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学術研究都市の能力保持者達  作者: 和泉 和
転校偏 ~闇夜のカリバーン~ 第二章
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転校偏 第02章 第02話 兄妹の絆

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

よろしければ、ご意見、ご感想をよろしくお願いします。

 新入生対抗戦で文弥が優羽達と同じチームなることが決定した翌日。


 一誠の冗談が、冗談ではなかったことをまざまざと見せつけられていた。


 あれ以降の、もっと怨恨めいた闇討ちを受けるとか、逆に、女子生徒に根掘り葉掘り聞かれるとか、実は、彼女たちに親衛隊が居て……ナドということは一切無かったが、朝から見知らぬ生徒からのゴシップな視線にさらされ、クラスメートからは、


「クラス内で、刃傷沙汰(にんじょうざた)だけは、避けてくれ」


 と言われ、一誠からは『俺の幼なじみと彼女と妹が修羅場すぎる』という長ったらしいタイトルの小説を渡され、


「頑張れ、B太!」


 とか言われていた。一誠に至ってはただ状況を楽しんでいるだけだろうが、それでも文弥は彼との友情を見直そうかと割と真剣に検討をし始めていた。


 優羽が、


「お友達だから一緒にいるのは当たり前!」


 といった後は、クラスメートから憐憫(れんびん)の眼差しと、ありがたくもない慰めを貰うことになった。


 一連の騒動に疲れた文弥は、校舎の屋上に来ていた。


 屋上は別段立入禁止などにはなっていないが、食事を取るなら食堂に行くしかないし、数少ない弁当派やパン派の連中も、屋上にはベンチもなく遊具などもないため、ワザワザここに来る物好きは居ない。


 目の前にはスカイデッキと呼ばれる地上60Fからなる別校舎が建っており、恐ろしく見通しが悪い。


 背後は自分の背丈以上ある排気口がずらりと並んでいる。


 景観は最悪。空気も悪い。


 それでも、空は梅雨の気配すら感じさせずバカみたいに蒼い。


 屋上に来たのは単純に人が居ないところに行きたかったからだが、一連の騒動はキッカケにすぎない。


「兄さん」


 後ろから風鈴のように涼やかで澄んだ声が聞こえた。


「アヤ。待ってたぜ」


 と振り向いてニヤリと笑う。


「付いてきていたのに気がついていたのですか?」


「ああ、別にお前も気配消したりしてたわけじゃないだろ?普通に気がつくさ」


「気配を消すなんて出来ませんよ。兄さんとふたりきりで話したいとアヤさんは思いました」


 文寧は基本的に落ち着いた物腰で話し、表情もあまり変えない。


 感情がないわけでもなく感情表現をしないわけではない。


 大きくは変わらないだけだ。


 転校初日に思わず叫んでいた文寧。その驚きは如何程(いかほど)だっただろうか。


「だろうな。言いたいこと、聞きたいこといっぱいあるだろう。いいぜ、何でも答えてやるし何でも聞いてやるよ。時間が許す限り……だけどな」


 長年離れていたと言ってもそこは兄妹。今彼女が無表情に見えるのは、感情が複雑すぎてうまく感情表現できていないからだと理解できていた。


 文寧は目が少し潤んで、頬も少し赤い。文弥は泣かせてしまわないようにできる限り明るく言って、まっすぐに彼女を見据えた。


「お(かあ)さんはなくなりました。兄さんが居なくなって、二年後くらいです。兄さんも知っての通り、兄さんとアヤさんには他に身内が居ません。しょうがないので、剴園幼稚舎に保護される形で入学しました。兄さんもあの時《能力保持者(スキルオーナー)》として覚醒していましたから、どこかの高校に入学しているだろうと思って国立高校の入学者情報をかたっぱしから調査しましたが、アヤさんは結局兄さんを見つけることが出来ませんでした」


(かあ)さんの事は知ってる。墓参りには行ったことないけどな。実はお前のこともな。知り合いに頼んでちょくちょく見守ってもらってたんだ。剴園幼稚舎に手早く入れるように手を回してもらったりよ。まぁ知り合いっつーか、一応は今の俺の保護者にあたる人なんだけどよ」


 それを聞いて、文寧は目を丸くした。


「そうですか。知っているとは思っていましたが、まさかずっと見守られていたとは……アヤさんはとても驚きました」


「俺自身も四国に行くまでの間は、ちょくちょく様子を見てたんだぜ。最初のうちは見てられなかったけどよ、俺が居なくても何とかやっていけるようになったのを見て、金鵄教導(きんしきょうどう)に行ったんだ。保護者のおっさんには止められたけどよ。理由はどうあれ、あんなことがあってまともに生きていられるわけがないからな。結局、名前を捨てて戸籍を変えて俺自身を法的に殺して、ここに居る」


「兄さんに守っていただいたので、ここにこうして居ることが出来ます。あの時だけでなく、その後も守っていただいたと分かって、アヤさんは、殊更に感謝の気持が増えました。たとえ、三雲文弥(兄さん)がもう居ないのだとしても、貴方は三雲文寧の久城文弥(兄さん)です。本当に有難うございます」


 言って、文寧は姿勢を正し、マナー通りのきれいな所作45度の立礼をした。そのまま、顔を上げようともしない。


 文弥は文寧に近づくと、そのまま彼女を抱きしめた。


 この、無愛想で不躾なコンクリートの地面に彼女の涙が落ちる前に。


 文寧は、しばらくそのまましがみつくと方も震わせずじっとしていた。文弥は何も言わずにずっと抱きしめている。


 そうして、五分ほど経つと、


「生きていてくださって本当に良かった。アヤさんは兄さんが最悪亡くなっているかもしれないと覚悟をしていました」


 と小さく言うと、文弥から離れた。眼と鼻が少し赤くなっているが、涙の跡はもう見えなかった。


「まぁ、正直死のうかって思ってた時期もあったけどよ。お前たちが立ち直っていく姿を見て正直元気づけられた。立ち直るまで付き合ってくれたおっさんには感謝しねーとよ」


「先ほど言っていた、保護者の方ですか?アヤさんも一度お会いして挨拶をさせてください」


「いや、こっちに帰ってきた翌日に、家に行ったんだけど、誰もいなくてよ。しばらくすれば帰ってくるだろうが、今すぐは無理だろうな。紹介できるようになったら、お前も連れて行くよ」


「しかし、そうですか。外に別な保護者を……兄さん。外に別な妹を作ってないですよね?とアヤさんは不安になりました」


 文寧は浮気を疑うカップルよろしく文弥に詰め寄った。


「いや、なんだよ外に妹って。外に女を~~つって怒るなら気持ちはわかるけどよ」


 それだって、妹が兄に対して持つ感情としては不穏当であろうが。


「何を言っているのですか兄さん。女なんていくらでも作ればいいです。アヤさんは気にしません。アヤさん自身は他に男を作るなんて言うのはゴメンですが。せっかく優秀な遺伝子を持って男として生まれたんです。並列で子作りするといいとアヤさんは思います。兄さんが本気を出せば入れ食いですよ、入れ食い」


 妹の嗜好(しこう)に疑問を持たざるをえないが、高校一年生ともなれば性に敏感な年頃だよな。と自分のことを棚に上げて考えないようにする。


「お前は兄をなんだと思っているんだ?鮭みたいにポコポコ子供を大量生産するわけに行くわけがないだろう」


「知っています。鮭じゃないんですから、ぶっかけただけでは……」


「女子高生がそんな言葉を遣うな。なんだか悲しい気持ちになる」


 口調が平坦なので、エロさがないのが幸いである。女子高生の発言と言うよりは、幼いころのままの印象で止まっている妹ということが問題なのかもしれなかったが、文弥には珍しくがっくりと肩を落とす。


「とにかく、妹と言うのはアヤさんのアイデンティティなので、他に作られると大問題なのです」


「とりあえず、続きはパンでも食いながらでいいか?」


 いいながら、ランチパックを取り出し封を開ける。


「兄さん?それだけで足りますか?アヤさんのお弁当を分けてあげますので、一緒に食べましょう」


 言いながら取り出したのは、カップラーメンが二個、ニクロム線、水、アルミ鍋だ。


 ニクロム線の上にアルミ鍋を置き水を注ぎ、その上に手をかざすこと二分ほど。水が勢い良く沸騰した。


 二人分のカップ麺にお湯を注いだ後、携帯で時間を確認し、「三分で出来上がりです」と告げた。


 ニクロム線に電流を流し、お湯を沸かしたのだろうがなんとも回りくどいことである。


「たしか、アヤは電気系統の概念能力だったよな。お湯をわかすだけなら、マイクロ派の照射とか、電磁誘導で鍋を加熱するとか色いろあるだろう」


「兄さん知らないんですか?アルミ鍋はIH非対応です。IH対応鍋って重いんですよ。持ってくるのはちょっとつらいです。マイクロ派はですね、携帯の電波が悪くなるのと、マイクロ波照射でゆでたまご作った時に、伊織に二度とそれを料理に使うなって言われてしまって……アヤさんはそれに従っているのです。兄さん知ってますか?卵って爆発するんですよ!」


「うん、なるほど。二度とマイクロ波を料理に使うんじゃないぞ。コンビニおにぎりも爆発するからな。まぁ、それで電熱線か。すごいんだかすごくないんだか」


「それにですね、IH調理って制御が結構難しいんですよ……電熱線なら、ただ電流流すだけですからね。アヤさん的に言ってちょーらくちんです」


「しかしカップラーメンとはな」


「習慣みたいなものです。コレと、栄養補助食品しか口にしてなかったですからね。あ、そろそろいいですよ。二分三十秒から麺を混ぜ始めるのが、アヤさん的ジャスティスなので」


 言われて、割り箸とカップラーメンを受け取ると、文寧にならって麺を混ぜすすり始めた。


「しかし、文寧の《能力(スキル)》は便利だな。さすがは、学年一位といったところか」


「隣の芝生は青く見えるというやつです。兄さん。ちなみに兄さんが受けた転入試験は入学試験と全く同じものでした。その上で、アヤさんの合計点数を60点以上も上回っていました。平均で言っても、10点も上です」


 淡々と、麺をすすりながら文寧。どういう原理かは分からないが、食べながら話しているはずなのに、声はくぐもったりせず涼やかで凛としたままだ。


「言っとくが、ハッキングは犯罪だからな」


 高校に入ってからあれこれ調べたと言っていたが、それもハッキングだろう。


 電気系統の概念能力を扱う文寧にとって、その程度の情報を調べるのは、グーグル検索をするのと対して変わらないのだろう。


 その気になれば、携帯電話の電波を勝手に拾い暗号化を解除、通話内容を盗聴することも出来るだろう。


 実際にやるかどうかは別として。


「兄さんの《能力(スキル)》に関する情報は、この学校のDB(データーベース)にも載っていませんでした。金鵄教導のネットワークは完全に独立していて外部からは入れませんし、現在は完全に消滅していて復旧は不可能です。今のところは、兄さんについてアレコレ調べることは出来ないと、アヤさんは思います」


 と、すこし不満そうに。おそらくは、調べられないことがある事自体に不満を覚えているのだろうが。


「別に隠してるわけじゃねーんだけどよ。学校にはきちんと資料を提出してるぜ?って、そういえば奥村先生が資料が遅れてたとか言ってたな。そのせいか?二段階で登録するはめになったから、登録が漏れたのかもしれないな」


「そうですか。でもちょうど良かったかもしれませんね。アヤさん以外が兄さんのパーソナルデータにハッキングを仕掛けた跡がありました。閲覧だけで、改竄(かいざん)された形跡はありませんでしたが、名前と性別生年月日と、金鵄教導出身であることくらいしか書かれてません。アレでは何もわからなかったかと思います。ああ、後はさっき言ったテストの点数くらいですか」


「まぁ、この学校は定期テストの成績は公表されるんだろ?まだ生徒じゃないってんで、入学試験の結果は公表されないってだけで。遅かれ早かれ分かることだ」


「そうですね。興味本位で覗いた可能性も有りますから、実害が出そうになるまでは静観でいいとアヤさんは思います」


「ああ、元よりそのつもりだ。もともと、アレコレ詮索されるのを覚悟の上でここに来てるからな」


 すっかりぬるくなったカップ麺のスープをすべて飲み干すと、手を合わせて「ごちそうさん」と言って、立ち上がった。


「アヤさんは、積もる話がまだまだあるのですが、そろそろ時間ですね。行きましょう。午後は演習授業です。着替えもあるので、急ぎませんと」


 二人でゴミと荷物を手早くまとめると、午後の演習授業の為更衣室に向かった。文寧が手を差し出し、文弥が手をとる。九年前と何も変わらない姿がそこにはあった。


 


 


 


 



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