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学術研究都市の能力保持者達  作者: 和泉 和
転校偏 ~闇夜のカリバーン~ 第四章
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転校偏 第04章 第01話 金鵄教導第二位

転校偏 第四章始まりました。

転校編の完結の章となります。

 炎には、不思議な魔力がある。

 

 人間の原始的な部分に働きかける何かが。

 

 彼女達が陶然と、あるいは愕然と、その炎を見つめる中、一番初めに立ち直ったのは伊織(いおり)だった。

 

 優羽は、呆然と炎を、そしてこの研究施設二階部分に見える、少女を見つめている。

 

 文寧は、いつも以上の無表情で炎を見つめていた。伊織には分かる。文寧が、いつも以上に無表情になるとき。それは、感情が複雑すぎてそれを表現できないときであることを。

 

 久城(くじょう) 研璽(けんじ)は、炎に捲かれ焼き尽くされること自体は避けたようだが、それでも大やけどを負ったらしく、全身から煙りを上げながら、地面に倒れ伏している。

 

 肝心の文弥に至っては、あさっての方を向き、ことさらに優しい笑みを向けている。

 

 それを見て、この場で行動するのは自分だと、伊織は手早く決断する。

 

「――風よっ!」

 

 叫ぶと同時に、強風が炎を搔き消さんとばかりに迫る。

 

「ふふっ」

 

 未だ二階部分に、立っている紅髪(あかがみ)の少女は、それを見ても余裕を崩さず、ただゾクッとするような微笑みをたたえている。

 

 伊織の起こした風は、炎を煽りこそしたものの、それをかき消すことはできなかった。それどころか、風から酸素を取り込み、より勢いを増す。

 

「くっ……じゃあ、酸素の除外と、空気分子の固定で火を……」

 

 《赤》との対戦で伊織が行ったように、空気分子の加速を止める。《赤》との戦闘時には、これだけで火を抑えられたが、さらに、酸素を除去する。

 

(これで、火は消えるはず……)

 

 しかし、火の勢いは一向に弱まる気配はなく、ただただ灰となった生徒達を燃やし蹂躙し続けている。

 

 その数瞬後、忌形種(いぎょうしゅ)を焼いていた炎が唐突に消えた。そして炎が残した灰燼は、まだ燃えている、《赤》と《青》の炎が起こす熱風によって、あたりに散らされた。

 

 それは、あの忌形種(いぎょうしゅ)の巨体を考えると、恐ろしく少量の灰だ。

 

 元々の忌形種(いぎょうしゅ)の性質として、損傷させればその部分は灰のようなものに変化する。

 

 そして、通常の忌形種(いぎょうしゅ)であれば、本体部分から再生する。

 

 しかし、あの久城研璽が生み出したという、人造忌形種(いぎょうしゅ)は、その再生能力を持っていない。損傷部分はただ灰となり消えるだけだが、それにしても灰の量が少ない。恐らく、あの炎がその灰すらも、焼き尽くしたからだろう。

 

 灰を焼き尽くし、その結果生成された灰をさらに焼き尽くす。その連鎖を経て、恐ろしく少量の灰へと変えたのだろう。

 

 それが引き金となり、優羽と文寧も反撃行動に移った。とはいえ、実際には、あの紅髪(あかがみ)の少女は彼女達に一切の危害は加えてはいないのだが。

 

 優羽が汎用器を武器化すると同時に、久城研璽が氷漬けになった。まさに一瞬。彼は、巨大な氷に覆われ、一切の身動きがとれない状態だ。

 

 これで、先ほどまで敵だった男(久城研璽)は無視して、新たな敵(紅髪の少女)と戦うことができる。

 

 しかし、武器化と、久城研璽の処理を行ったため、先んじたのは文寧の方が先だった。

 

 文寧の、《砂鉄の超電磁砲(パウダーレールガン)》が、紅髪の少女を襲う――

 

 ――が、しかし、砂鉄は炎に一瞬にして焼き尽くされ、電撃もやはり炎によって誘電させられて、散らされた。

 

 遅れて、優羽が炎に向かって水をばらまくが、一瞬で蒸発させられ、蒸気を操っても火をいたずらに煽るだけで、意味をなさない。

 

「伊織ちゃんでも、火を消せないとなると、普通の操作系じゃないね」

 

「この間のパイロキネシストとはレベルが違いますね。アヤさん的に言って、ここまであっさり大技をつぶされると、気分が悪いですね」

 

 言いながら、文寧も汎用器を武器化する。

 

 それに(なら)って、伊織も同じく武器化を行う。

 

 予選では必要の無かった、武器化。それが必要な相手なのだと、認識した結果だった。

 

「おいお前ら、いい加減やめとけ。お前らがかなう相手じゃ――」

 

 という言葉を遮るように、優羽の氷の矢が穿たれた。ダイヤモンドよりも堅いの小刃の群れと、同じ硬度を持つ、強力な三本の矢の同時攻撃。

 

 並の炎では溶かしきることはできない。あの《赤》の炎でさえも、小刃はともかく、矢は防げなかった。矢が一本であったならば、それを溶かしきることは可能かもしれないが、今回はそれが三本。

 

 小刃の群れをすべて溶かしきるほどに炎を広げ、その上あの三本の矢を処理することは、いかなるパイロキネシストには不可能だ。

 

 しかし、その期待を裏切るように、矢はすべて消滅させられた。紅髪の少女の炎によって。

 

「くすくす。兄様が言ったとおり、あなたたちじゃ束になっても、私には勝てないわ。この、金鵄教導(きんしきょうどう)第二位の私には……ね?」

 

 話によると、文弥以外は助かっていないと言われていた、金鵄教導の《能力保持者(スキルオーナー)》達。しかし、文弥以外の全員が死んでいるという話もまた、正式な情報では伝えられていない。

 

 最強の《能力保持者(スキルオーナー)》を保有すると言われ、トップレベルは皆、単騎で忌形種(いぎょうしゅ)を滅ぼすことが出来ると言われていた、金鵄教導。そこの、第二位が彼女だというのだ。たった一匹の偽物の忌形種(いぎょうしゅ)でさえも、おびえて竦んでしまった、彼女達と比べると、いかに強大な存在かと言うことが分かる。

 

 しかし、その金鵄教導第二位。最強に次ぐ者と呼ばれた、紅髪の少女のセリフは、文寧を瞬間的に沸騰させた。まさに、炎使いの所行だったが、それが意図されていたものかどうかは、本人にしか分からないだろう。

 

 

 

「――誰の兄を捕まえて、兄と呼ぶんでしょうねぇ?この、焼き豚風情が……!」

 

 

 

 文寧は叫ぶと同時に、デスサイズを大きく振るった。

 

 彼女の《能力(スキル)》で構築した、雷の刃が鎌から切り離され、ブーメランのように赤髪の少女を襲う。

 

 唐突だったからか、反撃を予測していなかったからだろうか、はたまた、紅髪の少女に何か考えがあってのことだろうか、それは分からないが、結果から言えば迎撃はなく、雷の刃は、少女を真っ二つに切り裂いた。

 

 それに合わせるように、優羽も氷の矢を放つ。

 

 こちらも、迎撃されることなく、紅髪の少女へと次々に突き刺さった。

 

 しかしそれは、偽りの勝利だった。突然、紅髪の少女が炎へと変わり、優羽の氷の矢を燃やし尽くした。

 

 ブーメランのように飛んでいったはずの雷の刃は、少女を切り裂いたのにもかかわらず、いつの間にか消滅していた。

 

(――逃げられた⁉一体どこに……)

 

 慌てて探すが、姿はどこにも見えない。

 

 文寧の後ろから、唐突に声が聞こえた。

 

「誰の兄って、私の戸籍上の兄様に決まっているじゃない。この、久城(くじょう) (みお)のね。

 

自分には、胸がないからといって、ひどいこと言うのね?さすがに傷つくわ?

 

――兄様、彼女達は兄様が守ろうとなさるくらい、大切にされている方達だというのは存じ上げていますが、これ以上攻撃を続けられるならば、身を守ってもよろしいでしょうか?」

 

 前半と、後半との声音が明らかに違う、澪を見て、辟易しそうになりながらも、伊織は先に釘を刺した。

 

「文弥、止めないで。この女は、操られているだけの人間をその炎で焼き殺し、あまつさえその灰すらも、蹂躙(じゅうりん)し続ける外道よ。断じて許せない」

 

「いやそれは、誤解だと(おも)…」

 

「文弥くんが戦いにくいなら、そこで見てくれてていいから。だから、せめて邪魔しないで」

 

 今度もまた、優羽が遮る。こういうときの優羽はなぜか強気だ。

 

 文寧は、何も言わずただ怒気のこもった瞳で、澪を()め続ける。

 

 もう何を言っても止まらないだろう。それならば好きにさせようと、文弥はそう決めた。

 

「ふぅ……殺すなよ?絶対に」

 

 その言葉は、どちらに向けられたものか。それを正確に理解しているのは、どちらだろうか。

 

 それは、文弥にしか分からないのだろうが、折しも、それが戦闘開始の合図となった。

 

 優羽が矢を放ち、伊織が抜刀し神速の突きを放ち、文寧が電撃の槌を落とす。

 

 矢は炎に消滅させられ、伊織の細剣は剣ごと灰へと変えられ、電撃の槌は炎によって誘電させられた。

 

 伊織にはまだ盾が残ってはいるが、剣が消滅させられたことにより、汎用器のコアが破砕し、武器化が解かれた。

 

 解かれた後に残っていたのは、灰と化したIDパスだった。

 

 それを視認した瞬間、伊織は風に乗って飛び上がり、待避する。

 

(――っ、武器がなくなっちゃったわね……ていうか、)

 

「どうやって部屋に入ればいいのよっ!」

 

 身を守ったにすぎない澪からすれば、理不尽な怒りをぶつけながら、伊織は風の刃を放った。

 

 時には、優羽の生み出す超硬度の氷すら切り裂く、鋭利な風の刃。それは目に見える速度ではなく、気がついたときには、切られているというような代物だが――風の刃は炎に煽られ、失速し、澪には一切のダメージを残してはいない。

 

「そんな人形」

 

「たった一体で」

 

「そんなに苦戦してて」

 

「大丈夫なの?」

 

 セリフをリレーしながら現れたのは、澪と全く姿形が変わらない四人の少女だ。

 

「蜃気楼……?いいえ、すべて実態がありますね。アヤさんは妹だと聞いていましたが、まさか『窓ハンド』だとは思いませんでした」

 

 言いながら、その中の一体に向かって鎌を放つ。先ほど、澪を真っ二つにした技だが――

 

 やはり、アレはわざと受けたものらしく、炎によって刃を焼き尽くされた。

 

「雷の刃を焼き尽くすって、どんだけですか……アヤさん的に言って、雷は可燃物じゃないんですが……」

 

「文寧ちゃん。ぼやかない!」

 

 今度は、優羽が水圧の刃を放つ。喩え炎で蒸発させたとしても、今度は蒸気が敵を襲う、二段構えの技。

 

 予選で、あの炎使いを倒した技。

 

(これならっ……)

 

「うーん。普通のパイロキネシス能力と一緒にしないでほしいなぁ。これでも、金鵄教導第二位だって言ったつもりなのに……」

 

 言うと同時に、優羽が放った()()()に、炎が巻き付きそれを()へとかえた。

 

「私の炎に、燃やせないものは無いの。残念ね…?」

 

 澪はことさらおかしそうに、笑う。同姓すらも引きつける、妖艶な笑みだ。

 

「――なら、爆風も焼いてみなさいよ!」

 

 伊織が告げると共に、戦場を爆音が包んだ。

 

 屋根は吹き飛び、壁は壊れ、粉塵が舞い上がる。

 

 敵も味方もすべて巻き込んだ、水素による爆破。起爆の必要は無い。まだ、灰を焼く炎は消えていないのだから。

 

 巻き上がった粉塵が、さらに粉塵爆発を誘発し、戦場となった円卓の騎士(ナイツオブラウンド)の施設は、今後解体の必要が無いくらいに破砕せしめられた。

 

 爆発に巻き込まれたのは、澪も伊織達も同じだったが、澪以外の仲間はすべて《盾縫い》によって守られている。

 

 それは、外にいた、凛々子達も同様だ。

 

 守られることが分かっていたから、一誠も待避を命じなかった。

 

「あれくらいじゃ死なないだろうけど……動きくらいは止まったかしら?もしこれでもだめなら――」

 

 自らが生み出した盾の中で、髪すら揺らすことなく立っていた伊織は、未だ立ち上る粉塵の向こうを注意深く観察する。

 

 見えるのは、未だ燃え続ける、《赤》と《青》の姿。そして、氷漬けになったままの久城研璽。

 

 そして、五つの立ち上がる炎と、その中に見える美しい少女の姿だった。

 

 伊織が、毒を吐くより前に反応したのは、戦場の一瞬先の未来を見た一誠だった。

 

「まずい!逃げろっ!」

 

 叫ぶと同時、突然一誠の前に現れた、六人目の澪が蛇へと姿を変え、一誠を拘束する。

 

 同じく、七人目八人目の澪が蛇に姿を変え、一誠のそばに控えていた、凛々子と恵美を拘束した。

 

「外にいる分には見逃してあげても良かったけど、戦場に出てきちゃったら、話は別よね?

 

 それに、そろそろ、アレも終わる頃だし、いい加減茶番も終わらせないと……」

 

 

 

 いって、五人の澪が一歩前へ出る。

 

「――兄様の命とはいえ、手加減するのは、色々面倒だわ」

 

 

 

 三人の澪が唐突に火の粉だけを残して、姿を消す。伊織達が次に見たのは、蛇となって彼女達を拘束する、姿。確認できたのは、一瞬より尚速い速度でもって、拘束された後だった。

 

 炎を凝縮したような、真っ赤な蛇だが不思議と熱さは感じない。熱さは感じないが、力任せに引っ張っても引きちぎれる気がしないし、《能力(スキル)》を使ってもちぎれる気がしなかった。

 

 負けを認め、大人しく拘束されるしかない。

 

 そして、もう一人の澪が火の粉を残して消える。

 

 この場で拘束されていないのは、文弥だけだ。

 

「―文弥っ!」

 

 負けを認めはしたが、止めようとした文弥まで巻き込まれるのは、本望ではない。

 

 しかし、伊織はの悲痛な叫びも、取り越し苦労。

 

 文弥を拘束しようとした蛇は、文弥に触れた瞬間ちぎれてはじけ飛び、逆に激しく燃焼し無へと変わった。

 

「おいおい、いきなり俺を攻撃かよ。俺は、むしろ止めたんだぜ?」

 

「ええ、存じておりますが、兄様が殺すなとお命じにおかげで、不完全燃焼なのですよ。ほとんど防御ばかりでつまらない戦いでした。

 

 ここは一つ、私と遊んでくれませんか?兄様のお願いを聞いた、かわいい妹へのご褒美と言うことで」

 

「っ、誰がかわいい妹ですか!血もつながっていないくせに、アヤさんを差し置いていっぱしの妹気取りですか!?何様のつもりです?」

 

 縛られながらも、戦意は失っていないのか、それとも、彼女だけは、別な者と戦っているのかは分からないが、大声で、澪を怒鳴りつけた。

 

「文弥くん……」

 

 澪の強さを、身にしみて感じたせいだろうか?優羽は心配そうに文弥を見つめている。

 

「しょうが無いな。ちょっとだけ遊んでやるよ。好きなだけ攻撃してこい。殺す気で構わんからな」

 

「ふふっ、そんなことを言うと本当に焼き殺してしまいますよ?兄様」

 

 澪がことさらおかしそうに笑う。

 


 

「なんだ、お前もう忘れたのか?お前は、一回も俺に勝ったことないだろう?金鵄教導第一位の俺にはよ?お前の概念具現化は、俺に対しては相性最悪だろうが……」

 


 

「兄様こそ何を言っているのですか?兄様は、私だけではなく誰にも負けたことなど無いではないですか?その言い方ですと、まるで負けたことがあるかのように聞こえますよ?」

 

 澪の少しずれた切り返しに、文弥は思わず苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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