転校偏 第03章 第11話 複数能力
チーム久城の面々と、一誠、それに、凛々子と恵美を加えた、計七名は文弥の部屋に集合していた。
元々が、六畳程度の手狭な部屋だ。壁面にベッドを収納しても、七人は少々狭い。
「こんなところで済まないな。ちょっと外では話しにくい内容だからよ」
そう言って文弥は切り出した。
文弥以外は全員、文弥が用意したクッションと座布団に座っている。クッションは、文弥の部屋にある物だけでは足りなかったので、隣の一誠の部屋からも持ってきていた。
「こんなところって言っても、基本的な間取りはどこの部屋も一緒だよ。うちの部屋とは、左右が逆だけどな」
そう言って一誠が笑う。みんな同じ寮生なのだ。一誠の言うことも尤もだ。
寮生でありながら、違う部屋に住むためには、今回の新入生対抗戦で優勝し、優勝賞品である寮のスイートルームへの移住を希望するしかない。
文弥にとって、それは別段魅力的な商品ではなかったけれど。
――立って半畳、寝て一畳なのだ。
「まず、一誠には改めて謝らせてくれ。ちょっと今、やっかいな事に巻き込まれててよ、その事情におまえを巻き込んじまうかもしれない。
つっても、まだ、そうと決まったわけじゃねーけどよ、高い確率でそうなる可能性があるな」
「いや、いいって事よ。そもそも、俺が首突っ込ませたみたいなもんだからな。ただ一つ聞きたいことがあるんだけど。いいか?」
「ああ、いいぜ。今日はいま分かっていることを全部、おまえらに聞いてもらうために集めたんだからな。質問も適宜してくれてて構わん」
「じゃあ、お言葉に甘えて、それは俺以外の家族――妹とかねーちゃんとかに飛び火しそうなのか?」
一誠の表情は真剣だ。家族も仲間も同様に心配する姿がそこにはあった。
《能力保持者》は家庭環境が複雑な者が多い。
普段明るい優羽でさえも、「家族とはうまく行っていない」と言っていた。
幼稚舎から、学研都市へ来るような子供は、その《能力》故に、実の両親から恐れられ、追いやられてくるような子供がほとんどだ。
後天的に《能力保持者》として覚醒する者は、元々が精神的負担の強い生活環境にあることが多いため、より一層それは顕著だ。
実の両親が恐れなくても、周りが恐れる。
身体能力で遥かに一般人を超え、死んでもおかしくない怪我からよみがえる。更には、超常の力を使役し、時にそれはたやすく人を殺す。
虎と常に一緒に居る状態と同じだ。いや、《能力保持者》は虎など恐れないため、脅威としては虎以上だろう。
そして、《能力保持者》自体、まだまだ数が少ないことも、それに起因しているだろう。
そんな中、家族との絆をここまできちんと大事にできる一誠を、文弥は少しうらやましく思った。
「いや、そこまでは無いと思うが、戦闘が予想される。そして、その時にそばに居た人間は巻き込まれるかもしれない。あとは、個別でこの件に絡んでこなければ問題ないはずだ。そもそもにおいて、一誠が巻き込まれる可能性はかなり低いと言っていい。それでも、念には念をいれてというやつだ。何かあると寝覚めが悪いからな」
「そういうことなら了解した。解決するまでは、実家には寄らないことにするよ」
「いいのか?一誠、お前の姉はかなり強い《能力保持者》だと聞いたが……」
「いや、たぶんねーちゃんは俺が帰らないと、ねーちゃんも帰らないからな。それに、もしこの学校全部が巻き込まれるようなことがあった場合は、ねーちゃんが守ってくれるよ」
そこまでの実力者だったとは、文弥も予想外だった。
いつか会ってみたいと、そう思いながらも出てきた言葉は別な言葉だ。
「一誠は一誠で、今回の件はある程度掴んでるんだろう?」
「ああ、実はここに来る前に、遠見さん達から色々話は聞いた。俺が独自で掴んでいた情報よりも、踏み込んだ情報だったのは、犯人が、文弥。お前の叔父だって事くらいか。それ以外は、俺が持っている情報とほぼ一緒だった」
「じゃあ、事前説明は必要ないな。凛々子、恵美、助かった」
文弥がそうねぎらうと、二人は照れくさそうに頬を染めた。
「時間は短縮できた方がいいからね」
そう凛々子が言って、文弥は頷くと、話を続ける。
「まず、久城研璽って男について話す前に、金鵄教導について話さないといけない。金鵄教導っつー組織の目標ってのは、《複数能力》の開発だ。
《複数能力》ってのは、つまるところ一人の《能力保持者》で複数の《能力》を持つ人間って事なんだが、これに成功した例は今まで一つも無い。ただ一人もだ」
文弥の断定口調に、複数の《能力》を使いこなしていると、密かに思っていた恵美は、表情を変える。この期に及んで、文弥が嘘をつく理由もない。おそらくそれは事実なのだろうと、恵美は、直感で理解する。
(じゃあ、彼の《能力》って一体……?)
未だ、底の見えないこの青年に恵美は少し身震いをする。
「兄さんでも、だめだったのですか?」
「ああ、全然だめだった。それで付いたあだ名が、『出来損ない』だ」
「なんだかひどい話ね。失敗したのは研究者なのに、まるで被験者が悪いみたいな」
伊織が、柳眉を上げ、怒りをあらわにする。
「まぁ、そんなわけで、全然うまくいってなかった、《複数能力》開発だが、金鵄教導では、ある説に則って開発を進められてきた。
それが、人造能力保持者計画だ。その名の通り、人の手で《能力保持者》を作り出そうって計画だな」
「うーん。よく分からないんだけど、それが可能かどうかは別として、人工的に《能力保持者》を作り出すことが、どうして《複数能力》開発につながるの?」
「人工的に、《能力保持者》を作り出すって事は、人工的に《能力》を人間に植え付けるって事だ。つまり、すでに《能力》を持っている人間に対して、《能力》を植え付けることができれば、《複数能力》の完成って事だな」
全員が理解し、ついてこれている事を確認し、文弥は先を続ける。
「まぁ、人体実験とかの非人道性は置いておいて、これが金鵄教導の考え方で、これに則って《能力》開発を続けていたわけだが……こういう事の必然として、その考えに否を唱える奴もいたんだ。それが、久城研璽だ。
奴が提唱する方法はぶっ飛んでてよ、人間を忌形種化する事で、人の枠を外して、《複数能力》化させるって内容だ。実際、忌形種は、《複数能力》でだろうが何だろうが、何でもござれって感じだからな」
そうして、思い出すのは、先日の演習場。
演習場に現れた忌形種は、忌形種の力を持ちながらも、数々の相違点があった。そう、言うなれば忌形種の弱体版だった。
「まさか、あの土竜が元々人間だったっていうのか?」
一誠はの目にも怒りと、そして恐怖が浮かんでいる。怒りは、その非人道性に対して。そして、恐怖は忌形種に自分も変えられてしまうかもしれない恐怖。
その他の面々も同じようだった。文寧だけは、ただ無表情だったが。
「人間だとも限らない。もしかしたら、実験動物かもしれないからな。久城研璽の研究は異端中の異端で、その全貌を知る人間は、彼以外居ないらしいんだよ」
そのセリフで、面々は少し落ち着きを取り戻したらしい。全員が、もう一度、聞く体制になった事を確認して、文弥は話を続けた。
「で、そいつは、金鵄教導の事件後行方不明になっていた。全員残さず死んだと言われていた、大事件があったのにも拘わらずだ。すでに、金鵄教導の事故に久城研璽が何らかで拘わっているんじゃないかと、円卓の騎士も捜査を始めたらしい。アレは、半官半民の組織だったからな、円卓の騎士が管轄するのが一番だとかなんだとか。しかし、本当の理由は違う。
話は変わるけど、お前ら、王を選定する剣って知ってるか?」
「確か、円卓の騎士のリーダーが持つ剣の事よね。実際は持つだけで使えないって聞いたけど。リーダーでも剣に選ばれないってのと、そもそも、王を選定する剣自体が、折れた剣の刃先だって話じゃない?」
凛々子が、意外と物知りなところを見せる。
「そうだ。ついでに言うと、刃先だけの王を選定する剣には何の力も無いって言う話だ。しかし、ようやく、折れた剣の片割れを見付けた。それを持っているのが、久城研璽だ」
「うげぇ、なんか急にスケールがでかくなってきたような。イチ高校の新入生対抗戦の話からずいぶん飛躍したもんだな」
一誠がうめき声を上げる。
「さらに、王を選定する剣が実際に力を持っていたのは、久城研璽が見付けた王を選定する剣の柄元の方だった。そして何よりも問題なのが、久城研璽が、それを使えるようになっちまったって事だ」
「なんか、王を選定する剣も変な人を選ぶもんだね。円卓の騎士から、選べば良かったのにね」
と優羽。彼女の意見には文弥も甚だしく同意だ。
「実は、それだけじゃなくてよ。今、円卓の騎士には王を選定する剣はないんだよ」
「ねぇ、ちょっといい?」
「何だ?伊織」
「私が知ってる、円卓の騎士のリーダーが持つ剣っていうのは、エクスカリバーって名前だったんだけど、それって王を選定する剣と同じ物?」
「北欧神話では、同じ物だって言われてるみたいだから、私は気にしてなかったわ。言い方だけの違いかと思ってた」
文弥の代わりに凛々子が答える。
「うーん。凛々子の説明は半分正解で半分不正解だな。じゃあ、エクスカリバーについてちょっと話すか。
折れて使えない王を選定する剣を何とか使えるようにしようと思った円卓の騎士は、その解決方法を伝承に求めた。北欧神話でのカリバーンも一度折れているからな。アーサー王が一度剣を石から抜いた後、戦いの中で折れたカリバーンを、湖の女神のところへ持って行って修復してもらうんだが、それと同じ事をしようって事だな。
湖の女神は、カラドボルグをベースにカリバーンを修理した。だから、カラドボルグを所有している、最高の構築・生産系《能力保持者》に修理を頼んだんだ。修理を依頼された人間は、天才だった。修理された剣は、無事能力も得て、力を取り戻した。それが、『EXカリバーン』通称『エクスカリバー』だ。だけど、その後の展開は、円卓の騎士にとっても、修理した《能力保持者》にとっても、予想できない物だった。
剣が、修理した男を主と認めちまったんだ。
そこで、円卓の騎士は、その修理を行った男を円卓の騎士へ迎え、リーダーへと据えた。それが、現在の円卓の騎士のリーダーの男だ。だから、今のリーダーはエクスカリバーを使えるし、王を選定する剣は持っていない。というわけだ」
「なるほど。だいたい見えてきたわね。円卓の騎士は、王を選定する剣の片割れを手に入れたい。そして、久城研璽の目的は、王を選定する剣に選ばれたことを理由に、円卓の騎士のリーダーに収まる事ってところかしらね。金鵄教導失って、後ろ盾も研究費もなくなって、研究ができなくなってそうだもんね」
「俺も、だいたい伊織と同じ結論に至った」
「兄さん。それだと、兄さんが狙われる理由が、分からないのですが……」
「そうだぜ、いくら同じ金鵄教導だからって、文弥は何もしてねーんだろ?」
文寧と、一誠が口々に訊ねる。
「ああ、それはおそらく、俺の戸籍上の父親が、現在の円卓の騎士のリーダーだからだな」
直後、文弥の部屋に文弥以外の驚愕の声が響き渡った。
 




