転校偏 第03章 第07話 おいしい焼き肉
伊織ちゃんがご飯を食べる回です。
始めて評価がついて、どきどきしています。
見慣れた景色が流れていく。
一番最初に乗り込んだ伊織の席からは、外の景色が見えるがそれ以外の者は景色を見ることもできず沈黙している。
加速・減速によってつんのめるような感覚もなく、窓の外を見なければ止まっているのか動いているのかすらも分からない。
そして、車内は相変わらず静寂に包まれたままだ。
後部座席からは、運転席を見ることはできなくなっているため、運転手の存在感も希薄だ。自動運転だと言われても、信用できてしまう。
白を基調とした車内は、四人で乗っても余裕のある広さだ。
目と鼻の先で飲んでいる余裕もないし、さらに言えば、未成年である彼女たちにはまだ無縁だが、アルコール類の提供も可能そうだ。
「これって、ロールスロイス?文弥くん。何者?」
と、また恐縮してしまった優羽が文弥に訊ねる。
「いや、マイバッハだ。まぁ、似たようなもんだけどな。ホテルの送迎サービスだよ。さすがに俺の所有物じゃない。大げさなんだよ、ああいうところは」
文弥は冗談めかして言う。所詮二キロほどの距離。時間にして数分だ。彼女たちが空気に飲まれている間に、ホテルに到着する。
車止めに到着すると、乗り込んだ時とは逆の順番で、伊織達は下車した。
近づいてきたポーターに、文弥が荷物はない旨と伝えて下がらせると、燕尾服の男性が文弥たちに近づいてきた。
物腰が柔らかい黒髪の男だ。年の程は剴園高校教師の、武田と同じくらいだろう。
胸元を見ると、金属製のネームプレートに『Jiro Makita(GM)』と書かれてある。
(ジェントルマン?男性ってことかしらね)
伊織がそう自己完結して、なり行きを見守っていると、その男性がにこやかに文弥に声をかけた。
実際は、『総支配人』なのだが。
「久城様、お待ちしておりました」
「蒔田さん自ら、ありがとうございます。今日は、急なお願いを聞いてもらって、申し訳ない」
「いえいえ、久城様のお願いとあれば、多少の無茶も通させていただきますよ。さて、それではご案内させていただきます」
そう言って丁寧に腰を折ると、文弥が蒔田と呼んだ男性が先を歩き始めた。
文寧と優羽は、蒔田の名札を見るとまたフリーズしていたが、文弥に軽く肩を叩かれ促されると、連れ立って歩き始めた。
恋愛ものの映画などでは、男性の腕をとりエスコートされるシーンだろうが、男性は文弥一人、対するこちらは女子三人だ。
普通に四人連れ立って、蒔田の後ろを歩く。
「初めて来たけど、なんか豪華なところよね」
と周りを見渡しながらつぶやく。
美術館のような、豪奢なロビー。
中央には石像が添えられ、その周りには観葉植物と、ソファー、テーブルがセンスよく配置されている。
床は石床になっており、ツヤツヤピカピカしている。
天然石なのだろうが、様々な色の石や文様の石を使用し高級絨毯のような柄が描かれている。
天井は非常に高く3F分くらいの高さがある。
天井付近には、絵が書かれた採光窓と、壁画。その下の壁も白を基調としているが、高級画の様な文様が描かれている。
恐らく、何かの有名画を線画にしたものだろう。注意して見なければ、ただの幾何学な文様にしか見えない。
伊織がそれを絵だと気がついたのは、たまたま知っている絵があったからだが。
「ここは、いわゆる政治家や軍関係の上層部、円卓の騎士の上層部がよく利用するホテルだからな。歴史は浅いが、有名高級ホテルと比べても見劣りするものでもないさ。つっても、歴史のある由緒正しきホテルとかってわけじゃないから、幾分気安いホテルだよ。気にせず堂々としてろ」
と文弥。そのセリフは伊織に向けたわけではなく、さっきから一言も発していない優羽に向けてのものだろうが。
しかし、こんな高級そうなホテルにも焼き肉があるとは。焼き肉恐るべし。
伊織的には『牛飛車』で『牛飛車カルビ』でも十分だったのだが、たまにはこういうのもいいだろう。
焼き肉に伊織の知らない未知なるマナーが存在するとしても、文弥の性格から言って、マナーなどに厳しい店には連れて行かないだろう。ああみえて、気が利く男なのだ。
そう伊織は気楽に考えていた。
エレベータに乗って、目的の店にたどり着くと、ソコは伊織の知っている焼肉屋ではなかった。
店の中央に四方を鉄板で囲まれたスペースが有り、そこでコック帽を付けたシェフが、肉や野菜を妙なナイフやフォークを使って器用に焼いている。後で聞いた話では、カービングナイフとか言う物らしい。
その鉄板がそのままカウンター席になっているようで、そこで数名の客が料理に舌鼓を打っていた。
よくみると、肉は薄い焼肉用の肉などではなく、分厚いステーキ肉だ。いや、ステーキ肉でもあんな分厚い肉は食べたことがない。
焼きあげられると、シェフの手によってカービングナイフで切り分けられ、供される。
店の奥には水槽が備え付けられ、ソコにはエビやらイカやら貝やらが入っている。
「なんか、私が知ってる、焼肉屋さんとは違うわね」
伊織はそう言って首を傾げるが、優羽と文寧は残念なものを見るような目を伊織に向けるだけで、何も言っては来なかった。
「それでは、個室にご案内します」
と蒔田が言って、文弥達は個室に通された。
文弥達を個室に通したあと、蒔田は「それでは、失礼致します」と言って部屋を出て行った。
通常であれば、蒔田が椅子を引いて座らせてくれるはずなのだろうが、伊織にはそれを知るよしもなかった。そして、それが文弥による配慮であることも。例え高級店であろうとも、気易い友人との食事会というスタンスを崩していないのだ。さしもの伊織も、目の前にシェフが現れ、燕尾服の男性に椅子をひかれたのならば、緊張の一つもするに違いない。
先ほど外で見た、四角の鉄板カウンター。そのミニチュアの様なL字型の鉄板とカウンターテーブルの前に、椅子が六つ並んでいる。
本来なら、外と同じようにシェフがその鉄板でアレコレ焼いてくれるのだろうが、今はそこに誰も居なかった。
「他人がいると気を使うと思ってよ、焼いて次々に持ってきてもらう方式にしてもらった。ここの個室は、剴園学園の自動配膳と同じ仕組もあるから、持ってくる時も他人は入ってこない。だから、遠慮なくガンガン食べようぜ」
そう言って文弥は椅子をひいて、一人ずつ座らせていく。そのあと、文弥は自分で椅子を引いて端っこに座った。
何故か値段が書かれていないメニューを受け取り、ドリンクを注文すると、然程の間を置かず注文の品が自動配膳で届けられた。
文弥がジンジャーエール、伊織がコーラ、優羽と文寧はサイダーだ。飲み物が行き渡ると、文弥が立ち上がって乾杯の音頭を取った。
「ちょっと気が早いけど、予選突破を祝して。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスを掲げたあと、適当にカチャカチャとグラスをぶつけストローに口をつけた。
そうして適当に喉を潤していると、コースなのか何なのか、注文をしていないのに、焼きあがった肉やら魚介類やら野菜やらが配膳されてくる。もちろん、すべて自動配膳だ。
「さぁ、どんどん食べようぜ。一応コースでアレコレ運ばれてくるけど、追加注文もできるからな、好きなモノを注文してくれ」
文弥は、そう言うと箸で肉を摘むとタレにつけて食べ始めた。
伊織達も、それに倣って肉に手を付けるが、驚くことに、たれが五種類もある。
タレの前には紙が置いてあり、そこに説明があった。
甘口、辛口、わさび醤油、塩、レモンダレ
(まぁ、普通に甘口ダレで食べればいいよね)
そう結論づけると、タレをつけて口に運んだ。
伊織は、思わず目を丸くした。
肉の中央部分はまだ赤いままだが、十分に火が通り、冷たさは一切感じない絶妙な焼き加減だ。
それよりも、特筆するべきはこの肉の甘さだ。
タレが甘いのではない。肉そのものに甘みがあるのだ。
赤身のため、霜降り肉のようにわかりやすくとろける感じはない。感じるのは肉の脂ではなく、肉の汁。肉のうまみだ。一切の筋っぽさは一切無く、然程の抵抗もなく噛み切ることが出来る。そして、噛みしめるごとにジュワリと肉汁が広がり、ほろほろと肉がほどけていく。
「学食の、ステーキ弁当380円は何をもってこの牛肉と同じ肉を名乗っているのでしょう。アヤさんがもしあの牛肉の立場だったら、靴底とでも名前を変えるところです」
とどことなく恍惚な表情で、文寧がつぶやく。それでも注意深く見なければ、分からない程度の変化ではあったが。
(あの、ステーキ弁当もなかなか美味しいけどね)
と思いながらも、目の前の別次元の『お肉』に伊織も夢中になる。
そして、別次元なのはそれだけではない。
シーフードもだ。
伊織には見覚えのない海産物だったが、しこっとした歯触り、広がる磯の香り。これまた噛みしめるごとに生まれるうまみ。
「このなんか、コリコリしたきのこみたいなやつも美味しいわね」
「それは、アワビだね。(しかもクロアワビ。いくらするの?これ……)」
「へぇ、コレがアワビなの。初めて食べたわ」
優羽の独白に気がつかず、ただおいしいとしか感じない伊織は幸せな性分だろう。
そして、物が目の前にあれば、あきらめが付くのか吹っ切れたのか、ワイワイ言いながらの食事が続く。
「エビって、足も美味しかったんだね」
最初は遠慮がちだった優羽も、カリッと焼き揚げられたエビの足をカリカリやっている。
伊織は喉を潤そうとジンジャーエールに手を伸ばすが、グラス中は空だった。
ドリンクを注文するために、オーダー用のタブレットを手にとって、ジンジャーエールを再注文しようとした時、コンコンとドアがノックされた。
「ああ、来たようだな。どうぞ」
文弥はそう言って、ドアを開けて来客を迎えた。
蒔田に連れて来られたのは、二人の女性だった。
恐らく彼女たちが、文弥が言っていた女子生徒なのだろう。
一人は、メガネをかけた女子生徒だ。
今や視力矯正が普通となった昨今で、メガネを使用するのは珍しい。
単なるファッションか、視力矯正出来ないほどの乱視なのか。それは、伊織には判断がつかなかったが、悪く言えば地味な。よく言えば、真面目そうな。そういった印象の女子生徒だ。三つ編みにされた髪型も、その印象に一役買っていた。
もう一人は、ショートカットの活発そうな女子生徒だ。活発そうでありながら、女性である伊織でさえもドキッとするような色香を醸し出している。
同い年のはずだが、今は年上に見える。彼女たちがスーツ姿だったためだ。
伊織達は、文弥が「普段着でいい」と言ったため、いつもどおりの格好をしていたが、彼女たちにはメールでそこまで伝えなかったのだろう。本来のこのホテル、そしてこのお店にぴったり合うようなスーツ姿だ。
女性社長と、有能なその秘書然とした二人を個室へ招き入れると、蒔田は一礼して去っていった。
「よく来てくれたな、座ってくれ」
そう言って、彼女たちにも文弥は椅子を引いて座らせる。
「ありがとー文弥」
「ありがとうございます。久城さん」
二人は口々に礼を言うと、椅子に腰を掛けた。
「さて、早速話を聞こうか……と言いたいところだが、とりあえず飲み物を注文してからだな。そこのタブレット端末でなんでも好きな物を注文してくれ。遠慮はしなくていい。今日のここの支払いは全部俺が持ちだからな」
「じゃあ、遠慮なく」
ショートカットの方がそう言って、タブレットで手早く注文を済ませる。
伊織も同じように、ジンジャーエールを再注文し、届くのを待つ。
しばらくという時間も空けず、一杯目と同じ迅速な配膳によって、再び全員にドリンクが行き渡ると、先ほどと同じように文弥が立ち上がった。
「とりあえず、初めましての奴らばっかりだからな。一応紹介しておく。髪の毛の短い方が、華月 凛々子、メガネをかけているのが、遠見 恵美だ。んで、こっちは、右から順番に、佐伯 優羽、三雲 文寧、片瀬 伊織だ。とりあえず、初めましてってのと、両方の予選突破を祝って、もう一回乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
文弥の音頭にしたがって今度は、5人揃って乾杯の声をあげ、先ほどと同じようにまたカチャカチャとグラスをぶつける。
その後文弥は、
「ほっといても、色々出てくるけどよ。食べたいものがあるなら、そのタブレットで注文してくれよ」
と、彼女たちにも同じような説明をしている。
その横で、優羽と文寧が表情を固くしている。伊織自身も、色んな意味で警戒レベルを上げている。
華月 凛々子と紹介された女子生徒は、余裕の表情を貼り付けたまま、遠見 恵美と紹介された生徒は、表情に緊張を浮かべていた。
余裕ぶったあの表情は、彼女なりのポーカーフェイスなのかもしれないな。
などと、伊織が思っていると、文弥は呆れたように、
「なんだよ、お前ら。人見知りするようなタイプだったのか。さっきも言ったけど、話しなら後だ後。先に話を聞いてしまったら、飯どころじゃなくなるだろうからな」
そう言って、文弥も席に戻ると食事を再開する。
それを見て多少ぎくしゃくしながらも、伊織達も食事を再開した。




