転校偏 第04章 第07話 本戦開催
転送の光がフィールドを満たす。
予選の時より明らかに強いその光は、本戦になって仕様が変わったのだろうか?
それとも……?
その過剰光は、とある一チームにだけ、起こっている現象だった。
観客は、そして実行委員の面々は、予選と同じく何者かの横槍が入ったのだと推測していた。
――彼らは、すでに事件が解決していることを知らない。
はたして、その過剰光が収まった後には、何もなかった。
何も。
である。通常であれば、転送され姿を現すはずの一年生チームの姿が現れない。
対戦チームは正常に転送されてきているが、もう片方のチームが待てど暮らせど姿を見せないのだ。
待つことしばし、観客が首をかしげ、そして正常に転移されてきた対戦チームが、己が身に降りかかった異常に気がつく前に雌雄は決した。
大会ルール、離脱条件の項
・転送チップが体から離れて、60秒を経過する
のルールが適応された結果である。
正常に転移されてきたチームの全員が、いつの間にかチップを失い離脱させられたのだ。
そして、その離脱を確認するかのように、いっこうに姿を見せていない勝った、チーム久城の姿が現れた。
チームリーダーたる、久城 文弥の手には、四つの転送チップが握られていた。
種明かしは簡単だ。
転送完了と共に、転送光に紛れてクラウ・ソラスを解放し、チームメイト全員を透明化。
文弥自体は、《Alter Position》で、相手チームの転送チップを抜き取る。
という至極単純な作戦だ。
転送チップは戦闘服にしっかりと取り付けてあり、気づかれないように抜き取る事など通常では不可能だ。
文弥の《可能性の自分》を澪は、『自分自身を思い通りに書き換える能力』と評していたが、その実それは誤りである。
より正確には、『自分自身と認識しているものを思い通りに書き換える能力』だ。
この違いは、大きい。もし書き換える対象が自分自身のみであるならば、文弥は《Alter Position》を使用しただけで、服が脱げてすっぽんぽんになってしまう。
服を自分自身と認識して、《能力》の効果範囲に入れているため、衣服ごと転移可能なのだ。
自らの深層意識をうまく騙すことが出来れば、触れているモノであればすべてその効果範囲に入れることが出来る。
ただし、他人という壁はとても高く、今の文弥では自分以外の生物を、その《能力》の対象に入れることは出来ない。
しかしながら、他人が堂々とさらしているバッチ程度であれば、衣服と同様に転移可能というわけだ。
種明かしは簡単だが、それを受けた対戦相手も、それを観戦していたオーディエンスも、何が起こったか分からないままの集結となった。
余談となるが、後々ビデオ検証され、その方法が明らかになった時、誰にも気付かれずそれを実行した文弥に、賞賛が集まるのだが、それはまた別の話である。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
本戦一回戦は、不意打ちによって一瞬で片がついた。
恐ろしく高度なモノではあり、後々賞賛されるモノであったとしても、一誠であるならばともかく、未来視の出来ない文弥は、地味すぎる結果に若干悔悛をしていた。
趣味の悪い話だが、エンターテインメントでもあるはずの新入生対抗戦においては、派手な戦いぶりが期待される。
強力な《能力保持者》達は、魅せる戦いの演出もここでは義務なのだ。
そんなことはさすがに、明言はされていないが。
とはいえ、文弥の《能力》は強力ではあるものの、見た目的には非常に地味だ。
「まー要するにあれだ。次は派手にぶっ飛ばせばいいんだろ?」
地味すぎる結果に、仲間達から小言をもらった文弥が面倒くさそうにぼやく。
確かに予選では、海を割ったり、血祭りに上げたり、爆発爆発大爆発といった感じだった。
伊織は、自身の戦闘も派手とは言い切れないモノだったため、強くは言ってこないが、それ以外の二人はそうではなかった。
「派手にぶっ飛ばすって……文弥くん一体どうする気……?」
「まぁ、たまには、クラウ・ソラスをまともに使ってやろうかと思ってな。俺の、《能力》と併用してよ」
そう言って文弥は不敵に笑った。
「兄さん。派手というの、必殺技の名前とか叫びながら、ドカーンと爆発するような奴じゃないとだめだと、アヤさんは思います」
「爆発はするかもしれんけど、必殺技の名前とかは無いな」
「《能力》使うときに唱えてる呪文みたいなのでいいんじゃない?」
と伊織が助け船を出すが……
「アレは、別に好きで唱えてるわけじゃないからな。っと、まぁこの話はいいや。必殺技の名前な。まぁ、適当に考えとくわ」
後半はおざなりに言ったところで、チーム久城の面々を転送の光が包み込んだ。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
転送の光が収まると、そこは剴園高校の演習場だった。
より正確には、剴園高校の演習場を模したフィールドと言うことだろう。
それ単体で、野球場ほどの広さを誇るため戦闘空間としては十分過ぎる。
そして、今は観客席に誰もいないため、おそらくは観客席でも戦闘行為は可能だろう。
先ほどの戦闘結果をどこからか聞いたのか、相手チームは自らの転送チップをしっかり手で覆いながら、こちらを観察している。
確かにアレならば、文弥といえども気付かれずに抜き取る事は難しいだろう。気付かれてもよければ……たとえば、砕いてしまってもよければ、いくらでも手はあるが。
「大丈夫だ。派手に行くって約束したからな」
そう言って文弥は、クラウ・ソラスを取り出した。
(うーん。いつも思うんだけど、あの剣どっから出してるんだろ?)
優羽は、その姿を見ながら毎度の如く浮かび上がる疑問を、頭を振って追い出した。今は戦闘中なのだ。
――たとえ、三回戦目までは手出ししない約束をしていたとしても。
そうしている内に、文弥の左手―つまり、クラウ・ソラスを持っていない方の手が、ぼんやりと、しかし神々しく光り始めた。
弱い光ではない。あたりに光をまき散らさずむしろ凝縮したような。そんな光。
敵チームは、予選を見る限りでは珍しく、真っ向勝負するタイプのチームらしく、それぞれが武器化をおこなったり、《能力》を発動し、挑みかかってくる。
文弥は、それを見ても不敵な笑みは崩さず――
「じゃあ行くぜ……
―――ねこぱーんち」
(うわー)
あまりにおざなりなかけ声に、優羽はうっかり肩を落としそうになったが、それを堪えるのに、力は必要なかった。
かけ声こそおざなりだったが、威力はすさまじかった。
音速を遙かに超えて突き出された拳が、衝撃波を生む。
文弥の《能力》によって、指向性を持たされたそれは敵だけを蹂躙する。
それだけではない、光を凝縮させ、プラズマと化したのだろう。同じく指向性をもったプラズマが、衝撃波に相乗するように覆い被さり、混ざり合って、敵を喰らう。
獰猛な獅子や、虎のように。
優羽はそれを後ろから見ていたため、気がつくことは出来なかったが、観客視点―つまり横から見た場合は、敵の正面から見た場合は少し趣が違う技となる。
プラズマと衝撃波は文弥の能力によって、まさに虎のような姿をしていたのだった。
それは、白虎の如く美しく、気高い姿。
(虎も、まぁ猫と言えば……猫なのかな?)
まさに、『派手なぶっ飛ばし方』だ。一回戦目は不完全燃焼だった、観客もこれには満足したようだった。
おざなりなかけ声には、ついぞ誰も触れなかった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
三回戦目。
文弥が一人で戦う約束をしている、最後の戦いとなる。
これ以降は、全員で力を合わせて戦うことになる。
優羽達にとっては、学校の試合とはいえど、ようやくつかみ取った肩を並べて戦う権利と言うことになる。
文弥にとっては、別に彼女達と肩を並べて戦うのが嫌というわけではなく、最善手を尽くした結果が偶々そうだったというだけの為、彼女達の心中を慮る事はできない。
フィールドは、公園だった。
狡神市の海浜公園のようなモノではなく、遊具がおいてあるような児童公園だ。
今までのフィールドと比べれば、ずいぶんと手狭な感じは否めない。
相手チームは探すまでもなく、ほぼ目の前という距離にいた。
文弥がクラウ・ソラスを抜き放つと、その目の前の敵は、いきなり仲間割れを始めた。
お互いの転送チップをつぶし合い始めたのだ。
クラウ・ソラスの能力《幻想》で、軽い暗示をかけた結果だ。
お互いの転送チップをつぶし合えと。
久城研璽が行ったような、恒久的な洗脳ではなく、転送バッチが砕かれると同時に暗示も壊れるように仕掛けてある。
この柔軟さが、《支配》とは一線を画すところである。
かくして、敵チームは、一人減り、二人減り、三人減って、残すところ一人となってしまった。
同士討ちで、全員退場してくれるのが一番よかったのだが、世の中はそううまく出来てはいないらしい。
「こねこぱーんち」
再びのおざなりなかけ声というよりは、むしろセリフと共に繰り出されたのは、音速を超える拳ではなく、これまたおざなりに繰り出された左手だった。
本来なら、拳を握る必要性すらない技なのだが、技を『ぱんち』にしてしまったため、加えた動作だった。
至極どうでもいい理由で、繰り出された拳だったが、放たれた技は先ほどと比べると威力は劣るものの、それでも敵一人を屠るのには、十分過ぎるほどの威力だった。
衝撃波を纏わない、プラズマだけの虎。
それは、敵チームの残り一人を食い散らかすと、静かに消滅した。
作戦と、力業を併せ持った、文弥のサービス精神光る試合だった。
敵相手に暗示をかけるのも、十分過ぎるほどの力業だと言うことは、棚に置いておく。




