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走る鳥  作者: 鈴果根瑞希
1/1

始まり

 風が少し強かった。

 こんな日に七瀬川に架かる赤道橋を歩いていると、海から運ばれてきた潮の匂いがする。

 りあは鼻でそれを感じとって少し満足気に息を吐いた。そんな行為を何度か繰り返すと、感じたことのない懐かしさが胸に湧いてきて、それがなんだか楽しく思えた。

 丁度、橋の真ん中でりあは少し歩調を遅くした。景色の流れを味わいながら歩いていると、自分が意味もなく幸せに思えてくる。

 川辺に群生する葦や不思議なリズムで波打つ水面が、目にするだけで大事な宝物にかわっていくような気がするのは多分誰にでもありえる感覚で、もし、橋の車道を走っている車中の人々がこの情景を知らないでいるのなら、それはとても不幸な話だと密かに感じるのだ。

 自然の眺めと耳にあてたヘッドフォンから流れるアコースティックギターの音色が妙にはまっていい感じだった。メロディーに合わせて喉の奥で少し歌ってみる。音として存在しているのか、自分の耳では聞き取れないほどの小さな声で。

 その歌を途中でやめてしまったのは、川の土手でギターを抱えて座り込んでいる男の姿が視界に入った時だった。無意識のうちにヘッドフォンを外すと、耳に弦をかき鳴らす音が物悲しい雰囲気で飛び込んできた。

 歩みを早めて橋の袂まで行くと英語歌詞の歌が聞こえた。ゆるい勾配の芝生の上で歌う男のメロディーはブルース調のもので、感情をさらけ出しているものではなく、淡々と言葉を繋げているようにも思えた。

 けれど、聞く者には薄い涙を伴った悲しさが伝わる。

(大人の歌い方だ)

 そう思いながらりあは少し空を見上げた。

 夕刻の夏の空はまだ青さを残している。

 強い風が雲を流しきって、太陽だけが西へ向かおうとしていた。

 雨の気配はないのに男の歌声が雨雲を連れてきそうで、りあは一人で形の見えない不安に捕らわれそうになった。

 歌い終わり立ち上がったその姿は、思ったよりも小さくて若かった。

 橋の袂のりあに気がついたのか、男は一瞬視線を投げた。それからギターを持って土手を降り、川べりの細い自転車道を歩いていった。

 りあは一つ大きな息を吐いて、自分が緊張していた事に気がつく。

 いつの間にか握りこんでいた掌をゆっくり解くと汗で少し濡れていた。

 首にかけたままのヘッドフォンからシャカシャカとエレキのイントロが始まっていた。

平成10年に個人的に執筆をしたもので、当時のワープロ原稿がありましたせので、少しだけ手を加えて掲載をしました。

少し古い感じがするかもしれませんが、当時の色のままに掲載をしました。

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