転校偏 第04章 第06話 幕間・本戦直前
新入生対抗戦。本戦。
予選で三十二チームまで絞り込まれた、勇士達の戦いの火ぶたがまもなく切って落とされる。
予選より高レベルな戦いが期待される本戦は、ただでさえ高かった予選と比べても観戦率が高い。
一般公開はされていないものの、各寮のテレビに中継される為、わざわざ観戦に来ることなくテレビで観戦可能だ。
さらには、予選で敗退した一年生も自室なり、学校の中継モニターなりで観戦する為、なおのこと観戦人数が多くなる。
関係者のみだが、すでに娯楽と化している新入生対抗戦。その本戦は今年も、選手、観客共に大きな盛り上がりを見せていた。
そして現在。予選の時と同じく、いやそれ以上に景気よく昼花火が上がり、戦い前の狼煙となっている。
天気は曇天。予選時のような、快晴ではないものの、湿度は低くそれに比例して不快指数も低い。
どうやら、今年は空梅雨のようだ。と、文弥は鰾膠も無いことを考えていた。
《大いなる厄災》以降、こうした気候の異常は珍しくない。そもそもにおいて、ほんの数十年ほど前までは、世界全域で寒冷化し気温が著しく下がっていたのだ。梅雨の始まりが少し遅れた程度では、異常気象として数えもされない。
予選は、文弥以外のメンバーが個人技能と、コンビネーションを文弥にアピールするための戦いだったと言える。
それを、それを行った本人達も、それを受けた文弥も、その事実を正確に受け止めているとは言えなかったが。
もとより文弥は、この新入生対抗戦に対してあまり乗り気ではなかった。
景品の中に別段欲しいものがなかったのが一つ。通常であれば、何はなくとも専用器を手に入れるという方法でやる気を出すのだろうが、彼はすでに専用器を所持している。
そしてもう一つは、新入生対抗戦が盛夏戦の選考も兼ねている点だった。
まだ転校したてであるため、剴園高校に対する帰属意識が低い文弥は、せっかくの夏期休暇をつぶされることになるだろう盛夏戦への出場権に、何の魅力も感じないどころか、むしろ面倒だとさえ思っていた。
選考されてしまったが最期、断れないというのも難儀な点だった。
しかし、ここ本戦直前にして文弥には欲しいものが一つ出来ていた。
――『学校に対して一つだけお願いができる権利』
入学式前に退学した、あの《赤》と《青》の代わりに文弥が入学することになった。
それとは別に、あともう一人分枠があるはずである。
そこに彼女をねじ込む。
今もどこかで、彼をストーキングしているはずの、血のつながらないもう一人の妹。
すなわち、澪を。
文弥は、あの別れ際に澪が見せた寂しそうな表情を見てしまった。
そして、何とかしてやりたいと、そう思ってしまった。
放っておくと、またぞろ面倒なことになりそうだという、確信めいた予感もあったが、やはり血はつながっていないとはいえ、文寧と負けないくらい同じ時間を過ごしてきた妹だ。あんな顔をされてしまっては、何とかしてやりたいと、掛け値なしで思う。
金鵄教導はなくなった為、どの道どこかの高校へ転校しなければならないはずだ。
妹とは言っても、血のつながりがあるわけでもなく、学年も一緒だ。どうせなら、金鵄教導へ呼んだ方が色々都合もいいだろう。
文弥の双子である文寧からしても、妹と言うことになるのだろうが、文寧とは血縁関係はあるが、ありとあらゆる書類上では、他人だ。
澪が文寧のことを姉と呼ぶ日は来ないだろう。
どういう経緯があったにせよ、一度退学した身だ。《赤》と《青》が再度剴園高校へ入学することはないだろう。それでも、《能力保持者》の義務として、《能力》の教育を受ける必要があるため、別な学校へは入ることになるだろうが……
あんな事があったのだ。おそらくは、メンタルケアに重点を置いているような学校へ行くことになるだろう。
(結局、あいつらの素顔見なかったな……)
あの原色で、派手派手しい覆面をつけた二人組を思い出しながら、文弥は胸中でつぶやいた。
と、そんないきさつがあったため、本戦を前にして文弥はやる気に満ちあふれていた。
予選では、最後にちょろっと身を守っただけの男とは思えない豹変ぶりだ。
予選を無事に通過したことに、今は感謝をしながら、本戦を戦い抜く決意を新たにする。
そして、今は外敵の心配をする必要は無い。すべて、事前に片付けてきた。
「本戦は俺もやるからな。気合い入れていくぜ!」
文弥は決意を込めて、チームメンバーを鼓舞した。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
新入生対抗戦。本戦一日目当日。
狡神市にある、円卓の騎士出張所に、一人の女の姿があった。
本来であれば、新入生対抗戦の実行委員である彼女が、ここに居るのはおかしいはずだが、急な呼び出しを受け、同僚に頭を下げてここへはせ参じている。
同僚が見せた、裏切り者を見るような目あがふと脳内に蘇ったが、彼女――奥村 弘子は、それをため息一つで追い出すと、待ち合わせ場所の扉を開けた。
彼女が受けた依頼は―――
「初めまして、あなたが今度転校を希望する生徒ですね。今から面談をかねて、十五分ほどお話しした後に、転入試験を受けていただきます。それに合格すれば、晴れて剴園高校の生徒となります。
何か質問はありますか?」
――新たな転入生の面談と、転入試験の監督であった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
優羽は迷っていた。
ようやくと言っていいほど、ここ最近はいろいろなことが積み重なっていた。
それでもようやく、本戦を迎えることが出来た。
彼女は、いや彼女達は、初めから優勝狙いだ。どうしても欲しいものがあったから。
それ自体は今も変わらない。予選と同じくガンガン戦ってガンガン勝てばいい。
本戦では、最近仲良くなった凛々子や恵美。それに、文弥経由ではあるが話す機会が増えた一誠のチームと戦うことになるだろう。
友人と戦うのは正直やりにくいが、そんなことを気にしてくれる相手ではない。
逆に友人であるが故に、ぐいぐいと攻めてくるだろう。
だから、自分たちも百パーセントの力で戦う。その決意はすでに済ませた。
しかしそれでも、彼女は迷っていた。
欲しいものを手に入れて、それでいいのだろうかと。
それだけでいいのだろうかと。
戦い直前にして、気も漫ろだ。よくないと思いつつも、思考が捕らわれてしまう。
――思えば、『彼』と出会ってからこういう事が増えた気がする。
彼女はそう自分を分析するが、その理由まではまだ分からない。
その『彼』は、珍しいことに、本戦優勝に意欲的だった。理由は何となく察しがつく。
先日の事件があった後、急にやる気を出したのだから、全容を知っている人間が居たら、彼女でなくてもおおよその推測はつくだろう。
おそらくは、『彼女』。『彼』のもう一人の妹である、あの真紅の髪色を持つ恐ろしく強く、そして美しい少女。
女である自分が思わず見とれてしまうほどに美しかった、あの少女のために、彼は一肌脱ぐことにしたのだろう。
そして同時に、そこには汚い下心などは無いことも分かる。義理とはいえ兄が妹をただ手助けしているだけだ。(優羽の友人である文寧は、同じ妹としてアイデンティティの崩壊に苦しんでいるようだったが……)
それが分かっていたとしても、優羽は何となくおもしろくないものを感じていた。たとえ、愉快な気分では無くとも、優勝するしか道はないのだから、結局のところがんばるしかないという結論に至る。
(うん。後のことは、戦って優勝してから考えよう。今からあれこれ考えたところで、取らぬ狸の~って事にもなりかねないし)
そう胸中で決めると迷いは晴れ、後には、ちょうどいい闘争心が、心と体を満たしていた。
「本戦は俺もやるからな。気合い入れていくぜ!」
『彼』――文弥の檄に、さらにやる気が刺激された。
結局のところ優羽は、文弥と未だ肩を並べて戦ったことはない。
それは、伊織や文寧も同じだが、普段は絶対やらないような、力を見せつけるようなやり方で予選を突破して、わざわざ待ち伏せまでして戦いについて行ったら、本命の敵は澪の横槍でまとめて倒された。そしてその後も、勘違いで勝手にけんかを売って、返り討ちにされただ地面を転がるしかなかった。
挙げ句の果てには、文弥がかけた保険により、一命を取り留めるという状況だった。
よくよく考えれば、澪には保険をかけていないのにも拘わらず、《支配》の影響を一切受けていなかった。防ぐ方法はあったと、優羽は考えている。
実際のところは、澪がすでに文弥のクラウ・ソラスの影響を受けているため、下位の王を選定する剣の影響をはねのけた。というのが真相だったのだが、それを優羽が知るべくもない。
それを差し引いたにしても、はっきり言って、さんざんな結果だった。
水を扱う能力者である自分が、炎相手に手も足も出なかったというのが一際悔しさを強くする。
(っていうか、水を燃やすなんて反則よね……)
などと、胸の内で愚痴をいっても始まらない。
優勝賞品も大事だが、とりあえずは目先の試合で汚名を雪ぎ、名誉を挽回する。
そうがんばって自分を律していると、優羽達を転送の光が包み込んだ。