盛夏戦編 第01章 第01話 プロローグ
すいません。お待たせしました。
二部開始となります。
「ふーむ。やはり、あの国の船舶だネェ…あの国だけは、まだ停戦せず戦争中のつもりなんだろうけどサ」
闇に紛れていて尚、際立って鮮やかに見える金髪碧眼の男が、気さくな口調で連れの女性に声をかけた。
とは言え、話の内容自体は全くと言っていいほど、気さくな内容ではなかったが。
丑三つ時をとうに過ぎた、草木も眠る時間帯。規則正しく街が暗闇に覆われるこの街は、今夜も星明かりと月明かりがその光源の殆どを占めている。
かつては、この地に首都があったとは信じられないほど星が輝いて見える。
その美しい星空の下で、男女二人と言う組み合わせであったが、そこに甘さはない。
そして、彼らが今見つめている状況は、甘さがないを通り越して、恐ろしくきな臭い内容だ。
「侵略戦争の続きですか…彼らは、五年前の大敗から何も学んではいないのですかね?どうしますか?日本政府若しくは日本支部に通報を?それとも我々で対処しますか?」
同じく金髪碧眼の女性が生真面目な口調で応じると、男は首を横に振った。
「うーん。このままただ見てるだけにしよう。日本支部に恩を売るというのは悪くないけど……日本支部はリーダーを有すると言うだけで、基本的に穏健だからね。その辺り、もともと利害は一致しているのさ。同じ島国同士、馬があうのかもねぇ?」
「また、ご冗談を。本当のところは、その必要がないから……ですか?もう対処はされて居ると?その割には、堂々と偽装船舶が接岸しようとしていますが……?」
そう彼女が訊ねた瞬間、彼らが観察していた未確認船舶が一切残らず灰へと変わった。
一切の情け容赦なく、一瞬にして現れた炎によって跡形もなく焼き尽くされた。
人も、原子力を推進力とするその船の燃料も、船自身も。
いや、その燃料の流出を防ぐために、何もかもまとめて一瞬にして燃やされたのだろう。
そして、そんなことができる《能力保持者》を、彼女は一人しか知らない。
「『不死身の紅姫』ですか。無事だという報告は嘘ではなかったのですね…」
『不死身の紅姫』――久城澪は、数ヶ月前極東の島国である日本で起こった《能力》開発事故に巻き込まれた。
その《能力》開発事故は原因こそ未だに不明だが、生き残りなどは望むべくもないほど壮絶なものだったらしい。
「たまたま海上で『自主訓練』中だった一人の生徒を残して、全滅したであろう」と言うのが日本政府の発表であり、「事故に巻き込まれた久城 澪は無事である」と言うのが、円卓の騎士日本支部の言い分だった。
結局は円卓の騎士の言い分が正しかったことは、目の前の現実を見れば一目瞭然であった。
事故の状況を見た彼らは、日本政府の発表の方が正であるだろうと踏んでいたのだが、予想を外された形だ。
不死身という触れ込みに偽りなしと言うことらしい。
「そうだねぇ。不死身と言う触れ込みに嘘はなかったってことカナ?まぁ、しばらく、こうやって表舞台に出てくることはなかったのも事実だからね。もしかしたら、どちらも嘘はついていないのかもネ?」
男は含み笑いを浮かべながら、興味深そうに灰とかした不信船舶がいた海域を見つめている。
彼がこう言う表情で意味深なことを言う時は、内容を訊ねてもはぐらかされてまともな回答が返ってこないことを知っている彼女は、代わりに別な事を訊ねることにした。
「どこから打ったのでしょう?彼女は、広範囲を近く範囲に収めることはできるものの、長距離における狙撃は苦手としていたはずです。あれ程正確で強力な一撃を与えるには、少なくとも我々から見える範囲にはいる必要があると思うのですが……?」
彼らが今居るのは、日本にある学術研究都市の中で最大の規模を誇る狡神市。その中で、最高級のホテルであるリーガカールトンホテルの屋上へリポートであった。
もちろん彼らは、今しがた灰になった望まれぬ客人とは違って、キチンと国の許可を得て入国・滞在している。
――覗き見までは許可されて居るわけではないが。
仮に、抗議を受けたところで、偶然居合わせただけだと言い張るだけだが。
リーガカールトンホテルは、凱園学園にある、スカイデッキについで高い建物だ。
その屋上ともなると、狡神市の殆どを視界に収めることができる。視覚を強化すればなおさらだ。それでも限度はあるが、狡神市全域程度であれば、人のひとりひとりを判別することも可能だろう。
そんな彼らの位置から見ることができない位置からの狙撃となると、市外もしくは、このホテルの中くらいしかない。
そして、たとえこのホテルの中からであったとしても、狙撃は難しい距離だろう。
《能力》で影響を及ぼせる範囲は、強力な能力者であれば、数キロに及ぶ。
しかし、射程範囲と有効射程範囲は違う。
まともな殺傷力を持って、《能力》を寸分違わぬ場所へ放つとなると、有視界範囲でないと厳しいだろう。
たとえ、《能力》で視力を強化したところで、心が遠いと感じてしまえば、有効射程範囲からは外れてしまう。
「あの船団の、頭上からだネ。透明化してたから、僕も見えたわけじゃないけどサ」
「なるほど、あの『最強』も出てきていたのですね。珍しいですね、彼が円卓の騎士の仕事を手伝うのは。いつもは、妹に任せっきりだと聞いていましたが」
「いや、そんなことはないヨ。そう言う噂を流して居るだけサ。今回だって、我々が見ていなければ、出動していないことになっていただろうしネ。一応この国は、不戦を貫いている体だから、ああいう荒っぽい出来事はすべてのなかったことになるのさ。中華連邦自体もやっていることは後ろめたい事だから、日本から何か言わない限りはお互いになかった事になると言うわけサ」
「なるほど、腰抜けと思われている国が、その実、牙を隠して居ると言う事ですか」
先の戦争でも、この国は専守防衛を貫き通していた。
難しいと言われる防戦で一切の被害を出さず、護り通した事はある意味で、第三次対戦の伝説となっている。
その事を思い起こしながら、彼女は頷いた。
「まぁ、表向きはどちらも円卓の騎士とは無関係の一般学生だと言う事は、キミも忘れないでくれヨ?情報が漏れたりしたら、いろいろと面倒な事になるからネ。何より、彼らは我々にとって重要な戦力だ。たとえほんの数年間であったとしても、失うのは痛い」
「はい、肝に命じます」
「しかし、本当に最強なのかなぁ。別に彼が自称しているわけじゃないけど、日本支部が勝手に言っている事だからネェ。実際のところどうなのか、キミも知りたくないカイ?」
先ほどまでの、達観した雰囲気は消し飛び急に子供染みた表情を浮かべながら、女に問いかける。
「お戯れも程々になさいますよう。我々が彼らにちょっかいを出したなら、即刻日本支部だけでなく、円卓の騎士全体から抗議を受ける事になります」
「そうだねぇ、僕が本気で彼を試したりしたら、うっかり国際問題だしね。国際問題は嫌だよねぇ。流石にさぁ。まぁ、しばらくここには滞在する事だし、ここにいる間に何か考えるとするヨ。その時は――」
「はい、私はスティーブン様の剣として、その時は全力でお手伝いいたします」
彼女のそのセリフを聞いて、彼は、満足そうに頷いたのだった。




