転校偏 第02章 第09話 放課後の蜜月
授業中、文弥が一誠から携帯端末で受け取ったそのメールには、
「『放課後、第三医務室に一人で来るなら、話し合いに臨んでもいい。』と言っているんだが、どうする?」
と書かれていた。
それに対しては、一時間前に返信済だ。
そうして、今は第三医務室に向かっていた。
剴園高校には、医療免許を持った校医が常駐しているが、それは普段第一医務室に居る。
スカイタワーには総合病院も入っているため、医務室では簡単な処置しか行わないが、それでも生徒数が膨大で、しかも訓練で大なり小なり怪我が絶えない事情から、処置を終えた生徒が休む場所として、第一医務室があふれた場合に、第二医務室が用意されており、そこが更にあふれた場合に、第三医務室を使用する。
つまるところ、第三医務室という施設は、滅多に使用されない場所なのだ。
加えて本日は、来週からの新入生対抗戦の準備のため校医はそちらに出払っており、剴園高校内の医務室は本日使用不可能となっている。
怪我の応急手当等に限り、教師から一時IDが発行され第一医務室のみ使用できる。
本来なら、第三医務室の使用はあり得ない日なのだ。
そんな場所を話し合いの場所に指定したという事は、人目を憚るということだろう。
もちろん第三医務室に来ている相手が一人とは限らない。
入室した瞬間、攻撃を受ける可能性も無くはない。
だが恐らく、低確率だろうと文弥はふんでいた。
使用禁止のはずの医務室で、攻撃性の《能力》をぶっ放すような事があれば、さすがに学校からお咎めがあるだろう。
下手をしたら、謹慎で新入生対抗戦どころではない。
もし、相手の目的が新入生対抗戦に関することであれば、そんな本末転倒なことはしないだろう。
実際のところは、新入生対抗戦は強制参加の為、謹慎を命じられたとしても参加可能なのだが、まだ剴園高校の情勢に疎い文弥がそれを知る由もない。
文寧達には、放課後も用事があると言って、先に帰してある。
伊織あたりは、ぶーぶー言っていたが、今日の夕飯の時には機嫌は治っているだろう。
『すでに相手は到着し、中で待っている』と、一誠から追加でメールの着信が来ている。
文弥は、第三医務室の前に付くと、軽くノックをした。
「どうぞー」
という声がした後、直ぐにドアが開く。
けが人が手を使えない可能性があるため、自動ドアなのだろう。
中へ入ると、ドアは勝手に閉まり、カチャリという音を立てて鍵が閉まる。
目の前には目隠しなのだろう、白いカーテンがかかっていて、奥に居るのであろう人物の影を写している。
どうやら、相手も一人らしい。
現状は閉じ込められた形だが、そうなることは予想の範囲であるため、気にせず目の前の白いカーテンを押しのけ部屋に入る。
中は、簡素な鉄パイプ製のベッドとその間仕切りのカーテンが並んでいるだけの部屋だ。
最新の医療ベッドが必要な場合は、総合病院の方に入院するのだろう。
処置室が第一医務室にあるため、ここは本当に休むためだけの部屋なのだろう。
今は、すべてのベッドのカーテンが開いている状態だ。
カーテンが開いているとはいえ、部屋全体がくまなく見渡せるわけではなく、閉じられたカーテンが目隠しになり、部屋の全容は見渡せない。
だが、目の前の少女以外の気配は感じない。その少女が放つ圧倒的な存在感によって覆い隠されている可能性は大いにあるわけだが。
その少女は、部屋の中央のベッドに腰掛けていた。
顔立ちはどこか幼さが残るものの、そこからは一切の子供っぽさは感じられない。
場所が医療室ながらも、彼女から伝わるイメージには、病弱やら儚げやらと言った陰のイメージは一切無い。
おそらくは、彼女の瞳の力強さによるものだろう。
だが、そこには健全さが大きく欠けていた。
学年は文弥と同じのはずだが、歴戦の娼婦のように、男を惑わせる蠱惑的な表情。そして、雰囲気がそこにはあった。
たとえ女衒の類いであったとしても、彼女の魅力には逆らえないだろう。
さわやかにショートに切りそろえられた髪も、見方を変えればボーイッシュに見えるその双眸も、彼女が身にまとう淫靡な雰囲気を打ち消すに至っていない。
ここ最近で、(幸いにも?)美少女なら見慣れているが、こうも不健全に偏っているのは剴園高校に来てから初めてだった。
そんな、ともすれば礼を失するようなことを考えながらも、文弥から出てきたのは無難な挨拶だった。
「一年一組、久城文弥だ。わざわざ時間を取ってくれて、すまない」
山崎の時は慣れ合う気ゼロで向かったが、今回はそうではない。
別に相手が美少女だからというわけではない。文弥が女性に甘いのは事実ではあるのだが、事コレにいたっては、それが理由ではない。
ひとつは、彼女がまだ何もしていない可能性があること。
こうして、一対一で人気のないところに呼び出されている時点で、なにもない事などはあり得ないかもしれないが、今回は話を聞かせてもらうスタンスなのだ。
もう一つは、あの日襲ってきた奴らの仲間だったとした場合、『おとなしく下がれば、こちらからは何もしない。』と伝えてあるのからだった。律儀すぎる理由ではあるが、現状それを違えるほどの理由もない。犯人が彼女達であったとしても、今はまだおとなしく下がったままなのだ。
「ふふ、構わないよ。丁度こちらからもお話ししてみたかったしね」
そう言って、おもむろに制服のリボンを外した。
伊織ほどのサイズは無いが、それでも十分すぎるほどのボリュームを備えたそこに、思わず視線が吸い寄せられる。
単純に色香にやられたと言うよりは、行動によって視線を集める手品師の手法だ。
半尋問の予定で、話し合いの場を設けておいて色仕掛けにやられるほど、うぶな性格はしていない。
だが、視線をとられた瞬間、文弥の頭のなかでバチっと何かが弾けたような感覚が奔った。
痛みはなく、幻痛すら無い。
「なるほど。お話しね」
文弥は、そう言いながら、熱に浮かされたようにフラフラと彼女の元へと歩み寄り、彼女の隣に腰掛けた。
「ふふっ。そう。いい子だね」
そう言いながら、彼女は文弥の膝の上に、スカートを折らないまま跨がった。
スカートを間に挟まず、文弥の夏用の薄いズボンと、彼女がスカート以外に唯一はいている一枚の薄い布以外の隔たりがない接触。
そのまま、文弥の手を取り、彼女の胸に押し付けた。
自分で押し付けたのにも拘わらず、「んっ」と小さく呻くとそのまま文弥の体に密着する。
そこは、制服や、ブラジャーの隔たりがあるのにも拘わらず、十分すぎるほどの弾力と柔らかさを伝えてくる。
少し堅さを感じるのは、彼女の年齢のおかげか、それとも余裕のあるような表情とは裏腹に緊張しているのか。
マシュマロなどに喩えられることが多いと聞くが、そんなものは陳腐な表現だろう。
マシュマロにはこんな張りも、あたたかさも存在しないのだから。
彼女に触れている膝がほんのり湿ってきているのは、汗だろうか。それとも、別の何かだろうか。
文弥の手は、彼女の前のボタンを一つずつゆっくりと外していく。先ほど、フラフラと近寄っていたのが嘘のような正確な手つきで。
彼女の表情は、更に艶を増し、西日が彼女の頬を染める。
いや、彼女の頬が上気しているのは、傾いた日のせいだけではないだろう。
部屋には彼女の吐息だけが響いている。
ボタンを外しきり、ブラジャーのホックに手が伸びたとき、その手を彼女に抑えられた。
「ねぇ、文弥の《能力》に教えて欲しいんだけど。教えてくれないかしら?そうしたら、もっといいコトさせてあげる」
そう言って、胸に当てていた手を、下へと滑り込ませた。
ソコは、湿気に満ちていた。シルクのようなツルッとした感触ではなく、綿独特の感触は、指を押し当てると一層湿気を感じさせる。
文弥はそのまま、彼女の耳に口を近づけた。
「ハニートラップだって言うなら、このまま続けてもらうけどよ。どうせ、何も話すつもりはねぇしよ。俺が得するだけだ。でもよ、そう震えられちゃ、興が削がれるぜ」
そう呟いた。
「っ⁉まさか、アタシの力が効いてないの?」
「いやー効いてるぜ?可愛い女の子にこうも迫られたんじゃあなぁ。思わず本気でセメそうになったぜ」
「そんな、アタシの《能力》は……」
「色仕掛けに引っかかった男を魅了状態にして、ある程度自由にする力か?後は、寝た男を下僕にして操る力か?まぁお前自身が把握してるのは、それくらいっぽいな。いわゆる。房中術ってやつだ。後者の方は半信半疑って感じだな、使ったことねーのか」
痛みを伴わない、バチッとした衝撃。
それは、文弥にとっておなじみのものだ。
――すなわち
「《能力》の無効化……?特殊系だったの?くっ……」
はだけたシャツの前を掴み、文弥の膝から勢い良く立ち上がる。
だが、スカートをたたまず、中に他人の膝を入れた状態で、急にそんなことをしたら―――
「きゃあ!」
スカートが文弥の足に引っかかり、悲鳴を上げながら、後頭部から一直線に地面へと倒れていく。
先ずは後頭部に、次いで背中に来るべき衝撃が彼女に襲いかかることはなかった。
シーツに身体を優しく包まれた状態で、文弥に優しく抱きかかえられていた。
彼女にとっては不思議な事に、抱きかかえられた衝撃すらなかった。
「気をつけろよ?危ない。ゆっくり下ろすからな、そのままシーツ掴んでろ」
そう言ってベッドにゆっくりと下ろした。
「ありがとう。って、なんでかかったふりなんてしてんのよ⁉」
先ほどとは違う意味で顔を赤くして抗議する彼女からは、先ほどの淫靡さは失せ、代わりに健全さが宿っていた。
「いいじゃねーか。そっちから誘ってきたんだしよ。ちょっと触っただけでやめたじゃねーか。勝手に仕掛けてきたやつの自業自得だ」
それに、コレは、大丈夫な作品なので。光とかカーテンとかでうまく隠れてるので。大丈夫です。
文弥は投げやりに言って、早く着替えろとばかりにリボンを投げ渡した。
ゴソゴソと、シーツの中でボタンを留めると、今度こそベッドから立ち上がり、手早く身支度を整えた。
「まぁいいわ。力は見れたし。目的は達成できたわね。途中経過は違ったけど」
「なんだ、結局俺の《能力》が知りたかっただけなのか?つーか、遠視能力者どこだよ」
「一人できたら話しさせるって約束だよね。いいよ。呼んであげる」
言って、携帯を操作した直後、自動ドアが開き一人の少女が入ってきた。
メガネを掛けた、少し内気そうな生徒だ。
「ところで、お前ら自身のことを教えてくれる気はあるのか?」
「確かに名乗ってなかったね。アタシは、華月 凛々子。《能力名》はサキュバス。で、彼女は、遠見 恵美遠視能力者で……」
「《能力名》は星詠みの鏡……です」
「あらためて、久城文弥だ。《能力》と《能力名》は秘密だ。約束してるんでな。んで、聞きたいことがあるんだけどよ。せっかくなんで二人に聞こうか。どうして俺の、《能力》を知りたがってたんだ?」
文弥の質問に、凛々子がゆっくりと答え始めた。
彼女の答えをまとめるとこうだ。
自分たちの《能力》は、お世辞にも戦闘向きではなく、新入生対抗戦にはあまり乗り気ではなかった。
そんな中、二組から四組の生徒の間では、今年は「一組の人数が少なく、上位を狙えるかもしれない」と例年以上の熱意でもって優勝を狙う声が強くあった。
そこ声を強くしたのは、どこからかもたらされた、途中退学した生徒たちは四位五位と言った高順位の生徒で、しかも、専用器持ちだったため、本来なら成績上位者を超えた優勝候補者だったはずだが、それが居なくなったという情報だった。
上位層の情報を調べあげ、弱点を付く。
高校一年なのだ。一対一で弱点をつけば、どれほど強力な能力者であろうと、運の勝負くらいには持っていけるだろう。
もしかしたら優勢に戦えるかもしれない。
そういう思いで対策を整えていたある日、一組に転校生がやってきた。
成績を調べてみると、入試と同じ問題だった転入試験で、入学試験一位だった三雲 文寧を超える成績をたたき出し、一組ではもう誰も持っていなかったはずの専用器を持ち、更に、金鵄教導出身でまるで事前情報がない。
金鵄教導そのものが持つイメージもある。
しかも、がんばってハッキングした学校のデータベースには、名前と性別、生年月日、試験成績しか記載されておらず、《能力》に関しても調べがつかなかった。
コレは闇討ちでなどの方法を辞さず、なんとしても潰すしか無いという結論に至り、今まではバラバラに対策を重ねていた二組から四組の生徒たちが集まって、文弥の情報を取得するか、闇討ちにして対抗戦への出場をさせないかという対策をとることになった。
そんな折、対抗戦が今までにないチーム戦となり、一組の上位成績保持者三人がチームを組むことになった。そして、そのチームの四人目が文弥になってしまった。
優勝者に渡される専用器が文弥のチームメイトである彼女達に渡れば、今後三年間彼女たちの天下になるかもしれない。
事実、彼女たちはすでに学年の上位を占める才女達なのだ。
やはり、文弥を潰すか、脅すかして、新入生対抗戦から退場してもらう必要がある。
そんな時に、協力を頼まれた恵美と、それの付き添いで凛々子が仲間に入った。
「なるほど。大体のところは分かった。ケドよ、遠見お前に幾つか聞きたいことがある」
「はい。なんでもお答えします。ご迷惑をお掛けしましたし、凛々子も本当ならこうやって今ここで話せない状態にされていても文句は言えなかったところを、こうしていただいていますから」
文弥は別に見逃すつもりなどは毛頭ないのだが、勘違いして答えてくれるならそれでいいかと考え余計なことは言わない。
「先ず、時系列がおかしいよな。俺が襲撃を受けて、遠見の監視に気がついたのは、対抗戦のルールが発表になる前だ。それとも、監視していたのはお前らじゃないっていうのか?」
「いいえ、見ていたのは私です。ただ、その時は、凛々子は全く関係なく、私自身も監視をしていたわけではなく、ただ見ていただけ……というか、なんというか。信じてもらえるかどうかわかりませんが……理由は、正直自分にもわかりません」
そう言ってうつむく。
「じゃあ、戦闘向きの能力じゃないのに、急に協力をすることになったのはなんでなんだ?」
「実は、生徒達をとりまとめて、久城さんにけしかけている人物が別にいるんです。どうやって調べたのか、久城さんの情報を調べようとした人たち、監視しようとしていた人たちに声をかけていたらしく、その時に私に声がかかったんです。でも、私は、対抗戦で久城さんに勝つためとか、対抗戦で上位に行くために見ていたわけではないので、その時はお断りしたんですが。今度は、見ていたことを久城さんにバラすと脅されて、仕方なく……この時に、凛々子に相談したら、一緒にやってくれるというのでお願いしました」
どうやら嘘を付いている様子はない。文弥は頷いて、次の質問を投げかける。
「一度俺が襲われた時、俺は能力を使ったよな?それは見ていなかったのか?」
「――見ていました」
今度の質問は、答えるまでに間があった。その答えは、凛々子にとっても意外だったようで、驚いた表情で、恵美を見ている。
「それは、報告しなかったのか?」
「はい。報告しませんでした。凛々子には申し訳ないと思ったんですが、彼女にも言いませんでした。彼らには、失敗の報告以外はしたことはありません」
頭を振って答える。
「で、連中をまとめた奴ってのは誰なんだ?」
「誰かっていうのは正直わかりません。いつも三人組で私達の前に現れていましたが、話をするのは決まって亜麻と名乗った男一人です。他の二人は奇妙な覆面をして横に立っているだけで、正直性別すらわかりません。背格好から言って、恐らく女性だと思いますが、単に身長が低いだけだったり、胸に詰め物をしてごまかしている可能性も否定できませんから」
「亜麻か。この学校の生徒か?どんなやつだ?」
「この学校の生徒ではないと思います。四十過ぎ位の見た目でしたから。どんな方かというと……」
と、ここで考えこんでしまう。秘密を守ろうとしているのではなく、ただ単に答えにくいようだ。
「イントネーションとか、言い回しとかが変わってて、あと、声がキィキィしていて、こんなこと言いたくないんですが、ものすごく不快な声質で……」
と代わりに、凛々子が答える。
「で、今日のこの事とか、華月が見ちまった俺の力とか、報告すんのか?」
「私はしません。もともと、抜けるつもりだったんです。亜麻も最近は接触してきませんし、久城さんを闇討ちにしようとしたメンバーは何者かに逆に闇討ちにされてしまい、リーダー気取りの男子が一人いるだけなので。実は今日、もうやめると言う話をしにいったところ、久城さんから呼び出しがかかっていると聞いてこうさせていただいます」
「アタシも報告とかはする気はない。バカな奴って大嫌いなのよね。それに、アタシ文弥のこと気に入ったし?男は大嫌いだけど、文弥はそうでもない。今ここで喧嘩売っちゃったら、もう最後までしてもらえなさそうだからね」
そう言って調子を取り戻したように妖艶な笑みを浮かべる。
「そういえば、華月。お前オレのこと下の名前で呼びつづけてるな。俺も、凛々子って呼ぶぞ?いいな?」
「いいよ。苗字あんまり好きじゃないし」
「私も、恵美と呼んでいただけると……」
「ああ、恵美。コレでいいか?まぁ、これからはコソコソとそういう真似せずに、気軽に直接来い」
そう言って軽く笑う。
「「はい。ごめんなさい」」
そして、神妙な顔で二人声を揃えて謝った。
「そうだな、もう二つだけいいか?俺を襲ってきた、あの水使いの女に心当たりはないか?」
「すいません。少なくとも、生徒達メンバーの中には居ませんでした」
申し訳なさそうに、恵美が答える。
「じゃあ、コレで最後な。亜麻が何を企んでいるのか分かるか?もしくは今どこにいるか分かるか?」
「すいません。それもわかりません。私の能力は特定の誰かを追跡したりするたぐいのものではなく、ただ決められた場所の風景を多角的に見ることが出来るだけの力なんです。普段も、このメガネを外すと、視覚が多角的になって、自分のうしろとかも同時に見えて酔うので、武器化させた専用器のメガネで力を殺しています。オンオフがうまく出来なくて……さすがに遠距離透視までは、常時発動されませんけど」
「まぁ、それは訓練すればオン・オフできるだろ。そのための学校だしな。あと、お前ら戦闘向きじゃない能力だって卑下してるけどよ。お前らみたいな、諜報や情報収集が可能な能力も貴重だからな。恵美は、それ使えば、監視もできるし、一人で身辺警護も出来る。巨大な忌形種と戦う時も、各地点の情報を多角的に確認して、作戦遂行の補助ができる。テレパス系の能力で知覚を共有すれば、その情報をみんなに共有できるだろ?今回の新入生対抗戦だって、フィールドが視界の悪いところだったとしても、一気に走査して位置を割り出せるだろ?日本のどこに居るか日本にいるのかすらもわからないおっさん探すのは厳しくてもよ」
「今まで、この能力の具体的な使い方なんて考えたことありませんでした……仰るとおりですね。大勢で戦うときには、情報が必要になることのほうが多いですよね」
と、目を丸くして恵美。
「あとな、凛々子。お前が思ってる制限な。抱かれなければ駄目っていう。それ、お前の能力が弱いからそうなってるだけで、きちんと鍛えてやれば思ってるのと違う、もっと使い勝手のいい能力に変わるはずだ」
「え?それってどういう……?」
「まぁ、ヒントを与えるのはここまで。後は自分で考えて努力しろ」
そう言って文弥は立ち上がると、対面のベッドに腰掛ける二人を見下ろした。
「今回のことは、全部水に流すことにする。実際のところは、ちょっとストーカーされたくらいで、被害ないしな。胸を触らせてもらったのでチャラだ。お前らが言ってい事が全部本当ならば……だけどな」
そう言って、今度は酷薄な笑顔を浮かべる。
――死んだ。
―――殺された。
凛々子と恵美は、そう悟った。いや、それが事実だと受け止めてしまった。死を無理矢理受け入れさせられるような、恐怖を超えた絶対的な何か。
従う相手を間違えた。逆らう相手を見誤った。バラすと脅された時、その時点ですべてを自分から話し許しを請うべきだった。
僅かの時間を置いた後、生きていることに疑問を覚える。
死んだ後、後悔できた事に驚きを覚える。
恵美は、なぜ、彼を監視していたのか。自分にもわからなかった答えに至った。
それは生物として当たり前の答え。
強者に対する恐怖だった。
凛々子もまた、同じ答えに至っていた。
二人が幻の死から開放された時、文弥はすでにいつものどこか少年っぽい楽しげな笑顔を浮かべていた。
「俺は、守ると決めた人間は必ず守る。そして何より、俺自身に振りかかる火の粉はなんとしてでも潰す。まぁお前らもなにかあれば、改めて訪ねて来い。なんかの縁だ、そんときはお前らも守ってやるよ」
そう言って踵を返すと、彼女たちの返事を待たず医務室を後にした。