転校偏 第04章 第09話 エピローグ
「せっかく張り切って、優勝したのによぉ。何とも、お粗末な結果だぜ」
文弥は、無駄に広くなった自室で一人ぼやいていた。
新入生対抗戦の結果は、一位がチーム久城。二位があのバスターソード使いが居るチーム。三位が一誠達のチームという結果となった。
三人のチームで三位という成績は、大いに二組である凛々子や恵美の評価を上げる結果となった。
優勝して、専用器を獲得するという目標は達成できなかったものの、元の期待値からすれば、偉業を成し遂げたと言える。
新入生対抗戦が、チーム久城の優勝で終わったその日のうちに、文弥は、澪を剴園高校へ入学させてくれというお願いと、国に回収されたであろう、澪の専用器であるブリューナクを希望した。
しかしながら、翌日学校から帰ってきた回答は、両方に対して、「両方実現不可能のため、再度希望の景品を選び直すこと」
という答えだった。
ブリューナクは、円卓の騎士から打診があり、現在円卓の騎士が所有しているらしい。
恐らくは、文弥達の戸籍上の父親の差し金だろう。
これはまぁいい。
しかるべき時に、ブリューナクが澪の手に渡ればそれでいいし、どのみち、クラウ・ソラスと双璧をなす高レベルな専用器である、ブリューナクを扱えるのは澪以外にいないのだから。
澪を剴園高校に入学させる件は、担任である奥村を通して、学校に抗議をしたが、受け入れてはもらえなかった。
仕方が無いので、スイートルームへの一年間移住権だけを受け取って、あともう一つの賞品の選択は、しばらく待ってもらうことにした。
奥村曰く、
「別にいつまでに決めなきゃいけないってルールもないので、卒業するまでに決めてくれればそれでいいですよ」
ということだった。
そういうことなら、「再度引っ越すのが面倒なので、来年までにスイートルームの在住権を再獲得出来なかった場合に、それを願い出ればいいか」くらいに考えていた。
実際は、移住権の獲得は非常に難しいものの、住み続ける為のハードルは低いため、そんなことに願いを使うことにはならないのだが、剴園高校の世情に疎い文弥には、それを知るべくもない。
ひとつなぎの部屋とは、まさにそのままで、学生寮の最上階。
まるまるワンフロアを使った、無駄に広い部屋だ。エレベーターも専用エレベーターを使用する。
と言っても、今までの個室はシャワーブースだけだったのに対し、ちゃんとした―と言うにはしすぎているほどの浴室が合ったり、リビングが無駄に広かったり、キッチンがあったり……と言うように、通常の部屋にはない施設があったり、無駄に客間がたくさんあったりで、ただっ広い感は少ない。
確認したところによると、客間には、自由に人を泊めて構わないらしい。ここに住むことになるような、上位成績者には必要不可欠だ。と、そのように説明を受けたが、いまいちその実感はない。
文弥は、その中でも、リビングに次いで広い部屋を自室にすることに決め、キングサイズより大きくなったベッドに大の字に寝転んでいた。
もとより、バック一つで引っ越してきた身だ。引っ越し作業など必要も無い。
多少買い足した日用品や衣類も、段ボール二つ程に収まり、さっさと運んで、適当にしまい込んでしまった。
狭い部屋から広い部屋への引っ越しだ。収納スペースが余ることはあっても、足りないことはない。
無駄に広いせいで、あちこち移動して物を収納しなければならなかったが、そこは通常の手法とは違えど、瞬間転移の能力を持つ文弥だ。ここぞとばかりに《能力》を駆使して、移動時間を短縮し、三十分もかからずに引っ越しを完了させたため、すでに部屋はきれいに整頓されている。
「こんな広さいらないだろ。部屋とか余りまくってるしよ……」
昨今のホテルの、スイートルームで、ワンフロアまるまる使用している事は珍しい。
この学生寮もその体だろうと、たかをくくっていたのが間違いだった。
しかしながら、手に入れてしまった物は仕方が無い。
「あー、とりあえず、アブシリーズでも全部そろえるか……普通なら置き場所が無い奴とかも置けるだろう」
と、自らの腹筋の行く末について思案していると、唐突にチャイムが鳴った。いつもとは違う、玄関口からの呼び出しチャイムだ。生徒は基本的に、男子寮へは自由に入ることが出来るため、住民に用があるときは部屋の前のチャイムを使う。
しかし、スイートルームだけは違う。
直通エレベーターを開けたらノーガードで部屋であるため、今までとは違い、誰であろうともエレベーター前でチャイムを鳴らすしかない。
部屋の壁面に備え付けられているテレビを見ると、来客の姿が大画面に映し出されていた。
チーム久城の面々と、奥村教諭だった。
「こんにちは、久城くん。スイートルーム引っ越しについて、説明が漏れていることがありましたので、再説明に来ました」
と、奥村が言う後ろで、優羽と伊織が手を振っている。
文寧は、相変わらず感情の薄い顔でぼーっとしてる。
恐らく、優羽達は引越祝いにでも来てくれたのだろうと、そう判断し、文弥は入室を許可した。
「みんな、紅茶でいいか?」
「アヤさんは、カフェオレがいいです」
「私は、紅茶で大丈夫だよ」
「うん。紅茶でへーき」
「私も、紅茶で大丈夫です」
人数分のドリンクを、室内備え付けの無料の自動販売機から取り出し、全員に配り終えると、自分も紅茶のスクリューキャップを切った。
「あれ?今日はコーヒーじゃないの?」
優羽の言葉に文弥は首を縦に振ると、
「ああ、缶コーヒーはあまり好きじゃないんだ。保管状態によってどうにもならなくなることが多いからな。アレは」
缶の成分が溶け出したかのような、嘔吐きそうなあの味を思い出してしまい、嫌な気持ちになるが、ペットボトル紅茶独特の甘さでもって、それを洗い流した。
全員が、のどを潤し一呼吸ついた後、奥村が唐突に切り出した。
「で、漏れていた説明なんですが……それを説明する前に、三雲さんの、新入生対抗戦の景品についてお話しする必要があります」
「それなら知っている。一つは、専用器。一つは学校へ何か頼み事が出来る権利だったんだろ?両方とも中身は知らないが、何を選んだかは知っている。
俺と違って、願いが聞き入れられたこともな」
後半は、恨み節だ。奥村は、それを咳払い一つでごまかし説明を続けた。
「こほん。それで言うと二つ目の、学校へお願いできる権利ですね。
三雲さんの願いは、『兄さんと一緒に暮らしたい』でした。
さすがに狭い通常の個室では不可能な願いで、却下されそうになりましたが、久城くんがスイートルームに引っ越すことになったので、それも可能となりました。ここは通常の個室より広い客間もたくさんありますから、そこに住んでもらう形にすれば問題ありませんし」
年頃の男女が、同じ部屋に住むというのは、いささか問題があるとは思うが、ちょっとした豪邸並みの広さを誇る専有面積だ。
部屋の一つや二つ貸したところで問題は無いだろう。
ふと文寧を見ると、表情自体は変わらないが、瞳は不安で揺れている。
離れて暮らしていた期間が長すぎて、色々こじらせてしまったのだろう。
文弥とて、文寧が(むろん妹として)可愛くないわけではないので、学校が許したのであれば、願いを叶えてあげるのはやぶさかではない。
まぁ、兄妹でなくとも、許可は出ただろうが。
体面上は、間違いが起こらないようにするのが、学校の本分だが、《能力》は遺伝するという性質を持つため、強力な《能力保持者》を作り出すには、強力な《能力保持者》達を、人道に則った形でくっつけるのが、昨今の先進国のあり方だ。
後天的に《能力》が発現することもあるが、そのためには、ある程度精神的に負荷を与え続ける必要があるし、たいていの場合は、《能力》が発現する前に、人として壊れてしまう。
たとえ壊れなかったとしても、必ず《能力》が発現するとは限らない。
それよりは、《能力保持者》同士の婚姻を奨励した方が効率的と言える。
金鵄教導の人造能力保持者作成計画は、国営ではなくあくまで私営であったために可能な、非人道的な研究だった。
実験体となる人間の方も、それを望んで実験対に志願した者ばかりだったし、度が過ぎると言われるほどの秘密主義のおかげで、その事実は伏せられ続けていたが。
「ああ、分かった。また、一緒に暮らそう」
文弥は、そう言って文寧に笑いかけた。
文寧はそれを聞いてほっとしたような表情で、
「兄さんありがとうございます。断られたらどうしようかと思っていました。優羽も伊織もありがとうございます。アヤさんのわがままで、優勝まで付き合ってもらって……」
と、謝辞を述べた。
――なるほど。
何か企んでいるとは、うすうす気がついていたが、こういう事かと文弥は、彼女達の可愛い企みに、内心ほほえましさを覚えていた。
久城研璽の企みの薄汚さから考えると、何とも優しい企みだった。
ふと、優羽を見るとなにやら悩んでいる様子だ。
一瞬思い詰めたような、表情を作った後、おもむろに「はい!先生!」と、右手を挙げた。
「はい、佐伯さん。どうしましたか?」
「私も、お世話係として文弥くんと暮らします!私の学校へのお願いはそれでお願いします!」
これにはさすがの文弥も驚いたが、とりあえずのなりゆきを見守ることにした。
文寧は、驚きのあまり声を失い、伊織はにやにやと成り行きを見守っている。
「ここの、客間は久城くん自由に貸し与えることが出来ますので、久城くんさえ許可すれば、学校からは別段何も言うことはないと思います。お願いの行使もあったことですし」
と、これが、奥村―ひいては学校の見解だった。
すらすらと出てきたと言うことは、あらかじめ予想されていたのか、過去にも同じようなことがあったのか……そのどちらかだろう。
文弥にとってはどちらでもよかったが……
「お世話係って……もうだいぶ慣れたから、お世話係はお役御免なんじゃねーのか?」
言って、優羽をみると、目を潤ませてじっとこちらを見ている。
別れ際のカップルのような、お願い事をしている子供のような。
本人は計算してやっているわけではないのが、たちが悪い。
「……好きにしろ。ただし、俺の生活を乱すようなことだけはするなよ。気を使ったりしないからな」
結局、文弥が折れることにした。
後半は捨て台詞っぽくなったし、文寧は恨めしそうににらんできていたが。
「じゃー私は、中学時代のルームメイトと、また同じ部屋に住みたいって願いかなー」
そして、伊織も悪のりを始めた。
もう、一人も二人も一緒だろうし、優羽はよくて、伊織はだめというわけにもいかないだろう。
「――夜ばいされる覚悟のある奴だけ、住むといい」
だんだん、投げやりだ。
「ああそれと――」
「まだあんのかよ」
文弥はうんざりしたように、奥村に返す。
「はい。これで最後です。明日から、新しい転校生が一組に来ます。その転校生が住む場所が……
この部屋となります。
これは、円卓の騎士からの強い要望でして……」
と、奥村が言った途端、入り口のチャイムが鳴る。
テレビを確認すると、そこには、大きな旅行鞄を転がした澪の姿があった。
――なるほど。ますます、騒々しい日々が続きそうだ。
そう、独りごちる。しかし、少しも悪い気分はしないのだった。
これからまた同じ学校に通うことになる、もう一人の妹にもこの悪くない気分を味わわせてやりたいと、文弥は改めて思うのだった。
一応この話で転校編は終了となります。
どこかの前書きで書いたとおり、短編をいくつか書いて、転校編の裏側の事件をかければいいなぁと思っています。
盛夏戦を掲載しながら、短編を書くか、その辺はまだ決めていませんが、書きため分がなくなってしまったので、次回、盛夏戦編までは、しばらくお時間をいただく予定です。一週間か二週間以内には、シリーズ再開できると思います。
お気に入りに入れておいていただければ、盛夏戦編が始まった際には通知が行くと思われます。
よろしければ、ご意見ご感想の程、よろしくお願いします。




