。
直視していないのがせめてもの救いだろうか。
もちろん、《能力》を封じているのは、文弥の《能力》によるもので、圧力とは関係ないが、目の前の生徒は、圧力に屈して《能力》が発動できないのだと勘違いしたようだった。
「ぅ……くそぉ」
背中を踏みつけられ、プレッシャーを受けて悪態をつけるのは、強者であるプライド故だろうか?
「ああ、後、いじめられる側の言い分は、きかねーんだったか。そうやって尊厳とかプライドとか壊していくんだよな?」
言いながら、徐々に圧力を強める。すでに、うめき声すら上がらない。地面に押さえつけられ肺が圧迫されたのだろう。
見たところ、まだ気は失っていないようだ。
「うーん。楽しいか?これ」
正直、だんだんと飽きてきた。さて、どうしてやろうかと思案していると、背後から唐突に声をかけられた。
「風紀委員です。戦闘行為を今すぐ停止してください」
駆け寄ってくる数名の生徒。腕には剴園高校の校章をあしらった、腕章がついている。
文弥は、最後に足をぐりっとひねった後、ゆっくりと足をどけた。
「いじめがあったと、通報を受けてきました。一年生と……君は二年ですね?事情を聞きますので出頭してください」
まぁ、確かにいじめ以外の何物でも無かっただろうと、神妙にお縄につくことにしたのだが、校舎から出てくる気配がそれを許さなかった。
「ちょっ、ちょっとまってください、彼はいじめを止めただけで……被害者は……ってあれ?」
飛び込んできた優羽が慌てて釈明をはじめるが、現場の状況を見て首をかしげた。
一緒にやってきた、澪、文寧、伊織の三人も首をかしげている。
被害者であったはずの、一年生が姿を消していたのだ。
文弥はすでに、被害者であるところの小柄な一年が、立ち去ったことに気がついていた為、ただ肩をすくめただけだ。
「……とにかく、一度出頭してください。話を聞かせていただくだけですから、皆さんも一緒に来て下さい」
元々文弥は大人しく、従うつもりだったため、結果としてはあまり変わらない。
慌てて飛び込んできた優羽達も、職務をこなしているだけの彼等に対して、別段思うところはないため、全会一致で素直に従うことにしたのだった。




