転校偏 第02章 第06話 彼女たちの想い+ともだちの想い
五月最終週の金曜日。来週の月曜日からは、新入生対抗戦が開始される。
文弥は、文寧、優羽、伊織の三人といつもの様にスカイタワー1Fのカフェで朝食を食べていた。
文弥と文寧が和食、優羽と伊織が洋食といった内容になっている。
転入初日からすでに約三週間が経過したが、初日に一緒に朝食を食べて以来、なんとなく三食を共にしている。
転入初日の朝食時から比べると、文寧がメンバーに加わってはおり一名多くはなっていたが。
「今年は空梅雨で、このまま夏入りしそうな感じらしいわよ。雨はあまり好きじゃないけど、季節感ないのもなんだかなーって感じ」
現在では海水から飲料水を大量に確保できるため、水不足に悩むことはない。
昔はよく水不足になっていたという香川県も、現在ではガンガンうどんをゆでている。同じ香川県である、小豆島にはあまりセリフうどんのたぐいはなかったのだが、たまに島から出た時には、文弥もセルフうどんの類を食べていた。
伊織が言うとおり、もう六月まで数日だというのにもかかわらず、今日も今日とてきれいな五月晴れだ。
せっかくなので、店内ではなくテラス席だ。スノコ状の木製のテーブルの上に、深緑色のパラソルが立っている。
対抗戦が間近に迫っているため、自然と会話は新入生対抗戦の話題となる。
相変わらず、『チーム久城』の面々は新入生対抗戦に向けて、特に作戦会議を開くでもなく、チームワークの練習を行うわけでもなく、別段の準備を行うことはしていなかった。
文弥を除いて、残りの三人は、定期考査においても『毎日予習復習をしっかり行い、別段テスト勉強を行うことはない』というような性格であるため(請われてテスト勉強に付き合うことは多いが)、普段の鍛錬で自信が裏付けされ、アレコレジタバタしないのだろう。
「まぁ、対抗戦の会場が外になった場合に、雨だと水を扱う能力者が強くなっちまうからな。逆に火は辛くなるわけで。対抗戦の間はカラッとしててくれたほうが、都合がいいけどな。優羽は別意見かも知れないが」
「うーん。概念操作のメリットって、水を生み出せることだから、雨みたいな常に水がある状態だと、ソコの差が埋まっちゃうわけだから、私も雨じゃない方がいいなぁ」
上品にパンを小さくちぎりながら、優羽。
なるほど、そういうもんかと納得して、おにぎりを頬張る。
小ぶりのそれは、育ち盛りの文弥にとっては物足りないものであったが、そこはそれ。食べ放題なので問題はない。文弥の前のトレーには、現在六個のおにぎりが並んでいる。
「兄さん。来週からの予選なんですが、全部アヤさん達に任せてくれませんか?」
食事が始まって以来、じっと何かを考えていた文寧が深刻な表情で切り出した。
「アヤ?急にどうしたの?」
伊織が思わず聞き返すが、文弥は無言で続きを促した。
口の中におにぎりが入っていたから。
「この間の忌形種の時。最後まで一緒に戦えず、アヤさんはとても悔しい思いをしました。役立たずだと、そう思われているのが悔しいのです。今後似た様なことがあったときは、兄さんの隣で最後まで戦いたい。それに、同じように思っているのは、伊織も、優羽さんも一緒です。だから兄さん、アヤさんたちの力を見てください」
文弥が先日の演習場での戦闘で、この三人を離脱させたのは、石化した生徒の避難を優先させるためと、彼女たちが万が一にでも怪我をすることを恐れたためだ。
彼女たちまで石化した場合、潰されないよう守りながら戦うリスクを減らすためだ。
決して過小評価していたわけではない。
過小評価していたのなら、石化した生徒の避難を任せたりしない。
それが、文弥の言い分だが、どう言い訳をしたところで、結局は、
リスクになるかもしれない。
守らなければならない。
そう、判断してしまった事自体が彼女たちにとっては納得がいかないことだったのだろう。
背中は任せられない。
そう、判断されたと思ったに違いない。
彼女たちは証明したいのだ。守られるだけのか弱いだけの女の子ではないのだと。
背中を預けられないのなら、せめて隣で戦いたいのだと。
その覚悟を見せたいのだと。
文弥は、文寧の言葉を正しく理解し。そして、伊織と優羽もまた正しく理解していた。
文寧の表情はいつもの様に感情が読み取りにくいものだったが、目が、そして言葉を伝える口調がが、恐ろしく真剣味を帯びていたから。
それに、文寧は感情が無いわけではなく、感情表現が乏しいだけであり、無表情というわけではない。
現に、文弥の転校初日には驚きのあまり、大声を出していた。キャラが壊れるほど吃驚したのだろうが。
付き合いの長い彼女たちや、兄妹である文弥には、きちんと読み取ることが出来る。
「優羽と伊織もそれでいいのか?」
「うん。文弥くんに実力を見せるいい機会だと思うしね。私は構わないよ。文寧ちゃんが言ってたように、悔しいって気持ちも無いではないから」
「私からも同じことを言おうかと思ってたくらいだから、願ったり叶ったりよ。私の力見せてあげる」
文弥が問うと、優羽と伊織は口々に承諾した。
「じゃあ、予選は楽させてもらおうかな。ただし、誰かがヤラれたりした場合は、手を出させてもらうからな。あと、直接狙われた場合は、俺がリーダーなわけだし、防御ぐらいはさせてもらう。俺の身は気にしなくていいから、実力を見せてくれるってんなら、完勝してくれ」
そう言って、最後のおにぎりを頬張る。
守らなければならないと。九年前必死に守った妹は、思っていたより強く成長したらしい。
そう考えると文弥は、嬉しいような寂しいような少しだけ複雑な気持ちになるのだった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
教室に入っても、漏れ聞こえてくる会話は新入生対抗戦一色だ。
一誠も、先日宣言通りに自動マッチングで決まったらしいが、他のクラスの生徒と組み合わさったらしく、度々よそのクラスへ出かけていた。
現に今もどこへ行ったのか教室には居ない。
一誠の他何人かは、同じ部活の友人などとチームを組んだらしいが、それでも、同じクラス内でチームを組んだ生徒たちがほとんどだ。
それもそのはず、成績順でクラス分けが行われるため、同じレベル帯がクラス内に揃っているためだ。
もちろん、学年一位から学年四十位までなのだから、クラス内でも多少の差はあるが。
それでも、漏れ聞こえてくる会話は作戦についてなどではなく、有力候補の情報とか、当日発表予定の各ブロックの予想とか。
かく言う、文弥達の話題も予選の組み合わせについてだ。
予選は、二百チームを五十チームごと、四ブロックに分けて行う。
学校が判断した強豪チームは同じブロックに固まらないようにするはずなので、優勝候補、準優勝候補、はバラバラのブロックになるだろうし。よそうされる、ベストエイトまではうまく散らばる配置となるだろう。
トーナメント方式のスイスドローは、勝ち点を設定し、同じ勝ち点同士で対戦することによって、少ない試合数で、且つできる限り運の要素を排除し上位を決定するのに向いた試合方式だ。
資料の内容をまとめると、下記のような形でマッチングされる。
・一回戦はランダムな組合せ。
・二回戦は、勝者同士と敗者同士が対戦。
・三回戦は、全勝、一勝一敗、全敗のそれぞれが、同じ成績同士で対戦。
・四回戦以降もできるだけ同じ成績同士、且つ今まで当たっていない相手との対戦を繰り返す。
勝ち点は
・勝利:3点
・負け:0点
・引き分け:1点
予選では、順位を決めることが目的ではないので、21点先取で本戦出場確定でトーナメントのマッチングから外れ、その逆で五回負けると失格となる。
チーム数が減ってマッチングされなかった場合は、不戦勝となる。
と、いうルールになっており、もつれ込んだ場合は十試合を超えるが、連勝なら七試合で本戦出場を確定し予選を終了できるルールだ。
予選は昼夜問わずの二日間。36時間かけて行われるが、七試合先取できれば後は休むなり試合観戦するなりして過ごせばいいだろう。
《円卓の騎士》から提供があったという、大会用の特殊フィールドの中はリアルタイムで中継され、剴園学園関係者であればだれでも観賞することが出来る。
幼稚舎の生徒たちには、イマイチ人気が高くない新入生対抗戦だが、中等部や、高等部の二年三年は視聴率90%以上で閲覧される。
本戦ともなれば、予選敗退の一年も見ることになるので、注目度は非常に高い。
来る盛夏戦の準備のため。他能力者達の戦闘を見ることによっての学習。理由は様々だが、一番の目的は、娯楽だ。
いわゆる格闘技観戦よりも単純に派手で見応えがある為、一般公開されている《能力保持者》達の試合には、どっと人が押しかける。
そういった理由もあって、観賞者に対するサービスとして、試合内容はわざと派手なものになりがちだ。
作戦が光る、地味な戦いも玄人ウケしたりするわけだが。
とにかく、過去の新入生対抗戦を観賞したことがない文弥は、アレコレと過去の試合に付いて話を聞くだけの、聞き役に徹していた。
「生徒会長はやっぱり圧倒的だったわねー」
「去年の優勝者も強かったけど、現生徒会長と比較すると確かに見劣りするかも」
「圧倒的ですが、アレはパワー馬鹿というものではないのかと、アヤさんは思うわけです」
「幼稚舎からずっと見てるけど、団体戦なんて初めてだよね?随分思い切ったのかな」
「実際の戦いだと、一対一で戦うことってあんまりないから。賞品を用意できるなら、団体戦って決断になるのも頷けるわね」
「アヤさん的には、ここの三人と戦わなくて済んで良かったです」
とこんな具合だ。口を挟む余地すらない。
勝手にわーわー話して、ほしい情報を提供してくれるのだから、口を挟む必要もないのだが。
文弥が、聞き役どころか置物になっていると、
「文弥、ちょっといいか?」
いつの間にか教室に戻ってきていた一誠が話しかけてきた。
「ああ、構わないぜ。混みいった話しか?」
「あーそうだな。一応は文弥の耳にだけ入れる形にしておきたいかな」
「まだ、時間的には大丈夫だな。屋上行くか」
「オーケー。っつーわけで、ちょっと文弥借りてくぜ」
そう言って、連れ立って屋上へ向かう。
朝のホームルームまで、あまり時間がないが、道すがらに話を急かしたりはしないし、一誠も珍しくいつモノおふざけが抑えられた真剣な表情で黙って歩いている。
文弥達の教室は最上階にあり、屋上へは階段一つ登ればたどり着く。
ホームルームも近い時間。屋上には、文弥と一誠以外誰もいない。
落下防止柵まで歩き、外で聞き耳を立てても聞こえない程度の距離を取ると、一誠は唐突に切り出した。
「闇討ちの件な。まだ続いてるらしいんだよ。オレのチームには被害者は居ないんだけど、昨日襲われた被害者ってのが、まぁ俺の知り合いなんだよ。部活仲間ってやつ?で、んで、犯人に心当たりあるか?って聞いたら、文弥か、三雲さんのどちらかだって言うんだよ。俺は、そんなはずは無いって言ったんだけど……頭に血が上ってるのか、要領を得なくてよ。文弥。なんか心当たりないか?」
「客観的に見ると、俺も文寧も犯人である証拠も、犯人でない証拠も無いな。だから、ちょっと判断できん。だからお前も、俺に相談したんだろ?もちろん、主観的に見た場合は、俺は無関係だし、文寧がワザワザ二組の生徒を襲う動機がないだろ?一組の他の強力な能力者を潰すなら別だけどよ」
自分も襲撃を受けたことは、まだ伏せておく。
こうして、話をしにきたということは、一誠も似たような意見なのだろう。
「さっきも言ったけど、俺は疑ってるわけじゃないんだ。ただ、そういう噂がひとり歩きするのはよく無いからな。昼休みにでも、直接話を聞きに行かないか?そこで疑いを晴らせればいいし、そうじゃなければ、別な方法で疑いを晴らす方法を考えた方がいい。逆恨みされると面倒だからな」
「分かった。昼休みに話を聞きに行こう。文寧たちには、一応この事は伏せておいてくれ。真犯人探しに躍起になってしまうだろうしな」
「オーケー。じゃあ、昼休みにな。ゆっくり昼飯食う時間はなくなっちまうかもだけど」
「それはお互い様だ。こっちこそすまんな。殆ど、こっちの事情なのによ」
「水臭いこと言うなよ。友達なんて迷惑かけて、迷惑かけられて、助けて助けられてなんぼだ。三時限目の間にパンでも食べとこうぜ」
「ああ。そうだな。じゃあまぁ、戻るか。そろそろ本鈴がなっちまう」
言って、教室に戻る。
屋上へ向かった時のような重苦しさはなく、馬鹿話をしながら。笑い声を上げながら。




