転校偏 第04章 第08話 本戦終了
剣閃が奔る。躱すごとに、そして、交わすごとに疾くなるその剣は、観客を魅了する。
その剣閃の主―文弥は、現在クラウ・ソラスを使用してはいない。
生半可な、汎用器ではクラウ・ソラスの一撃を受け止めただけで、汎用器ごと断ち切られてしまう。
強化系統《能力》で、汎用器を保管していたとしてもそれは同じだ。
そのため、文弥も汎用器を使う。
わざわざ文弥がこんな回りくどいことをしているのには、訳があった。
二回戦が終わった後、二時間ほどの休憩を命じられたチーム久城の元へ、どこへ行っていたのか、剴園高校の外から戻ってきた奥村が、文弥にアドバイスをしに来たのだ。
曰く、
「久城くんの専用器は強力だけど、そればっかり使って勝ってると、専用器が強いのであって、久城くん自身は大したこと無いんじゃないか?って思われちゃうと思うの。
だから、これからの新入生対抗戦では、汎用器か《能力》だけで戦った方が成績的に良くなるんじゃないかなーという先生からのアドバイスでした」
強力な専用器は、それ自体が意思を持ち、それを使用するに足る人材でなければ使用できない。
強力な専用器を扱えると言うことこそが、強者の証明になる。金鵄教導だけではなく、円卓の騎士でも同じ見解のはずだ。
文弥はそのことを、奥村に伝えたが、
「専用器自体が、あまり《能力保持者》に広まってないから、それを知ろうって人も少なくて、事実を知らずに勝手なこと言ったり、想像する人が多いんだよ。残念なことに」
珍しく(とは失礼だが)、教師らしいセリフを言われてしまっては、文弥としても従わざるを得ない。
無駄に好成績を取ると、盛夏戦に出ることになり、夏休みが潰される事になるのだとしても。
繰り返すが、最も戦闘に―特に白兵戦に向いている系統は強化系統であり、最も人数が多い系統も強化系統だ。
人数が多い故に、その分だけ泡沫の《能力保持者》も多く、平均では最弱の能力だ。
文弥の剣閃を受け止めるのは、まさに強化系統。しかも一組所属の、『強力な』という枕詞をつけても、遜色のない《能力》を持っている、《能力保持者》だ。
一組の。それも、入試成績はさほど目立ってよい成績を残している生徒ではなかった。
しかし、事が戦闘となると話は変わるようだ。
速度ベクトルを強化、それに耐えきれるように、筋力、血管、皮膚、骨組織に至るまで強化。
身の回りの、空気の分子間力を強化し、直撃を受けてもダメージを受けない。
そしてその空気の壁はそのまま強力な武器になる。攻防一体の技。
それで以て、相手の武器は大剣だ。大の男の身の丈以上もあるバスターソード。それを、強化された筋肉と、ベクトル強化で軽々ぶん回す。
予選では、その速度と大剣の威力によって、下位クラスの面々が逃走の作戦に出る前に切って伏せていた、強力な白兵だ。
武器を使用しての戦闘技能だけなら、学年一位の文寧すらも圧倒できるかもしれない。
入試項目に、武器化と、武器化した汎用器による戦闘技能があったなら、彼はもう少し入試成績がよかっただろう。
それでも、一組に入学できているのだから十分だとは思うが。
そんな相手を、文弥は《能力》を使用せず、純粋な剣技のみであしらい続ける。
バスターソードに対して、片手剣。細剣ほどの弱々しさはないが、それでも、バスターソードと比べれば、見た目は貧弱だ。
しかし全くその差を感じさせず、まさに威風堂々、真っ向から切り結ぶ。
技を使わず、基本動作に終始するのであれば、《能力》による肉体強化は必要ない。
そして、速度は力。筋力ではなく、技の昇華によって速度を生み出す文弥の剣は、知覚外の速度で以て振り回されるバスターソードをいなし、はじく。
剣速が伸びる前は、互角に斬り合っているように見えたが、はじく度、疾くなる絶刀剣舞は、その手数で以てバスターソード使いを圧倒していく。
そして速度は力。完全なる固定ではなく、分子間力を強化しているだけに過ぎない、空気の鎧は、より強い力によって切り裂かれる。
たとえばクラウ・ソラスであれば、そんな空気の鎧など存在しないかの様に敵ごと切り伏せるだろう。
そしてそれは、視力を強化しても、目で追うことすら難しい程に加速された、剣でも同じ。とうに音速は超えているはずだが、剣で音速の壁を切り裂いているからか、衝撃波も起こらないし、破砕音も聞こえない。
それほどまでに研ぎ澄まされ、加速された剣であるならば、強力ではあってもまだ未熟な空気の鎧では耐えることは難しいだろう。
「ぬうがぁ!」
気合い一発。バスターソードを振るう。見え見えの一撃だが、多少なりとも牽制できよう。恐らくはまた弾かれて、さらに速くなった剣をたたきつけられるのだろう。
――その予測は、裏切られることになる。
文弥の剣によって、バスターソードが断ち切られたのだ。
試合開始から、すでに何十合と合わせた剣。そのすべてが、バスターソードの一点のみを狙ったものだった。
ただただ正確に一点だけを狙いながら、剣速を上げていくその文弥の剣技の冴えに気がついたときには、武器は折られ、返す剣で血だまりに沈められていた。
それでも、彼は誇らなければならない。
空気の鎧がなかったのなら、上半身と下半身がつながっていることなど無かったのだから。
対戦相手が、無事に離脱したのを確認すると、文弥は他のチームの面々をサポートするべく、周りに気を張り巡らせた。
今回のフィールドは、森林。
身を潜める場所には事を欠かないが、対戦相手も、チーム久城も、こそこそ隠れるよりは、ガンガンぶつかって戦うのが身上だった。
敵の作戦も、こちらの作戦も各個撃破だったのが災いして、お互いの戦闘場所からは離れてしまっている。
「ちょっと時間かかっちまったな」
先ほどまで戦っていた、バスターソード使いを思う。
あのレベルがそろっているなら、色々面倒だろう。
それでも、やられる事は無いだろうが、苦戦はするかもしれない。
しかしそれは、取り越し苦労だとすぐに分かった。
戦闘を行っていた箇所から、敵の気配が次々と消えていく。
恐らくは、戦闘が終了し離脱させられたのだろう。
そしてまもなく、チーム久城の勝利アナウンスが行われ、フィールドから剴園高校へ転送させられた。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
五回戦。全勝で迎えたこの試合に勝てば、優勝となる。
対する相手チームはすでに分かっている。
そちらも、全勝チームだからだ。
そう、一誠達のチームだ。
結局は人数を増やさず、三人で本戦出場した彼等は、多少危ないところもあったが、無事全勝。同じく優勝に王手をかけた。
優勝決定戦の火蓋が、今切って落とされた。
「戦いたくねー」
一誠はぼやいていた。ぼやきというか、叫びだ。猛ダッシュしているため、声にはドップラー効果がかかっている。
どう未来視しても、痛い目に遭う未来しか見えてこないのだ。
(だれだよ、あいつの《可能性の自分》は一気に集団殲滅させる様な《能力》じゃないって言ったのは……)
そう言ったのは、自分だったのだが、今はすべてを棚に上げてぼやく。
少し考えれば、分かりそうなものだ。
瞬間移動したとき、服も一緒に転移していた。
つまり、自分が自分だと認識しているものに対して、《能力》が発動するのだ。
空間そのものを自分だと認識することが出来るのならば、恐ろしい未来が待っている。
そして、一誠はその未来を可能性の一つとして見てしまった。
「くそっ!」
毒づきながら、正確な狙いで、文弥を狙い撃つ。
セミオートで一気にはき出された銃弾は、寸分違わず文弥の転送チップに向かって飛んでいく。
ただそれだけ。
文弥は一切身を守るそぶりすらせず、弾は直撃しているはずなのに、転送チップを砕くどころか、文弥を傷つけることすら出来ない。
伊織が生み出した盾なのか、それとも文弥の能力なのか。それは分からないが、一つだけ分かることは、この銃弾では全く効果が無いと言うことだった。
打ち止めになったところで、一度IDカードの状態へ戻し、もう一度武器化する。
これで、再度弾が込められるが、恐らくこの銃弾では意味が無いだろう。
銃弾自身も、汎用器が作り出すため、誰でも使用できるというメリットはあるが、その分威力も一定だ。敵に合わせて、威力を上げる等と言った芸当は出来ない。
元々勝つ未来が一切見えない相手だ。
精々足掻いてやろうと決めて、戦闘に挑んだが……
「無理ゲー過ぎるだろ!まだ、武器化もしてねーし、《能力》もまともに使ってきてねーってのに、もうつんでるんだからよ!」
半ばやけになりながら、二丁同時にフルバースト。
一誠とて、ただ闇雲に逃げているわけではない。
(ここを曲がりきれば……)
フィールドは巨大な歓楽街。
入り組んだビルの街を、右へ左へ曲がりながら逃げる。
一誠はすでに息も絶え絶えだが、その後ろをついてくる文弥は、鼻歌でも歌うように速度を変えず涼しい顔でついてくる。
だがその余裕こそが命取り。
(悪く思うなよ!文弥!)
一誠を追いかけ、同じように文弥が曲がり角を曲がった瞬間――
突然地面が陥没し、大爆発が文弥を包んだ。予選で、文寧や伊織がやっていたものとは比べものにならないほどの高威力。
それだけではなく、左右からビルが文弥の居た地点めがけて倒れたのだ。
ど派手な歓楽街が突然廃墟へと化した。普通の、《能力保持者》相手には、明らかに過剰攻撃だ。
先んじて、凛々子が用意していた罠だった。
罠が出来るまで、時間を稼ぎ、文弥をここへ誘導するのが、一誠の役目。
対する相手は、凛々子と恵美の捜索および殲滅に、文寧と優羽が。
一誠の殲滅に、文弥と伊織がと二手に分かれていた。
文弥が先頭に立って一誠を追いかけ、伊織がそれを補助する作戦のようだった。
凛々子と、恵美は、すでにリタイアさせられている。
それでも、しっかりと罠は残して行ってくれていた。
文弥が防げるのは、他人の《能力》もしくは、《補助器》による攻撃。
それ以外の攻撃は防げないはずだ……
一誠は、未来を見ずにいた。
絶望に捕らわれるだろうから。一誠は分かってしまう。何度も、《未来視力》で戦闘シミュレーションした一誠には、この程度で文弥がやられるはずがないと言うことが分かってしまう。
ふと胸元を見ると、ついていたはずの転送チップが存在しなかった。
転送の光に包まれながら、最期に一誠が見たものは、がれき山の頂上で、埃一つついていないきれいな姿の文弥が、不敵に一誠を見下ろして居るところだった。
―――ああ、痛い思いしなくてよかったー