価値と呪いと古物商
おおよそ6年ぶりに小説を書きました。人生わからんもんですなあ……
古物商の仕事は、物の価値を見抜くことだ。
だが、男のやり方は少々――いや、かなり野蛮だった。
「鑑定? そんなもん叩けばわかる」
壺は素手で殴り、剣は壁に叩きつけ、宝石に噛みつく。
その乱暴さゆえに同業者からは烈火の如く嫌われていたが、不思議と見立ては外れない。
壊れるのは偽物だから。本物は壊れない。
それが彼の理屈だった。
そんな男がその日招かれたのは、会員制カジノで開かれる仮面パーティーだった。
理由は一つ。
「五大邪宝」の一つが競売に出るからだ。
世界中の裏社会でそう呼ばれる、五つの呪われた古物。
所有者は必ず破滅する。
戦争を呼んだ王冠。
王朝を滅ぼした鏡。
都市を焼いた香炉。
海を狂わせた羅針盤。
そして今夜の出品物――《眠らぬ杯》。
その杯を目にした者は、過去、現在、そして未来のあらゆる『幸福』を奪われるという。
「くだらねえ」
男はシャンパンを一息に飲み干した。
「呪いなんざ、値札を吊り上げる営業文句だ」
会場には黒いドレスや燕尾服をまとった富豪たちが集まり、笑顔の裏で札束を燃やし合うような視線を交わしている。
そんな中、一人だけ妙な男がいた。
地味な灰色のスーツに、安物の靴。
派手さとは無縁なのに、ディーラーも給仕も彼を見ると軽く会釈する。
初めて見る顔なのに、この店では誰もが彼を知っているようだった。
「旦那、新顔ですよね」
その男が話しかけてきた。
「そういうお前も初めて見る」
「ええ。でも私は三十年ここへ通っています」
「冗談きついな。このカジノができたのは十五年前だ」
「そうでしたか」
男は困ったように笑った。
否定もしない。
言い訳もしない。
妙に引っかかる。
「……気に入らねえな」
「よく言われます」
やがて競売が始まる。
黒い布が外され、《眠らぬ杯》が姿を現した。
銀色の杯。
装飾は簡素で、拍子抜けするほど普通だった。
だが、その瞬間だった。
会場のざわめきが止む。
笑っていた者は笑顔を消し、興奮していた者は急に無表情になる。
誰もが椅子へ深く腰を下ろした。
「……疲れた」
誰かが呟く。
「どうでもいい」
「帰りたい」
倦怠。
空気そのものが重く沈み、人生のすべてが色褪せていくような感覚。
男も足が止まった。
値踏みをする気力さえ湧かない。
金も酒も女も、急に意味を失っていく。
「これが呪いだあ……?」
拳を握る。
確かに力が入らない。
そのとき、灰色の男だけが平然と立っていた。
「初めてですか」
「あ?」
「《眠らぬ杯》は、幸福を奪うのではありません」
男はゆっくり杯へ歩いていく。
「『意味』を奪うんです」
会場中の人間がうつむいている。
誰も止めない。
止める理由が、意味が浮かんでこない。
灰色の男は杯を持ち上げる。
「自分の行動に意味がないと分かれば、動きたくなくなるものでしょう?」
「待て」
古物商は一歩踏み出した。
理由はない。
意味もない。
ただ、気に入らなかった。
「そんなつまらねえ杯が人間様をどうこうしようなんざ、千年早えよ」
男は杯を奪い取る。
そして。
床へ叩きつけた。
轟音。
銀の杯は真っ二つに割れた。
同時に、会場の空気が軽くなる。
誰もが大きく息を吸った。
「……俺、何してた?」
「競売は?」
生気が戻っていく。
灰色の男だけが割れた杯を見つめ、静かに笑った。
「やはり、あなたでしたか」
「何がだ」
「五大邪宝は、壊せる人間を選ぶんですよ」
「意味がわからねえ」
「貴方なら壊せるんです」
男は鼻で笑う。
「難しい話は嫌いだ」
割れた杯の欠片を一つ拾い上げる。
「骨董なんてもんはな、それを前にしてビビった瞬間から負けなんだよ」
「だから叩き割る?」
「骨董の価値だけじゃねえ。古物商としての自分を、確かめるためにな」
灰色の男は薄く笑い、深々と頭を下げた。
「残り四つも、あなたが壊してください」
「断る」
「即答ですね」
「面倒くせえ」
男はポケットへ杯の欠片を突っ込む。
「仕事は選ぶ主義だ」
「いずれにせよ、また会えます」
「二度と会うか」
そう言って帰ろうとした男へ、ディーラーが駆け寄る。
「お客様、お支払いが……」
「何のだ」
「弁償です。展示品の」
男は大きくため息をついた。
「……結局、こうなるんだよな」
世界を滅ぼす呪いより、ゼロが七つも書かれた請求書のほうがよほど現実的な脅威だ。
男は頭をかきながら、割に合わない仕事だった、と心底うんざりした顔で呟いた。
ここまで読んでくださった貴方に最大の感謝を。
この小説を書いていて一番驚いたのは、1600字程度の本文を書くのにかかった時間が1時間程だったことです。早いと思ったか遅いと思ったかはご想像にお任せ。




