転校偏 第03章 第03話 戦闘・戦闘・戦闘・戦闘・戦闘・戦闘
六戦を終えた今、改めて振り返ってみると、ある程度は予測されていた結果だったとはいえ、結果から言えば圧勝だったといえる。
もしコレが、ジャンプのバトル漫画であったならば、一試合一コマで描かれる様なあっけなさだ。
ドン!
とか言う効果音付きで。
「結局、前もってあんな約束しなくても、俺の出番なんて必要なかったよな。この対抗戦は、盛夏戦のメンバー選考を兼ねているとか奥村先生が言ってたけど、俺は大丈夫なのか心配になってきたぜ」
と文弥は少しおどけるように言って、それでも彼女たちを労った。
「みんな張り切ってたからねぇ」
という伊織の言葉と共にみんなの思考は、初戦へと戻っていた。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
過去の新入生対抗戦は、すべて実際の島などで行われていた。
しかし、どうやら今回からは違うらしい。もちろん、それについては事前に説明があったことだ。
戦闘に使用するフィールド自体が特殊な空間になっているらしく、中で即死させるような攻撃をしない限り大丈夫。たとえ即死させたとしても、しばらく入院すれば問題は無いらしいが、大会の進行上問題があるため、即死させるような攻撃はルール違反だ。
即死と言っても、脳死しようか心臓が止まろうが、からだがバラバラになろうが、直ぐに死ぬわけではない。
もちろん文寧には、その原理は良くはわからない。
彼女の兄が言うには、身体に死が定着するまでにはある程度の時間がかかる。
だが、《能力》の中には直接死を与えるような物も存在する。
もしくは、外に転送されるまでのラグの間に死が定着する様な凄惨な攻撃でも、このフィールド内で、即死を与える方法なのだろう。
とにかく、それ以外であればある程度大ダメージを与えても、問題ないということになる。
『大怪我させないように手加減する』から、『すぐには死なない程度に手加減する』へ。この変化は、実力差がありすぎる現状において、非常にありがたかった。普段であれば、相手の防御力を見誤っただけで、一瞬で大けがをさせてしまう。それがなくなっただけでも、ずいぶんと戦いやすい。
それを再認識しながらも、思い出すのは先日の会話だ。
(外の天気なんて、待ち時間の間しか関係ないんですね)
と文寧は胸中で独白しながら、転送を待つ。
戦闘開始の合図などは存在しない。全員の転送が完了したその瞬間から戦闘開始だ。
そして、転送されるまでお互いに対戦チームがどこになるかはわからない。
特に一回戦は、獲得ポイントが全員ゼロポイントのため、ポイントkら対戦相手を予測するなんてことも不可能だ。
『それでは、新入生対抗戦一試合目を開始いたします。』
その放送が合図となり、文寧達は光に包まれ、第一試合のフィールドへと転送された。
彼女たちが転送されたフィールドは、古代ローマのコロシアムを思わせるすり鉢型の建物の中だ。
ただし、地面は運動場のような土畳となっている。
事前に手を出さない約束をした文弥が後ろへ下がり、同じように伊織と優羽も後ろへ下がった。
一回戦は、文寧一人で終わらせる作戦だ。
相手チームをみると、いきなり一組のチームと当たって困惑しているのか、それとも、文寧一人が前に出たことに驚いたのか、相手チームから攻めてくる気配はない。
そうしている間に、文寧の手には黒い塊が握られていた。
磁力を放射し、地面から砂鉄を集めたのだ。
それを、相手チームに向けると、灼熱を伴う雷光がコロシアムの壁もろとも相手チームを吹き飛ばした。
磁力で砂鉄を集め、ローレンツ力で放射する文寧の大技。
「《砂鉄の超電磁砲》」
ある程度の距離もあり、かつ殺さないように威力を抑えた一撃だが、それでも相手チームを全滅させるのに十分だった。
土埃が晴れる前に、チーム久城の勝利が告げられ、文寧達は待機所である剴園高校へと再転送された。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
次のバトルフィールドは、船上だった。優羽たちを乗せた非常に大きなガレオン船は、風に乗ってまっすぐ進んでいる。
フィールド内の天気は、一回戦のコロシアムと同様良好で、青い空と爽やかな海風が船を推し進めていた。
凪いではいないが、海も非常に穏やかだ。
船自体に武器弾薬は積んでおらず、ただ彼女たちを運ぶのみだ。
対する相手は、八百メートル程先に居るようだ。相手チームも似たようなガレオン船に乗っている。
目算だが、このまま行けば十分ほどですれ違うだろう。
距離が近づくまで防御に徹し、近距離戦闘に持ち込むか、遠距離で攻撃を仕掛けるか。
船を操作することももちろん可能だろう。
優羽達には、ガレオン船を操舵する技術など持ち合わせては居ないが。
初戦と比べると、作戦の幅が広い難易度の高いフィールドだ。
「ここは私かな?」
言いながら、優羽が一歩前へ出る。彼我の距離が、五メートルも縮まらないうちに、《能力》を発動する。
彼女が選択したのは、幅の広い作戦などではない。ただの力業だ。
ただし、恐ろしくレベルの高い力業だ。
優羽が《能力》を発動すると同時に、彼女達が乗っている船の推進が唐突に停止する。
そして次の瞬間、相手の船の周りがモーゼの海割のように断ち割れた。
海を失った船は、百メートル程下の海底へその船体を打ち付け大きく破砕する。
だが、まだ勝利のアナウンスは出ない。
百メートル落下しても、離脱するほどの大ダメージは負っていないということだろう。
恐らく中に乗っているのは、強化系能力者。
瞬間的に身体を強化し、大ダメージから身を守ったのだろう。
船の破砕を防げなかったところを見ると、馬鹿みたいに強力な力を持っているわけではないのか、単純に間に合わなかったのか。
全員が、咄嗟に船を守ろうとして、相克を起こしてしまったのかもしれない。
それでも、中程度の《能力》に違いない。
(もしかすると同じクラスだったかも?)
優羽には遠く離れた場所を知覚する能力が無い。静脈の流れをすべて記憶していれば、誰が乗っているかくらいはわかったかもしれないが、ソンなことに余計な脳のメモリは使えない。
強化系の《能力保持者》であれば、ただでさえ、通常の人間より身体能力が強化されている《能力保持者》の身体能力を、《能力》で強化することであの程度のダメージは難なく回避できるだろう。ただし、最低でも二組の上位クラスほどの《能力》の強さが必要だが。
文寧の時は相手の油断もさることながら、本人のみの強化でとどまるような《能力保持者》が相手の場合、前方からの衝撃で転送チップを叩き割れたのだろう。
このゲームでは、自分の体はもちろんのこと、転送チップも守らなければ勝つことはできない。
今回は落下ダメージのため、チップを破壊できるほどの衝撃は与えられなかったということだろう。
一組上位の強化系なら、チップを《能力》で守ることも可能だろうが……
と、優羽は該当する顔を思い浮かべたが、唐突に考えるのをやめた。
アレコレ現状の状況に対する理由は思いつくが、結局のところやることは変わらない。
優羽はそう判断すると、発動中の《能力》を中断した。
すると、今度は海底の船を海の壁が襲った。初撃では、海を割りそこの範囲のものすべてを海底に叩き落す。
返す一撃で、巨大な海そのものといえる津波で水の衝撃を与えながら、海底へ沈める。
固有名「《深潭》」。
左右から100メートルの津波に挟み込まれ全てを海の藻屑へと化した。そうしたところで、今度こそ勝利のアナウンスが流れたのだった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
三回戦。ここまでの試合間隔は、三十分以内で立て続けに行われている。
立て続けではあるが、コレまでは文寧と優羽が頑張ったため、今回の担当である伊織には一切の疲労はない。ただ突っ立っていただけだ。
まぁ、それは彼女の幼なじみであるところの、文弥も同じではあったが、それは元々彼女たちが望んだことなので、文句は言うまい。
そして、一回戦から三回戦までは、彼女たちが一人で相手をする。
それも、彼女たちが決めたことだ。
スイスドローというゲームの都合上、上位に行けば行くほど、強い相手に当たり易くなるという特徴があるが、何も途中で会う敵が弱いわけではない。
結局は、重み付けされた総当たり戦なので、初戦から強敵に出会うこともままあり得るのだ。
伊織は改めて気を引き締めると、転送を待った。
そして、しばらくして転送されたバトルフィールドは、高原だった。
スイスのアルプスのような雄大で美しい高原。
足元は緑の絨毯。
背の高い草木は存在せず、只々緑が敷き詰められている。
ここが戦闘用のフィールドでなかったのならば、足元に見えるエーデルワイスを愛で、少し遠方に見える花畑に飛び込んでみたい。
そんなくだらない事を考えながら、今回の対戦相手を確認する。
それは、二百メートルほど先。見晴らしの良い高原であるため、はっきりと視認できた。
そして、それを認識した瞬間―――
一点に凝縮された空気の刃が、相手チーム四人の転送チップを正確に撃ちぬいた。
彼らは転送後、一切何もさせてはもらえなかった。まさしく瞬殺。
余計なダメージを負って地面に倒れ高原の花を潰すこともなく、ただただ茫然とその結果に立ちすくんでいた。
伊織も、転送されたそのままの状態で、一歩も動いていない。
もちろんそれ以外のチームメイトも、後ろへ下がるなどと言う気遣いをするまでもなく試合が終了していた。
美しい高原は、そこへ侵入した異物に一切侵されること無く、その役目を終えた。
「ちょっと卑怯っぽくて、なんか地味でごめん」
伊織は、なんとなく相手チームに謝った。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
四回戦。
文寧たちを迎えたのは、霧に覆われた湖畔のステージだった。
一メートル先も見ることが厳しいような、恐ろしく濃い霧だ。
他のメンバー達の姿くらいは確認できるが、細かい表情までは確認できない。
相手チームの姿など、何を況やだ。
此度の戦闘は、伊織と文寧のペアの予定だ。
一回戦から三回戦までは、一人で倒してきたが、四回戦から先は二人で倒す。
コンビネーションでの力を、文弥に見せつける。
今や彼女たちにとって、この新入生対抗戦の試合は勝ち抜いて本戦に出場することではない。
勝ち方を文弥に見てもらう、プレゼンテーションの為の戦いだ。
勝つのは大前提。後はどうやって勝つかだ。
そして、どんなステージであっても一度決めたメンバーの変更はなしだ。
ステージの相性によって、メンバーを変えるのは普通だろうし、ただ勝つためなら必ずそうするべきだ。
たとえばこの湖畔ステージなら、優羽一人で戦えば、優勢間違いないだろう。
普段は長距離離れた相手の動向を探ることができない優羽だが、霧の中や水の中では話が異なってくる。
水は、彼女が操作するもの。そして、それは彼女にとって手足も同然。それに触れているものは、いかなるものも彼女から逃げることはできない。
だが、メンバーの交代はしない。
ステージの不利有利関係なく、屠れないことには、プレゼンテーションとしてうまくいったとは言い切れない。
ここからは、頭も使う。
先ずは、現状見えない相手の素性を推理してみる。
最初こそ全チームからのランダムだったが、四回戦ともなると相手チーム顔が見えなくとも。どこと当たったかくらいの推測は付く。
何せこちらは全戦全勝で一番のポイント獲得数なのだ、計算もしやすい。
相手チームの動向は視認できないが、待ち時間に見た他チームの戦闘を見る限り、霧に乗じて逃げ引き分けに持ち込むか、影からリーダーである文弥を狙い撃ちし、その後時間切れまで逃げ切る作戦を取ってくるだろう。
対して、こちらは電気制御と、気体制御。
強力な電撃は、この霧の中では使えない。
霧が帯電し、無差別に電撃をまき散らしてしまうだろう。
空気中に漂う霧。そして、それが帯電す電気まで完全に掌握すれば、目以外の方法で視ている相手チームに電撃を叩き込んでやればいい。
だが、文寧にはまだそこまでの制御はできない。
文寧自身には電撃は効かないが、それ以外のメンバーは別だ。
もちろん、空気中の帯電した電気から身を守るくらいはたやすいだろうが、彼らに仕事をさせずに勝つのがミッションなのだ。
操作系能力者は、己の操作対象を五感に依らず感知できる。
感知できる範囲は、能力の及ぶ範囲全域だ。
能力の効果範囲は、先天的なものもあるが、本人の努力次第で拡大していく。
文寧で、半径五キロメートルほど。五感による補助が得られないような場所に《能力》を使用する時は、狙いを付けるのに時間がかかったり、距離が離れすぎると威力が弱かったり、狙いが正確でなかったりする為、五キロメートル先を電撃で狙撃することができると言うよりは、直径十キロメートルの範囲の電磁波や、電気信号を検知できるといったほうがより正確かもしれない。
伊織はその時々の気分で効果範囲がまちまちな為、正確な効果範囲は文寧はおろか、本人すらもわかっていないだろう。だが、せいぜいがニキロメートル四方なこのフィールドで、五百メートルも離れていない位置にいる相手チームを検知できていないはずはない。たとえ、どんなに調子が悪くとも。
伊織は、気体を制御する概念能力者だ。
石にでもなって、動きはおろか呼吸さえも止めるくらいでないと、彼女からは逃れられない。
文寧は電磁波の照射と、生体電気の検知で相手の居場所を割りだしている。
わざわざ声を出して、相手に位置を掴ませてやる必要もない。
相手は、まだこちらの位置を検知していないようだ。位置を割り出し次第、逃走に入るのだろう。
逃げた先が、敵の陣地だったのでは目も当てられない。
文寧が伊織に視線を向けると、伊織はただ力強く頷いた。
伊織が、指を三本立てる。一秒経ち、二本に減らす。更に、一本。
そして、その一秒後―――
―――爆発が空気を揺るがした。
まだこちらの位置の割り出しが完了していなかった、相手陣地を大爆破が襲ったのだ。
霧はフィールドの特性らしく、爆風が空気を薙いでも一向に薄れる気配はしない。
そんなことだろうと思い、はじめから伊織は、風を起こして霧をどうにかするといったような手段は考えなかった。代わりに行ったのは、概念操作により水素を現出させ、更にその水素を操作しそのままの位置にとどまらせることで、相手チームの周りにくまなく充満させることだった。
体内からの爆発はさすがにかわいそうだったので、吸い込まないように彼らの周りだけは、普通の空気にしておいた。さらに、水素は無臭のため、一切気が付かなかっただろう。
そして、文寧の力で小さな電気の火花を散らせる。
それだけで、霧の中の戦闘は集結した。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
四回戦終了後二時間近く待たされた後、優羽達が転送されたのはビルの中だった。
元ビルとでも言ったほうが良さげなその内部は、ガラスはすべて無く、コンクリートはひび割れ、天井は配管がむき出しになっていた。
彼女たちが居る地点は、地上40メートルほどの高さだろうか。ガラスのない窓から外を見ると黄昏よりもなお昏く、水平線だけがただ明い。
星は存在せず、代わりにオーロラが世界を照らしていた。
ガラスもなくコンクリートは風化されるがままになり、白夜とオーロラの空の下でただ朽ちゆく定めを享受し続けるビル群。自分たちが居るこのビルも、外から見たならば同じようなものなのだと否応にも知ることができた。
五回戦は、優羽と文寧が戦う予定だ。
恐らくは、同じビルか外に見える別なビルの中に、敵チームも転送されてきているだろう。
時間がたてば、待ち時間に見ていた彼らの前の試合の様に逃げ回られ、無駄に時間を浪費させられて最悪引き分けに持ち込まれるだろう。
だが、文寧なら電磁波の広範囲照射で、敵チームを索敵可能だろう。
「文寧ちゃん。お願いできる?」
「駄目です。オーロラというのは、不可視可視問わず電磁波の塊なのです。あれに覆われていては、今のアヤさんでは、電磁波を照射どころか、微弱な生体電気を探すことも難しいです」
頭を振る文寧。
楽は出来ないということか。と気合を入れなおし、ならばと、別な方法で探し出すことにする。
優羽は、小さな氷の礫を作り出すと、おもむろに窓に向かって放おった。
礫が外に向かって飛び出そうとした瞬間、窓に虹色の波紋が広がり礫が外に飛び出すのを防いだ。
衝撃すらも殺され、窓枠すらもない窓の手前にそのまま落ちて砕けた。
硬化もしていない氷では、床に落ちた程度でも砕けてしまう。
ただ、コレでわかったことがある。
このビルから出ることは出来ない。フィールドはこのビルだけなのだ。
そう判断した後の行動は、迅速だった。
優羽達がいるフロア以外のすべてのフロアに、四回戦のフィールド以上の濃密さで霧が満ちた。
四回戦の戦いが優羽に割り当てられていたなら、あの霧をすべて晴らすことも出来ただろう。
それにはあまりメリットもないので、そうなっていたとしてもやらなかったが。
「さすがは優羽ね。この範囲をまとめて《能力》の効果範囲にするなんて……」
伊織の手放しの賞賛に軽く笑顔を返し、伊織への返答の代わりに告げる。
「文寧ちゃん。ここから20メートル下の地点と、30メートル下の地点だよ。二手に分かれて、逃げ始めちゃってるね。でも、もう片方はもしかしたらこっちに向かってるのかな。まだ二手にわかれただけみたい。それ以外には居ないよ」
先ほどの湖の試合。彼らはこちらの位置を割り出そうとするのではなく、二手もしくは四手に分かれて、ばらばらの方向に逃げるべきだったのだ。
犠牲を恐れずに。
それを、今回の敵は実践したのだろう。
伊織は空気の振動で、動いているものをある程度感知することが出来る。文寧は電磁波の投射で離れている場所の状況を知ることが出来る。
だが、優羽にはそれを知覚する力がない。
液体の位置を探すことで、知覚することが出来るようになるかもしれないが、現在の彼女では自分と水で繋がっているものしか知覚することが出来ない。
しかし、自分が生み出した水に触れているものを、知覚することくらいは出来る。
文寧は頷くと、優羽が指定した地点に強力な電撃を放つ。
先ほど文寧が危惧したとおり、霧が電撃を伝え、雑な狙いであってもその空間を電撃で満たした。
あとに残るのは、戦闘不能になった敵チームのメンバー達だ。
数瞬後、チーム久城の勝利が伝えられ、転送の光が優羽達を包んだ。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
最後に転送されたのは、雪原だった。
樹氷すらない、只々真っ白い空間。
空だけが、灰色の雪雲に覆われている。
転送が完了しこちらが相手チームを認識するよりも前に、相手チームが動いた。
高次能力者を相手にする時に、最も大事なことは固まらないことだ。
転送先がどこであろうと、相手がどこにいようと、先ず最初に散開する作戦なのだろう。
そして、彼らが行うのは全員での遁走。
前回の敵チームはチームを二手に分けて、逃げまわるチームと攻め込むチームと分けていたようだが、目の前に居る彼らは初めから、引き分け狙いだ。
「なんか、逃げまわる人達を倒すのって、あんまりいい気分じゃないね」
「今までのチームは多少なりとも攻める気概があったけど、なんだか拍子が抜けるわねぇ」
敵チームは、うまく散開だけは出来たものの、雪道に足を取られて速度を出せていない。
伊織がぼやくと同時に、敵チームに地吹雪が襲いかかる。
いや、地吹雪と言うよりは、雪を巻き込んだ竜巻と表現するほうが正しいかもしれない。
散会したものの、うまく移動できず、然程の距離が離れていなかったため、彼らが居る範囲すべてが竜巻の範囲となっており、それ以外はそよ風が吹く程度だ。
四回戦の霧より、五回戦に優羽が生み出した霧より一層の悪視界だ。一センチ先も見えないだろう。
その前に、暴風で目を開けることすら出来ないだろうが。
「文弥くんには効かなかったけど……」
そう言いながら、優羽の手には氷柱のような氷の矢と、弓が握られている。
ただし、演習で文弥に放った矢よりも、三倍は太くそして長い。
身の丈に合わない長さの矢を取り扱うのは非常に難易度が高い技術だが、そこは常識の概念を超える《能力保持者》の武器化だ。
直径四センチほど、長さ三メートルほどの矢。それを、瞬く間に五連射。
その全てが、竜巻の中で粉々にくだける。その破片の一つ一つが、ダイヤモンドより固い、氷の刃だ。
それが、竜巻の中で暴れ狂う。
雪を含んだ白い竜巻は、次第に真っ赤に染まり、血臭が立ち込める。たとえ、強化能力者であったとしても、あの死の風から逃れるのは困難だろう。
あの死の風から逃れるには、分子間結合を固定に近いくらいまで、分子間力を高めなければならない。
あの氷の刃は地球上で最も固いと言われている、ダイヤモンドを超えるモース硬度なのだ。それが、暴風に乗って取り込んだものをすり下ろすように押し寄せる。それを耐え切るには、自分の全身すべてを、ダイヤモンドよりも数倍硬くする必要があるだろう。
そんなことが出来る《能力保持者》なら、最初から逃げの手は打たない。
血風が晴れるより前に、優羽達を転送の光が包んだ。




