第二話 小窓ごしに
「よ、バイオレット!」
「塚松君……? こんにちは」
並木道が葉桜に染まる頃。
俺は毎週のように彼女の元を訪れるようになっていた。
前々から毎週土曜に入院している弟のお見舞いに来ていたので、ついでに彼女のダンスも見に来ることにしたのだ。
会う場所はやはり病院の庭に面する小窓ごし。
あーいつ来ても狭いー
「なんだかすみません……毎週付き合わせてしまって……」
「え!? 謝ることないよ!? 俺が好きで来てんだからさ、そんな気にすんなって!」
「でも……」
「いーいからいーから!! ホンット俺毎週楽しいからさ! な?」
「そうですか……?」
「うん、そうそう! ほら、練習始めよ!」
「……はい! ……ありがとうございます……!」
彼女は声を明るくして、大袈裟にぺこっと頭を下げた。
長い茶色の髪が床につきそうになる。
可愛いなぁ。
「じゃあ、先週の曲でやりますね」
「はいはーい、しっかり見まーす」
控えめな音で、曲が始まった。キラキラして可愛いらしい曲。しかしどこか謎めいた調べ。
結構単調な曲ではあったが、俺は音に合わせて足の先でとんとんとん、とリズムをとる所がなんだかとても気に入って、数種類見せてもらった物の中でもかなり好きな踊りだった。
この踊りはまだ上手く出来ないらしく、最初に見た物よりずっと不格好にしか踊れていなかったが、一生懸命さには魅力があった。
というか、バイオレットは目が見えていないらしい。
自分でははっきりと言わないが、会話中もちゃんと俺の目を見付けられずにいつも変な方を向いているし、よく意味も無く窓枠にぶつかるので、多分そうなのだろう。
それなのにこんな風に踊れるなんて……かなり凄い。
バイオレットは舞う。
「あっ」
旋律が止まる。足がもつれて転んでしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫です。すみません……。いっつもここでやっちゃいますね……先週も失敗したのに……」
突如弱くなる声。反省と悔しさが彼女を襲い、激しい自虐が刻まれそうになる。
「まーまー、すぐ出来るようになるって! 気長にいこ! それに、先週よりも大分上手くなってる。そんな心配する事無いって!」
「ホントですか……?」
「ホントホント! なんかさ、あのーあれだ、よく祭とかで売ってるやつ……こんぺい糖?みたいだった。あの『とんとんとん』って所がさ」
「ホントですか!?」
突然彼女の声が明るくなった。
こんなに大きな声が出せるとは思っていなかったからか、かなりびっくりした。
「う、うん、ホントだけど?」
「嬉しいです……!」
後で聞いたところ、あの曲は『こんぺい糖ナントカ(なんだったっけ?)』とか言うらしい。
しかしそんな事を全く知らない俺は、『こんぺい糖がそんな嬉しいもんなのか?』と不思議に思いながら再び舞い始めた彼女を見ていた。
♪
「どう? 人に見せるのには結構慣れた?」
『バイオレットを人目に慣らすこと』。それが俺の役目だった。
全く、我ながら素晴らしい口実を思い付いたものだ。
「いえ、まだちょっと……やっぱり人が見てると思うと緊張してしまって……。そこまでは技術が追い付いてないと思いますし……すみま、……頑張ります!」
「そっか、頑張れ。まぁ気長に行こ、な!」
痛いほど真面目で頑ななバイオレット。
少しずつ、自虐的な面を減らしてあげられればと思った。
なんだかそれが俺の役目のような気がした。
……いや、ただの自己満なんだけどさぁ……。
平和な休日は、小窓ごしに彼女を見る。
この狭い空間が、今の二人の全てだろう。
『こんぺい糖ナントカ』って言うのは、よくバレエで使われる『こんぺい糖の踊り』(だと思うのですが;)の曲の事です。
2005年3月現在はFAXのCMにも使われていたりしますよ(^-^)聞いたことがあるのでは?