転校偏 第01章 第01話 プロローグ
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
よろしければ、ご意見、ご感想をよろしくお願いします。
縦書きにしたときにいろいろ出てきて、うっとうしいので、ここにまとめて。
しおりの機能を使ったときに、長すぎると面倒だったので、分割することにしました。
1990年代最後の年の巨大隕石の衝突は、人類に大きな厄災と、大きな発展をもたらした。
南極点に衝突したそれは、海浜都市を津波で破壊し、極点すべての氷を溶かし、海面の上昇により人類の生活圏は狭められた。
この、巨大隕石の衝突事件は、古くの預言者にちなみ、『《大いなる厄災》』と呼ばれている。
破壊された都市の復興は速やかにに行われ、人々は直ぐに生活を取り戻した。
その後、五十年に渡る寒冷化のお陰で、極点の氷も元に戻り人類はかつての生活圏を取り戻した。
そして現在では、気候も《大いなる厄災》前と同程度に戻った。
だが、人々の心に残した爪痕は深く、海浜部の過疎化が進み、内陸部で生活する人が多くなっていた。
それは、極東の島国であるところの、ここ日本でも起こっている。
首都機能の殆どを、かつての埼玉県と群馬県の間に移した。
かつて東京都と呼ばれていた場所は、首都機能を失い海上貿易都市としての機能を残すのみとなっている。
そこに、特殊な街があった。
以前は、超能力や魔法などと呼ばれていた異能の力。
《大いなる厄災》がもたらした、人類発展と人類存亡の力とも言われているもの。
現在では、『《能力》』と呼ばれている、人類の中でも特定の人間のみがもつ特殊能力。
それらを研究し、また、《能力保持者》を教育・育成する都市。
それが、学術研究都市である。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
品川区から、神奈川県横浜市辺りを復興・再開発して作られた学術研究都市。
総人口は、約300万人。
日本には他に八箇所、同様の学術研究都市が存在するが、ここ旧首都圏にある狡神市はその最大のものだ。その中にあって更に、特殊であったり極めて強力であったりする《能力保持者》が集まっている学校、剴園高校。
普段は多くの学生の姿を見ることが出来るそこも、ゴールデンウィークもまっただ中ともなると、一部の熱心な部活少年・少女の姿のみとなっている。非能力使用競技のみが集まっているらしく、半分に仕切られた校庭の手前では陸上部らしい女子生徒が運動場のトラックで健脚を披露しており、奥ではフットサル部の女生徒が、コーンの間を縫うようにドリブルの練習を行っていた。
校庭の隅では、男子ホッケー部が用具の片付けを行っている。
どうやら、非能力使用競技の、しかも女子部のみの練習時間らしい。
《能力保持者》である彼女たちは、普通の高校生に混じって競技大会に出ることは出来ない。
《能力》が発現した際、個人差があるにせよ身体能力が向上しており、《能力》の使用を禁じたところでまともな試合にはならないし、その使用を完全に禁止することは出来ないからである。
彼女たちが他校と試合ができる機会は、同じ《能力保持者》養成学校か物好きな一般高校との交流試合のみである。
とはいえ、普通の学校のすべてが、全国の頂点を目指して日々練習に励んでいるわけではなく、その殆どが娯楽としてただスポーツを楽しんでいるのだろうし、一切の試合が禁止されているわけではなく、学校として記録が残る大会への参加ができないだけなので、ただスポーツを楽しみたいだけの彼女たちにとっては、然したる問題もないのだろう。
色々な意味で眩しい彼女たちを横目にみながら、のんびりと校舎に向かう人影があった。
年齢は、今なお校庭で汗を流している彼女たちと同じくらい。
おそらく高校生だろうと思われるが、剴園高校の制服も、各部活動のユニフォームも着ておらず、私服だった。
黒髪、黒目。背丈は170台後半ほどだろうか。
人目を引く相貌をしているが、保護欲をくすぐるタイプではなく、精悍な顔立ちをしている。
肩から大きめのドラムバッグを下げ、胸には、白と黒の剣を型どったネックレスが揺れている。
(名門校とはいえ、こう言うところは普通の学校と変わらないんだな。とは言え―――)
「俺自身、普通の学校に通ったことはあまりないんだけどな」
そんな事をひとりごちながら、少し歩を早めて校舎に急ぐ。
待ち合わせの時間が差し迫っていた。
彼は一分一秒を気にする几帳面な性分ではないが、それでも初対面の人物を相手に意味もなく遅刻をする気もない。
程なく、待ち合わせ場所に指定された来客用玄関前にたどり着くと、一人の少女が立っていた。
事前に受け取っているパンフレットに記載があった剴園高校の制服を着用しているところを見ると、この学校の生徒だろう。
腰まであるだろう黒髪は陽の光を浴びて美しく輝き、つり目がちの相貌だがきつい印象を与えず、女性らしい優しい印象だ。
だらしなく壁にもたれかかることをせず、姿勢よく立っている。
理由はよくわからないが、少し固くなって見える表情がいっそう凛とした印象を植え付ける。
美しい少女だと思ったが、見ず知らずの女性に声をかける趣味はない。
ことさらにジロジロ見て、礼を失する行動も取らない。
待ち合わせの相手は学校の生徒ではないので、特に足を早めることはなく来客用玄関に辿り着き、そのまま彼女の横を通りすぎ、校舎の中に入ろうとした。
「あの、すいません」
声をかけられると思っていなかった青年――いや少年は、少し面を食らった様子で振り返った。
「俺かい?」
「あの、もし間違っていたら申し訳ないのですが、久城 文弥さんでしょうか?」
身長差がある為、すこし上目遣いになりながら伺うように尋ねる。
「久城文弥は俺で合ってるよ。奥村先生が迎えに来ると言う話だったんだけども・・・」
そう。久城文弥と呼ばれた彼の待ち合わせの相手は、女性ではあるが大人(と言っても、二十代前半の新任教師ではあるが)の予定であった。
「申し遅れました。私、佐伯優羽と言います。奥村先生が急な会議に出席されることになったので、代わりに案内役を仰せつかりました。久城さんとは来週からクラスメイトになる予定です。今後とも、よろしくおねがいしますね」
そう言って、丁寧にお辞儀をする。
「来週からこの学校にお世話になることになった、久城文弥。こちらこそ、よろしく頼む」
そう改めて名乗って文弥は右手をさし出す。
優羽は少し驚いたが、それでもにこやかに文弥の手をとって握手をする。
「それじゃあ、行きましょうか」
言って優羽は校舎に足を向けるが、文弥はそれを制した。
「ちょっとまって。普段はそんな堅苦しい話し方じゃないだろ?来週からとは言え、同じクラスメイトになるんだ。もう少し砕けて話してくれ。普段『久城さん』とか男子生徒をさんづけで読んだりしないだろ?文弥でいい」
「はい、わかりま・・・いえ。じゃあ、文弥くんって呼ぶね。改めてよろしく!」
そう言って、ようやく少し固さの取れた笑顔を文弥に向ける。
「ああ、よろしく。じゃあ、申し訳ないけど早速案内を頼むよ」
今度は文弥から校舎に足を向けた。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
遡ること、二時間ほど前。
優羽は、奥村女史から呼び出しをうけていた。
全寮制の剴園高校とは言え、ゴールデンウィークともなれば……
帰省やら、旅行やらで何日も寮を開ける者。
朝から、部活動の練習に行った者。
朝から、どこへやら遊びに行った者。
とにかくそういう感じで、まだ午前中だというのに寮生は殆ど残っていないようだ。
優羽自身は、両親との折り合いがお世辞にもいいとは言えず、小学校の頃剴園学園幼稚舎に編入して以降帰省をしたことはないし、人混みが苦手なため旅行にも行っていない。
好きな作家の短編小説が本日配信開始予定のため、午後になったら近くの喫茶店にでも行って読書でもしようかと思っていた。
無事購入が終わり、喫茶店へ赴く前に少し読み始めてしまおうか。
いやいや、折角の休日なのだ。外で読書をすると決めたのだから、それまで我慢しよう。
もし読み始めたら、結局外に出ないまま、読書を続けてしまうかもしれない。
そんな事を考えていた矢先の呼び出しだった。
どうやら、少し予定を変更しなくてはいけないらしい。
後ろ髪を引かれる思いで読書用に購入したタブレット端末を自室の机の上に起き、呼び出し先の食堂へ足を向けた。
食堂にたどり着くと、優羽を呼び出した張本人はすでに到着していた。
クリーム色のパンツスーツ姿で、食堂の椅子に腰を掛けて座っている。
実年齢は二十三歳のはずだが、普段着・すっぴんでいると、本人のパーソナリティも合わさって、同い年くらいに見える。
それでも今はそのパンツスーツ姿と大人びた化粧のお陰で、十分に女教師の様を呈していた。
彼女はここ剴園第五女子寮の寮長をしており、そして優羽の担任でもあった。
新任教師ではあるが、いや、新任教師であるが故なのだろう。
生徒とともに笑い、生徒とともに悩む、生徒思いの良い先生だと思う。
ベテラン教師と比べると、ありえないようなミスも多いが、それでも男女共に生徒からの人気は高かった。
奥村は優羽に気がつくと、申し訳なさそうにしながら「おいでおいで」と手招きをした。
手招きに合わせて少しだけ歩調を早め、奥村の前の席に向かい、
「奥村先生、お待たせしました」
そう言って、そのまま椅子に座る。
「お休みなのに、呼び出しちゃってごめんなさい。チョットお願いしたいことがあって」
そう言って、あらかじめ買っておいたのだろう、スクリューキャップ缶のミルクティーを差し出した。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取って、キャップを切って口をつける。
奥村も、それを見て自分のカフェオレに口をつけた。
そうして一息つくと、改めて呼び出した理由について話し始めた。
「随分前から噂にはなっていたと思うのだけれど、ゴールデンウィーク明けの来週から転校生が来ます。
本当は私が迎えに行って、もろもろ案内や手続きの手伝いをする予定だったのだけれど、急な会議になってしまって……
――まぁ、それも彼と無関係とは言えないのだけれど」
後半は聞き取りにくかったが、優羽はこの段になって大体何を言いたいのかわかっていた。
が、あえて自分からは何も言わず、もう一度手元のミルクティーを口に運んだ。
奥村は、少し居住まいを正すと、続きを話し始めた。
「とにかくそんなわけで、私の代わりにその転校生を迎えに行って欲しいのよ。
来週からは、同じクラスになるわけだし、お願いするなら佐伯さんかなと思って。
という訳で、お願いできないかしら、委員長さん?」
最後は、少しおどけたように言って、優羽の反応を伺うように自分のカフェオレを手にとった。
「ええわかりました。今日は特に予定もないですし、お手伝いします。カフェロアールの、ミックスベリータルトのセットで手を打ちましょう。
ところで、やはりその転校生というのは噂の通りあの小豆島の……?」
ちゃっかりと、対価を要求してくる生徒に、苦笑いを浮かべながら首肯した。
「すでに知っている情報かと思いますが、先日、その四国にある小豆島にあった小さい学研都市が事故によって消滅しました。
事故自体が深夜だったため、たまたま、近海で自主訓練を行っていた一人の学生を残して、すべての住民が犠牲となりました。
理由は、《能力》開発実験の失敗というのが公式な発表ですが、詳しい事故原因などは資料などが全て失われてしまっていて、依然解明できていません。
もともと、小豆島は鎖国状態で研究を行っており、度を過ぎたと言われるほどの、秘密主義だったのでコレ以上の原因究明は難しいかもしれません。
今回の転校生は、その唯一の生き残りの久城文弥くんです」
香川県にある、小豆島。
元々は、住民30000名ほど。兵庫県の淡路島に次いで、瀬戸内海において二番目の面積を誇る島であった。
《大いなる厄災》時に一度面積の四分の三が水没し、水位がもとに戻ったあとも、住民はなかなか戻ってこなかった。
そこで、住民が戻ってくる前に半公民の研究会社が島ごと土地を買い取り、そのすべてを研究施設とその付帯施設とした。
そういう経緯があり、小豆島の住人は、能力保持者と研究者のみで、すべての敷地が彼らの住居と研究施設、及び訓練施設のみとなっており、此度のような事件があったとしても、能力研究に関わりがない一般市民には一切の被害はない。その性質上、この研究施設では機密性が高い研究や、危険性の高い研究が行われており、『度を過ぎた秘密主義』と揶揄されることも多い。
能力研究において、唯一の完全国立施設ではないことも、それに拍車をかけていた。
さらに、件の事件後は、『死国の焦土島』と呼ばれるようになっており、未だ復旧の目処が立っていない。なにせ、まだ炎が燃え続けている場所があるという話まである。
その、唯一の非完全国立能力研究施設の名は、
金鵄教導。
非能力者の一般市民から見た場合、ここ狡神市も小豆島も能力研究を行っている街であり、施設であることに変わりはない。
重要な研究内容は国家機密であり、学研都市関係者でなければ資料を閲覧することすら出来ない。
そういった点から見ても、一般市民から見た小豆島もここ狡噛市の区別はない。
逆に、学研都市関係者からみた場合、国主導で行っている能力研究に関しての資料は、関係者であればある程度閲覧する権利がある。
閲覧権限は、研究者として、能力者としての階級によっての差異があるものの、それでも『すべての研究内容がすべて秘匿されている研究所』などというものは存在しない。それ故、学研都市関係者から見た金鵄教導はある意味で不気味で、ある意味で畏怖の対象となっていた。
事件前からも、
『最強の《能力保持者》』が存在している
だとか、
存在しないはずの、《複数能力》を量産しようとしている
だとか、
《大いなる厄災》以後南極点に現れ人類に厄災を振りまくようになった、忌形種を単独討伐できる《能力保持者》ばかりだ
etc。etc。
学校の七不思議の様な噂が囁かれていた。
そんな噂を思い出したのか、優羽はすこし表情を曇らせた。
それをみて、奥村は安心させるようにことさらに柔和な笑顔を浮かべ、
「大丈夫。淡路島の研究施設のいろんな噂はともかく、久城君自体はいい子だったから。と言っても、入学前の面談で一回会っただけだけど。強力な《能力》を持っているのは否定しないけど、悪い子ではないわ」
そう、安心するように伝えた。
そもそも、危険があるような人物を入学させるわけもないし、問題があるような生徒の迎えに自分の生徒を駆り出すわけもないのだ。
変わった子ではあるけど。
と心のなかで付け加えたが。
「では、彼にやっていただく手続きもろもろについて教えて下さい」
優羽はすこしホッとしたような表情をし頷いた。
今は、畏怖より未だ見ぬ新しいクラスメートへの興味が勝っているようだ。
それを見て、奥村は彼女に予定を伝えはじめた。
優羽が本を読むことが出来るのは、夕方以降になりそうだった。