終章 ──灯る店先
夕暮れの光が、店のガラス窓を金色に染めていた。
外では子どもたちの笑い声。
通りの向こうには、春を知らせる花が揺れている。
今日の店は、朝から忙しかった。
焼き菓子も、タルトも、ほとんど売り切れ。
そして──あの新しいメニューも。
カウンターの上には、木札が下がっていた。
> 「今日のおすすめ:リュミエール・ブリュレ」
焦がし目が淡く光を映す。
その黄金色は、どこかあたたかくて、優しくて。
「カレンさん、明日の分の仕込み、手伝いますね」
ノアの声が厨房から聞こえる。
相変わらず、几帳面に材料を並べる癖は変わらない。
「もう旅に出ないの?」
「うーん……まだ少し、考えてます。
でも、ここで見たい景色がもう少しある気がして」
「……景色?」
「はい。
カレンさんが笑う顔、とか」
その言葉に、胸があたたかくなる。
わたしは照れ隠しのように、
焼きあがったブリュレをショーケースに並べながら言った。
「……毎日、笑ってるわけじゃないけど」
「それでもいいですよ。
“焦げ目”がある方が、味が深いって言うじゃないですか」
わたしは吹き出してしまった。
いつの間にか、こんなに自然に笑えるようになっていた。
母はもう台所に立てるまでに回復していた。
父は、久しぶりに店先でお客さんと話している。
穏やかな声が、店の中に流れる。
この光景を、どれだけ夢に見ただろう。
ノアが窓を拭きながら、ぽつりと言った。
「……妹が生きてたら、きっとこの店が好きだったと思う」
「……だといいな」
「うん。……だから、ありがとう。
“レクイエム”を“リュミエール”に変えてくれて」
「……わたしじゃない。
あなたがいてくれたから、できたんだよ」
ノアは照れくさそうに笑って、視線を外した。
閉店後。
外はすっかり夜になり、
街灯の光が石畳をやさしく照らしていた。
店の前に、ひとつだけランタンを置いた。
その灯りが、ゆらゆらと揺れる。
「この光、落ち着く……」
「炎は、もう怖くない?」
「うん……まだ怖いけど、
あたたかさも感じる……」
「そっか、良かった」
ノアの声が穏やかに響く。
わたしは静かに頷いて、ランタンの炎を見つめた。
ふと、母の言葉を思い出した。
「炎はね、命を映す鏡なの」
あの日、罪を焦がした炎も。
今日、笑顔を照らした炎も。
きっと、同じ光。
壊すことも、照らすこともできる。
わたしたちがどう向き合うかで、意味が変わる。
──それが、“生きる”ということなのかもしれない。
店の看板の灯りが静かに灯る。
ノアが隣で、小さく笑った。
「カレンさん、次の新作は?」
「……夜明けのブリュレとか、どう?」
「いいですね。じゃあ僕、名前の札を作っておきます」
「ありがとう、ノア」
ふたりの笑い声が、夜の通りに溶けていった。
炎のように、やさしく、あたたかく。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました☆




