第十一話 ・あたしの崩壊・
「たた、たんたん、たんたん、たたたん、たたたん、たた……」
静かな廊下。響くのは彼女の唄声。
座ったまま、壁に寄りかかってバイオレットを見る。
なんとか繋いだ糸は、思ったよりも上手く動いてくれている。
「こんぺい糖……」
バイオレットは前よりもずっと上手に踊れていた。
いつも足が糸に絡まって倒れていた所も、もう失敗しない。
そういえば、彼女が唄うのを聞くのは初めてだ。
うっすらと自分が微笑んでいるのが分かる。
優しい唄声。
哀しい唄声。
「たん……。終わりです……」
「……上手くなったね。頑張って練習したもんな……」
「……」
♪
きしむ音。
奏でられるのは無音の旋律。
最初に見た、あのリズム。
♪ ♪
「あたしは……自分に自信が無くて……」
「……?」
「いつも、怖くて……なかなか出来ないあたしを、否定されるのが、辛くて……。そんな自分自身が嫌で、嫌で……いつも、誇れない自分に謝って……」
♪
「不器用で、無配慮で……友達も少なくて……だから、自分で自分を、戒めるようになって……何も、主張が、出来なくなって……人とも、顔を合わせるのが怖くて……」
「うん……?」
バイオレットは舞い続ける。
「……でも……塚松君が来てくれてからは……少し、安心できるようになって……。いつもいつも、あたしを元気付けてくれて……優しい言葉をくれて……自虐的になりそうになると、いつも止めてくれて……ちょっとずつ、頑ななあたしを、崩してくれて……」
……気付いてたんだ……。
「いつか、顔をだそう……って、思ってたんです……。会おうって言われて、嬉しかったんです……! でも、やっぱり、ただ……怖くて……。あなたは凄く綺麗な人だから……もし、本物のあたしを見たあなたが、失望した顔をしてたらって、思ったら……どうしても出来なくて……。会えなくて……」
「……」
♪
「優しい人を、失いたくなくて……」
♪
「でも……――」
♪ ――……がしゃんっ
「あ・――……っ!!」
突然、唇を塞がれた。
触れた君は、とても温かく……
「……っ……やっぱり……あたしのこと、見て……? あたしは、あなたが、――好きだから……っ……」
菫は俺の手を握った。温かい。温かい。
「小窓ごしじゃ、嫌なの……! 怖かったけど、会って、話す方が、ずっといいよ……なのに……ねぇ、どうして……そっちばっかり、見てないでよ……! あたしはここなの。菫が、あなたを好きなの……!」
「すみ……」
「また壊れるのは、嫌だよ……! ねぇ、あたし、あなたのお蔭で変われたんだよ……? 分かる……? ちょっとずつだけど、ちゃんと喋れるようになって。自分の気持ちを、言葉に出すことが出来るようになって……! こんなのと比べられるほど、塚松君の痛みは軽い物じゃないと思うけど、でもっ……塚松君が弟さんのことを思うように、私もあなたに憧れるから……そんな姿で、居て欲しくないよ……あたしが、助けたい……お願い、変わって欲しいの……! 崩壊を、崩してよ……!」
目の前には、手の中には。体温があって。
浩介じゃなくて。人形じゃなくて。
そこには菫が居た。
最初に言葉を交わした彼女からは、想像する事も出来ないような強い言葉を紡ぎ出す。
自分が崩壊してる時、菫も崩壊してたのか。
振り絞られる強いきもち。
床に落ちている哀玩人形。
慰めてくれたのは、誰?
本当に触れて、支えてくれるのは、何?
愛しい君は……
そろそろ時間だと、浩介の声が聞こえた気がした。