第四話 see
蝉の音がどこまでも響きわたりそうな頃。
夏の気温は、涼しげに思える病院であってもやはり暑くて、さすがに日差しの下に長時間居るのは辛かったが、それでも俺はまだバイオレットの所に通っていた。
悲しくもあれから俺達の関係にあまり大きな変化は無く、ダンスを見てからくだらない話をすると言う単調なスタンスがいまだ続けられ、とうとう第一回期末テストの時期が来てしまった。
「ごめん、バイオレット! 来週からまたテスト週間に入るから、来週・再来週と来れなさそうなんだ。悪いな」
「え? 塚松君も来週からなんですか? あたしも来週からテスト週間なんです。偶然ですね、中間の時も同じ時期でしたよね……?」
「あー、そういえばそうだったな。そういえばさ、バイオレットはどこの高校に通ってんの?」
実は、俺はこれまでバイオレットがどこの学校に通っているのかを知らなかった。
ひとつ下の学年……今年高校1年になるという事は大分前に聞いたのだが、その頃季節はやっと入試の合格発表が終わるくらいだったので、なんだか聞き辛かったのだ。
「あれ、言ってませんでしたか……? 東条高校です」
「東条!? 俺もだよ!?」
「えぇ!? じゃぁテストって……11日からですか?」
「うん、そうそう! バイオレットも東条だったのかー」
この地域では『まあまあな方』と、とても微妙な評価をされている市立東条高校。
自分は第1志望で入ってきたが、バイオレットはそうではないという可能性は否定できないような所だ。あの時聞かなくて正解だったかもな。
「階が違うだけなのに会わないもんなんだな。全校集会の時とかに見ててもよさそうなのに……」
「そうですね……。あ、でも、会っても塚松くんには分からないかもしれませんね」
「え? なにが?」
「あ、あたしの事です。塚松君はあたしの声しか知らないから、すれ違っても分からなくないですか……?」
声しか知らない? 俺が? バイオレットの?
「?」
「えぇ?? ち、違いますか……?」
「俺にはちゃんとバイオレットの顔が見えてるよ?」
自分は目が見えないから、俺にも自分の顔が見えていないと思い込んでるんだろうか?
「えぇ!? 見えてる!? どこからですか!?」
焦りながら変な所をきょろきょろとまわすバイオレット。
おいおい……
動きがおかしいが、そんな姿も可愛らしく思えてしまう。
自分の顔の筋肉が自然と緩んでゆくのが分かる。
「それより、バイオレットの方が俺を探しにくいんじゃない?」
自分自身こそ、俺の事は、声と、手と、……唇の、感触しか知らないのだから。
うわぁ恥ずかし!! こんな事絶対言えん!!
「そうですね……顔は1度しか見てないから……いえ、でも大丈夫です! 多分、分かります……!」
遠回しにもう一度キスをするのを避けられたと思うのは気のせいでしょうか。うん、気のせい……で、あって欲しい。。
「あれだけで分かるんだ? バイオレットは凄いなぁ〜」
「い、いえ、そんな……だって……」
「? うわっ!!」
『だって』。その続きは、たった今出現した蚊と戦い始めた俺には予想できなかった。
――だって、好きな人だから、見つけられないわけがないじゃない――
……撃退完了。今日は俺の勝ちだ。
「ふぅ。な、バイオレット、じゃあさ、今度学校で会わない?」
別に軽い気持ちだった。軽い言葉のはずだった、が……
「え……」
突然彼女の声が曇る。
え……?
「え、あ、いや、嫌だったらいいよ?」
「……ごめんなさい、――……すみません……」
ショックだった。でも、会うのを断られた事以上にショックな事があった。
久しぶりに聞く、彼女の『すみません』。
そんな事言わせてごめんと言いたいけれど、言ったらまた謝罪の言葉を聞かされそうだったから、やっぱりやめた。
ねぇ、『ごめんなさい』の後の『すみません』は、一体なにに謝ってるの?
どうしたら救えるの?
小窓の外から出来る事は、あまりにも少なくて……。
「……」
「あ……、まぁ、さ、気にすんなって!いつもここで会ってるからわざわざ学校で会う事もないもんな、ごめん! それよりさ、……」
突然の、不安
つい先程まで通っている学校さえも知らなかった俺は、はたして彼女の何を知っているのだろう?
やっぱり、1度だけでいい、少しだけでいい。学校の、普段の彼女を見たいと思った。
そうすれば、何が彼女を苦しめるのか、分かるような気がしたから。
でもやっぱり、
『ネェ、ドウシテ会イタイッテ言ッテクレナイノ?』
これが一番聞きたかったのかもしれない……。
崩壊は激しすぎて、違和感をも殺してしまう。
俺が崩壊に気が付くのは、もう少し後の事。
『キミはみえてない?』オレはみえてない。
キミは見えてない?キミはみえてた。
see?
長かったです!!本当は2〜4話までがもっと短くひとつの塊になるはずだったのですが、ここまで長くなってしまいました;
何と言うか、グダグダですねぇ;すみません;