第七話 violet
気が付いたら、俺は自分の家の近くに居た。
病院からここまで歩いて来てしまったらしい。
バイオレットは何も言わずに、俺の手についてきてくれていた。
真っ暗な場所が、現実が腹をえぐって、内臓にのめり込むような感覚がした。
胸が詰まる。苦しい……!
「ごめん……、バイオ、レット……」
「……」
青空が見えた。必死に声を振り絞った。
「……俺……ずっと、あいつの、弟の見舞いになんか……行ってなかったんだ……」
「……」
夏の太陽は肌を焼き、目眩をも引き起こしそうになる。
「自分で、ずっと、行ってるつもりになってた、だけ、で……」
「……」
吐き気がした。頭痛もして、ふらふらした。
思考の全てが、暗闇に沈んでゆく気がした。
「ホントは……、浩介は……、……バイオレットに初めて会った日に、……」
「……」
「……っ」
うけとめられなかった。
言ってる今も、現実感が湧かない。
確かめるために、家まで歩く。
「バイオレットは、……それを、聞いたんだ……?」
「……」
「……バイオレット……?」
見てみると、バイオレットはとてもぐったりしていた。
「バイオレット!?」
しかし、彼女は答えない。
体制を代えようと思い、手を放す。
かしゃんっ
「バイオレット!」
「……」
「バイオレット、バイ……」
抱き上げても応えは無い。
「……塚松君!」
誰かに呼ばれた。
振り向くと、黒髪をおさげに結った、眼鏡をかけている少女が立っていた。
息を切らし、肩を揺らし、汗だくで俺の方を見ている。まるでやっと見付けたとでも言うように。
「誰……?」
「……っ!」
「なあ、バイオレットが動かないんだ……! 病院……そう、救急車! 呼んで……!」
「――塚松君……っ!! バイオレットを、よく、見て……!! バイオレットは、……っ」
少女はなぜか泣き出しそうな声で俺に訴える。
俺は、彼女の言う通りにバイオレットを見てみた。
俺に抱かれたバイオレットの体は、地面へと向いている糸に従うようにだらりと垂れ、全くとして動かない。
50センチしかない体は、バイオレットのもの。
「……バイオレットは……人形だよ……」
泣き出しそうな少女が言った。
バイオレットはマリオネットだった。
手を離せば、『かしゃん』と音をたて、堕ちるモノ。
強い力で引いた糸は、無惨にもひきちぎられ……。
彼女が崩壊を確信した頃。
俺はまだ、なにも分かってなくて。
ただ、いつかの棒アイスを思い出していた。
原型はもう、分からない……?