表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

価値と呪いと古物商

作者: NEL
掲載日:2026/07/07

おおよそ6年ぶりに小説を書きました。人生わからんもんですなあ……

 古物商の仕事は、物の価値を見抜くことだ。


 だが、男のやり方は少々――いや、かなり野蛮だった。


「鑑定? そんなもん叩けばわかる」


 壺は素手で殴り、剣は壁に叩きつけ、宝石に噛みつく。


 その乱暴さゆえに同業者からは烈火の如く嫌われていたが、不思議と見立ては外れない。


 壊れるのは偽物だから。本物は壊れない。


 それが彼の理屈だった。


 そんな男がその日招かれたのは、会員制カジノで開かれる仮面パーティーだった。


 理由は一つ。


 「五大邪宝」の一つが競売に出るからだ。


 世界中の裏社会でそう呼ばれる、五つの呪われた古物。


 所有者は必ず破滅する。


 戦争を呼んだ王冠。


 王朝を滅ぼした鏡。


 都市を焼いた香炉。


 海を狂わせた羅針盤。


 そして今夜の出品物――《眠らぬ杯》。


 その杯を目にした者は、過去、現在、そして未来のあらゆる『幸福』を奪われるという。


「くだらねえ」


 男はシャンパンを一息に飲み干した。


「呪いなんざ、値札を吊り上げる営業文句だ」


 会場には黒いドレスや燕尾服をまとった富豪たちが集まり、笑顔の裏で札束を燃やし合うような視線を交わしている。


 そんな中、一人だけ妙な男がいた。


 地味な灰色のスーツに、安物の靴。


 派手さとは無縁なのに、ディーラーも給仕も彼を見ると軽く会釈する。


 初めて見る顔なのに、この店では誰もが彼を知っているようだった。


「旦那、新顔ですよね」


 その男が話しかけてきた。


「そういうお前も初めて見る」


「ええ。でも私は三十年ここへ通っています」


「冗談きついな。このカジノができたのは十五年前だ」


「そうでしたか」


 男は困ったように笑った。


 否定もしない。


 言い訳もしない。


 妙に引っかかる。


「……気に入らねえな」


「よく言われます」


 やがて競売が始まる。


 黒い布が外され、《眠らぬ杯》が姿を現した。


 銀色の杯。


 装飾は簡素で、拍子抜けするほど普通だった。


 だが、その瞬間だった。


 会場のざわめきが止む。


 笑っていた者は笑顔を消し、興奮していた者は急に無表情になる。


 誰もが椅子へ深く腰を下ろした。


「……疲れた」


 誰かが呟く。


「どうでもいい」


「帰りたい」


 倦怠。


 空気そのものが重く沈み、人生のすべてが色褪せていくような感覚。


 男も足が止まった。


 値踏みをする気力さえ湧かない。


 金も酒も女も、急に意味を失っていく。


「これが呪いだあ……?」


 拳を握る。


 確かに力が入らない。


 そのとき、灰色の男だけが平然と立っていた。


「初めてですか」


「あ?」


「《眠らぬ杯》は、幸福を奪うのではありません」


 男はゆっくり杯へ歩いていく。


「『意味』を奪うんです」


 会場中の人間がうつむいている。


 誰も止めない。


 止める理由が、意味が浮かんでこない。


 灰色の男は杯を持ち上げる。


「自分の行動に意味がないと分かれば、動きたくなくなるものでしょう?」


「待て」


 古物商は一歩踏み出した。


 理由はない。


 意味もない。


 ただ、気に入らなかった。


「そんなつまらねえ杯が人間様をどうこうしようなんざ、千年早えよ」


 男は杯を奪い取る。


 そして。


 床へ叩きつけた。


 轟音。


 銀の杯は真っ二つに割れた。


 同時に、会場の空気が軽くなる。


 誰もが大きく息を吸った。


「……俺、何してた?」


「競売は?」


 生気が戻っていく。


 灰色の男だけが割れた杯を見つめ、静かに笑った。


「やはり、あなたでしたか」


「何がだ」


「五大邪宝は、壊せる人間を選ぶんですよ」


「意味がわからねえ」


「貴方なら壊せるんです」


 男は鼻で笑う。


「難しい話は嫌いだ」


 割れた杯の欠片を一つ拾い上げる。


「骨董なんてもんはな、それを前にしてビビった瞬間から負けなんだよ」


「だから叩き割る?」


「骨董の価値だけじゃねえ。古物商としての自分を、確かめるためにな」


 灰色の男は薄く笑い、深々と頭を下げた。


「残り四つも、あなたが壊してください」


「断る」


「即答ですね」


「面倒くせえ」


 男はポケットへ杯の欠片を突っ込む。


「仕事は選ぶ主義だ」


「いずれにせよ、また会えます」


「二度と会うか」


 そう言って帰ろうとした男へ、ディーラーが駆け寄る。


「お客様、お支払いが……」


「何のだ」


「弁償です。展示品の」


 男は大きくため息をついた。


「……結局、こうなるんだよな」


 世界を滅ぼす呪いより、ゼロが七つも書かれた請求書のほうがよほど現実的な脅威だ。


 男は頭をかきながら、割に合わない仕事だった、と心底うんざりした顔で呟いた。

ここまで読んでくださった貴方に最大の感謝を。


この小説を書いていて一番驚いたのは、1600字程度の本文を書くのにかかった時間が1時間程だったことです。早いと思ったか遅いと思ったかはご想像にお任せ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ