転校偏 第04章 第02話 一位VS二位
「兄様、クラウ・ソラスは使わないのですか?」
「遊びなのだろう?必要ないよ。それにお前も、ブリューナクを持っていないじゃねーか」
「ブリューナクは、金鵄教導の事故があった後、私が復活するまでの間に国に回収されてしまいました。
今は、おそらく剴園高校にあるのではないかと……」
闇に包まれていた円卓の騎士の実験施設も、今は澪が生み出した炎が、屋根のない天井から差し込む月の光が、消えた壁からも街灯の明かりが、明るく照らしている。
「金鵄教導一位と二位の戦い…?」
その言葉は誰の口から紡がれたのか。皆が固唾をのんで見守る中、戦いの火ぶたは唐突に落とされた。
「――《Alter PositionDual Execute》!」
文弥が叫ぶと同時に、文弥の姿が消えた。
文弥が得意とする超高速移動のような、移動の痕跡がある消え方ではない。空気を振動することすらせず、点から点への移動。それを連続二回。
一回目の移動で、幻影を潰し、二回目の移動で本体へと移動する。
それを正しく追うことが出来たのは、それをその身に受けた澪と、未来から行程を逆算できる、一誠のみだった。
他の者に取っては、いきなり不敵に微笑んで突っ立っていた澪の姿がかき消え、文弥自身は離れた場所へ移動していた。奇しくもそこは、先ほどからずっと文弥が見つめていた場所だった。
文弥が手刀でそっと何かに触れると、そこからは先ほどかき消された澪よりも、より一層美しい深紅の髪色と、美しい相貌をたたえた少女が現れた。
なるほど、今までの澪は幻影だったのだろう。
そう悟らせるほど、圧倒的な美だ。幻影でさえ、優羽が思わず見とれるほどの美しだったが、実物は群を抜いており、神秘的な美しさだ。
文弥の手刀は、ちょうど澪の心臓のあたりで止められていた。
――伊織と比べても遜色がないほどに育った、義妹の胸にめり込みながら。
「兄様?胸を触るなら、もう少し優しくして下さいませんと……」
一瞬のうちに、女性陣の額に怒りの四つ角が浮かぶ。
「文弥くーん?なんで、その女の胸つついて、『先ずは、一本だな……?』みたいなどや顔してるんですかねー?」
「アヤさん的には、『次はもむぜ……?』というようなどや顔にも見えます」
「文弥!まじめにやりなさいよ!」
「言ってくれれば、私のを思う存分触らせてあげるのに……」
「凛々子……そこじゃ無いと思う」
次々に飛んでくる言葉の矢に、文弥は顔をしかめる。
「ふふっ、人気者ですね、兄様。しかし、まだ遊び足りません。そこでどうでしょう?兄さんが一本取るごとに、私が質問に答える……というのは?」
「ああ、もう少し遊んでやるよ。ここまで派手にぶっ壊したんだ、あまり時間かけると面倒なことになるだろうけどな」
「それでは、最初の質問をどうぞ?」
言うと同時に、澪の背中に炎の翼が生え、文弥を包み込むように襲いかかる。
「――《Alter Add Triple Accel》」
文弥の音速を超える移動に伴って、ソニックブームの音が聞こえ、衝撃波が澪を切り裂かんとばかりに襲う。しかしそれらすべては、澪の羽によって阻まれた。
しかしそれは、予想された範囲。目にもとまらぬ速さで澪の後ろへ回り込んだ文弥は、澪の羽をたたきつぶすと、今度は、背中から心臓の位置に手刀で触れた。
「これで二回だな」
言いながら、素早く澪から距離を取る。
「ふふっ、そうですね。―《Create Marionette》」
先ほどの、実態を持つ幻影が今度は八体同時に現れる。
そして、本体と傀儡の合計九人による同時火炎攻撃を文弥に放つ。すべてを燃やす炎は、炎も燃やす。
炎が炎を燃やし、お互いに喰らい合う。お互いを喰らい、肥え太った炎は何もかもを無に帰す炎。
「――――っ⁉」
周りが言葉を失うほどの、高エネルギー高威力の一撃。
さっきの戦闘で、これを使われていたら、恐らく伊織達は消滅していただろう。
澪が言った、「私に燃やせないものはない」といったセリフは、なまじ嘘ではなかったとそう認識させられた。
しかし、すべてを喰らうはずの炎の中から、場違いなほど落ち着きのんびりした声が聞こえた。
「じゃー質問その一。うちの学校の奴らを襲ってたのは、澪お前だな?」
その声の主が、手を軽く振ると、炎などまるで存在しなかったかのように、消滅した。
「はい。兄様があの青の仮面を撃退なされてからは、露払いにと思いまして、私がつぶして参りました」
やはり、文弥の妹が犯人だという話は正解だったのだ。文寧にはとんだとばっちりだったが。
「《Create Black Gehenna》!」
澪が唱えると同時、黒の炎が文弥を包む。
先ほどまでの紅い炎とは一線を画す、さらに高威力の炎だ。地獄の煉獄をそのまま召喚するが如くの黒い炎。
その炎を前に、もはや、息をのむ声すら聞こえない。
そして、彼女達は気がついていない。専用器も使わない戦闘など、彼らにとっては、まさに遊びでしか無いことには。
「質問その二だ。ここに来たのは、あのおっさんの差し金か?」
しかし、その炎に捲かれても、文弥は至極平和な声音で、質問を重ね、同じく手を振るだけで、煉獄の炎すらかき消した。
「そうですね……お父様からの依頼もありましたが、私はずっと兄様を見ていましたので、兄様が戦いに臨まれるのでしたら、お手伝いさせていただくつもりでした。
……結果的には、なにやら、女子生徒といちゃいちゃされていましたので、腹が立って邪魔をしてしまいましたが」
澪の姿が、空間に溶けるように滲んだかと思うと、姿が倍の九つに増えた。
「――蜃気楼か……また無駄なことを……その程度なら、手で触れなくても解除出来るぜ?」
文弥が言った瞬間に、すべての蜃気楼が消え失せた。
元々、居た九人も合わせて――
「身を隠す方が本命ですよ、兄様」
何もない空間から、澪の声が響く。
「それで隠れているつもりか?丸見えだぞ?――《Alter PositionNonuple Execute》!」
何もない空間から、火の粉が吹き出し、八体の傀儡が一瞬にして消滅した。そして――
文弥の手刀はまたもや、澪の左胸に当てられていた。
柔らかく、かつ弾力に富んだ感触が手刀を押し返す。
文弥自身は背中を狙ったのだが、澪がくるりと回転した為だ。
後ろで見守る少女達の眉がつり上がる気配がするが、気にしないことにする。
「まだ続けるのか?お前の、《炎の概念具現化能力》では、俺には勝てないぞ?」
「別に、勝てると思って挑んでおりません。兄様の《可能性の自分》。特殊系統でありながら、最強と言われた《能力》ですからね。自分自身を思い通りに書き換える能力……確かに最強ですね」
文弥の《能力》、《可能性の自分》は、自分自身とそれに付随する情報を自由に書き換える能力だ。
たとえば、位置情報を書き換えれば、瞬間転移が可能となる。
そして、文弥に触れられたものは、文弥自身だと見なされ、すべて文弥に支配され、文弥の情報を外的に書き換えようとすると、自動的にそれが防がれる。
この力によって、他人の《能力》を打ち消しているのだ。
他者からの干渉は一切受け付けず、一方的に他者を蹂躙する力。それが、文弥の《能力》だ。
「出来損ないと呼ばれている俺が、《可能性の自分》だとか、恥ずかしいからな。あまりそのスキルネームは好きじゃない」
「いやですね、兄様。最強の出来損ないの間違えだと、何度お教えすればよろしいのですか?」
「読み方はかわらんだろう」
「大きく違います。全く兄様は、そういったところはいい加減なんですから……」
澪が苦言を呈した時、不意に、
パリン
という、何かが割れるような音が鳴り響いた。
そしてそこには、大やけどを負い倒れ、さらには、優羽によって氷漬けにされていたはずの男が、悠然と立っていた。




