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学術研究都市の能力保持者達  作者: 和泉 和
転校偏 ~闇夜のカリバーン~ 第二章
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転校偏 第02章 第10話 幼なじみとの絆

 第三医務室を後にした文弥は、一人でCafe Roald(カフェ ロアール)へと向かい、コーヒーカップを傾けていた。


 テーブル席には、数組の大学生位の年齢の客が座っているのみで、文弥が座っているカウンター席には誰も座っていない。


 更にあげるならば、女性客ばかりで、男性客は文弥一人だ。


 しかしそんなことは、店員はおろか、おしゃべりに夢中になっている彼女達は気にもとめないだろう。


 そして、文弥自身も気にしない。


 シアトル系のコーヒースタンドとは違い、マグではなく有田焼のコーヒーカップだ。高級なアンティークカップ程ではないし、そもそもヨーロッパのものですらない。


 だが、日本の白磁器も捨てたものではない。少なくとも、文弥の好みではあった。


 そうして一息つくと、思い浮かべるのは恵美からもたらされた情報。


 不快な声音と、奇妙な話し方をする男。


 そんな男が、何人もいるわけもなく。そして恐らくは、文弥の知っているあの男だろう。


 ――久城(くじょう) 研璽(けんじ)


 元、金鵄教導(きんしきょうどう)の研究者にして、文弥の戸籍上の叔父にあたる男。


 だが、狙われる理由が全く不明だ。


 二組から四組の連中が文弥を狙う理由は分かった。実際は一度も成功していないとはいえ、そこまでして、新入生対抗戦で好成績を残したいかどうかについては、理解できなかったが、少なくとも動機ははっきりしている。


 だが、久城研璽という男は文弥の叔父であるということ以外はなんの接点もない。


 金鵄教導の研究者ではあったが、彼の研究には文弥は一切関わっていない。


 そもそも、久城研璽という男は、金鵄教導の中でも異端の研究者だった。金鵄教導が提唱している、《多重能力(デュアルスキル)》とは違う手段で、そこに到達しようとしていたのだ。


 知っているのはその程度。どんな風な研究内容なのか。それすらもわからない。


 ようやく手繰り寄せた糸の先には何もなかった。


 そんな徒労感。


 だが……


 理由はどうあれやることは変わらない。身内だろうが、女子供だろうが、立ち塞がる奴は潰せばいい。


 ちょっとちょっかいかけてくるくらいなら、無視して済ませるが、すでにちょっとの域を超えている。


 学校の生徒全員を守ってやるつもりはないが、そこにほころびが出来たのなら、平穏は乱される。


 叩き潰すことに決め、潰す相手が明確にわかると、それだけでにコーヒーが美味しく感じられた。


 温かいものと一緒に、モヤモヤした気持ちが消えていく。


 結果から見れば、カードを一枚切っただけで、相手の情勢はほぼ丸裸だ。


 結局《能力(スキル)》も完全にはバレていない。現状はミスリードが効いている。


『何が出来るか』をひたすら提示し続ければいつかはバレるだろうが、優羽たちに頼まれたとおり、新入生対抗戦本戦まで秘密を守り通せばいい。


 まだ、切ったカードは三枚だ。


 結果としては、上々と言える。


 お互いに動くとすれば、予選開始後になるだろうと文弥は予測した。


 少なくとも、相手の居場所を割っていないこちらから動けるのは、予選終了後になるだろう。


 そして、文弥が今から完全に動くことは不可能でも、すでにアチコチに種を蒔いてある。


 それが芽吹けば、自体は急変する。それまでは、予選に集中すればいい。チームメイトたちが恐ろしく張り切っていたので、恐らく何もやることはないが。


 久城研璽と行動を共にしている《能力保持者(スキルオーナー)》。


 それのことは、結局わからなかった。


 そして、凛々子達を闇討ちしている犯人もわからずじまい。


 文弥を襲った犯人もわからずじまい。


 両方とも、久城研璽のしわざかもしれないし、そうでないかもしれない。


 そもそも、凛々子達を闇討ちする理由は久城研璽にはないと思われる。


 そうして思い出すのは、『犯人は、文寧だ』と言っていた山崎の台詞。


 途中からはある程度誘導したとはいえ、視野狭窄を起こして矢を乱発し、一切の的を射ていないような彼の台詞は、一部分において的を射ているのでは無いか?と、文弥はそう考え始めていた。


 文弥の考えが正しいとするならば……


(優羽や、伊織も本件に関して無関係とは言えなくなりそうだな……)


 そんなことを考えていたからだろうか。古来より、『噂をすれば影』という言葉があるとおり、丁度脳内に上った人物が、店内に入ってきた。


 珈琲の味も良いし、カップのセンスも良いが、知り合いに会いすぎるというのは、コト考え事をする時に使用するには不便だと文弥は悟るのだった。


「あれ?文弥じゃない」


「おう、伊織。お前一人か?」


「なんか、文弥は私達が三人セットだと思ってるフシがあるわね」


 確かに文弥のセリフは伊織が一人で居ることに対する意外感からだったが、伊織のその台詞は被害妄想だった。


「ふむ。確かに三人でいることは多いだろうが、そう言う意味で行ったんじゃない。伊織は常に誰かに囲まれてるイメージがあるからな」


「ああ、ナルホド。確かにそうかもね。アレコレ世話を焼くことが多いし。と言っても、別に好きでこうなったわけじゃないんだけどね」


 言いながら、文弥の隣に座る。


「嫌なのか?」


「嫌ってわけじゃないし皆がそうってわけじゃないんだけど、それでも魂胆が見え隠れしてるのとか見ると、げんなりしちゃって……で、ここに来たってわけ。ここ、剴園の生徒は殆どここには来ないから」


「そういえば、お前ら以外ここで会ったこと無いな。と言っても、全校生徒の顔を覚えているわけではないけどな」


「通学路でワザワザ飲み食いする必要がないからね。うちの場合。遊びに行くなら、『本駅』の方まで出るし」


 伊織が言った本駅とは、『狡神本駅』。ここ剴園高校最寄り駅の『剴園高校駅』から三駅ほど離れた場所にある繁華街のことだ。


『狡神本駅』だと長いので、住民の殆どが省略して『本駅』と呼んでいる。


「んで、何をそんなにげんなりしてるってんだ?」


「色んな子に恋愛相談持ちかけるような子ってね、恋愛相談することで牽制してるのよ。私が狙ってるんだから、手を出さないでーってね。高校に入ってから、あれやこれや色恋沙汰に巻き込まれ気味で、食あたりしてるのよ。私自身そー言う経験一切ないからさ、相談されても困るのよね。一般論とか、他の子の場合はどうだったーとかそう言う話しかできなくて。まぁ、結局は背中押して欲しいだけってのが多いから、それは何とかなってるんだけど」


 元は、男だと文弥に思われていたくらいこざっぱりとした性格なのだ。そう言う、見え隠れする『女のずるさ』には嫌気がさすのだろう。


 本当に、男だったのなら話は変わってくるのだろうが。


「まぁいいじゃねーか。健気でよ。それに、世の中には、他人の物ばっかりほしがる奴もいるからな。その作戦が必ず成功するとも限らねぇよ。駆け引き自体を楽しんでるんじゃねぇか?そいつらもよ」


「恋に恋するってやつ?分からない感覚だわ」


 言ってぶへーっとテーブルに突っ伏す。


 丁度そのタイミングでウエイトレスが水を運んできたので、直ぐに体を起こし紅茶を注文する。


「まぁ、俺にも理解出来ん感覚ではあるけどよ。好意を向けられることには、ある程度耐性があるだろ?お前」


「うーん。実はそうでもないのよね。優羽や文寧もそうなんだけど、普通に遊びに行くことすら断りまくった結果、絶対無理みたいに思われてて、今や一切お声がけなしって感じ。なんていうか、男子とこうやって隣り合わせで座ってお茶してる状況ってそもそもあり得ない感じ?自分で言うのもなんだけど」


「ふむ。転校生特権と、幼なじみ特権と、兄特権の結果だな。毎日飯食ってるしな。なんつーか、こうやって並べると、色恋沙汰になりそうなのは、()()()()()だよな。このメンバーで」


「ぶっ。何を言い出すのよ。いきなり」


 紅茶が来るまでのつなぎに口に含んでいた水を吹き出しながら、抗議の声をあげる。


「おいおい。大丈夫か?」


 言いながら、紙ナプキンを渡す。


「ごほっ……ありがと……んっ……。んで?なんなのよ。いっ、色恋沙汰になりそうなのは()()()って」


 若干ニュアンスが変わっているような気がしたが、文弥は気にせず、質問に答える。


「いや、文寧は妹だし、優羽は、お世話係にお友達だろ?それに、文寧の次にお前は一番付き合いが長いからな。まぁブランクはあったけどよ」


「そういうことか。まぁそうね。こんな形でまた会えるなんて思ってもみなかったわ。でも、前提条件が間違ってるわね。私と色恋沙汰になるには、あんたが私に惚れないと無理よね。私より、恋愛に興味なさそうなのに」


「なんだそれ。まるで、俺さえ惚れればいいみたいな言い方だな」


 言って、伊織の目を覗きこむ。


「ぐ。言葉の綾よ。あー紅茶遅いわねー」


「おまたせしました~」


「わひゃぁ⁉」


 タイミング紅茶を持ってきたウエイトレスに吃驚(びっくり)して声を上げる。


 恋愛相談を持ちかけられて大変だと訴えていた姿が嘘のような醜態である。


 ウエイトレスが紅茶を置いて去って行くと、文寧は改めて切り出した。


「んで?文弥はどうだったのよ?金鵄教導(アッチ)で恋人とか居なかったの?」


 いたとしても、金鵄教導の現状を考えれば、既に身まかっているだろう。


 やたらと、金鵄教導の惨状に気を使っている優羽であったならば、しないような質問だ。


 だが、そこは旧友の着やすさがある伊織。あえて気にしない。


「三人くらい彼女が居たな。日替わりで毎日違う彼女と出かけてた。いや、マジでハードだったぜ」


「え……?冗談……よね?」


「ああ、もちろん冗談だ。だいたい、恋愛に興味なさそうだって言ったのはお前のほうだぜ?」


「ああ、もう、そうね。そうでした。そーいうのいたら、先越されたみたいでくやしいって思っただけだったけど、なんかもーどうでも良くなってきた」


 半眼になり、ダルそうに呻く。


「そうそう。男の過去にこだわらねーのはいい女の証拠だぜ?しかし、言い寄ってきた男の中に、一人くらい居なかったのか?ビビット来るやつがよ」


「それが居なかったのよねぇ。不思議なことに。理想がものすごく高いってわけでもないんだけど、学校一の秀才でスポーツ万能!とかって言われてたセンパイに誘われたけど、あーはい。ごめんなさいって感じ?っていうか、あんまり男に興味ないのかも?って思えてきた。恋愛対象として女の子はもっとあり得ないけど」


 言いながら首を傾げたり、ウンウン頷いたりしている。


 忙しいことだと思いながら、文弥は、


(なんか、枯れてるな……)


 とか思っていたが、口に出したのは別なことだ。


「そんなお前からしたら、迷惑なんじゃねーか?最近の噂」


「うわさ?なにそれ?」


「なんつーか。『あれほど身なりに気を使う片瀬 伊織が、今の今まで男に見向きもしなかったのは、幼なじみの男に操を立てていたからだ。』ってやつだよ」


「ああ、それ?別になんとも思ってないわよ?むしろ、声をかけてくる男子がゼロになったからね。コレはすごいことよ。自慢じゃないけど。割と本気で」


(全部が全部ウソってわけでもないし?)


 と心のなかで付け足した言葉が文弥に聞こえるわけもない。文弥が言及するのは別の件だ。


「しかし、伊織とこんな話をする日が来るとは思ってなかったよ」


「そうね。特にあんたは、私を男だと思ってたしね。あり得ないことに」


「今のお前ならさすがに間違えないさ。前も言ったけど、随分可愛くなったし女性らしくなったからな」


 と文弥は目を見て褒めそやし、


「む。その台詞を聞くたびに、身の危険を感じるわね」


 伊織は、言いながら腕で胸を抑え身体をよじる。


 それにあわせて、大ぶりの胸が大きく形をかえる。


「ああ。恋愛には興味ないかもしれんが、女には興味があるからな。まぁ正しいんじゃないか?」


「さりげに最悪な発言ね」


 ジトッとした目を文弥に向ける。だが、そこには、警戒の色はすでなかった。


 先日の文寧をバカに出来ないなと文弥は思いながら、


「これでも、お前らと同じ多感なお年ごろなんでな。それくらい許せ」


「お前ら……ねぇ。あーそういえば、なんか最近あんたのこと聞かれること多いわね」


「そりゃ、《能力(スキル)》不明の転校生だからな」


「まぁ、それもあるけど、聞かれるのはもっと俗っぽいことよ。なにげに、人気あるみたいね。女子の間で。本人にワザワザ噂の話しして、本当なのか聞いてきたりね」


「そりゃ、迷惑かけるな」


 と興味なさ気に言って、すっかりぬるくなったコーヒーに口を付け飲み干すと、ウエイトレスを呼んで、自分のコーヒーと伊織の紅茶を注文する。


「やっぱり興味ないのね?」


「まぁ、あんまりうざいようなら、直接俺のところに来るように伝えてくれればそれでいいよ。幻想に恋してるだけなら現実見せてやればそれで引き下がるだろ。まぁ。直接行けと言われたところで、来る奴はほとんど居ないだろうけどな」


「あーそうかもね。わかった。ありがとうそう言ってみるわ。直接行けと言った私はともかく、優羽や文寧を攻略しないと無理だもんね」


「実情はどうあれ、そういうことだな。お前らを露払いに使うみたいで申し訳ないけどな」


「(いやー優羽のあれも、本人が気がついてないだけで、相当だと思うけど……)」


 という伊織のつぶやきは、商品を運んできたウエイトレスの「お待たせしました」の声にかき消された。


「そういえば、文弥。あんた、用事あるから先に帰れとか言っておいて、ここでのんびりしてたわけ?」


「いや、用事が終わってちょっと考え事をな」


「あら、邪魔しちゃった?」


「いや、そういうこっちゃねーよ。大体考えはまとまったからな」


「そう?なんか悩んでるなら言いなさいよ?また、勝手に自分だけで解決して、勝手にいなくならないでよ。置いて行かれる方も大変なんだから。それに――」


 少し、言いにくそうに言葉を切って、紅茶で喉を潤してから――


「せっかくまた会えたのに、またバラバラになるのは寂しいもの」


 そう言って、頬を染めはにかむように笑う、伊織の姿はいくら恋愛に興味が無いと言われよおうと、文弥の心を揺さぶるのだった。


 


 


 


 



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