転校偏 第02章 第08話 次なる一手
「席は俺に任せてくれ」
そう言って、一誠が文弥を案内したのは、スカイタワー15Fにある貸しきり席だった。
全フロアを二人で貸しきっているわけではなく、個室になっている部屋が幾つかあり、半数程度が何らかの景品として定期使用権が配布され、残りの半数が予約を取る形で使用できる。
スカイタワー最上階にある、いわゆるスカイデッキ程ではないが、度々景品として定期使用権が渡される程度には予約で埋まっている。通常は、二週間ほど前から予約を取らなければ無理だろう。
IDパスをかざし個室の鍵を開け、中に入るとロックが掛かる。
これで、中からは自由に開けることができるが、外からは開けることは出来ない。
間仕切りとドアを除いて、個室の壁自体はガラスで出来ているため、そう大きな音を出さない限り音は漏れないが、基本的には外から丸見えだ。
内緒話をするにしても、読唇術でバレバレだ。
男二人の会話をソコまでして聞きたい者がいればの話だが。
「よく予約が取れたな」
「昼休みだけの特別ルールでな。昼休みが始まって、十五分経ったら開いてる予約席の方は使っていいんだそうだ。定期使用席は駄目だけどな」
そう言って席に座る。
指定席とスカイデッキ以外はセルフサービスだが、ここ15Fの指定席は自動配膳だ。
卓上に備え付けられているタッチパネルで注文を行い、料理ができ次第、机の中央部分から運ばれてくる仕組みだ。
食べ終わった後は、空の食器類を中央において下げてもらう。
手早く注文を終えると、早々に文弥が切り出す。
「一誠からも言いたいことがあるだろうが、とりあえず、俺からでいいか?」
「大丈夫だ」
言いながら、先んじて運ばれてきた温茶をすする。
「実は、俺も襲撃を受けている」
「まじかよ」
一誠は目を丸くして、それだけ言った。
「ああ、だが襲ってきた相手の能力は、水の操作系能力者だった」
「なるほど。それで黙ってたのか。いいんちょーにまで疑いがかかっちまうからな」
「転校してきて直ぐの事だったし、俺も初めは、優羽の可能性を疑ったんだけどな。どうやら、相手は男ではなさそうだったしな」
「どの程度の力量だったんだ?」
「威力だけで言えば優羽と同じくらいの力があったな」
文弥のセリフを聞いて、一誠はうーんと唸ると。
「あのレベルで、水を操作できるやつなんて同じ学年には居ないよ。概念操作じゃなくて、普通の水の操作や、水流操作能力だったとしても、ちょっと心当たりはないかな」
顔が広く、それゆえに情報通な一誠が言うのだから、間違いなくそうなんだろう。
そう思って、文弥は別の方向から責めることにした。
「あの時、何キロか離れたところからずっと視線を感じてたんだよな。監視されてる感じで。何キロって単位で監視できるような、視力強化系の能力者に心当たりはないか?」
「うーん。それなら、一人だけいるな。二組に一人いる」
「じゃあ、とりあえずそいつに話し聞きに行ってみるか。連絡取れるか?」
「分かった。だけど、ちょっとだけ時間をくれ。今日の放課後には話ができるように手を打っておくさ」
と、一誠が気安く行ったところで、注文した商品が届く。
すでに三時限目の休み時間に、パンを食べているとはいえ、ソコは、食べ盛りの二人。
定食だけど、ご飯おかわりしなければ、関係ないよねっ
と言った感じである。
一誠は、レンゲでチャーハンを書き込みながら、片手でなにやらメールを打ち始めた。
行儀的には良くないのだろうが、それを気にする文弥でもなければ、一誠でもない。
手早く、メールを打ち終わると、本格的に食事にとりかかる。
「しかしあれだな、こーやって文弥と飯を食うのってなにげに初めてだよな?」
「ああ、そうだな。なんか伊織たちを避けてるように見えるからな。何かあるのか?」
「そういうわけじゃないけどな、あんまり、他の女と一緒にいると怒る奴が居るんだよ」
「何だ、恋人か?」
黙ってるなんて水くさい。そう思ったが、
「いや、妹と姉だ」
と頭を振る。
「ああ、なんかお前も大変なんだな」
と曖昧に言って苦笑する。
「妹はともかく、姉ちゃんは鬼つえーんだよ。マジ逆らえんって感じでよ」
「とにかく、シスコン・ブラコンなんだろ?」
「お前が言うなってかんじだけどな。俺からするとよ。『姉の私に男が出来ないのに、弟に先を越されるのは許せん。姉より優れた弟など居ない!』ってことらしいからな。現実は悲惨だぜ。あと、妹は六歳だ」
「ロリコンだったのか」
餃子を、タレにつけながら冷たく言う。
「ロリが好きなんじゃない。ロリ巨乳が好きなんだ。ロリ巨乳ってのはな、巨乳+ロリであって、ロリ+巨乳じゃないんだよ。合法って素晴らしいよな!」
「ああ、ここが個室で本当に良かったと思う」
文弥のつぶやきは、更に熱弁を振るう一誠の声にかき消されたのだった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
彼女は、今日もそこに立っていた。
別に目的があるわけではない。こんなものは、ただの付き合いだ。
入学早々変なことに関わってしまったものだと、今は後悔しかない。
部屋には、一人の男と、彼女。そして、彼女の傍らに立つ女子生徒の三人だけだ。
他は皆怪我を負うなどして、居なくなってしまった。
目の前の男が、一通のメールを受け取ってほくそ笑んだ。
「向こうから接触してくるとはな。もうチャンスはないかと思っていたが、最後の最後で引き寄せるとは、俺も運がいい」
いって、ニヤニヤしながら視線を、彼女の隣に立つもう一人の女子生徒に向ける。
「悪いけど、私はもう降りるわ。義理でここまで付き合ってあげてたけど、ここまでバカだとは思わなかったわ」
「私も同じ。あなた達で勝手にやってちょうだい?それに彼は……」
何やら言いかけた、女子生徒を遮って、男が話を続けた。
「ひと足遅かったな。お前に、話があるんだとよ?」
「コレで最後よ。コレが終わったら、失敗しても成功しても手は引かせてもらう。あと、もうあんたの指示には従わない。こっちで勝手にやるわ。もし情報が取れたら取ってきてあげる。それだけよ」
言い捨て、絶句する女子生徒の肩を抱いて早々に退室する。
獅子の目の前で、乳幼児が遊んでいるようなものだと何故わからない。
コレだから男は嫌なのだ。
バカで、幼稚で、愚鈍。
まぁいい。自らに宿るのは、その為だけの《能力》なのだ。
相手が男なら、確実に破滅させることが出来る力。
今までは恐ろしくて、中途半端にしか使ったことがない力。
中途半端に使用しただけでも、十分に情報は引き出せるだろう。
だが、あの男なら。勇気を出してこの力をすべて、振るえるかもしれない。
そもそも、自分は新入生対抗戦のような戦いで活躍できるような能力ではないのだ。
ならば。と思う。
彼にそれだけの価値が有るだろうか?
こうして悩んでいるだけでも、十分な価値が有るはずだとそう思う。
今までは、悩むことすらしなかったのだから。
見極めなければならない。
見極められたのなら、その時は――――
そう覚悟を決め傍らの彼女を労りながらも、震えだそうとする膝を抑えるのに精一杯だった。




