転校偏 第03章 第06話 もう一つの戦い。そして……
二日に渡る徹夜。ようやくその苦行から解き放たれた彼女は、歓喜の声を上げた。
「ようやく見つけた!」
彼女はそうつぶやくと、スマートフォンの地図アプリを起動し、ピンをドロップする。
後はコレを、自分の親友である彼女に渡すだけ。
彼女はこれから徹夜になるだろうが、自分は休ませてもらおう。
明日には、新入生対抗戦がある。
探しものも大事だが、こちらも大事だ。やる気がなかった、数週間前とは違う。せめて予選だけでも突破する必要がある。彼女と二人で。
もう一人、男子生徒が自動マッチングで入ってくるようだが、こちらには期待しなくていいだろう。
と言うかあまり期待していない。
数回打ち合わせをしたが、何故その男子生徒が『彼』といつも一緒に居ることが出来るのか謎だった。
意識が混濁して、思考がアラぬ方向に飛んでいる。
脳を酷使しながらの二徹は、さしもの彼女も応えた。
彼女は、位置情報を相棒に送信すると、そのまま思考を意馬心猿に任せたままベットに転がった。
意識が途切れ彼女が深い眠りについたのは、そのわずか数秒後のことだった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
戦闘終了まで後十五分を切り、敵はリーダー一人を残すのみとなっていた。
フィールドは、木がうっそうと茂った森の中。
身を隠すところなどそこら中にあるような、敵チームにとってはうってつけの、狩る側からすれば面倒な事この上無いステージだ。
対するこちらは、残り三名。一人脱落があったのではなく、四人一組がルールのこの新入生対抗戦において唯一の三名チームだからであった。
「ここから、南方二百メートルほどの場所です」
そう伝えてきた恵美は、どこかに意識を預けているかのように目の焦点が合っていない。
「おし、こっちでも場所を特定したぜ」
そう言って、一誠は手早く武器化を済ませる。
彼が持つのは、二丁のハンドガンタイプ拳銃だ。
そのうち一丁を、凛々子に渡す。
武器化された汎用器は大きく二種類に分かれる。
一つは、銃ならば銃弾、弓矢なら矢、剣ならば刀身。つまり、攻撃に使用する部分を自らの《能力》で作り出すタイプ。具現化系、もしくは高位の操作系は大抵このタイプだ。
そしてもう一つは、通常の武器と何ら変わらないような、《能力》に直接関係のない武器だ。
そして、一誠の汎用器はそれだった。
《能力》に関係の無いタイプの利点としては、それを貸与可能なことだ。
もちろん武器化しているのは使用者ではないのため、実際の所有者が武器化を解除したり気を失うなどすると、武器化は解除される。
一誠は武器化したハンドガンのうち一丁を、凛々子に渡した。
別段戦闘向きの《能力》を持っていない彼女だが、それとは別に彼女が後天的に努力によって手に入れた力があった。
隠密行動。
気配を消して対象に気づかれないように忍び寄る技術だ。
銃を渡した途端、目の前にいるのにまるでそこにいないような錯覚を覚える。それほどに彼女の存在が希薄になった。
一誠は口笛を鳴らしたくなったが、敵に位置を悟られるだけなので、自重する。
ハンドガンの有効射程は、五十メートル。これは、いわゆる狙って当たる距離だ。銃弾を《能力》で生成しない事のデメリットとして、空気抵抗その他の自然現象の影響を受ける。
つまるところ、相手に気づかれないようにこの距離まで近づいて打たなければならない。
一誠達は視線のみで、「じゃあ作戦通りに」と会話し頷きあう。
気配も音もなく、凛々子が敵リーダーの方向に向かって飛び出す。
待つこと数十秒。
きっかり百五十メートル先から、一誠にしか聞こえない銃声が聞こえた。
「始まったね。全弾命中だ。でも、やっぱり強化系だね。一発や二発銃弾をぶち当てたからって、退場はしてくれなさそうだ」
一誠の銃の銃声は所有者である一誠にしか聞こえない。他者にとっては完全無音の銃だ。
そして、自分の手から離れたからといって、自分の汎用器なのだ状況は手に取るようにわかる。それだって普通の技術ではないのだが、彼だって最優の一組だ。それくらいのことは十分にこなせる。
「そのようですね。飛んできた銃弾の方向から位置を割り出したのでしょう。また逃走を始めました。こちらから見て、右の方向です」
「了解。こちらでも確認した」
そう言って、ウエスタンスタンスでハンドガンを構える。
「カウントしますね。3・2・1」
「「バースト!」」
恵美のカウントと同時に飛び出してきた敵リーダーを、正確に狙撃する。フルバーストで20発の弾丸がはき出され、その転送チップを粉々に破砕させた。
彼我の距離は、約二百メートル。普通では狙って当たる距離ではない。
しかし、狙って当たらないだけで、届かない距離ではない。
ハンドガンより狙いが正確なマシンガンであれば、同じ経口であったとしても200メートルは有効射程圏内だ。
別に一誠が射撃の達人というわけではない。むしろ単なる射撃の腕だけなら、凛々子の方が上だろう。
一誠の《能力》、《未来視力》。
それは、その名の通り未来を見る力。それはどんなに優秀な弾道予測シミュレーターより正確に弾道を予測する。
そして、それこそが彼の《能力付与》だ。
《未来視力》を弾道予測に特化した形で顕現させ、銃撃を補助する力。
彼にとってこのハンドガンは、弾が届く範囲――文字通りの射程距離において、確実に相手を倒す必殺の武器なのだ。
物理的に届かない場所から追い出してしまえば、こうやって難なく当たる。そして、自分以外を強化できない程度の強化系統なら、単純に転送チップをつぶせば良い。転送チップを粉々に破壊された敵リーダーは、即座に転送の光に包まれリタイアした。
その後すぐに行われた勝利のアナウンスを聞き、一誠は銃を元のプレート形状へと戻す。時間にして五十分程度の狩りを終えた彼らを、転送の光が包み込んだ。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
七戦を終えた今、凛々子たちは十八時間程マッチングがない旨の通知を受けた。
勝利点計算上の問題がなければ、このままマッチングがないまま終わる可能性もあるらしい。
結果から言えば、善戦といえるだろう。
三人チームだった為、最初から勝ち点3ポイントが入っていたのも大きかった。
負けもなければ、勝ちもない、引き分けの試合がだらだらと多かったため、3点のアドバンテージは予想に反して大きなものになっていた。
結果から言えば、5勝2引き分け。勝利点17ポイントに、三人チームであることのハンデとして加算される3点を足して、現在20ポイントだ。予選突破確定が21ポイントの為後1ポイント足りない状態だが、彼女たちのチーム以外は、現状そこまでの点数に達していない。それ故の、一時マッチング除外だ。
必要があれば後一試合行われる。だが、恐らくそれはないだろうと、凛々子は考える。
徹夜明けの状態での戦闘は非常に堪えたが、自動でチームに入った杉田と言う男子生徒が意外なほど善戦したために、ある程度は余裕を持ってやれたと思う。
聞けば、『彼』とは親友になったのだと言うし、杉田と言えばおそらくあの有名人の弟だろう。
そして『彼』達は、一時間以上も前に全勝者として優勝を決めている。
あちらも、必要があればもう一試合行うようだが、他のチームの点数調整のための消化試合だ。
全勝者である彼らは、勝っても負けても彼らの予選突破は変わらない。
だが『彼』達の、いや『彼』の敗退する姿は、ワザとであっても見たくはない。勝ってほしいと思った。
それよりも、相棒が徹夜で手に入れ、自分が徹夜で検証した情報を『彼』に渡しに行かないと行けない。
それ位しか、彼女たちには証明する方法がなかったのだから。
敵対する意思はなく、むしろお役に立ちたいのだと。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
文弥が女子寮の前で待ち人を待っていると、意外な人物から声がかかった。
一誠だ。
「おーい、文弥ぁー」
「おお。思ったより早かったな。あと、三十分くらいはかかると思ってたけどよ。で、お前一人か?」
一誠の周りに誰も居ないことを確認して、訊ねる。
「ああ、彼女たちは文弥の見立て通りあと三十分くらいかな?もしかしたら、もうちょっとかかるもしれんけど。
で、一応彼女たちから伝言預かってきててな。それ伝えに一足先に飛んできた。なんでも、今日中のどっかで時間用意してくれってことらしいぞ。どうしても伝えて起きたことがあるそうだ」
それを聞いて、文弥は急に機嫌を上向けた。
「そうか。スマンな。どうだ?これから飯に行くんだけど、一緒に来ねえか?」
「いや。これから、姉ちゃんと妹と飯なんだ。伝えること伝えたら、そっち行かねーと。誘ってくれてありがとうな」
「そういうことなら仕方ないな。家族水入らずで楽しんでくるといい。それと、伝言係にして悪いんだけどよ、彼女たちには了解したと言って、俺の連絡先を教えておいて貰えるか?」
「オーケー。分かった。んじゃそれもしっかり伝えとくぜ。おっと、来たみたいだな。んじゃあ、俺はそろそろ失礼させてもらおうかな」
そう言って一誠が女子寮をみると、丁度、伊織、文寧、優羽の三人が連れ立って出てくるところだった。
一誠はくるりと踵を返すと、片手を上げてそのままゆっくりと歩み去っていった。
おおよそ何かあることは気がついてはいるのだろう。それでも一誠はアレコレ聞かず、駆け寄ってくる彼女たちにも気を使って何も話さないまま歩み去った。気のきき過ぎた友人に苦笑しながら、彼女たちを笑顔で迎えた。まぁ、前に話していた姉との約束に遅れたくなかっただけかもしれないが。
「おまたせー」
と伊織が軽く言って、
「いや、時間よりチョット早いくらいだ」
文弥が、笑顔で返す。
「では、早速行きましょう。アヤさんはお腹が空きました」
文寧が急かすように言った時、文弥の携帯がメールの着信を告げた。
「ああ、チョット待ってくれ。メールだ」
メールを確認すると、予想通り凛々子からだった。
(凛々子達と一誠が同じチームになったのは、運が良かったな)
そう胸中で呟きながら、メールを読む。
『華月 凛々子です。
久城 文弥さんのメールアドレスで大丈夫でしょうか?杉田 一誠さんから連絡先をお聞きし、連絡をさせて頂いています。
例の男について、早急にお伝えしたいことがありますので、お忙しいとは存じますが、今日中にお時間をいただけると幸いです。
都合のいい時間を、ご連絡ください。』
先日、茜色の医務室で話した彼女の姿から比べると、随分と丁寧な文面だ。
文字媒体のコミュニケーションでは、いい意味で性格が変わるのだろう。と文弥は端的に納得して、『夜にでも会って話を聞こう。』と返事を返そうと、返信画面を開いた。
だが、
「む。兄さん?なんか、ニヤニヤしてますね。アヤさん的に言って、だらしないと言っても過言ではないニヤニヤっぷりですね。先ほど、杉田くんとお話していましたので、彼からかと思ったのですが……その様子だと、もしかして女性ですか?」
という、文寧のセリフによってそれは中断せざるを得なかった。
凛々子からの、『例の男の情報』に対して内心ほくそ笑んでいたのを、目ざとい文寧が勘違いしたのだろう。
「ああ。最近、一誠から紹介してもらった隣のクラスの女子でな。今日話したいことがあるから、時間作ってくれと言われて、さっき一誠経由で連絡先を教えといたんだ」
あくまで文寧の勘違いであって、疚しいところが微塵もない文弥は、正直に内容を告げた。
とは言え、襲撃云々など余計なことまでは言わない。言う必要もないだろうと思ったのだ。
文弥にしては珍しい失策だった。
それは、彼女たちが聞きたくなかった情報だ。真実はともかくとして。
文寧だけではなく、伊織に優羽まで目つきが変わる。そして、失策だと気がついたのは、彼女たちの目つきが変わった後だった。
「兄さん?チョットどういうことか、アヤさんが納得できるように説明していただけますか?」
「久しぶりに再会した幼なじみが、まさかソコまでのモテオーラを習得していたとは……(身近な人にしか効かないと思ってたのに)」
「わたしも、ちょーーーっとだけ興味あるかなー。お世話係として」
伊織は文寧にノッて居るだけだろうし、文寧はせっかく再開した兄が他の女に取られるような気になっているだけだろうし、優羽にいたっては雰囲気にアテられているだけだろう。
文弥はそう判断し、
(チョット予定より早くなってしまったが、彼女たちを巻き込んでおこう。そのほうがいろんな意味で安全だろうからな)
と心に決めると、困ったような表情を作った。
「まぁ、なんだ。大体の話の内容は想像がついてる。お前らの前で話をしても、まぁ問題ない。お前らが想像してるような、色気のある話じゃあねぇからよ。ただし、聞いちまったら恐らく俺の事情に巻き込んじまうからな。だけど、お前らさえ良ければ、彼女たちを打ち上げに呼ぼうと思うんだけどよ」
「アヤさんは構いません。兄さんの事情は、妹である私の事情でもありますから」
いち早く文寧が了承し。
「私は、文弥くんのお世話係だからね」
優羽が、胸を張って答え。
「私も興味あるなー」
伊織はまだ疑っているような、ジトッとした目で了承した。
そういうことならと、文弥が返信の内容を変更し、
『リーガロイヤルホテルの鉄板焼きレストラン、『青葉亭』に来てくれ。
打ち合わせと祝勝会を兼ねているから他のチームメンバーが居るが、彼女たちにも関係ある内容になりそうだから、同席してもらうことにした。
せっかく重要な話を持ってきてくれたんだ、ついでと言ってはなんだが、君たちの勝利も俺に祝わせてくれ。』
と返信した。そして、凛々子からの返信は即座にとどいた。
『承知しました。それでは恵美と一緒にお伺いさせていただきます。四十分ほどでお伺いできるかと思います。私たちのことは気になさらず、先に始めておいてください。』
文弥は、メールを確認すると、三人組に目を向け、
「鉄板焼きレストランに呼んでおいた、四十分ほどで到着するそうだ。先に始めててくれって話だから、先に行って食べ始めてようぜ。腹へってるだろ?」
今回の目的地であるリーガロイヤルホテルは、文弥達の寮から約二キロ程の距離だ。歩けない距離ではないが、いざ歩くにはすこしばかり遠い距離だ。
もちろん、《能力》をつかって移動すればすぐに到着できるだろう。たとえば、伊織に頼んで空から移動するとか。
しかし、文弥はそういうところでも抜かりがない。
チーム久城の待ち合わせ時間ちょうどとなったタイミングで、寮の前にハイヤーが到着した。
ガソリンエンジンを使用しない完全電気駆動の車は、音だけでは接近を気づかせない静音性を発揮していた。そしてそのまま文弥の前に横付けされると、ガチャリという音を立てて後部座席のドアが開いた。
現在ではガソリンエンジンはほぼ姿を消し、代わりに電気駆動エンジン、もしくは水で走る水素駆動型のエンジンが主流となっている。
「おお。車を用意してくれたのね」
と伊織が感嘆の声を上げる。
「全員乗れる大きさの車だから、乗ってくれ。つっても車ならすぐだけどな」
と、レディーファーストのまね事をして彼女たちを誘導すると、最後に自分も乗り込んだ。
その数瞬後、バタンと自動でドアが締まる。そして、ハイヤーは到着時と同じ様な静粛性を以って発進した。




